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滅ぶ前にゃー叫ばなやめれんッ!!!  作者: シ流つっけ
レグナトール家〈前編〉
10/42

長男はツラいよ……

 

 イチジクの葉の上で盛っていたほむらは、今はもう、周期的に微かな点滅を繰り返すのみだった。


 色の無い皿の上、光が絶えると同時に、訪れるはずの闇は極彩色に反転し「嚶鳴おうめいの間」は開く。銀河の調和を奏でる装飾がその部屋の直方体を形成し、緋色のクロスが敷かれた長机に、現れた6人の人影。


〝レグナトール家〟


 かつて〝アルゴメオン〟という王国が最も栄えた時代。先王〝デュオニシス〟はあらゆる〝才〟を王国の騎士として己の元に集めた。その群雄共の中でさえ〝突出〟していた能力。王の目が直接選び抜いた12人の天才。彼らは〝王下十二芒ヌクタメオン〟の名を冠し、王の輝く威光を千里の果てまで轟かせる。


 レグナトール家第6代当主〝コンロン・レグナトール〟。彼は王下十二芒ヌクタメオンの中でも、外交を基盤とした知略を得意とする騎士であった。その広大なアルゴメオンの国土を守護した彼の異才さは、諸外国の権力者達が彼を〝邪蛇のコンロン〟と呼び恐れた事から伺える。


「後ろを向けばコンロンの影」大衆の中に、組織の内に、従者の一人が、そして家族の誰かが、知らず知らずの間に、彼の〝信者〟と成り果てている。


 人の歴史が大河というなら、その先の未来は人を媒介にした流れである。だから彼は人々の影に根を張った。その潜在的で広く複雑なネットワークは、多くの大局を操作したのだ。


 先の大戦以降コンロンは表舞台から身を退き、レグナトール家の家督は7代目デュヒローへと継がれた。デュヒロー自身、コンロンの様な逸脱した才能は無かったが、先代が築き上げたパイプを巧みに利用し、現在アルゴメオンの外交官主の座を得ている。


 それでも先代の成し得てきた功績は、彼を決して撥ね退ける事が出来ない圧力プレッシャーとして苦しめてきた。見えない人の心のうらで自らを増殖させた父に対し、デュヒローは行く先々、あらゆる国で生殖を繰り返す。そして〝優秀〟とした子を自らの屋敷に集めた。幸い目印には困らなかったのだ。


芒紋レイ〟である。芒紋レイは産まれた時には、既に背中に刻印されている。あとはその本数だ。それぞれの精霊をモチーフにした光芒。刻まれた紋にそれがいくつあるのか。自分がかつて憧れ、そして自分等ではどうしようもない力で苦しめる、先代コンロンの芒紋レイ五芒紋ザ・フィフス


 ならば、芒紋レイの本数こそが全て。その多さこそが、その者が如何に神に寵愛されているかを表している。


 彼はその考えの下、自分の子を増やしては、歳に関係無く優劣を付け(それが続柄の順位にもなる。つまり最も優秀な者が「長男」の称号を得る)、人里離れた城塞とも呼べる屋敷で生活させる。まるで、人に決して触らせたくない大事な蒐集品コレクションかのように。


 そして、デュヒローの子等の中で特に優れた六人。彼らは〝ゲニウスの六兄弟〟と名付けられ、膨大な敷地の屋敷を、主に変わり取り仕切るリーダー格であった。


「……皆、悪かったな」

 白いシャツから伸びる長い手で細い顎を隠し、青年は神妙な面持ちで一同を見た。神童と謳われた彼の雰囲気は楚々でありながら、どこか人の領域を離れた超越性を漂わせていた。



 長男:アレン・レグナトール【五芒紋ザ・フィフス守護精霊ルアク:溶龍アメノサカ】



「……アレンにぃ。いきなり謝ったって何の事だか分らんでしょーよ?」

 机に組んだ長い脚を乗せているツナギ姿の青年は、椅子を傾けながら苦笑いをする。



 次男:カロンドア・レグナトール【四芒紋ザ・フォース守護精霊ルアク:護法鳥ガルーダ】



「んもぉ、どーせアレンちゃんのことだから〝突然集まってもらって悪かった〟って言いたかったんでしょ~?別にいいのよ~私もアレンちゃんに会いたかったトコロなんだから~♪」

 のっぺらな白い仮面を黒い革帯の十字で固定する、ローブ姿の人物は〝オネエ系〟だった……。



 三男:ヌル・レグナトール【四芒紋ザ・フォース守護精霊ルアク:鵺ZOO】



「アホか、カロ…そんなコト、どォーでもいいだろがァ?とっとと要件言えよ?」

 少女は堂々とした態度で一括する。炎獣の様な爛々(らんらん)とし、かつ鋭い隻眼。



 長女:アギト・レグナトール【四芒紋ザ・フォース守護精霊ルアク:武獣ナラシンハ】




「それこそ言う必要ないし~。アレでしょ?あの~…サードのおデブが、馬小屋娘に痛い目に遭わされた件でしょ~?アイツ自身はみっともなくて隠してるけど……バカだよね~。私達がこの地で把握できない事なんて無いのに~」

 乙女はその澄んだ瞳を周りに向けず、ただ着物の袖から出た手で水色の画集をめくる。



 次女:ヴィネーラ・レグナトール【四芒紋ザ・フォース守護精霊ルアク:海宮天使ボンボリ】



「ルーゴ君も印を持つ者(スティグマ)の名誉に泥を塗ったが、それ以上に許されぬのは失格者如きが思い上がった真似をする事。イマミアには相応の罰を与えるべきかと……」

 黒い髪に、黒い縁の眼鏡。まだ幼さ残る顔のまなこその奥の、黒い真珠は何を映しているのか何者にも伺えない。



 四男:マキト・レグナトール【四芒紋ザ・フォース守護精霊ルアク:魔槍原点アルキュタス】




「………」


 アレンは名も知らぬ華の花弁が一枚、今堕ちてゆく様を見た。その残像が薄らぐ前に、彼は静かに目を閉じた。意識を深きトコロへ沈め……。


 自分に対して問う。










 一体、どうして……〝そんな話〟になってしまったのか、彼は決して表に出さずに焦っている。とても焦っている。だって、心の中の自分はこんなにも汗だらだらじゃないか?なぜ冷や汗一つ流さない表の自分よ。まぁ。それを今更悔いても仕方がない。この流れをどう修正するかだ。話を整理する事としよう。まず、何故アギトがこの場に居るのか?いや、通常の塔主会議で彼女が居るのは正しい。しかし、今回だけは彼女を呼ばなかった筈だ。どこで連絡調整を誤ってしまったのか。もしかして彼女は自分がハブられたと思って怒っていないだろうか?そういえば、彼女の目線がいつにもまして鋭かったような気がする。まるで放射熱線的レイスピアだ。あぁ、本当に自分ってダメだな。絶対自分なんかより、カロが長男になった方が良い。それは本当に本当だ。なぜ今回に限って事前にカロに相談しなかったのか?自分は愚か者。不相応ながら、それでもがんばって長男の任をこなせるようにしようと意気込んでみたが、どうだ?この様だ。あぁ、こんな状況で一体どうやって進めればいいんだろう。






 自分は再来週にある〝アギトの誕生日会〟について話したかっただけなのに……。





 このように、アレンは自身の心の奥底で永劫の自問迷宮に囚われる。そこで漏れた自身への溜め息は、彼の放つ超越的なプレッシャーの所為で、傍から見れば〝寡黙な王が臣下達に落胆〟するかのようなヴィジュアルに見えてしまい、なおたちが悪かった。


 あぁ、どうしたってこの流れは修正できない。そもそも最初から破綻していたのだ。あぁ、もう、本当に自分が悪かった。最悪だ。みんな忙しいだろうに無駄に呼び出してしまった。さらに、その上人に罰を与えろだと?何を言ってるんだ?罰を受けるのは寧ろ自分じゃないか!そうだッ!罪人は自分だッ!!何もかも自分の所為だッ!!!どうか、この世の総ての罪を自分にくれるがいいッ!!!!それらを一身に纏って自分は、あぁもう死んでしまいたい……。


 寡黙な彼の心の暴走は続く。


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