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トラップ・トリップ9

 

 さてさて、帰ってきたのは良いものの、周囲の過保護度がグレード上げてくるようになった。

 アジトに侵入者を入れた時点でてんやわんやだったようだが、カーバンクルを盗られたことが余程頭にきたらしい。


「お嬢様、もう心配ないですよ。あのゴミは即刻焼却処分しましたから」


「怖かったねぇ、もう平気だよぉー、警備部と諜報部で片付けしてして、もう会うこともないから」


 警備部二人の甘やかしもレベルアップしていた。

 ゴミとやらはもしかしなくてもあの商人たちのことだろうか。


「そんなことはどうでも良い……先生から、会いたいって、探してこいって、言われたんだ。ほら、行くぞ」


 どこまでも『先生』一直線の彼は小柄なカーバンクルを小脇に抱えて、騒ぐ警備部を通り抜け、スタスタと早足で進んでいく。


「これだから、諜報部の奴はッ!!」


 少し離れたところから悪態が聞こえた。





『先生』はやはり予想通りの男だった。

 この前も会ったねぇなんて呑気に喋っている。


「先生、チビ持ってきました」


 完全にお土産扱いされている。

 微妙な顔をしつつも目の前の男を見る。


「……あぁ、良かった」


 心底ほっとした彼に、そこまで大切に思われていたのかと驚く。そんなこと思うタイプだっただろうか。


「検体が無事で」


 だろうと思ったよ。他人(ひと)のことをなんだと思っているんだ。実験体か。そうか……。

 彼はパタパタとカーバンクルの体を調べていく。そして手足の火傷を確認した瞬間目を細めた。


「誰だこんな手荒な真似したのは」


 すみません、自分でやりました。


「商人どもですかね、ったく、先生の大事なものになんてことを」


 粗暴な彼は先生の前では大人しいようだった。口調も違う。

 もしかしてカーバンクルを抱っこしたのも手荒にすると先生が、とかそういう理由だったのだろうか。


 ちまちま商人に対して愚痴を言いながらも先生は棚から塗り薬を出してきてペタペタ塗ってくれた。少し沁みた。痛い。


「とりあえず、こんなものだろうか」


 そういえば、諜報部の部屋には初めて入った。ここはどうやら先生の専用の部屋なのか、薬品の類や模型、実験用なのかネズミなどの生き物が少し見えた。


「さて、せっかくこの部屋に来たんだ。少し薬品を……」


 しまった。味方がいない状態でこの人に会ってしまった。


「声が出せないんだってね、まずはこれを飲んでみてくれ」


 差し出せれたのはラムネのように薄く水色の液体。思っていたような紫の薬だったり、ぶくぶく泡が出ていたりはしなかった。


 逃げ出そうにも後ろには殺人鬼のような男が立っている。


 覚悟を決めて一気飲み。

 味は少しまずい。つんと鼻につく湿布のような匂いと、苦味が襲ってくる。薬だから仕方ないのだろう。

 思わず目を顰める。


「即効性の薬なわけだが、異常はあるかい?」


 喉が痛くなったり痒くなったりはない。お腹も痛くない。頭痛もない。特に変わったことはないので問題ない。

 何か起こったのかと首を傾げる。


「おや、何があったかわかってない顔だね」


「前抜けな顔ですね、おら、声出してみろよ」


 脅された。単純に怖い。

 カーバンクルの身体はまだ幼体のようで感情が単純なのだ。怯えてプルプルと身体が震えている。


「ありゃ、駄目じゃないか、脅えてしまった」


 先生がたしなめたが、彼はすみませんと言葉だけで謝っていて、目は何が悪いんだと語っている。


「あぁ、そうか。声の出し方もわからない可能性があるか。生まれつきの場合じゃ仕方ないなぁ。呪いやスキル、薬のせいならこれでなんとかなるはずなんだが……、いや、カーバンクルという種族として声を出せない、波長が他の種族に聞き取れないという可能性も……」


 何やらぶつぶつと言いながら、記録なのかメモを始める先生は少し怖い。

 後ろを振り向くと威圧感マシマシの彼がじっとこちらを見ていた。何故だ。監視か。

 声、声のための薬って言ってたかな。

 とにかく喋ってみようと思うけれど、なんて言ったら良いのだろうか。こんにちはみたいな挨拶だろうか。自己紹介だろうか。


「せんせぇ」


 あ、喋れた。

 cvは誰だろうか。現実とは違うのは確かだ。こんな可愛くて幼くて素敵なチャームボイスだった覚えはない。


「種族として喋れないのなら、喉の施術をしたらいいのか、いやでも構造が人と同じとは限らない。それをみるために施術するというのも良いかもしれないが、万一のことがあるからやはりやらない方が……」


「せんせー」


 ほら、喋れたよ、先生。話し続けてないで気がついてくれ。

 大声はまだ出せない。ひっさびさに喋ったから、長文を言うことも出来ない。


「ここは別の薬品で様子を見て、もっと良い効果を期待するべきかもしれない。ならばどの薬品にするか……ユニコーンの薬はまだストックが残っていただろうか……」


「先生、チビ喋れてます。効いてるようです」


「えっ」


 気を利かせてくれた彼には感謝せねば。ほら喋れたよ、先生。


「せんせぇ」


「ほら」


「あ、あぁ、効いたのか。そうか。いや、これなら調書も取れるな、となるとこの子は何かの原因で声を封じられていたとなるのか」


 事情を話してみてくれないか、と言われるが、喋れなかった理由なんてこちらも知らない。わからないと首を横に振る。


「どっから記憶がないんだお前」


 どっからって……商人から逃げている最中の前あたりだろうか。ストーリーが始まるのがちょうどそこだったから。

 その前の主人公の事情なんて知らない。


 記憶が残っているという風でもなかった。初めからにしたゲームをロードしたような状況だった。


「……まちで、あるいてて…、みずたまりが…」


 そう、水溜りで自分の姿を認識して、ゲームと気が付いて、それから…。


「おっかけられて……たるに…」


「樽か、お前樽好きだな」


 安全地帯で、狭くて丁度いいのだ。小動物の隠れ場所としては適しているだろうと思う。


「そしたら、たるのうえがふっとんで……」


 すっごい怖かったんだ。結果的には助かったけど。


「やっぱりまだ幼いみたいだね、支離滅裂だ」


「もうちょっと語彙力をつけてこい」


 にっこりしながら毒を吐いた片方と、呆れた顔の片方。

 酷い。中身はそこまで幼くないのに。


「さて、調書を……」


「おいこらやんちゃ坊主ども!! うちのチビちゃん連れて行きやがって!!」


 壁の先で怒鳴り声が聞こえる。

 どうやらおじさまが迎えにきたようだ。


「チッ、もう来やがった。追い返してやる」


「いや、慣れぬ場所にストレスが溜まって具合を崩させても困る。返してきてくれ」


「わかりました」


 てのひらくるっくるな彼。手のひら返しがすごい。



 こうして今日も一日が終わった。

 これからも彼らと楽しく過ごせて、いつかたくさんおしゃべりできたらいいなって、思いました。


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