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トラップ・トリップ8

 

「ほんとにチビなんだな」


 パッと見て第一の感想がそれだったらしい。

 事実だから気にする必要はないのだけれど、どうにも言われ過ぎている。どいつもこいつも背が高い。小さく見えるのも無理のない見目をしているカーバンクルだ。気にする必要はない……そう、ないのだから。


 このぶん殴りたい衝動は抑えておかねばなるまい。だいたい少しでも機嫌を損ねたらこちらの命が危ない気がする。なんせゲーム内で、『やばい諜報部』の『やばい』筆頭とされていたから。



 主人公同様真っ赤な髪をした優男に見えなくもないこの男、このゲームにおける戦闘狂の枠の方だ。

 インパクトが強すぎてこの人はかなり強く印象に残っていた。

 なんせ、彼の被っている真っ赤な髪に溶け込むかのような赤帽子は血で染まっている。

 レッドキャップと言われる魔物だかモンスターだかを元にした設定らしく、殺した相手の血で帽子を染めるのが至高と考えている男だ、少なくともゲームの中では。


 怖い相手だとわかっているからこそ、身体がプルプル震えている。


「なんだ? バイブレーションなんてして。カーバンクルの習性なのか?」


 返答もなく震えたままでいれば、喋れやこの野郎と軽く蹴られた。痛くなくても、驚いて跳び上がる。悲鳴はあげられなかった。なんせ声が出ない。


 そう、そうだ。声出ないから仕方ないではないか。喋れないのだと伝えようと思ったが、良いジェスチャーが思いつかない。ワタワタしていてば、あ、そうだった喋れないんだったと思い出してもらえた。よかった、先生とやらはしっかりカーバンクルについて伝えていたらしい。


「まぁ、いっか」


 何を納得したのか、彼はひょいと軽々、幼なげな小動物たるカーバンクルを抱えてくれた。乱雑な持ち方をされることを覚悟していたのだが、抱っこだった。思いがけない優しさだった。

 思えば、先程蹴られた時も彼なりにかなり手加減していたのかもしれない。それほどまでにカーバンクルは珍しいのか。いや、彼は珍しさに負けて甘くなるような男ではなかったはずだ。おそらく、『先生』が原因だろう。

 研究者の先生は、このレッドキャップにとって崇拝に近いほど大切なモノなのだと、知っている。だからこそ、その先生の気にかけているモノだから、カーバンクルにも比較的丁寧に扱う気のようだと察することができ、安心することができた。


 ほっと一息つく間も無く阿鼻叫喚の敵を彼と共に突破……ただぼーっとしていただけだから共にとは言えないのかもしれない。

 返り血はバンバン浴びた。途中途中被っていた帽子を優しく浸すようにして血溜まりに入れていた彼。当然チマチマ立ち止まっていたことになるが、それでも誰かに隙を見せることなく動いていた。


「今日もいー感じに赤い、素敵だろ?」


 肯定をほぼ強要する質問の圧。頷かざるを得ない。実際、色だけなら確かに素敵なのだ。クレヨンや色鉛筆で塗りたくった赤一面よりもずっと。


 頷いて返答とする。


 それを横目で確認した彼は思いがけないものを見たかのような顔をした。どうやら頷かれるとは思っていなかったようだった。


 しかし途端に呆れたような顔になり、口を開く。


「こんなチビちゃんに、この色の良さがわかったって? そんなことあるわけないだろ。怖くて頷きたくなったか? 嘘の答えなんて必要ない」


 強要したのかと思っていたのだが、どうやら無意識のうちに行っていただけのようだった。

 嘘だと思われてしまったらしい。まぁ、鮮血の色の帽子を好む人間は少ないのかもしれない。


 でも、確かに素敵な色だと、思ったのだ。もしかしたらカーバンクルになって目が、眼球が、変わってしまったのかもしれない。実際、このゲーム内と現実の己では姿形が全く違う。


 嘘じゃないよ、伝えたくても響かない声に苛立ちを覚えた。



 お兄さんの腕の中でゆらゆら揺られてえんやこら。気がつけば見覚えのある街中だった。

 赤毛の彼と赤毛のカーバンクルはどうやらパッと見兄弟に見えたらしく、たまに売店の売り子が声をかけてくる。

 カーバンクルの耳はまるで羽箒のようだから、髪に見えなくもない、尻尾も視線を落とさないと気がつかない。

 よく見れば違うので、もしかしたらハーフの子だと思われているのかもしれないが。


「ほらそこの仲良しのご兄妹。美味しいクッキーサンドは如何かね。はい、味見」


 もはや押しつけにも近い形で露天の勢いのあるおっちゃんが一口分に切られた食べ物を寄越してくる。

 クッキー二枚に野菜とハムが挟まったパンの無いサンドイッチだった。

 なるほど、確かにクッキーサンド。


 面倒くさいのに絡まれたとばかりに、素っ気なく対応するお兄さん、もとい、戦闘狂の彼は貰えるものは貰うとばかりに二つ分受け取って、一つを差し出してきた。


「こういうのは貰って食っときゃ良いんだよ」


 やはりこの人は優しいんだな。

 クッキーサンドは美味しかった。


 味見の次は商品の説明へ、と移行し始めた売り子に彼は失礼なほど淡白にいらね、とだけ返して歩いて行った。

 失礼にも程がある。買う気がないのに居座るよりはマシかもしれないけれども。


 そういえば、『兄妹』を否定しなかったな、彼。案外気に入っていたのだろうか。



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