トラップ・トリップ6
「やぁ、チビちゃん、元気かい?」
荷物運びの仕事を遂行しているのを見て、声をかけられることはよくある。
「あー、今日も可愛い、好き」
ダイレクトに愛を伝えてくる団員も中にはいる。おそらく冗談の類いなので気にしなくていい。
「お嬢様、お持ちしましょうか」
仕事の強奪を図ってくる甘やかしの常習犯も気にしなくてもいい、訳がない。流されるまま流されて一日分の仕事を盗られたことは今でも覚えているのだ。
横に首を振って否定の意思を示す。
「きみが仕事盗ったの根に持ってるみたいだねぇ」
「すみません……」
忠犬志望の彼は、同僚に笑われながらもしょんぼりとしている。少し申し訳なく感じたが、悪いのは自分ではないので見ないふりをしておいた。
「君らはその子に構い過ぎなのさ」
猫は構いすぎると嫌われるんだよ、なんて忠告してくれるのは上司のおじさま。相変わらずカーバンクルの心をよくわかってる人だ。
「今日はどこに仕事へ?」
警備部のふわふわした彼が聞いた。
嫌そうな顔したおじさま。
「また外なんだよ、今度は商人と取引」
「それってさぁ? 財務部の仕事じゃないかなぁ」
「人手不足の補填も雑務部の仕事なのさ」
うちの部は雑務部ではなく調整部なはず、なんて思いながら口を挟めないまま、ぽんぽん続く愚痴のリレーを眺めている。
楽しげではあるけれど、そろそろ行った方がいいのでは?
頼まれていた荷物を持っていった後にもその応酬は続いていたので、終わったよの報告も兼ねておじさまの服の裾を引っ張って主張する。
「ん、少し早いが昼食にするかい?」
違う、そうじゃない。
首を横に振る。何にもつけていない左手首を指す。腕時計のジェスチャーだ。伝わっただろうか。
「あ……あぁ、すまない。時間オーバーだ。行ってこよう」
「えー、そんなに喋って……あ、持ち場交代の時間」
「急ぎましょう!」
三人は時間に気づいていそいそと行動を始めた。よかった。
ほっと一息ついて、調整部の部屋に戻ろうかと歩き出そうとしたら、捕獲された。後ろから脇に手を差し込まれてお腹を持って、抱えられる。
「チビちゃんも行くんだよ!」
どうやら出勤だったらしい。行ってきます。
持ち方こそ優しかったが、走りのスピードと、急いでいるという状況が乱雑さを生んでいたようで、なかなかスリリングな移動だった。
「大丈夫かい? ごめんよ、チビちゃん」
目的地にいつのまにやら到着していた。
ガヤガヤとした人の多い場所。豪邸が聳え立っている。本当に商人の家なのだろうか、どこかの貴族の家ではないのか、いや、しかし、金は権力にもなると世界史だか日本史だかで聞いた気がする。権力の象徴なのかもしれない。
「人が多くて息が詰まるだろうけど、前みたいに怪我しないようにしようね」
おじさまは一匹のカーバンクルを抱っこしたまま移動していく。絶対に目立つのに、気にもとめないにはやっぱり凄い。
「あの耳……獣人族?」「珍しいな」「売り物か?」
見も知らぬ他人の声がやけに耳に入る。単純に怖い。売り物にされる。
「怖いかい? 君も『売り物』だったからかな?」
頼りにしていたおじさまが急にドライアイスのような脅威の冷たさで攻撃してきた。
まさか、これは売られてしまうのだろうか。
怯えて声も出なくなる、頭が真っ白になったその瞬間、まるで回想シーンのように、頭の中で記憶が映された。
それはどこか此処に似たオークション会場で。
相手の顔、姿、声すら覚えていないのに、言葉ばかりははっきり覚えていて。
苦しくて頭がぐるぐるしていた、ちょうど今みたいに。
「今宵の目玉は、世にも珍しい紫の宝石を額に宿したカーバンクル!値段は5万から!」
うっそでしょ、カーバンクル5万円で買えちゃうの。
記憶に思わずツッコミが入ってしまう。
怖さは霧散した。
待って、こんな見目の良い珍しいカーバンクルが五万、マグロよりも安い。高級な服だって買えちゃうかも。
推しのグッズがいくつ買える値段だろうか。
6、7、10と少しずつ上がってくる値段。
その調子で上げるんだ。主人公格の生き物を車より安い値段で買えると思うなよ。
ほら、そこの紳士淑女、珍しい生き物だよ。もっと高値で買って。金あるんでしょ。その服高級そうだもんね。
18、そこで値段は止まってしまった。
美術品より安く売られた悲しみ。
此処まで思い出したところで、ぱちりと歯車があったみたく抱っこされている今に戻ってきた。
おじさまは相変わらず不敵に笑っているが、もう怖くない。
次こそは、あんな美術品のような値段で売られない。
決めポーズして主人公の魅力を最大限引き出し、高額で買い取られるんだ。
目指せ50万。
と、覚悟を決めていたのだけど。
特に売り払われることはなかった。ただの冗談だった。
相手の少し、いやかなりぽっちゃり体型な男性は、楽しげにいつ売ってくれるの? という顔をしていたけれど、おじさまは満面の笑みのまま一切その話をせず、痺れを切らした相手に売るなら高く買い取ると言われていた。
その時のおじさまの言葉。
「すまないが、この子はもう俺の孫みたいな子なんだ。警備部の子らも気に入っているし、まるでアイドルのような可愛さだろう。それはもう人気者でね。この前も……」
おじさまは孫(仮)の自慢話を延々と始め、初孫の喜び溢れた笑みで喋り倒した。相手は引いていた。
恥ずかしいのでそろそろやめて、と服の裾を引っ張る。
段々暴走して他の団員の自慢話まで始めていた。相手の方はもううんざりした顔をしている。
そんな一件はあったものの、話はまとまったらしい。詳しい内容は難しくて覚えていない。そして終わったから帰るよとまたまた抱えられた。
これ、カーバンクルの必要な仕事だったか?
そして団のアジトに帰って、食堂で警備部の方達とご飯を食べて、顔見知り方に挨拶して回りながら与えられた部屋に戻った。
与えられた部屋は、調整部のお部屋の近くで、おじさまの部屋にも近い。
団長さんに、一人部屋ということで微妙な顔をされたけれど、おじさまの部屋との距離と、準備のためしばらくこの部屋を使っている。そのうち誰かと相部屋にされる予感がしている。
そんなことをされたら、たまったもんじゃない。
どの人も顔がいいから、心臓が持つか不安でしかない。
しかし気後れはしない、なぜなら自分の顔には自信がある。
見よ、この可愛くて凛々しくて素敵なカーバンクル主人公の顔面を。夢補正で、美しさマシマシ。今は推しに憑依しているのだ、そこについては一切心配していない、不安もない。
現実での顔面のままであったなら、きっと土に埋まりたい心地だっただろう。
そうして明日は何が起こるのか楽しみに眠って起きたら牢屋だった。
なにごと。