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トラップ・トリップ5

 

 雑用をこなしながら、知り合いたちとのほのぼの時々スパイシーな日々が始まって一週間経過、素晴らしき世界。

 とても平和である。現実世界の忙しなさがないお陰で健康的な生活を送っている。幸せな夢だ。



「やぁ、カーバンクル。元気そうだね」


 声をかけてきたのはあの面倒なタイプの男だ。

 初対面で研究する気満々で話しかけてきた彼である。


 検体という考えは抜けていないようだが、会うと時々話しかけてくる。

 何かされるわけでもなし、強いて言うならこちらに質問を延々としてくるので首を縦に振ったり横に振ったりするだけだ。


「ふむ、なら君は肉類が食べられないと言う訳ではないのだね」


 やべえと称されているから、もっと頭の中破裂していそうな性格の男を想像していた。警備部の彼らも大嫌いだと言わんばかりの対応だったが、今のところ、特段おかしなことはされていないので、対応できることは対応している。


 薬品を持っている時は小動物であることを生かして避けて歩くが。



「鉱石なんかはどうだい?」


 問われて鉄鉱石のようなものを差し出されたので一口。


 まずかった。硬くて噛みきれないし、石齧っているのと同じ感じ。食べれない。


 無理、と首を横に振って口にした鉱石を見る。

 これ、齧っちゃったけど、どうしたらいいのだろう。このまま使うのだろうか。


「おや、だめかい。あ、それは返しておくれ」


 言われて渡せば、にっこりと笑われた。


「唾液の採取ができたから、次は何をしようか……」


 彼はどう足掻いても、研究対象としかみてくれないようだった。





 今日は外出業務らしい。上司のおじさまに着いていく。


 そういえば、外にいたのは初日だけで、それきりアジトから出ていなかったなと思い返す。外出したい、不便である、と思うことがなかったのだから問題はない。なによりも一人で歩いたらひどい目に遭いそうだ。


 カーバンクルは希少価値が高く、剥製があると富がやってくるなんて話を信じる野郎が山ほどいるのだ。こんなちんまい、殺されてしまいそうだった。


 外出して何の業務をするのやら、ついていくだけの己にはわからないが、何やら財務部との確認らしい。


 財務担当のだれかと喋るおじさまを眺めながら、周りを見渡す。



 街中ど真ん中、おかしな見目からか視線は絶えない。それは手を繋いでいる彼も同じだろうに、気にする様子なく歩いていく。前の時は、見られているだなんて感じなかったのだが、緊張から気にする余裕がなかっただけかもしれない。


 時折こちらを見ては疲れてはいないか問われるので何も問題ないと頷き返す以外、街中をゆったり歩くだけだった。


 散歩の感覚だった。

 ケモ耳が頭の上についた人や、エルフ耳、明らかに怪しげな格好の魔女帽子の人。不思議な人がいっぱいで飽きることはなかった。


 途中でお茶を飲みに喫茶のような場所に寄ったが、美味しいお菓子を食べただけで、特に何もなかった。ただ喋るおっさん方を眺めていただけである。

 帰り道、自分は何しにきたんだと自問自答していたら、不意に手を引かれた。

 おじさまと繋いでいたのとは反対側の手を、粗野にぐいっと力強く。


 綱引きの綱のような状態になり、思わずよろける。

 すぐに気がついたのかおじさまがこちらに目を向けたときには引っ張っていた相手は人混みの中で、逃げてしまった。


 大丈夫かと言われ頷くが、肩が痛い。

 無意識に擦っていたのか、アジトに戻った後、直行で、今朝会った恐らくマッドサイエンティストであろう彼の元へ連行された。


 彼はニコニコして調べていたが、口調はいつもよりいささか乱雑であり、丁寧な手つきとは裏腹に、怒っているようだった。

 どうやら、大事な検体を傷つけられて腹がたったらしい。


「せっかくの五体満足、意思あり、生存している、好条件にも程がある検体だというのに……」


「きみは相変わらずだねぇ……」


 一緒にいてくれるおじさまは呆れたような顔をしていた。


「まぁ、この程度なら問題ないと思うよ、うん。すぐによくなる」


 念のため、なんて言われて湿布みたいな匂いのするクリームの入った瓶を渡された。余程大切にしてくれるらしい。


「変装させてあげればよかったねぇ、今度からターバンでも頭に巻くかい?」


 無駄に金を使って欲しくないので首を横に振る。しかしながら、この愛くるしい主人公フェイスのカーバンクルなら、ターバンも似合うだろう。


 申し訳ないといった顔をしている彼。


「遠慮しなくていいんだよ」


 まるで考えていることを当てられるエスパーのようで、目を丸くしてしまった。


「表情がわかりやすいね、君は」


 クスクス笑うおじさまの目は孫を見るそれである。


「そういえば、聞いたかい?」


 研究者の彼が突然話しを始める。

 急な主語のない質問に二人揃って首を傾げる。

 それを見て研究者の彼は話を付け足す。


「この前捕まえた闇市の奴が何人か逃げた話だ」


「あぁ、それか。聞いた聞いた」


 担当は警備部と君ら諜報部だから、とおじさまがなんでもないことのように言う。彼はひどく面倒くさそうな顔をした。


「他の部署とうまくやれるとは思えないんだが」


「上手くやってくれなんて言ってない。やることやってくれって言ってるだけさ」


 それが難しいんだ、と言い返し言い返され、言葉の応酬を続ける二人を眺める。それがなんとなく面白く感じた。


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