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トラップ・トリップ4

 

 えっちらおっちら箱を抱えて歩いていく。


 重いわけではないのだけれど、大きいので前が見づらく動き辛いのだ。



「箱が歩いてる」「箱じゃねぇ、チビちゃんだ」「あー、カーバンクルだっけ?」「たしかに耳の位置が他の獣人族と違うなぁ」


 ワイワイガヤガヤと周囲で聞こえるのは今この箱運びをしている小さい生き物を観察する者たちの感想だ。

 聞いている限り、嫌な噂は出回っていないようだ。

 せいぜい珍しい生き物が来たな程度。


 その調子で放っておいてほしい。



「……さっきぶりだね、おチビ」



 食堂に戻ってきたのを見るや否や、食堂のスタッフのような係だと思われるおばさまが声を掛けてきた。

 たまに見かけるのでもう顔は覚えたが、原作では見たことがないのでおそらくモブ。

 それを言ったら大体のやつがモブになるので、特に何かに関係があるとかではない。


「箱の運搬かい」


 ニコニコするでもなく、特別仏頂面というわけでもなく、淡々と彼女は話す。


 頷いておく。そしてそのまま、中央の適当なテーブルに箱を置く。



 置かれた箱を覗き込んだ彼女は、あのヘタレジジイだのここを中継地点にしやがってだのぶつぶつ言った後、箱をそのままに、食堂のカウンターの奥、厨房に入っていった。


 それを見届けた後、さて戻ってクエストクリアだ、なんて思いながら、歩いて行こうとした。

 なんの気配もなく後ろから腕を掴まれるまでは。



「うわぁ、本当にカーバンクル。標本は見たことあったが、実物はさらに良い」



 まるでカーバンクルという種族自体しか見ていないかのような感想じみた言葉。


 面倒なのに見つかった。確かこいつも団員、諜報部の人だ。

 賢そうな彼は人の良い笑みを見せている。


「その額を見せておくれよ、富を招くなんて噂の魔石を」


 魔石って言うのは、魔力の籠った石ということだ。

 魔力というのは『スキル』を使うのに必要なMP(マジックポイント)ゲージのようなやつ。


 下手に拒否すると面倒くささと執着が悪化しそうなので言われるがまま、両手で前髪を上にあげる。

額の石をじいと見つめられる。そんなに面白いものではないだろうに、彼は楽しそうだ。


「……おや、これは紫……素晴らしいね。赤いのばかりだと思っていたが、こんな紫の個体もいるのかい。何が差を産んだ? 年齢、性別、食事……未知が多くて仕方ないな。兎角一旦研究室に……」



「ちょっと待ったあぁ!」


 思考に耽り始めた彼に、聞きなれた声が止めに入った。


「こぉーんなちびちゃんに何しようとしてるの?」


「お嬢様、調整部所属になったそうですね、ええ、部屋に戻って次の仕事を聞きにいきましょう。俺とコイツはソレに用があるので」


「ソレってなんだい? 僕のことかな……? それより、退いてほしいな。せっかくの貴重な検体を見ることができるのだから」


 怒涛の勢いで流れるように僕を回収した警備部の二人。

 そんな二人に不満げな表情を見せたあと、それでも恍惚とした表情ともとれる顔をして、冷えた目つきで笑う姿を呆然と眺める。


 怖いので逃げたいのだが、未だ腕が掴まれたままなのでどこにもいけない。



「そっちこそ、退いてください。俺らは騒ぎを聞きつけてきただけで、仕事中なんです」


「なら仕事に行けばいいじゃないか」


「そうしたら、あんた、チビちゃんに何かする。絶対にする。君らはどうにも粗暴なんだから」


 腕を離された。言い争いに夢中になっているようだ。

 口論を始めた男どもに戸惑っていたら、他のモブたち、もとい団員たちがこそこそと手を引いてくれて、無事食堂から脱出できた。

 扉を閉める最後に聞いたのは、うるさいよあんたたち、という老齢の女性の声だったので、おそらく心配入らないはず。





「おかえり、災難だったね。ごめんよ」


 戻って早々、謝られた。どうやらもう騒ぎを聞きつけたらしかった。

 なんにも無いよ、大丈夫だよと言えたらよかったのだが、生憎声が出ない。



 首を横に振りなんとか平気だという意思を示す。


 彼はにこりと笑って返してくれた。



「そうかい、いや、なに、あの研究マニアの小僧、悪い奴じゃあないんだよ。ただ少し己の欲に忠実すぎるのさ。君の子守たちも、下の面倒が見たい可愛い盛りなんだ」


 彼らを小僧やら可愛いやら称せるのは、年の功といったところか。血の気の多い方々にしか見えなかった。


「なんにせよ、届け物はやってもらったし、次はお掃除かな。見ての通り、俺は片付けが苦手でね。いつも散らかすから、よく怒られる。物もなくなる。少しづつで良い。片付けるのを手伝って欲しいんだ」


 確かに彼の机は書類だらけ、どれがどういう書類なのかはわからないけど、混ざっているのは確かなのだろう。


 仕事なら、やりますとも。


 頷いて肯定すれば、マリーゴールドのような華やかでやんわりとした笑顔を向けられた。



「やってくれるのかい、いやはや、有り難いなぁ。なんせ部下たちも片付けが苦手でオフィス中こんななんだ」



 あ、この一区画だけじゃなかったんだ。

 よく見なくてもわかった。似たような、さらにはそれよりひどくまとまりのない机で満ちている。調整業務は大変らしい。



「書類は付箋の色で分けてくれ、赤いのと青いのと緑、それから他の色はひとまとめで。ペンなんかの文具は入れ物や引き出しに適当に入れておいて」


 その適当は、適するところに、ではなくどこでも良い、というテキトーに聞こえた。


 そんなだから片付かないのではないか。



 好きにいじっていいと言われたので、引き出しの中も確認する。


 予想通りのごちゃごちゃ具合。確かに放り込んでおきたい気持ちもわかるが……。



 さて、どうやって片付けをしようか……。



 書類を分けて、他のものをどかし、必要なものがどれか聞き、置き場を整え、引き出しも整理整頓。

 毎日少しずつ進めていく予定。

 彼は横でニコニコしながら仕事していた。

 横でガサガサしていても問題なかったらしい。必要なものは注文が来るのでわかる範囲で渡す。


「さて他には何してもらおうかな」



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