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トラップ・トリップ3

 

「美味しいですか?」


 隣で延々とニコニコしている彼。


 小動物(人型)が草を食べているシーンを、まるで恋人を見ているかのような顔で見つめるなんてどうかしている。


 反対隣の彼も相変わらず他の食べ物を口に向けてくる。


 そんなに入らないと首を横に振るが、その度に心配そうな顔される。



「なぁ……やっぱり肉、食べないのかい? ほら、これなんてどうだい、小さいよ」


 あんまりにも騒がれるので一口もらう。


 美味しいは美味しいのだけど、葉っぱの方がいい。


「あ、食べた」


「野菜が好きなだけで、食べる分には問題ないみたいですね」


「好き嫌いは駄目じゃないかー」


 困った顔になってしまう。

 別に好き嫌いが原因ではない。量が多いのだ。



 毎回毎回食事のたびにこうなるので、食堂で会う団員たちまで餌付けしようとしてくる。


 お腹空かせる心配がないのは、嬉しい。

 夢で餓死するなんて嫌でしかないからね。


 最近は食べて寝るくらいしかしていない。

 怠惰すぎるとは思うが他にすることもなし、面倒を見てくれる彼らは、所詮警備部と呼ばれる所属であり、仕事がある。

 やることがない。日々聴こえる怒号や何かが壊れる音に怯えるくらいしか。


 もはやストーリーは理解できていない。

 綺麗にその通りではない分、わかりづらいのだ。

 だいたいチュートリアルとネットでネタバレを流し見した程度だというのに、完璧にわかる方がおかしい。


「さて、チビちゃん。最近はどうだ? 慣れたか?」


 仕事に行った彼らを食堂で見送った後、与えられた部屋にでも戻ろうかと思ったのだが、背後から声を掛けられた。


 振り向けば、団長。

 肯定すると、ニヤリと笑われた。

 何か企んでいる顔だというのは分かったが、何を考えているのかはさっぱりだ。



「…そろそろ仕事をしてもらおうかな」



 皮剥がされたり、額の宝石抉り抜かれたりしないよね?


 思わず警戒して尻尾が逆立ち、机の下に無意識下で避難してしまった。瞬足で現実では絶対にできないスピードだと自負している。


 早技を目にした彼はどうにも目を丸くした後、にっこり笑って目を合わせるように屈んでくれる。


「悪いな。怖い顔でもしちまったかな……怖いことはさせない、無茶なことさせても俺らにメリットないだろう」


 安心させるような優しい声に、少し心がふわふわする。

 大丈夫みたいだ。


 机から出ると彼はひょいと抱えてくれた。そのまま近くの空いている椅子に座り紅茶を注文。膝に乗せられたまま、好きな飲み物を問われる。

 水でいいのだが、どうやって伝えたものかと考えていると、近くの団員が子供用なのか甘ったるい果実の飲み物の入ったカップをくれた。砂糖を飲みたい訳ではないのだけど、もらったものは仕方ないのでありがたく受け取った。



「…うちの団には4つ、所属部があってな」


 見上げる形で顔を覗く。

 相変わらず笑ったままの彼に薄気味悪さを感じた。


「君を構って歩いている二人の所属する『警備部』……まぁ表向きの戦力部隊だな。それと外交やら金回りやらの担当の『財務部』、まとめ役や他の仕事をやってる『調整部』、最後にスパイや情報収集担当『諜報部』この4つの所属部まとめて『一団』となってる」



 あ、この説明ホームページで読んだやつ。


 なんだったか…確か、ネットでは、天然警備部、裏のある財務部、ふわふわ調整部、やべえ諜報部って分けられていた。


 諜報部は嫌だ、諜報部は嫌だ。

 問題児が一番いるのは諜報部って聞いた。



「チビちゃんには調整部のお手伝いを頼もうかな。書類の運搬とか掃除とか……まぁ、雑務ってやつ」



 あ、よかった。比較的まともっぽいところだ。

 ふわふわなら安心だ。


「警備部も安全だけど、力仕事だし、財務部は会話力と頭が良くないと」


 腕力に自信はないし、会話はそもそもできない。頭の良さは……まぁまぁだから、天才の山に突っ込まれても、ちんぷんかんぷんになる予感しかない。


「諜報部はチビちゃんには、まだ早いかな」


 あのヤベェと噂のとこですね。遠慮します。

 何がやべえって、戦闘狂や問題児が一番かたまっているのが諜報部だ。人殺してる描写もあった気がする。


 小動物ちゃんには生きていけそうにない。


「さて、調整部の部屋に行こう……そんな不安そうな顔すんなって、今から会いに行くのは優しいおじいちゃんだから……怒らせなければ」



 ぽあぽあ系主人公のように、最後の一言を聞き逃すことはなかった。きちんと聴こえていたぞ。このもふもふお耳ではっきりと。要は怒らせたらアウトってことだろう。え、怖い。急にキレて攻撃とかされたら死ぬ未来しか見えない。


 いくら夢でも死ぬのは怖い。

 夢で死ぬのは悪いことではないというが、怖いもんは怖い。






「おやまぁ、可愛いお客さん」



 本当に優しそうなおじいさんだった。

 幸せそうで、ふわふわしていて、安心できる。


「じいさん、お客じゃなくて、団員な。ほら、カーバンクルのチビちゃん。掃除なりアジト内の物資の運搬なり手伝わせておいてくれ」


「ありゃあ、じゃあ子供かぁ……いや、ちいちゃいから孫かなぁ」


 このおじいさんも背が高い、というか、ここの団員みんな背が高い。主人公くんのビジュアルだと小さくて当たり前である。


 別に自分の身体でもない、そもそも現実では小さいと言われ慣れる背をしていたわけでもないので、嫌とは感じなかった。



「よろしくねぇ」


 背を屈めて目を合わせて、やんわりと笑った彼に、どう反応しようか一瞬たじろぐ。


 結果、軽く一礼した。会釈は万能コミュニケーションだと思う。なんせ、挨拶にも謝罪にも使える。


「……ちょっと、喋れないっぽいんだよな、チビちゃん」



「それはそれは……」


 なんだか複雑そうな顔で見られるけど、そういうもんなのだからあんまり気にしないでもらいたい。設定だから仕方ないと割り切ってくれ。


 あ、この夢の中の人たちに設定とか言っても通じないのか。



「うんうん、じゃあ休憩の時間にたまにお勉強をしようね。文字がわかれば、話ができる。計算ができれば処理できる仕事が増える。有意義だろう?」


 この世界の文字は夢だからなのか、普通に読めるし書けるのでわざわざ覚え直す必要ないんだ、なんて言える雰囲気でもない。和差積商も出せるから。特殊な計算は覚えているか怪しいものばかりだけれども。


 ……たまにって言ってるから気にしなくていいか。



「さてじゃあ、早速……何がいいかな……あぁ、これがあった」


 オフィスみたいな部屋で、書類まみれの机から、彼は一個の箱を持ってきた。

 段ボールのような、違うような、見覚えのない質感の箱だった。


「これをね、食堂の真ん中に置いてきて。受取人はほっといたら気がついて持っていくから」


「じいさん……それ諜報部の……」


「あのやんちゃ坊主どもとちいちゃい孫を会わせるのは気が気でないし、俺が行っても態度が悪くて口が出て、喧嘩になるから、これが最善だ」



「……まぁ、そりゃそうなんだけどさ」


 納得のいかない顔して、団長殿は返事をしていた。





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