エヴィル・スネーク
気がついたら転生していた。
この世界で初めて見たのは純粋無垢だった兄の顔。
双子の兄は、僕とそっくりの顔をしているとよく言われるが、髪も目も別の色で見分けはすぐにつく。
精神年齢は僕の方が上だったので、兄が兄であると思ったことはついぞない。なんならいまは家族とすら思っていない。
兄はどうも好奇心が強かった。
なぜなに連発して育って、気になることは納得するまで調べ尽くしたいタイプらしい。
彼が一番最初に興味を持ったのは片割れである僕だった。
彼は子供らしく無邪気な顔をして無遠慮にも、口に手を突っ込んでみたり、髪を引っ張ったり、僕を標本に人間について調べているようだった。
考えてみればこの頃から彼は研究者だった。
成長するにつれて調べ方は悪化していき、最終的には実験台扱いしてくる始末。両親は当然、彼を嗜めた。
あんまりにもひどい時は叱って怒って喧嘩して、口も手も足も出してどんちゃん騒ぎだった。母は泣くし、父は酒をヤケ飲みして暴れた。お前まで暴れてどうするのだ。
僕は安全地帯の別室に避難していた。関わりたくなかったのだしょうがない。
ある時、毎度のことながらうるせぇなあなんて他人事のように思っていたら、2、3回がしゃんがしゃんと音がした後、騒ぎが急に静かになった。
やっと収まったのか、それにしても急に静かになった。
ぼんやりそう思って、三人のいる部屋を見たら、大人二人が横たわり、兄は血まみれで立っていた。
兄の手には割れた酒瓶。血がべっとりついた重い凶器。人間の頭に落ちてきたら、きっと死ぬ。
というか死んでいる。
あーあ、と本当に他人事な感想を持った。情緒はなかった。
顔色ひとつ変わった気もしない。そもそもこの世界自体悪夢の可能性があるので、この両親になんの情も抱いてなかったから仕方ないと思う。
兄はこちらを一瞥した後、やっぱりお前は俺の双子だなぁと朗らかに笑った。いい笑顔だった。
証拠隠滅すらせずに、二人で夜逃げし、兄の悪知恵で生き延びた。正確には、研究熱心な子供を引き取る酔狂な研究団体に養子にしてもらった。兄のことは嫌いでしかないが、この世界でいま僕が生きているのは兄のおかげである。
兄は親というストッパーを破壊した勢いをそのままに、環境を最適化し、マッドサイエンティストにクラスアップしていった。Bボタンキャンセルは不可能だった。
兄の暴走の一連の流れに関して、育った過程や状況はあまり要因ではないと僕は思っている。元からおかしいやつだったと割り切ってしまった方が楽なのだ。
ひょんなことから、兄に僕が前世持ち元異世界人だとバレた。バレたのは不可抗力だった。
夕飯に自白剤混ざっているとは思わないだろう。
兄は自身の片割れがいつも不思議だったらしい。
無関心な態度、ぼんやり達観している言葉、面倒ごとを避け好奇心をかなぐり捨てた慎重派。
好奇心に身を任せた行動派の彼には大層不思議だったのだ。
何故知らないことを放置しているのか、理由を問いただされて、それを知っているからと矛盾した返答をした僕に彼は珍しく驚いていた。
正確には前世で見たことあるから知っている、が正しい。無関心なのは自衛手段。
兄はさらに僕に興味を持って、それはもう面倒な押し問答を一年は続けた。その間僕は軟禁生活だった。
不自由はないし、相手は束縛系彼氏でもないただの頭がおかしい兄なので、何か気を使うこともない。発言を間違えたところで兄の情緒も死んでいるから怒ることも騒ぐこともない。だからこそ僕は特に気が滅入ることもなかった。
でもまぁ、死んだ魚の目になったのは必然だろう。
今世は家庭ガチャ爆死だったのかな。両親は悪い人じゃなかったし、爆死したのは兄弟ガチャかな。
その1年は現実逃避が捗った。何もしなくとも衣食住の安定供給が得られることだけが幸せだった。
そんな兄から解放されたのは数年前。
兄は僕の知識の元について知りたくなって、他の検体も集めたいと転生者人工製造計画を始めた。
生命を弄ぶクソやろうなのは知っていたが、それにしてもひどい。全くふざけた野郎である。それが兄なことがさらに僕の精神を抉ってくる。神様は一体何を考えてこいつをこの性格にしたのか。僕にはわからない。
その一件と同時に、もう既に同郷の子がこの世界にいるのだと知った。
兄がスキルを駆使して実験に夢中になっている間に家出を決行した。正確には、実験所からの逃亡。
同郷の子を兄から守らねば。
あのマッドに好き勝手させるのは非常にまずい。なによりどう足掻いても僕に飛び火する未来しか見えない。
ただでさえ、兄は僕を実験体Aと思っている節がある。さらに悪化したら僕は死ぬ。兄は好奇心を満たすためなら、僕を仕留めることに躊躇わない筈だ。
そうして始まった。同郷探しキャンペーン。
兄について愚痴を聞いてくれた木の魔物が転生者だった衝撃の事実。フリーダムな彼は、僕が通信機という名の盗聴器を用意している間に旅に出た。
用意したのは居場所もわかるタイプの盗聴器だ。
彼は盗聴器を受け取ってくれなかった。今でもよく避けて歩かれるが、会った時に邪険にしないくらいの優しさはあるらしい。
何故僕が転生者に通信機という名の盗聴器を仕掛けて回っているかというと、兄にバレたかどうかの確認のためだ。
プライバシーの侵害はしないようにするから安心してほしい。それを伝えても「口だけだろ、異世界にプライバシー保護の法律はねぇんだよ」と世界樹くんに言われた。
たしかに無いけども。
余談だけど、世界樹くんは服装のセンスがない。
いくら顔面を隠したいからって、ペストマスクはない。せめてお面にしなよと言ったら、和装が面倒だと返された。
別に洋装でお面でも良いと思うのだが。
今考えているものでは、この章で最後です。
ギャグ方面に疾走できたら良いな、と思っています。




