ウッド・ダディ4
「……い、…じい」
声が聞こえて、それでも眠いから目を閉じたままでいる。
起きたくない。人の姿ならしっかり眠ることができるのだ。もう少し寝かせて。正確にはあと数ヶ月くらい。
「…じじい、起きろ!」
べしっと心ないビンタが俺の顔面を襲った。
痛い。痛覚の鈍いトレントにもよく効くビンタだった。
「あ、んぅ……せめて…明後日まで寝かせろ…」
「どこで寝泊りしてんだアンタは!」
バシリともう一発食らったところで、起きた。
どうやら息子に見つかったらしい。ベンチで寝ている父が大変気に食わなかったようだ。
「…あ゛ー……おはよーさん」
「おー、おはよう」
彼は見回り中なのか、見知らぬ青年も一緒だった。おそらく同僚だろう。
「酔っ払いを叩き起こすのはよくあるけどさぁ、シラフっぽいねぇ、あんちゃん」
少し間延びした喋り方の青年だ。背も高い。巨人のようだ。
俺もせっかく生まれ変わったのだから高身長が良かった。
もしこのセリフを息子に聞かれたのなら、すでに高いじゃないかと文句を言われそうだ。
ちなみに本体の樹木なら誰よりも高い自信がある。
「それで、なんでこんなとこで寝てんの?」
オレと一緒だった頃は宿に泊まっていただろう、息子はそう言うが、それはお前がいたからであって一人の時は宿代が無駄なので泊まりもしていないと話す。
頭ぶん殴られた。ビンタより痛い。
「悲報、養父がアホだった件」
「毎日、街中でも野宿してるのかぁ。大変だなぁ」
挙げ句の果てにアホ呼ばわり、ひどいと思う。
……そういえば、コイツに俺がトレントだと話したことはあっただろうか。
息子との出会いはとても印象深かった。
道端を歩いていたら、魔獣に喰われかけている子供に遭遇したのだ。血みどろで四肢はない、顔面はぐちゃぐちゃ、死んでいた。魔獣はというとこちらを見もせずに一心不乱に食事していた。
おおかた無害なトレントだと野生の勘で気がついたのだろう。
生きていたら助けるくらいしただろうが、死んでいるなら、ただ食事中のやつを邪魔するだけになってしまうので、死体をどうにかしようとは思わなかった。
ふと足元を見ると、血痕があった。
血の跡が森に続いていて、どうやら、この食われた子供の血のようだった。
さてこの子供はどこの子かと、血痕を辿ってフラフラ歩いていたら、茂みに赤子の入った籠があった。
それが息子である。
逆さに放り捨てるようにされており、どうにも籠の取手に血がついていて、あの食われたやつがやったのだとわかった。逃すために放っていったのか、自分だけ逃げたいからそうしたのか、俺には全く予想がつかないが、コイツだけ生きていたのは事実である。
最初は元いた村なり街なりに返していってやろうと思って籠ごと持っていった。近隣の街に行く途中、夜に泣き出して、赤子の面倒など見たこともない俺は正直困った。どうやって解決したのかは忘れたが、扱いがガサツだったことは確かだ。
繊細な赤子ならおそらく殺してしまっていた。コイツが頑丈で助かった。
さて、近くの街について、子供と赤子について聞いて回ると、どうにも子連れの冒険者がいたことがわかった。
あちこち歩いて周り、親の場所を探した。
結局そいつらは元気で、別の場所にいただけで、コイツの親ではなかったのだが、その母親に、この子、人間じゃないですよ、なんて言われたのだ。
そこでやっとコイツがエルフ族なのだと気がついた。
よくよく見れば耳も尖っているが、逆にそれ以外の差は全くわからなかった。気味が悪いから捨てられたのね、とも言われていた。特に普通の子と大差ないからそんなことないだろと言い返した記憶がある。エルフと人の差なんて俺にはわからない。そもそも、エルフの子なら生まれはエルフ族であるはずだから、気味悪いと捨てられる意味がわからない。
今でもあいつの本来の親の行方とか死んだやつは兄弟だったのか、そもそもエルフだったか人間だったかすら謎のまま。
まぁいいか、と気にせず育てた結果があのやんちゃ坊主だ。
捨てていってしまっても良かったのだが、転生者である分、この世界の住人より少し、ほんの少しだけ倫理観を持っていたから罪悪感が湧いた。暇つぶしとか面白そうだからという理由もあるが、拒否する理由がなかったというのが一番しっくりくる。
金に困っているわけでも、他に家族がいて相談を要するわけでもない。大きくなあれと栄養をやって、苗木を育てる感覚で育てた。育て方はだいぶ荒っぽかっただろうし、どうやって育てたのかもう忘れているから二度目はない。次見つけたら近くの孤児院にやるか状況によってはそのまま捨てとく可能性もある。
この話のことを、息子はすで知っている。
後々面倒になって拗れても困る。そもそも内緒にしておく意味がない。似てないのは明白だ。年が経てばすぐわかることだろう。だから、小さい頃から、実の親なり他の兄弟なりがいたらそっちにやるからなと言い聞かせていた。
いまだに見つからないから、おそらくあの魔獣の腹の中にいるのだろうとは思っているが。
思い返してみると、実の親じゃないということは話しているが、俺が人間ではないとかトレントなのだとか話した記憶がない。おそらく言ってない。忘れていた。
「俺、トレントだから。野宿というか、自然が宿というか。ともかくわざわざ家の中で眠る必要のない種族だから」
「は?」
あんぐりと口を開けて固まる息子に言葉を続ける。
「俺、トレント。木の魔物。家の中で寝る必要ない」
「冗談キツイ」
「事実、事実」
ほら、と試しに髪だけ一部枝にしてみる。
夜中の訪問者のせいで、故郷を思い出してしまったので、桜をイメージした枝。花をつけて咲かせる。これはスキルではない。種族特有の能力だ。カメレオンが肌の色を変えられるように、俺も花を咲かせたり実をつけたり簡単にできる。
「わぁ、花咲いた。うっわ。めっちゃ綺麗」
「本当だねぇ、でも次から野宿する時はちゃんと木の姿で寝てねぇ。不審者と間違われたり泥棒が来たり良いことないからさぁ」
今まで人間だと思っていた親(仮)が魔物だなんて、気味悪がられるものだと思っていたが、存外好評だった。
息子は桜の枝を持って幼児のようにきゃっきゃと喜んでいた。
……あぁ、コイツまだこんなに小さかったな。やっぱり一人暮らしさせるには早かっただろうか。




