ウッド・ダディ
ボロッボロになった帽子が特徴的な彼は、いつもペストマスクのようなものをしていた。
彼の息子は彼の顔をいまだに見たことがない。ただ、半裸で水浴びをしていた際に男だということは確認済みだ。
彼はおそらく人間ではない。ただ、ぼんやりしていて弱くなく、他人をどうでもよさげに眺める男であることは確かだ。
「やっほー、ジジイ。今日はどこ行くとこなん?」
「……どこだろうなぁ」
「決まってないなら、アジトに来てよ」
「テメェの職場にわざわざ行く意味とは」
「だって、どうせ暇でしょ」
確かに暇だけれども、わざわざ行く意味はない。
面倒だと拒否したが、息子のチビはどうにも譲らない。結局粘って行かないと主張するのも馬鹿らしくなり、仕方なく行くことにした。
なかなか子供らしい我が息子は、未だにファザコン引きずっている。しかしながら、実のところ俺の子ではない。
木製のゆりかごで寝ていたベイベーを面白半分で持って帰って育てた結果だ。森の中のずっと奥の方に放置されていたゆりかごからもらってきたのだ。盗ってきたわけではない。
今となっては面倒くさい原因でしかない。無闇に動物を飼うなという教訓の意味をこんな歳になって思い出した。
俺のスキルはこの世界でいうなら当たりの方。
分身が作れる。俺は分身の奴らを小株と呼ぶ。感覚も共有したり拒否したり好き放題できるスキルだ。子株の見た目も変えられる。すごく便利。
「んで、チビ助。今何してるんだ」
「チビじゃない。もうデカい」
「じゃあデカ助」
無言で顔面に一撃もらった。痛くも痒くもない。
この息子はまだまだ弱々の雛だ。本当は独り立ちにも不安しかない。
「……はぁ…オレの担当は警備部だから、街の警備してる」
わざとらしくため息をついた生意気なガキ。
相変わらず可愛くない。
コイツは随分と大人になったなと驚いている。
再会はとても急なことだった。
なんだか見覚えがある場所だと思っていたら、唐突に息子が出てきて話しかけてきたのだ。とんでもなく驚いた。
「じゃあ仕事に行けよ」
「もうすぐ昼休み」
「……職場の方の迷惑になるだろ」
「不審者以外なら入れてよしって言われてる」
「ガバガバじゃねぇか」
そうなんだよ、この前調整部の子が襲われちゃって大変だったよ、と平然と返された。
息子の職場について話がしたい。真剣に転職を勧めたい。
「まぁ、その子ヤベェ警備がついてるからもう平気っしょ」
「やべえ警備」
お前のことかと聞き返そうとして、そんな他人の子守するような性格じゃないなと口を閉じる。
「同じ部の優秀な同期二人とか、諜報部のマッド野郎とか、あと最近入った財務部の特異能力者も気に入ってるって話だったな」
「確かにヤベェ。その子、そんなにイイコなのか」
男ホイホイの美女を想像する。マッドを落とすとはつまり頭のいい研究者の可能性もある。いや、調整部なら眼鏡した真面目系か。
「いや、ちんちくりんのガキ。あだ名はチビちゃん」
「餓鬼が何を言っているんだか、世も末だな」
今度は足を踏まれた。コイツは生意気盛りになってしまったようだ。
「可愛いカーバンクルなんだ。オレも好き」
「ロリコンに育てた覚えはないぞ」
「小動物を可愛がってるだけだ」
そうか、カーバンクル。それなら研究者ではなく研究対象だろうか。息子が可愛がってるなら見に行くくらいはいいかもしれない。
「これがカーバンクル。はぁーん、将来は美人さんだな」
「おいジジイ。丁寧に扱え、小動物だぞ」
「俺にしたら丁寧に扱ってる」
ジジイを否定する気はない。長生きした男なのは事実だ。
カーバンクルの子は赤毛を不安そうに揺らしてビビり散らしている。
そりゃそうだ。いきなり見も知らぬ男に頭撫でられたら困惑する。俺だったら殴ってる。
「…あの……おにいさん…えっと?」
「……俺が、お兄さん」
戸惑った小動物が口にした言葉が俺の困惑を作り出した。
横で息子が腹抱えて転がっている。
おい、周りの方のおかしなものを見る目が突き刺さるからやめろ。
「…おうおう、良い子だなぁ。お兄さんなんていつぶりに言われたか。そいつなんか俺のことジジイ呼ばわりしてるってのに」
「だってジジイじゃねぇか。アンタ、オレがガキの頃と見目一つ変わってないだろ。若作りジジイ」
「口が悪いのは誰に似たんだか……見目変えるの面倒だからそのままなだけだろ」
見目変えるってアンタ幾つだよって言われた。俺も覚えてない。だいたい年がら年中ペストマスク付けてるのによく見目が変わってないと分かったものだ。
それにしても、この子は思いの外、肝が座ってるな。ペストマスクの見も知らぬ奴に大人しく撫でられたままでいるぞ。
「…あの……だれ…」
気が弱いのか細々と喋るチビちゃんに、にっこり笑う。表情としてはわからないだろうが。
「あー、魔法使いのおっちゃんみたいな」
嫁もいない悲しい男だ。30何ぞとっくのとうに超えているから、そろそろ賢者になれる。
「え、ヒサギさんとお揃いなんですか」
返事をしたのは別人だった。
「ん?」
「え?」
聞き耳していたのか一人の職員が声を上げたらしい。
いきなり誰の声なのかと驚いてしまった。
あ、財務部の子守番四号だ、と息子が声を上げる。
「あ、すみません。つい」
優しげな雰囲気の職員は聞こえてしまって、と頬をかく。
可愛い女の子だから全然おーけー。
「いや、いいよ……それで? 誰とお揃いだって?」
「諜報部のヒサギさんが魔法使いだとよく聞くので」
諜報部。よく息子からやばいやつの溜まり場だと聞いているから、おそらくすごい人なのだろう。そして、俺のいうところの魔法使いとそいつは全くの別物。
どう答えたものかと少し考えたのち、そんな感じのスキル持ってるだけだと返す。分身の術使える忍者的な。寧ろそれしか使えないけれども。
息子が呆れた目線を送ってくる。いちいち説明していたら面倒くさいじゃないか。
息子を軽く蹴り飛ばして、テキトーに誤魔化しておく。
「……目のおねえさん」
チビちゃんが職員に声をかける。目のおねえさんとはなんとも不思議な呼び方だ。
チビちゃんは俺を指差し誰か聞いている。職員は知らないと首を横に振った。
そりゃそうだろう。別の部署の職員の父のことなど知るはずもない。
「俺な、コイツのとーちゃん。今見学中なの」
「え、職員じゃないんですか」
確かに部外者が堂々と歩いているとは思わない。職員は驚いたようだ。チビちゃんは特になんとも思っていないのかぼんやりとしたまま、そんなだから襲われちゃったのでは?
「息子がどーしてもっていうから」
「だってアンタすぐいなくなるから、いるうちに喋るなり飯食うなりしたかったんだもん」
「デカ助になったお前に『だもん』は使用禁止だ」
一緒に飯食うことになった。
可愛い女の子二人連れて歩けるんて、それだけで来た甲斐がある。
この場に転生者が三人いるとは誰もが知らなかった。




