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幕間・カーバンクル

 

 今日も一日中、どんちゃん騒ぎで、喧騒の止まない日常を過ごしたカーバンクルは、布団に入り込んだ。


 一人部屋で、他に誰もいない。

 少し静かすぎると感じつつも、明日を楽しみに目を瞑る。


「やぁやぁ、ちょっと、眠るの待ってくれないかな」


 世界は寝かせてくれなかった。

 誰の声だかわからない。知らない他人の声だった。

 話しかけられては無視もできない。パチリと目を開け声のする方を見る。


「あ、ごめんよ、おやすみ中に」


 見たことのない青年が、窓枠に座っている。

 戸締りはしたはずなのだが、窓は全開で、カーテンが翻っている。

 窓から侵入したあたり、一団の誰かという訳でもなさそうだ。いや、おじさまを避けるために窓から入ってきた諜報部の方という線が残っている。


「君に用があってね。見知らぬ輩だろうけど、少し聞いて欲しいな」


 聞かなくては話が進まない予感がする。頷いて返答として返す。

 その人はにっこり笑って口を開いた。


「突然だけど、君って転生とかトリップとかって信じる?」


 その一言は、衝撃だった。


「……しぶでみた……りしゅうずみです」


「おっと、通じるタイプか、それなら話が早い」


 ぱあっとひまわりが咲き誇るような表情をみせた青年は軽く話を始めた。


「いや、なに。僕は今諸事情で同じ転生者を探し歩いているんだ。やっと見つけた」


 心底嬉しそうな彼は寒いから入っていいかと問う。

 もう既に入っているようなものではないかと思いつつ頷く。


 部屋に入り、窓を閉め、二人きり。見も知らぬ相手と一緒だなんて少し不安もあるが、同郷の可能性がその選択を勧めてきた。


「えっと……元気でやってるかな?」


 話に来たのはそちらなのに、彼は口籠もっていた。


「…げんきですけど……あの、きょうはなにをしに…?」


「あー……ええと、様子を見に来たのと、通信機を渡そうかと」


 いきなり転生だなんて、発狂案件だよねと彼は困ったように笑う。確かにその通りだ。でも、カーバンクルは夢だと思っているので、彼の発言に少し首を傾げたくなった。でも、本気で心配しているのだと目が語っていたから、悪い気はしない。


「つうしんき?」


「そうそう、連絡先交換しない? ってやつだよ。……腕出してくれないかな」


 どうしてだろうと不思議に思いつつ、躊躇わず右腕を差し出す。そうすると彼はじゃあ反対側を、と言って左腕を手に取った。


「利き手じゃ邪魔になるかもしれないし」


 割れ物を扱うかのように丁寧に、掴んだ腕から手首の方に、手が滑っていく。何をするのか全くわからない。


「はいどうぞ」


 手首を両手で押さえた彼は摩るように手を動かし、彼が離したその時にはもう、手首に石が埋まっていた。


 まるでカーバンクルの額の宝石と同じような状況。

 真っ赤な宝石。紫の額の宝石と交換したいくらい、カーバンクルに最適な色だった。

 え? と驚く顔を無様に晒しているのをみて、彼はクスクス笑った。


「通信機、その名も『  』」


「へ?」


 今なんて言ったのか聞き取れなかった。

 間髪いれずに聞き返したせいで、彼も少し戸惑った。


「…えっと『  』って言ったのだけど」


 言い直してくれたのだが、どうしても聞き取れない。

 何か言っているのはわかる。口が動く様も見えている。でも動き方が確認できない。音も聞き取れない。読唇術なんて使えないし、使えたとしても、細かい動きが認識できない現状では読めないだろう。


「……あー、これが君のデパフか」


 何かを理解したのか、彼はうんうん頷いた後、質問をした。


「君の名前は?」


 そういえば自己紹介の存在を忘れていた。

 言おうとして、口を開いて…。


「えっと……あれ?」


 思い出せない。名前、なんだったっけ。


「本名じゃなくてもいい、君の名前は?」


 周りに自分がなんと呼ばれていたか、どうしても覚えていない。チビちゃんとは呼ばれるが、それは()()ではない。


「…わからないかい? じゃあ、僕から名乗ろうか、僕の名前は『      』」


 名前の部分だけが空白で、一字だけでも理解しようと口元を見たが、動いていたのはわかったのに、どんな動きだったか一瞬で忘れてしまった。


 これはおかしい。


「聞き取れなかったのかな?」


 頷くしかなかった。そういえば、こんなにずっと『一団』にいるのに、団の名前も、人の名前も知らない。おじさま、先生、団長、警備部の人、どれも正式名称ではない。


「でも君は、机が机だと、そういう『名前』はわかるみたいだ。すごく矛盾してるね……まぁ、そういうこともあるだろう」


 今までソレで問題なかったのなら、気にしなくていいさ、と彼は言った。


「じゃあ蛇の人とかサーペントさんって呼んでよ。ほら、蛇のピアスつけてるんだ。お洒落だろう?」


 耳につけたウロボロスのピアスを見せびらかす。気に入っているのだろう。話す姿は楽しげだった。


「……それでなんの話だったか……あぁ、通信機だ」


 これの名前なんてどうでもいいんだ、彼はつぶやいて、説明を始めた。


「これは言わば、通話とメール機能のついた携帯のようなものだ。その他の機能はついてないから、スマホほど便利じゃないけど」


 いや、十分便利だと思う。この世界の伝達手段は『スキル』もしくは手紙だ。すごく便利。


「転生者に繋がる電話、今のところ僕と君くらいだけど。あぁ、君の呼び名はどうしよう。適当に何かの名前から取れば聞き取れるかな」


 聞き取れれば別にいいよねと彼は思案する。ソレを()()と認識すれば、きっと聞き取れなくなる可能性がある。あくまで別の呼び方だと認識しなくては。己の名は現実にあるのだと、彼はそう教えてくれた。


「んー、トカゲくん、リザードくん、どっちがいい?」


「それ、どっちもおなじでは……?」


 リザードだとどことなくカッコよく厳ついイメージがまとわりつく、カーバンクルには似合わない。いや、己はカーバンクルなのだから、もう少し可愛げのあるものがよかった。

 何故にトカゲ……。


「トカゲで」


 選択肢は一択だった。



「じゃあトカゲくん。転生者同士よろしくね」



 デパフって何とか、名前がわからないことを指摘するだけして放置って何それとか言いたいことはたくさんあった。

 不安を煽って帰っていった彼。

 悪い人ではないのだろうけど、少し、少しだけこう思ってしまった。


 迷惑だと。


 ところで、ここは、それなりに地上から高い階だったと思ったのだが、飛び降りて行った彼は無事だろうか。


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