トラップ・トリップ
今まで何をしていたのか全くもって思い出せないが、気がついたら人混みの中にいた。
普段の身長より明らかに低い目線に、どうやら変な夢を見ているのだと気がついた。
歩いてみようと足を動かすとチャリと鳴る足枷。
繋がる鎖の途中で切れてしまっているから、動けなくはないが、やたら足が重い。
周りの者は背の高さもあってか、ここにいる存在に気がついていないようだ。
洋風な街並みを見渡しながら、外国のようだと感想を抱く。
行き交う者たちも、様々な髪色、体型、服装、姿。ファンタジーだった。
青い髪とか緑の髪とか現実ではありえない色彩が極自然に住民に塗りたくられている。成分が知りたい。きっと、かき氷シロップか、合成着色料か、だと予想をたてる。
ふと水溜りが目に入った。
そういえば、湿った空気で、道も色濃くなっている。独特の匂いがする、つい先程まで雨が降っていたのだとわかった。
水溜りを覗きこんだ。
予想通りだった。
見たことのあるグラフィックの世界観、まるでその物語の主人公と同じ状況。
今日の夢はどうやらやってたゲームに入ってしまう夢のようだった。起きたらネタ帳に書こうと思う。
このゲームの名は『スキルグロウ』
ワンスキルフリーダムをコンセプトにやっているRPGだ。
オンラインゲームではない。オフラインRPG。
流れとしては奴隷商から逃げてきた主人公がこの後ヤバめの一団に拾われて……という風に話が進んでいく。
しかしながら、体験版ちょっと齧っただけなんだよね。
序盤で目が覚めるのがオチかな。
フリーダムと言っているようにスキルは無限大。最初の選択画面に自ら入力する形。選択式じゃない、入力式、しかも反映される。
少し珍しいタイプのゲームだった。
誰だったかなんて知らないけれど、ネットの実況で、スキル『黒板』なんて作ったプレイヤーがいた。
結果、逐一説明時に『主人公』はスキルを使ってわかりやすく説明した、なんて表示された。
厨二病っぽく、『血で作られし武器』にした友人は、やべえ主人公が戦闘狂みたいなことやらかす、と話していた。やべえのは、主人公なのか、戦闘狂になったことなのか、多分両方なのだろう。
何やら話の内容までチマチマ変わってくるらしい。
死ぬはずだった人が生きてたり、負け戦に勝てたり、ネタ枠でも対応してくれる。
大筋の内容は変わらないけれども。
とんでもなくフリーダムなこのゲーム。
あまりにも多くのことに対応でき過ぎて、このゲームのプログラムはどうなっているのだと話題になった。
今この夢の中、与えられる能力はおそらく自分で設定したモノだろう。
『罠仕掛けの宝箱』
黒歴史である。このスキルの存在自体が黒歴史。恥ずかしい。
内容としては、宝石を作れる。
売り飛ばしたら金になる能力ではあるけども、使い方としては正しくない。
これは、主人公の意思一つで爆発できる宝石。
触ったものに捕縛を促す鎖が飛び出たり、痺れさせたり、眠らせたりする罠なのだ。
爆弾、痺れ罠、落とし穴、呪縛、束縛したり、とらばさみに変化したり、己が罠だと思うものなら何にだってなってくれる凶器の宝石。
まぁこれについてはどうでもいい。
このスキルで進んだルートは、どうなるのだったか。体験版までは正規ルートで終わったはずだったが、その後のことは伝聞で、断片的に何が起こるとか誰が死ぬとかそれくらいしか覚えていない。このスキルがどう影響するのかもよくわからない。
チュートリアル通りであるなら、これから起こる出来事はひとつ。
考えを固めたあたりで、真後ろで爆発音がした。
急いで近くにあった樽の中に潜り込んで隠れる。
思いの外広く、下へ下へと潜り込み、身体を小さくして身を守る体勢に入る。外の音に耳を這わせながら。
「目当ての獲物はこれで最後ですかね」
男の声。思っていたより威圧感がある。
セリフ自体は見たことがある。
あのゲーム、ボイスついてなかったんだよなぁ。
何かが壁に勢いよくぶつかる音がした。おそらく死体、もしくはこれからお縄につく哀れな商人。
追いかけてきた悪徳商人が犠牲になっているのだろうと思う。
正直言って、このまま樽の中に隠れていたい、だが、この後確か……。
「何か、入ってますね」
そう、バレてしまう。男の声が聞こえる。
「それとも誰か、かなぁ?」
もう一人別の声。
あれ、でも、このシーンって。
「隠れんぼ?」
樽の蓋が勢いよく壊れた。いや、壊された。
樽の上半分が半壊しかける勢いの打撃。
あっぶねぇ、あとちょっと下を狙われていたら、このまま吹っ飛ばされていた。
樽が強制的に開けられたので、いざご対面。主要キャラ。
顔面がピカイチなのは予想がついていた。身構えてもいた。それでも耐えきれないくらいのインパクトがあった。二次元が三次元になって襲ってきた感がある。
画面越しでもイケメンだったけれど、それはまた別にして、顔面で殺しにかかってくる。
なんなの? なんの暴力? 周りにキラキラエフェクトが見える。
「うわぁ……小さいねぇ」
そこにいたのは巨体を持て余す巨人。もとい、男性。
穏やかな雰囲気の彼は目を丸くしてこちらを覗き込んでくる。
その横にもう一人。
「ちょっと、行儀悪いですよ。……ん?」
丁寧な口調の彼。主人公がこのゲームで初めて会う、予定であったはずのキャラ。
待って? 内容変わってる? 本来ここではこの人、一人のはずだった。
早くも予定がおかしなことになっている。
……夢の中だもんな。そういうこともあるか。
もう頭の中をまっさらにして彼らの顔をしっかり見つめる。体の震えは止まらないので放置の方針で。
何か話しかけようかと口を開き、そこで初めて声が出ないことを知った。
嘘だろ、この主人公声出ないの?
そういえば選択画面では『うなずく』『首を横に振る』の二択ばかりだった気がする。
体験版では主人公が何か台詞を発することはなかった。
当然名乗ってないから、名前の設定なんて、あったのに反映されていないかの如くキャラたちから別の名で呼ばれるのだ。
「……これぞまさに理想のお嬢様では?!」
丁寧な口調の彼が、唐突に、それこそなんの前触れもなく、ぶっ壊れた。
ここまでは見たことある展開。そう、彼は普段は真面目な方なのだが、主人公に対してだけ態度が一変する。
そういうキャラだと知っていたので驚くこともなかった。
「うわぁ……気にしなくていいよ」
卵の殻から半身が出てこないヒヨコの如く樽に埋まっているのを見かねたのか、おっとりした方の彼が引っ張り出して抱えてくれた。
まるで壊れ物を扱うかのような手つきにこちらまで緊張してくる。
わんこを触るとき、怖がると向こうも緊張すると聞いたが、確かにそうかもしれない。
「…ちいさい…小さいな……尻尾…耳…亜人種かな」
そういえばこの主人公、どうやら人じゃないっぽい。
そういう設定だと思っていたので特段違和感はなかったが、いつもの耳がある場所に、毛ばたきのようなふわふわの耳が生えている。
尻尾は狐のようなふさふさ加減。どちらも髪と同じ赤色。
赤髪赤目の真っ赤な子供だ。
なかなか可愛い庇護欲の湧いてくる見た目をしている。
そしてなによりも赤く濃く紫にすら見える、額にある宝石。
宝石のスキルを思いついたのも、単にこの主人公のビジュアルが、まるで……。
「カーバンクルじゃん」
まぁ、そういうことだ。