シェリル・ボルジャーとマリア・バレットのある日
「最近噂が流れているね。ブライアン殿下はマリア嬢に懸想しているのではないかって」
「ええ、上手く行き過ぎていて心配になるほどよ」
シェリルが肩を竦める程、ブライアンはシェリルの計画通りにマリアに好意を寄せていた。初めは婚約者であるアレクサンドラの粗を見つけるためにマリアに近づいたが、いつの間にかマリアの演技に騙され絆されているそうだ。現在は彼の周囲にマリアとアレクサンドラが不仲である噂を流している途中ではあるが、思った以上に食いつきが良いらしい。
こんなに上手く事が進んでいるのは、婚約者である彼、ハワードのお陰である。
「ハワードが『彼』を紹介してくれたお陰よ」
「ああ、それは良かった。ライズもブライアン殿下の従者として学園には居るけど……思うところがあるようだからね」
ライズはハワードと同じく侯爵家の次男だ。ブライアンと同い年であり、学園の護衛としてブライアンに付き添っている。元々、ハワードとライズの王都にある屋敷が隣同士なため、家族ぐるみで付き合っていた。言わば、幼馴染みである。
ハワードは剣の才能よりも文官としての才能があったため早々にボルジャー公爵に見初められていたし、ライズも同様に剣の才能を騎士団長に見込まれたらしく、騎士団長の師匠である人物から剣を教わっていたそうだ。そのこともあり、国王より学園ではブライアンの護衛として従事するように命じられたそうな。
シェリルが今回の計画を進めるためには、ブライアン側で協力してくれる人物が必要だった。そう、その協力者を紹介してくれたのがハワードであり、ライズはシェリルの提案に乗ったのだ。
「それにしても、君から計画を聞いた時は一つ一つが結構大雑把な立案だなぁ、なんて思っていたけれど……これでも上手く進むんだね」
「殿下は良い意味で言えば、素直だもの……見ていれば、どう動くかはなんとなく分かるわ」
「ライズも殿下の手綱を上手く引けているようだし、このままで行けば婚約破棄まで行くかな?」
「そうね、あとはマリアの腕の見せ所ね……あちらにも強力な助っ人がいるようだから、大丈夫よ」
「そうなんだ」
シェリルはふと窓の外を見ると、そこにはマリアとブライアン。ブライアンがマリアの返事も聞かずに、話しかけている姿が目に映る。シェリルが聞いていたのなら、要点を掴まない話で苛々とするところだろうが、マリアは美しく魅力的な笑みでブライアンに微笑んでいる。これなら大丈夫だろう、とシェリルの中で確信を持つ事ができた。
「もう少ししたら、マリアに隣国で流行っている小説の話を振ってもらうようにお願いしないと」
「ああ、貴族が公式の場で婚約破棄する小説の事?」
「そうそう。単純なブライアンなら、小説通りに動くかもしれないわね。動かないなら動かないでも問題なさそうね。今のところ臣籍降下が彼の有力な将来かしら」
ここまで来れば、婚約白紙にはなりそうだ。とシェリルは妖艶に微笑んだ。
***
ある日の夜、マリアの寮の自室で。
彼女は窓にいたリスのような動物を1匹、部屋の中に招き入れた。そしてその動物が持っていた宝石に魔力を込める。そう、チャールズ特製の防音魔法が込められた石なのだ。誰に聞かれているか分からないからと、彼が気を利かせてくれたらしい。
ちなみにチャールズ自身は学園に与えられた部屋で今日は休んでいる。リスのような動物は、彼の声を届けるための自分で動ける魔力で作った媒体なのだ。だからリスのような動物から彼の声が聞こえている。
「上手くいっているようだなー」
気の抜けるような声だったが、疲れていたマリアの心に染み渡る。彼の声に癒されていた。
「ええ、最初の出会いはシェリル様と打ち合わせをして進めたけれど、今は彼の方から私の元にくるようになったわ」
今やマリアがどこに居ても見つけ出して近くに寄ってくるのだから、この計画がなければ困惑していただろう。この行動力を王太子として発揮できていたら、見捨てられないだろうに……と少しだけ哀れに思っていたのは秘密である。
チャールズもたまにマリアとブライアンが一緒にいる姿を見ているようで、計画が上手く進んでいる事に驚いていた。
「はぁー。ここまでシェリル様の掌の上で転がされているなんて……いや、シェリル様の読みが凄いのか?」
「どちらもでしょうね。……だとしても、もうここからは私の手腕が問われる期間に入ったから、頑張らないと」
そう意気込んでいるマリアに、チャールズは笑いかける。
「いやぁ、なかなか良くやってると思うけどな?俺が調べてきたあのお方の好みの人物にそっくりじゃないか、俺も驚いたぞ?」
「ふふ、お母様から才能を受け継いだみたい。人物を演じるのは、嫌いじゃ無いのよ。それに、そろそろ噂も広まってきたから、シェリル様の仰っていた通り、虐めもまた始まるでしょうね」
「はー、強くなったな、お前。入学当時のしおらしさはどこ行ったんだって」
チャールズも入学時のマリアへの虐めについては知っている。その時に縮こまっていたマリアが、今や虐めをなんとも思っていないとは……。チャールズは彼女の成長を感じていた。
マリアも自身が成長しているのを感じていたのだが、それはあの時二人が助けてくれたからだ。
「そうね……あの時は一人だったから辛かったけれど、今はシェリル様もアレクサンドラ様も味方なのよ?怖いはずが無いじゃ無い」
「……現王妃予定の公爵令嬢と、領主代理を務める公爵令嬢だもんな。そう言われれば、百人力だわ」
「そうよ。それに、虐めの主犯を把握しておけば、後々シェリル様の役にも立つでしょう?シェリル様には虐めを上手く躱す手法についても教えて貰えたし、実生活で困る事にはならないと思うわ」
「例えばどんなのがあるんだ?」
「ワザと机の中に使わないノートを入れておいて、それを破らせたりとか?そのためのノートはシェリル様から頂いているの。その中には、ボルジャー公爵家の紋章入りのノートもあるわ」
「まさか、それを破らせるのか!?」
「ええ、シェリル様曰く、『時間との勝負だから中身まで見る事は無いでしょう』と仰ってたわ。公爵家の紋章は、内側にしか書かれていないらしいから、確認せずに虐めに使うだろうって。それにもし紋章入りノートが破られていたら『公爵家に敵意があるのか、と問い詰める事もできそうだわ』とも仰ってたわね」
「うわー、シェリル様怖え……」
「ね、心強いでしょ?」
最初はどうなることかと思っていたチャールズも、ここまで来れば、漠然とではあるが「大丈夫なんだろうな」と思えてきていた。マリアをここまで強くした二人に心で感謝を述べるが、ふと思う。
「……俺、尻に轢かれそうだな」
「何か言った?」
「いいや、頑張れよ」
「ありがとう」
こうして、シェリルの計画は少しづつ進められて行ったのである。