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アレクサンドラ・ボルジャーの憂鬱

 このところため息ばかり吐いている気がする、そう考えてまたため息を吐く。

 

 第一王子ブライアンの婚約者となった直後から、ブライアンの軌道修正を王家に期待されていた彼女。できる限りのことを試したつもりだったのだが、まるで婚約者の耳に届いている雰囲気はない。逆に今では婚約者である彼女の存在を避けているかのように見える。


「頑張って来たと私は思うのだけれど……どこで間違えたのかしら……」


 彼女は気づかない。幼い頃から身に染み付いた性格は、そう簡単に軌道修正できるものではないと言うことに。だからであろう、彼女は全て自分の責任なのでは、と思い仕舞い込んでしまっていた。他人から言わせれば九割がた王家が悪いと思うだろう事であるのに。


 今日もブライアンに話を聞いてもらうどころか、会う事すらできなかった。会わなければ……と思った理由は、王家に支給される婚約者用の支度金を彼が横領したとされる件。もしその事が本当なのであれば、彼女の貯蓄から使い込まれた分を穴埋めしようと考えていたのだ。もうこれも何度行ったことか。元々必要な物しか購入しないアレクサンドラだったので、ある程度の貯蓄はあった。しかし、彼の借金を補填するうちに、目に見えてその貯蓄が減っている。それだけブライアンは使い込みをしていたと言う事だ。


 もう何度と繰り返す自問自答でも答えが出ず、塞ぎ込む。何度も期待して、何度も裏切られた。

 最初は、そんなブライアンを放置している国王両陛下に対して怒りが沸いた事もある。しかし、彼らは期待ばかり口にして何をしてくれる訳でもなく……いつの間にか彼女は、怒りすらも持てなくなり、ブライアンを矯正することに一心になってしまった。それがまた悪循環を生み出すことに気付けずに。


 ただそんな彼女にも救いはある。それが家族だ。シェリルと父である公爵はいつも彼女の身を案じてくれる。アレクサンドラはいつもその温かなぬくもりに身を寄せたくなるのだ……しかし、そこで思い出すのが「王妃になるための義務」と「ブライアンを王族として正しい道へ導かなければいけない義務」。今から家族に迷惑をかけて、寄りかかってはいけない……と思い直し、毅然とした振る舞いを見せていたのだ。


 だが、今回の資金横領の件でアレクサンドラの心は挫けそうだった。もうブライアンは王族として駄目なのではないか。やっと彼女もそのことに気づき始めたのである。彼女の頑なな心に傷を負った瞬間だった。そしてそんなアレクサンドラの元に届いた手紙。それは今留学中の第二王子、エドウィーからの手紙だ。そこにはいつもの定時報告と、最後にこんな文が書かれていたのである。

 

「兄の件、聞いたよ。実の兄も含め、王家が貴女に迷惑をかけてすまない。王家が兄の教育に失敗したにも関わらず、貴女に兄の矯正を全て任せてしまったのが、そもそも根本的な間違いだった。貴女が気に病むことはない……と言っても、貴女は納得しないだろうけれど。」


 エドウィーはアレクサンドラの性格を見抜いた上で、謝罪したのである。

 ブライアンとは違い、エドウィーはいつも彼女の身を案じていた。勿論、報告の手紙が主ではあったけれど、兄が何かしら彼女に迷惑をかけた後はすぐに手紙が届けられた。手紙の内容は、アレクサンドラのことを気遣っているような文面と、くすっと笑みが溢れるような内容の手紙だ。いつの間にかその手紙は、彼女の心を支えるものとなっていく。


 現に今もその手紙は、期待を一身に背負っていたアレクサンドラの心にわずかなヒビを入れた。そのヒビは時間を追うごとにどんどん大きくなっていた。


 その矢先、父である公爵から呼び出されたのである。丁度王宮のブライアンの執務室から学園寮へ帰る途中だったアレクサンドラは、そのまま父の執務室へ向かった。


 彼の執務室はブライアンの執務室と同程度の大きさではあったが、主人は遊び呆けている王子と現外交官最高責任者だ。ブライアンの執務室は一つの机に乗る程度の書類で済んでいたが、公爵の執務室は同じ机が三つ以上あっても足りない上、書類が天井近くまで積み上げられていた。

 そんな執務室の中心には、書類に傾注している公爵が。その姿を見て、自身の不甲斐なさに胸を締め付けられる。


「アレクサンドラか、部屋が乱雑ですまない。キリが悪いので、この書類だけ仕上げさせてくれ。その間ソファーに座って待っていてもらえるか?」


 指定されたソファーに座ると、目の前にティーカップとお菓子が置かれる。見上げるとそこには、公爵の右腕と呼ばれている男性が笑顔で「どうぞ」とお茶を勧めてくれたので、アレクサンドラは軽くお辞儀をしてお菓子を食べることにした。……こんな心穏やかに落ち着いて食事をしたのは、本当にいつ振りだろうか。


 美味しいと思いながら、二枚目のクッキーに手を伸ばそうとしてふと視線を感じた。視線の先には公爵がおり、優しい笑みでアレクサンドラを見つめている。書類は一旦片付いたらしい。

 父親に見られていたのが恥ずかしかったのか、手を引っ込めるアレクサンドラ。その様子に彼は大口を開けて笑い出した。


「じっと見て悪かった。美味しそうに食べているものだからつい、声をかけそびれた」


 笑いながらこちらへ来る公爵に、「大丈夫です」と返答するアレクサンドラ。その様子を見た彼は一瞬目を丸くしたが、すぐにその表情は顔から消えた。公爵は久しぶりにアレクサンドラの笑みを見て驚いていたのだが、彼女は気づかない。

 どすん、と公爵はソファーに重たい体を預ける。そのふかふかなソファーは、疲れた身体を少しだけ癒してくれるような、そんな錯覚に陥る。だが、心配そうな目を向けている娘を見て、公爵は自身に喝を入れて話し始めた。


「今回呼び出したのは、婚約の件だ」


 ピクン、と身体が強張るアレクサンドラ。予想していたとは言え、何をいわれるのだろうか……彼女は予想がついていないようだった。


「まずブライアン殿下だが……殿下が卒業するこの一年で、彼の出処進退を決定すると陛下が仰っている。アレクサンドラ、お前にとっては納得がいかない部分もあるかもしれないが、学園卒業までに殿下の今の状況が変わらなければ、殿下は臣籍降下、もしくは廃嫡になるそうだ」


 臣籍降下ならまだしも、廃嫡という言葉に息を飲むアレクサンドラ。彼女は自身の力不足を呪う。もっと、私がしっかりしていれば……そう思い始めたその時。


「アレクサンドラ、自分を責めるのは筋違いだ。確かに、お前は陛下たちにブライアン殿下の更生を期待されて婚約者となっていたが、本来は王妃として国を治めるための王妃教育を身に着けることが一番の課題だったはずだ。それは教育係もお墨付きを得るほど優良な成績を修めていると聞いている。だからそこまで自分を追い詰めるな。……まぁ、と言ってもお前は納得しないだろうから……後一年、悔いの残らないように殿下を導くといい」


「承知しました」


「後はお前の婚約についてだが、もしブライアン殿下が臣籍降下もしくは廃嫡になった場合、第二王子であるエドウィー殿下が王太子に指名される。その時はブライアン殿下との婚約は白紙、その上で改めてエドウィー殿下との婚約が為されることになるだろうが、もしお前がエドウィー殿下との婚約が嫌なのであれば、陛下に伝えるが……どうする?」


「エドウィー殿下とですか?……むしろ私で宜しいのでしょうか?」


「殿下からは許可を頂いている」


 エドウィー殿下が自身を婚約者となることを希望していると聞き、アレクサンドラの胸の内は喜びに溢れる。しかし、彼女は中途半端なまま前に進むことはできなかった。この一年は彼女の胸中の整理の時間でもあるのだ。アレクサンドラはその事にも気づく。


「そのお話、了承いたしました」

 

「分かった。そう陛下には伝えておく」


「はい、お手数をお掛けします……お父様。気持ちを整理する時間を戴き、ありがとうございます」


「……お前は今までブライアン殿下のために心を砕いてきたのだ。それくらいどうって事ないさ」


 公爵のその瞳は娘を思う気持ちで溢れている。その瞳を見て、改めて決意を固めるアレクサンドラだった。

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