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マリア・バレットの決意

 マリアはため息をつくアレクサンドラを影から見ていた。今日も婚約者であるブライアンは、彼女を蔑み、罵倒して彼女の元を去っていく。もう何度とこの光景を見たことか。

 

 マリア・バレット伯爵令嬢は商人でありながら、伯爵位を持つ変わり種の父と、商店の広告塔として目立つ事を第一に掲げ、ついに社交界の華と呼ばれるようになった母親の元で生まれた。

 そんな彼女は学園内で、良い意味でも悪い意味でも目立っている。マリア本人は目立つ事が苦手でどちらかと言うと父親の血を引いているのか、商売に関わる方が好きな人間だ。

 だが大抵の人間は、そんな彼女の事を勘違いしている。母親の容姿を受け継いだ彼女を、彼女の母親と同じように華々しい性格なのだと思っている人が多い。そのためなのだろうが、彼女は学園入学時もその外見で人目を引き、入学早々アレクサンドラの対抗派閥であるダルドリー公爵家の令嬢から嫌がらせを受けていた。


 彼女がアレクサンドラに会ったのは、嫌がらせを受けた直後だった。


 学園に入学して数週間が経った頃のことだ。放課後、彼女はクラスの担任に呼ばれたため帰り支度を中断し、慌てて担任の元に向かう。その用事はすぐに終わったのだが、席に戻ると彼女の机の上に置かれていた鞄の中身が無くなっていたのだ。焦って周囲を探すも、鞄以外は見つからない。途方に暮れていたその時、ふと窓の外を見ると彼女の物と思われる荷物が落ちていたのだ。

 すぐさま外に出て荷物を纏めようとした。だが、その矢先に頭から水が垂れてきたのだ。それと同時にクスクスと笑う声が。その声を聞き流しながら、自分の荷物も自身も濡れてしまった事に呆然とする。そんな時だ。


「大丈夫ですか? 」


 頭の上から声がかけられる。見上げると、そこには黄金色の長く美しい髪をたらし、エメラルドのような透き通った瞳を持つ女神のような女性がこちらを心配そうに覗いていた。彼女は何枚ものタオルを右手にかけており、左手は水で濡れたマリアの顔を優しく拭いていた。


「助けるのが遅くなってしまって申し訳ございません。これで身体を拭いてくださいませ」


「ありがとうございます……」


 これがアレクサンドラとの出会いだった。この後、マリアのクラスの担任を呼びに走っていたシェリルと合流し、濡れてしまった持ち物については、新たな物を購入するまで学園の備蓄を借りる事になる。その手配についても、アレクサンドラとシェリルが率先して行う。


 この日から、ぱたと嫌がらせは止んだ。翌日、彼女の元にシェリルが訪れた事で、アレクサンドラの庇護に入ったとでも思われたのだろう。そのおかげか彼女の周りに寄り付かなかったクラスメイトも、段々と彼女と話すようになり、友人と呼べる存在もできたのだ。

 マリアはこの事に気づいた後、すぐに二人に感謝の意を述べた。すると二人は顔を見合わせて笑いあい


「貴女の助けになれて、良かったですわ」


「私もマリアと仲良くできて嬉しいのよ。そんな感謝されるような事はしてないわ」


 と誰もが見惚れるような笑顔でそう言ってのけたのだ。そんな二人の力になれたら……そう思っていた。







「婚約破棄計画、ですか? 」


「ええ、そうなの。協力しては頂けないかしら? 」


 陛下と宰相に計画を話した日から数日後。シェリルはマリアを執務室として使用している教室に招く。そして彼女の計画について協力を求めたのだ。

 最初は侍女をブライアンのいるクラスに転入させる、と言うことも考えたのだが、中々条件に合う使用人がいなかったのだ。それとできるだけ……この件について知る人間は少ない方が良い、とのことでシェリルやアレクサンドラが信用できる人物ーーそれに選ばれたのがマリアだったのである。


 彼女が選ばれた理由はもう一つある。マリアは公式には、婚約者がいない。正確に言うと、いないわけではなく、まだ正式に婚約をしていない。それもあって、ブライアンが彼女に言い寄ったとしても、彼女の醜聞にはならない。勿論、マリアの醜聞にならないようにシェリルも配慮するつもりであるし、彼女の家と婚約者予定の家には事前に話を通しておく予定なので、心配はいらないだろう。


「で、ですが、その計画ですと……アレクサンドラ様も傷ついてしまわれるのでは……?」


「お姉様の目を覚ませるには必要だと、私は思っているの。今、お姉様はブライアン殿下を矯正する事が自身の使命だと考えていて、その使命を達成するまでは婚約者の座から降りようとしないのよ。強引かも知れないけれど……大丈夫よ。お姉様は弱い方ではないわ」


 そう言い切るシェリルを見て、彼女が言うのであれば大丈夫なのかもしれない、と説得されたような気がした。それと同時に、二人の力になれるかもしれない……今が二人を助ける時なのだ、と言う気持ちが湧き上がる。


「了承しました……私がお力になれるのであれば」


 マリアの両親も、この件については許可してくれるであろうと考えている。国王夫妻と宰相の承認があり、実家が不利益を被ることはない。その上、王妃予定のアレクサンドラとボルジャー家に恩を売る事ができる。

 それに話によれば、マリアの許可が出た後にシェリルが彼女の両親に話を付けてくれるそうだ。あとは実家の承認待ちだけ。


「では、詳細な話はバレット伯爵家の許可が出たらまた改めて話すわね……こんな役回りを押し付けてごめんなさい……」


 思ってもいなかったシェリルの謝罪に目を丸くするマリア。彼女は気にしていないとの意味を込めて首を横に振った。


「いえ、一番辛い時に私はお二人に助けて頂きました。正直、私がお二人の助けになれるとは思っておりませんでしたので……お二人の助けになれる事が嬉しいのです」


「……ありがとう、マリア」


  シェリルの少し悲しそうな笑みが、アレクサンドラの最近の様子と重なって見えた。最近のアレクサンドラは、顔では笑っていても、心は傷ついてばかりで心からの微笑みを見せていない。それは一年ほどしか関わっていないマリアでも見抜く事ができたのだ。勿論、人より観察眼はあると彼女自身は思っているが。

 そんなマリアでも見抜いたアレクサンドラの苦悩をシェリルが気づかないはずがない。だから彼女は姉の幸せのためにこの計画を立てたのだろう、そう思った。

 この計画を許可した宰相と国王が何を思っていたのかは知らないが、シェリルの思惑通りにアレクサンドラの憂いを晴らす事ができたら、どんなに良いだろうか。そしてまた心の底から楽しそうに幸せそうに笑うアレクサンドラを見てみたい。


 そう思ったマリアは、この計画が成功するようにとそっと祈りを捧げたのだった。

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