シェリル・ボルジャーの提案
本日も一話更新です。
この作品は一話の短編掲載部分も含め、11話で完結です。
ほぼ書き終えているので、予定では毎日投稿しようかと考えております。
そこまで是非お付き合いください!
「この度の事については、済まなかった」
王城にある応接間。扉から見て左手にはボルジャー公爵とシェリルがソファーに腰掛けており、その対面には立って頭を下げている国王と、座っている宰相がいる。
今回彼らが呼ばれたこの応接間は、三つある部屋の中で一番豪勢に飾られた場所だ。この応接間を使用するのは、他国の王族や重要な使者の時だけである。
だから、今回陛下たちはボルジャー公爵家の二人をここに招いた。それはつまり、王家はボルジャー家を蔑ろにしているわけではない事を示すためである。一度も入室したことのない部屋に一瞬驚きを隠せなかったシェリルだったが、同様に父の公爵も自分たちの扱いに驚いたようだった。
その上部屋に入ってソファーに座るや否や、いきなり頭を下げる陛下に二人は戸惑いを隠せない。隣に座っている宰相は国王より事前に頭を下げる件を聞いていたのだろう。隣で目を瞑り、空気と化していた。
「陛下、頭を上げてください」
「いいや、息子の不始末は親の不始末でもある。うちの息子が公爵とアレクサンドラ嬢、シェリル嬢に迷惑をかけていて申し訳ない」
「応接間ではありますが、ここには陛下と私とお二人しかおりません。謁見とはまた違う、非公式な会合ですから」
陛下の気の済むまで頭を下げさせてください、と宰相がにこやかに話すが、そんな彼も顔は少しだけ引き攣っている。父親に頭を下げさせている息子に対して憤慨しているのだろう……ただでさえ、国王も宰相も、公爵も忙しい時期なのだ。そんな時期に息子の非行を謝罪しなくてはならない、陛下たちに余計な仕事を増やしたブライアンに苛立つのも無理はない。
「ちなみに王妃様はブライアン殿下の件をお聞きした後から、体調を崩して現在寝込んでおります」
「何ですと……?お身体のお加減は宜しいのですか? 」
「ええ、精神的負荷が大きかったようで」
王妃は体調不良とは無縁の快活なお方だとシェリルは公爵から聞いていた。ここに来てブライアンの愚行を聞き、心労が一気に押し寄せてきたのかもしれない。
シェリルは王妃の表面では心配をする一方で、心の奥底では、なにを今更。わかり切った事ではないか、と思っていた。
そもそも彼女から見れば、アレクサンドラがブライアンの尻拭いを期待されていた事にも問題があると思っているのだ。国王夫妻の教育の失敗を何故、他人である姉に押し付けるのか。
まあ、ブライアンもエドウィーも同様の教育を受けているとの話を聞いているので、ただ単にブライアンの性格が問題だったのかもしれないが。
なあなあにしてきたツケがここに来て何倍にも膨れ上がってしまっただけだ。こうなるより前に、国王夫妻は一言、「今のままのお前には、国王を継がせない」とでも言えば良かったのだ。そうすれば真面目に勉強したかもしれないのに。
国王の謝罪と宰相の話を聞きながら、シェリルは父の後ろで静かに佇む。シェリルが聞きたいのは、国王の謝罪でも、王妃の容態でもない。ブライアンを廃嫡にするのか、そして姉のアレクサンドラの婚約は白紙撤回されるのか、と言う部分だ。
だが、彼女は領主代行の地位を持っていても、現在はまだ学生。ブライアンとは違い、礼儀を理解しているので口出しはしない。静かに彼らの話を聞いていた彼女は、頭の中では姉の事を考えていた。ブライアンの事で悩み、人知れず涙を溢していた姉の姿を。
「……それで、ブライアン殿下の処遇はどうなさるおつもりで?」
痺れを切らした公爵が、単刀直入に国王と宰相に切り出した。彼ら、特に国王は謝罪ばかりで話が先に進まないのは目に見えていた。むしろ、謝罪だけで済ませたかったのかも知れない……と思ってしまうのは、深読みし過ぎたか。
国王は返答に詰まるものの、狼狽たのは一瞬でその次の瞬間には、目に力が籠っていた。話す決意をしたのだろう。
「その件なのだが……もう一度ブライアンに身を改める機会をくれないか? これが最後のチャンスで良い……公爵にも、アレクサンドラ嬢にもシェリル嬢にも、負担をかけて申し訳なく思うのだが……この最後の機会に改善が見られなければ、ブライアンを廃嫡にし第二王子のエドウィーを王太子に指名する」
そう述べる国王の顔は苦しい表情をしていた。確かに、息子を廃嫡にするなど身を切るような想いだろう。
「……アレクサンドラは、どうなるのでしょうか? 」
最後の機会を与えるにしても、ブライアンが廃嫡になった後、アレクサンドラがどのような立場に立たされるのか、この話からは分からない。公爵の疑問も尤もだ。シェリルだって公爵と同様に、姉のことについて疑問に感じていたのだから。
「これは陛下とも話したのですが、来年アレクサンドラ嬢とブライアン殿下は学園を卒業されますので、卒業を期限にしようかと考えております……丁度一年ですね。もしブライアン殿下が廃嫡となった場合は、第二王子であるエドウィー殿下に嫁いで頂こうかと考えておりますが……これに関しては、まだエドウィー殿下にも話を通していないので、公爵殿の了承があれば、エドウィー殿下にも話し、進めていく予定です」
エドウィーは現在他国に留学中で、ブライアンが学園を卒業すると同時に帰国する予定だったはずだ。ちなみに彼には婚約者がいない。「兄さんが王太子になってから見つけても遅くはないでしょう?」とのらりくらりと躱されていた。
エドウィーは聡明だ。そんな彼と、アレクサンドラやシェリルは何度か交流を持っていた。アレクサンドラに関しては、留学後も彼から度々手紙をもらっている。それには理由がある。彼は留学先で周辺国の情報を手に入れては、兄であるブライアンに手紙を送っていた。情報と人脈を手に入れたいがために、留学をしていると言っても過言ではないほど、彼の情報収集能力は非常に高いものだった。
だが、受取手であるはずの兄は、遊び耽ってばかりで彼の手紙を手に取ることさえしなかったため、ブライアンの代わりに業務を代行していたアレクサンドラが、国王と宰相の許可を得てエドウィーに返事を認めていたのだ。
だからシェリルとしては、年下でもエドウィーに嫁ぐ方が良いと思っていた。彼が誠実であることには間違いないし、ブライアンと比較するのもおこがましいくらい、堅実でもある。アレクサンドラのことも大切にするはずだ。
「了承しました。それで進めてください。アレクサンドラも陛下の命であれば、従うでしょう」
「公爵よ、何か心配事でもあるのか?」
「ええ……アレクサンドラは優しい娘なので、見捨てる事ができないのですよ。ですが、陛下の命という大義名分があれば割り切る事ができるかと思いまして」
実はシェリルと公爵はアレクサンドラに何度も「婚約を解消してはどうか」と持ちかけていた。婚約の状態でこの有様だ。結婚してから苦労することは目に見えているし、元々王家から頼まれて成立した婚約である。ブライアンの所業を訴えれば、婚約解消だって公爵家の損失無くできたのだ。
それでも婚約解消しなかったのは、アレクサンドラが首を縦に振らなかったから。彼女はブライアンを見捨てる事ができないと、今の今まで婚約解消を拒否してきたのだ。姉は優しいからこそ、蔑ろにされていると分かっていても見限る事ができないし、自身が苦しむのを理解していて、この地位に居続けたのだ。
そんな彼女に「地位が目当てなだけのツマラナイ女」と言い放ったのはブライアンだが。
国王陛下の命であれば、アレクサンドラが彼の更生を諦める事ができる。そして彼に囚われずに生きていくこともできるだろう。
だからシェリルは、どうしてもブライアンを廃嫡にしたい、と思った。期限は後一年。このまま何もなければ、なあなあにされてブライアンと結婚という結末になる可能性もある。念には念を入れておきたい。
どう切り出そうか、と思案していると父から声がかかる。
「シェリルも何かあるか? 」
そう父に尋ねられて、シェリルは改めて真剣な面持ちで国王と宰相の顔を見た。これから提案する事は受け入れられないかもしれないが……言ってみる価値はあるだろう。
「一つ、提案を申し上げても宜しいでしょうか」
「ああ、公爵も宰相も構わないだろう?」
二人とも声に出さずに肯くだけだったが、父親である公爵の目には「何を言うつもりか」と言われているように見えた。だが、この機会を逃せば姉を救う事ができない。そう思い、彼の目線には気づかないフリをする。
「ただ1年間過ごすだけでは、ブライアン殿下の行動が改善されたのかどうか判断がつきません。ですから、こちらから最後のチャンスを提示してみては如何でしょうか? 」
「つまり……その結果次第で決めると言うことですか?」
頷く私に、「それは良いかもしれません」と納得している宰相と公爵。国王は複雑な心中なのだろう、顔に影を落としているが、概ね言っていることも理解できているが、心の中ではあわよくば……なあなあにする事も考えていたのだろう。シェリルにグレーゾーンを潰されて、心なしか笑みに力がない。
「ええ、もし許可をしていただけるのであれば、計画書を提出しますが……簡単にお伝えしますと、今巷で流行りの婚約破棄に便乗しようかと考えております」
「それは、もしかして隣国で流行っていると言う……?」
そう、以前アレクサンドラが、「隣国では婚約破棄を公の場で行うという小説が流行っています」とエドウィーの手紙に書かれている事を教えてもらい、試しに読んでみたのだ。これは聞くところによると、実話らしい。確かに何も考えていない人間が聞いたら、実行に移すかもしれない。
「そうです。詳しい内容の話は割愛させていただきますが、簡単に言いますと、『卒業パーティで地位の高い貴族が婚約者に婚約破棄を申し出た』という話が流行しているとエドウィー殿下が手紙に認められていた、と姉から聞いております。簡単に言えば、女性を仕掛けてブライアン殿下がどう行動するか、で処遇を決める…と言うことです。私としては三つの処遇を考えておりまして……まず一つ目は、卒業までに姉に対する態度を変え、政務も熟す事ができた場合。この場合はブライアン殿下を王太子に指名し、引き続き姉と殿下は婚約者のまま。二つ目は、態度は変わらなかったが公の場で婚約破棄を行わなかった場合。この場合は姉との婚約は破棄し、ブライアン殿下は臣籍降下、エドウィー殿下と姉が改めて婚約を結べば良いと思いますわ。そして三つ目、態度も変わらず公の場で婚約破棄を行った場合……」
「良かろう。その場合はブライアンを廃嫡とし、エドウィーはアレクサンドラとの婚約を改めて結べば良いだろう」
「陛下! 宜しいのですか?」
「宰相よ、仕方あるまい。確かに期限を区切るだけだと、ブライアンの処遇などこちらが何とでもできてしまうからな。改善の見られない状態で王位を継がれても、この国と王妃になるアレクサンドラが疲弊するだけだ。だったらシェリル嬢の計画に乗る方が彼女も納得するし、私も心構えができるからな……」
「殿下が公で婚約破棄など馬鹿げた事をするとは思いませんが……それならアレクサンドラも割り切る事ができるでしょう」
そう、公で婚約破棄を行われてしまった場合、どうしてもアレクサンドラが蔑ろにされてしまうし、彼女を傷つけてしまう可能性も否定できない。その点についてはシェリルも頭を悩ませた部分ではあった。しかし、姉にも踏ん切りをつけて欲しい。彼女の目を覚す為に、強引ではあるがこの計画を考えていたのだ。
「もし公で婚約破棄があれば、後ほどアレクサンドラ嬢には瑕疵がない事を発表しよう……その場合、ブライアンとアレクサンドラ嬢の婚約は白紙にし、エドウィーと改めて婚約を結ばせよう」
「承知しました。シェリル嬢、どのようなお考えなのかは、この後じっくりとお話をお聞かせ下さい……業務ですか?ええ、私の部下は優秀ですから、問題ないでしょう」
「それは私も聞くからな」
「お父様まで……」
忙しいのに良いのだろうか、と思うが、笑顔で楽しそうな宰相を見ると、まぁ良いかと思うシェリルなのだった。