国王陛下の苦悩
時は戻り、ブライアンが婚約者の資金に手を付けていた時、彼の父である国王は、ブライアンが仕出かした報告を宰相から聞いて頭を抱えていた。
「あの馬鹿息子が……私は彼奴の教育のどこを間違えてしまったのか……」
「同様の教育を受けていたエドウィー殿下は、ご立派に育っておりますから……元ある能力の問題かと」
国王とは対照的に、宰相は淡々と自身の意見を述べる。宰相からしてみれば、起こるべき事が起きた、ただそれだけのことだった。
そもそも、第一王子であるブライアンは素行が悪く、不真面目な人間であると宰相の中では認識している。
宰相だけでは無い。幼い頃からブライアンを指導していた教育係の評価も似たようなものだ。それは成長した今でも変わらない。そんな彼に苦言を呈する貴族は多いのだが、彼は全く聞く気配がなかった。勉強もしてこなかったブライアンは、権利には義務が付き纏うことに気づいていないのだ。
その上、この国は長子相続である。だから彼は生まれながらにして国王に即位する事を決定づけられていた。
現在国王陛下が王太子の指名をしていないにも関わらず、彼が王太子を自称するのは長子相続だからである。彼は自身が王太子であり、将来は当然国王に即位するものだと思っており、彼には耳触りの良い言葉しか聞こえないようなのだ。
反面、第二王子であるエドウィーはそんな兄を見て育ったからか、優秀で勉学にも熱心だ。元々新しい知識に触れる事が好きだという性格もあり、現在は宰相の元で見習いとして業務に当たったり、隣国へ留学することも予定している。
そのため、第二王子を国王に、との声が出ているのも事実であり、国王も宰相も第二王子を王太子に指名する事を考えていた。だが、やはり国王も子が可愛いことには変わりない。こんな有様になっているブライアンを心配し、諭すことも忘れてはいなかったのだが……何度も愚かな過ちを繰り返すブライアンに辟易し始めていた。
「陛下。そろそろ潮時なのではありませんか? 」
「……そうだな……あれはもう駄目なのだろう……だが、最後にチャンスを与えてやりたいとも思うのだ。国王としては、すぐに切り捨てるべきなのであろうが、親としては複雑なものがある」
「陛下も国王ではありますが、一介の父親でもあります。そう思われる気持ちは仕方ないことではありますが……これに関しては将来の国益に関わる事ですから、第一王子の処遇を陛下自身が決定しないとなりません。もしブライアン殿下に最後のチャンスを与えたい、と思うのであれば……ボルジャー公爵に確認をとるべきかと。彼のご意向もありますので、何とも申せません。改めて公爵にお詫びした上で、相談という形で現在のお気持ちを公爵に話されては如何でしょうか? 」
「そうだな……その通りだな」
「それに、明日は公爵だけでなく、領主代理を勤めているシェリル嬢も共に登城する事になったそうです。シェリル嬢はアレクサンドラ嬢の事を敬愛しております故、陛下のご意志に反対されるかもしれませんね」
「ああ、シェリル嬢はいつもアレクサンドラ嬢の事を心配していたからなぁ」
少しでもブライアンが、婚約者の忠告に耳を傾ける事ができていれば……彼女たちが心を痛めることは無かったのかもしれないと国王は思う。けれど結局、この考えは想像でしかない。実際は婚約者のアレクサンドラはブライアンの素行に、アレクサンドラの妹であるシェリルは姉の心労に心を悩ませているのだ。
「私もそろそろ覚悟を決めなければならない時が来たのだろうな」
「……」
国王の悲痛な表情と声に思わず黙り込む宰相。彼ら二人は即位してからずっと二人三脚で国を治めてきた仲である。公私共に気心の知れた仲であるがために、宰相は国王の気持ちが痛いほど理解できた。
だかそんな彼らに追い討ちをかけるかのように悪い知らせは続く。親の心子知らず、とはまさにこの事を言うのであろう。
ボルジャー公爵を呼ぶようにと近くにいる近衛兵に声をかけようと、彼に目を合わせた途端、国王の執務室の扉を叩く音が耳に入る。
宰相と国王はお互いに顔を見合わせた。嫌な予感がひしひしと感じられたからだ。その予感は的中してしまう。
「陛下、宰相様!ブライアン殿下について早急にご報告が! 」
「……入れ」
宰相と国王はこの時だけは、この一報の内容を聞きたく無い……と二人共同じ気持ちであった。だが無情にも、彼から衝撃的な言葉を聞く羽目になる。
「ブライアン殿下が婚約者用資金を金庫から持ち出したとのことです! 」
「なんですって……? 」
装束を贈らない、と宣言しただけでなく、婚約者のために配分されていた資金にまで手を出したブライアン。その報告を聞いた宰相は小声で呟いた後頭を抱え、国王は口をあんぐりと開けて固まってしまう。
先に動いたのは宰相だ。横でまだ微動だにしない国王を悲痛な面持ちで見遣る。
「すまない、資金の件だな。私と陛下で相談する……下がって構わない」
「はっ」
パタンと閉められた扉の音を聞いた国王は、一つため息をつき
「覚悟を決める時が来たな……この後のブライアンの態度とボルジャー公爵家との謁見で廃嫡になることも考えなくてはならないな……」
「陛下……」
「ははは、腰が重いな。……宰相よ、この後謁見などの予定は無かったな?」
「……ございません」
「そうか。行ってくる」
「……御武運を」
まるで戦場にでも繰り出すかのような真剣な面持ちで執務室を後にする国王。彼の出て行った扉を宰相は閉まるまで見つめていた。