国に帰らん
船も完成し、すでに処女航海も済ませた。出航は二日後を予定している。
今思えば異世界に来て知り合いも大勢できたものだ。酒場では俺との別れを惜しむ仲間たちがいる。灯台の仲間たち、港湾事務所の仲間たち、顔見知りになった船員たち。どいつもこいつも酒を飲んでどんちゃん騒ぎだ。俺はそんな海の者たちの様子を少し離れたところから見守る。
「太平にゃん。」
「おっ。」
相手の死角からくるというのは猫の獣人である本能なのか、それともただの偶然なのか。レナは酔った状態で俺の背後から抱きついてくる。
「実はほしいものがあるのにゃ。」
「なんだ?」
レナがものをねだってくるとは珍しい。これも酔っているからなのだろうが何のことはない。レナが欲しがったのは俺がこの世界に持ち込んでいたものだ。俺は海水に浸かっていたため、塩抜きをしてもらって返してもらった財布・携帯電話・家の鍵などいろいろ持っているのだ。
俺は空にした定期入れに運転免許証と五円玉を入れて渡してやった。結局この日の宴は完全に夜になるまで続いた。
・・・・・
出航当日。その日は晴れていて風もある日だった。
「太平にゃん・・・。」
「元いたところに帰るだけだよ。」
俺はレナに笑顔で答える。俺が帰れるにしろ帰れないにしろ今生の別れだというのはすでに確定している。もうここに来ることは永遠にないのだ。
「これあげるのにゃ。」
そういうとレナは俺に何やら大きな石のついたネックレスを首にかける。革の紐に銀色の台座が付いていて、その真ん中には青い石がはめられている。
「ありがとう。」
そういうとレナは俺に抱きついてきた。こっちが恥ずかしくなるぐらいずーと抱きついていた。
帆に風を受けて進む帆船。港から離れていく俺は手を振る人レナ達を見続ける。シャイな俺にとってはあんな風に手を振り続けるのもなんだか照れ臭い。俺は帽子を目深に被り何も言わずに敬礼した。
・・・・・
船は順調に進み続けた。幸い西から東の風で追い風だ。俺は船でただひたすら東へ向かう。しかし、海の天気は崩れやすい。
「おっ!」
船の先、東のほうは黒い雲に覆われていた。一抹の不安はあるが、俺にはただ東へ行くことしかできない。帆を上げて風に備える。
ここまで来るともはや不安とかではなくただ泣きたくなった。進むにつれて海は荒れ、今では船を揺さぶるように激しくなっている。船いたるところからきしむ音が聞こえるようだ。
「あ~。なんでこんなことに。」
気が付けば、俺は海の上に投げ出されていた。あの時岸に流れ着いた時と同じように、船が壊れたところの前後の記憶がない。あたりには船であったであろう木片が散らばっている。不思議なことに嵐は収まっていて、まるで水面が鏡のように月を映していた。




