死が二人を分かつとも
どぱーん！
日本海の荒波が岸壁に激しく叩きつけられた。波しぶきが寒風によって高く舞い上げられる。空は低く雲が垂れ込め、今にも天候が崩れそうだった。
厳冬のこの時期、切り立った岸壁の突端に立とうとする物好きな人間はいなかった。思い詰めた様子の若い男女の二人を除いては――
旅行者らしい二人は荒々しい日本海を眼下に見下ろしながら、まるで互いを暖めようとするかのように抱き合っていた。どちらも身体が震えている。それは必ずしも底冷えする冬の寒さが堪えているわけではなかった。
「もうお終いね」
女が男の胸に頭を預けるようにしながら呟いた。男は強風に乱れようとする女の髪を優しく撫でる。
「どうやら、この世界には僕たちが一緒に暮らしていける場所はなさそうだ……」
「そうね……」
「このままじゃ、二人は離ればなれに引き裂かれてしまう」
「そんなのイヤ！ あなた以外の人と結婚するなんて！ 何が許婚よ！ 何が私の幸せのためよ！ お父様は政略結婚のために私を利用しているだけじゃないの！」
「アイ、キミをあの鳥カゴのような家から連れ出してあげたかった……そして、慎ましくてもいいから、二人で幸せに暮らしたかった……」
「私もよ、マコトさん。誰にも知られることなく何処か遠くへ行けば、ずっと一緒にいられると思ったのに」
「でも、もうそれも無理みたいだ……」
「ええ。お父様は絶対に私たちを許さないでしょう」
「こうなったら──」
どぱーん！
再び波がしぶきを上げた。マコトとアイは暗い海を見つめる。
「……本当にいいのかい？」
「ええ……後悔はしないわ。マコトさんと一緒なら」
「アイ……」
「ねえ、生まれ変わっても、私たち、きっとまた巡り合えるわよね？」
「もちろんだとも」
「そのときこそは……」
「ああ、そのときこそは」
「私のこと、絶対に忘れないでね」
「ああ、決して忘れない！ もし生まれ変わって、アイと離ればなれだったとしても、僕は必ずキミを捜し出すよ！ そして、必ず一緒になろう！」
「マコトさん！」
「アイ！」
二人はもう一度、熱い抱擁を交わした。
そして、来世で必ず結ばれることを互いに誓い、二人は崖の上から身を投げて、心中を図ったのだった……。
死んだマコトは回遊魚のサンマとして生まれ変わった。どうやら海に身を投げたせいらしい。しかも奇跡的に前世の記憶も持ち合わせており、自分がどうして命を絶つことになり、こうして生まれ変わったのか、すべてを理解していた。
だが、残念ながらアイの生まれ変わりは、マコトの近くにはいなかった。いったい、何処にいるのか。
マコトはアイを捜し回った。きっと彼女も自分と同じように生まれ変わったはずだ。そして、この広い海の何処かに必ずいるに違いない。
サンマになったマコトはそう信じて、アイの生まれ変わりを捜し、あちこちを泳いだ。
それから、どれくらいの月日が経ったであろうか。
ある日、遂にマコトはアイを見つけた。マコトと同じく、海で生まれ変わったアイもすでに人間の姿ではなかったが、一目見た瞬間、直感が間違いないと教えてくれた。
「あ、アイ？ アイなのか？」
「えっ？ マコトさん!?」
「ほ、本当にアイなのかい？」
「マコトさん？ マコトさんなのね!? 嬉しいわ！ 約束通り、ずっと私を捜してくれていたなんて！」
「あ、ああ、も、もちろんだとも」
「どんなにあなたに逢いたかったことか！ これで私たちは、やっとひとつになれるんだわ！」
「そ、そうだね──って、ちょ、ちょっと待ってくれ、アイ！」
「ああ、待っていたわ、このときを！ マコトさーん！」
「ひーっ！」
凶暴なホオジロザメに生まれ変わっていたアイは、本能的に空腹を満たそうと、獲物であるサンマのマコトに襲いかかっていた。
