旅人の王様
お子様に読み聞かせられる話を目指しました。
ある国に、旅人がいました。
旅人は自由です。
気の向くまま美しい風景を求めて、色んな所へ旅をしていました。
ある日、旅人は悪人にだまされて、お金も食べ物も全て無くしてしまいました。
どんなにキレイな景色も、どんなに良い風も、空腹を癒やしてくれません。
お腹が減った旅人は森の中で倒れてしまいました。
そんな旅人を、立派な格好をした男が見つけます。
なんとこの男はこの国の王様でした。
「大変だ。これを食べなさい」
王様は旅人に豪華なお弁当を分けてくれました。
お腹がふくれてすっかり元気になった旅人に、王様はこう言いました。
「私はもう疲れた。どうか、私の代わりに王様になってくれないだろうか」
王様は旅人に、王の証である冠を差し出します。
旅人は少し迷いましたが、冠を受け取りました。
王様になればもう空腹で倒れる事はないのです。
「ありがとう」
王様は大喜びで立派な服を脱ぎ捨てます。
旅人も薄汚れた服を脱ぎ、王様と服を交換しました。
王様は、いえ、元王様は旅人の服を着て、元気良く森の奥へと旅立って行きました。
旅人も、いえ、元旅人も王様の服を着て、お城へと向かいました。
その日以来、旅人はこの国の王様になりました。
さて、お城の中は珍しい物がたくさんあります。
よく分からないツボ。
変な形の剣や盾。
とにかく大きな絵。
不思議な光る宝石。
誰も着ないのに置いてある鎧……
王様は毎日お城の中を探検しました。
何より素晴らしいのは、どれだけ探検しても、毎日お腹いっぱい食べられる事です。
王様はピカピカの食器で、豪華な食事をたくさん食べました。
はじめは幸せだった王様ですが、やがてお城の探検をしつくしてしまうと何だか飽きてしまいました。
家来と楽しく語ろうと思いましたが、みんなペコペコしてばかり。
お城に来る人も、みんななんだかよそよそしい。
こんな事は旅人だった時は一度もありませんでした。
「そうだ。外に出てみよう」
王様は散歩に行こうと思いました。
しかし家来たちは大反対。
「もし王様が転んでしまったら大変だ」
「もし王様が迷子になったら大変だ」
「もし王様が雨にぬれてしまったら大変だ」
王様はお城から出してもらえませんでした。
結局、また退屈なお城の探検をするしかありません。
どれだけの年月が経ったでしょうか。
ある夜、王様は元王様の事を思い出していました。
元王様の旅人は今、何をしているのでしょう。
どこに行って、どんな物を見ているのでしょう。
いてもたってもいられず、王様はお弁当を持って、こっそりお城を抜け出しました。
「なんて久しぶりの外だろう」
王様が楽しく歩いていると、川のほとりに誰か倒れています。
「大変だ」
倒れていたのは若い旅人でした。
どうやら彼はお腹が空きすぎて倒れてしまったようです。
王様は慌ててお弁当を分けてあげました。
若い旅人は泣いて喜びます。
そうだ、と王様は思いました。
「もし良かったら、私の代わりに王様になってくれないだろうか」
その日以来、この国の王様は若い王様に代わりました。
元王様はまた旅人に戻りました。
旅人は今日も、色んな所に行き、色んな物を見るために旅をしています。