9.スライム捕獲作戦
その後の町長の話ではね、蝦夷大の先生、第一声が「スライムの件、他の大学や研究機関からもう連絡来てますか!?」だったとさ。
ごまかしようのない本物の動画見て手のひら返したようです。拡散しつつある動画に焦っているようですね。そりゃあこんな大発見になりそうな研究対象、一番乗りしたいですよね。
テレビ局とか新聞社からとかも電話来ました。北海道ってのはわかってるんですが、どこの町かまではわからないようで道内の市町村に片っ端から電話かけてカマかけてるようです。これについては「知らない、うちの町じゃない」と回答するよう一本化させました。
話じゃ明日さっそく蝦夷大のスタッフの第一陣が駆けつけてくるようです。
「そりゃよかった。この件、蝦夷大の先生たちに第一号で発表させて、僕らノータッチでいきましょう。もう自分たちの手柄で発表したくてしょうがない人たちでしょうから全部丸投げで。そうすれば道庁もすぐ動いてくれるでしょうし」
「お前天才だな!」
「すげえよ中島!」
「よしそれでいこう!」
もうみんな全力で僕のアイデアに賛成してくれます。
ぷるるるるるるる。
携帯が鳴ります。
「あ、シン、罠準備できたよ。どこ持ってけばいいの?」
……会長。ごめんなさい。これから厄介ごとにどんどん巻き込まれていきそうですよ僕たち……。
さて町営牧場です。もう入り口に猟協会のみんなが集まってます。
4WDのトラックに箱罠が二台、乗っかってますね。
「昨日スライム出たんです。夜見張ってたら現れました。五匹です」
「ほんとかい?」
「牛食われた?」
「いえ、トラクターとかホイルローダーで撃退しました」
「おお――――!」
会長の長門さん、事務局長の田原さんと補佐の清水さんと、なぜか来ている僕のおじいちゃんにノートパソコンで昨日の動画を見てもらいます。
「……トラクターで追い払ったのか。すげえな。場所どこだ?」
「牧草に踏み込まないといけませんからね、職員の方に立ち会ってもらわないと」
そう言って職員さんに連絡して来てもらいました。昨日の牧草、あちこち重機で踏み荒らされ散々なことになってます。僕が目印にポールを立てておいたのでね、場所はすぐわかりました。
「ここで踏みつぶしたのか」
あちこち観察してみましたけど、スライムの痕跡はすっかりなくなっていてあのドロッとした体液も水フーセンみたいな体ももう見当たりません。地面に吸い込まれてしまいましたか、牧草の葉が褐色に枯れていて強力な酸でやられた痕跡があるようには見えます。
あとで炭カル(炭酸カルシウム)でも撒いて中和しておいたほうがいいかもしれませんが、蝦夷大の先生が調べるでしょうからとりあえずそのままにしておいてもらうことにしました。
ワイヤーで、牧場のトラクターのフロントローダーで吊り下げ、柵の外にクマ用の箱罠と、鹿用の箱罠を並べて設置しました。会長がビニール袋からクマ肉のでっかいかたまりを取り出して、針金に吊り下げます。檻の奥の板を踏んだらがしゃっと檻の蓋が落っこちて、閉じ込められるようになってます。
「こんなんで誘い込まれるかねえ」
「電柵張り巡らしてここにおびき寄せるようにしましょう」
箱罠の入り口から、柵の向こうの林に向かって扇状に杭を打ち込み、杭の碍子に針金を巻きつけ、変圧器のプラスに接続します。アースは銅棒を地面に打ち込んでマイナスに接続、電源は自動車用のバッテリーです。牧場全体で運用するような大型機器じゃなくて、家庭菜園とかに使うような小型のやつです。
電圧は七千ボルトと高いんですが常時電流が流れてるわけじゃありません。これ勘違いしている人が多いのですが、高い電圧の電源につながっているだけでまだ電流は流れていないんです。プラスは電線、マイナスは地面に打ち込んだアースで地面全部になっていて、動物や人間がこの電線に触ると、体を通して電線と地面の間が人間の体でショートするので高電圧が体に流れるわけです。
電流が流れるのは触った時だけですから消費電力はたいしたことがなく自動車バッテリーでも数日間持ちます。
テスターで測定して電流がバッチリ流れてることを確認します。OKですね。
日が暮れてきました。今日も一晩中徹夜で見張りです。
「シン……。お前、たいしたもんだなあ」
「ま、これ僕の仕事だから」
おじいちゃんが感心したように言います。僕も、ちゃんと仕事するようになったでしょう? あっはっは。
「俺も今夜一緒に見るよ。いいべ?」
「うん」
「万一のことがあったらこれの出番だろうしよ」
そう言って、おじいちゃんが鉄砲を出します。おじいちゃんの愛銃、レミントンM1100です。
ガスオートの散弾銃の決定版。構造が単純で信頼性が高く、長く使われてきた歴史のある名銃です。日本で使うので規制で弾倉が二発+薬室1発の三連発ですけど。
「ダメだよおじいちゃん! これまだ害獣駆除の許可出てないし、夜間の発砲も禁止だし、撃ったら違反になるよ!」
「……なってもいい。俺はもう鉄砲いつ辞めたっていいんだ。そんなことよりお前らが危険な目に遭ったり牛が食われたりするほうが大問題だ。やらせてくれ」
いやいやいやいやそれはダメでしょ。
「シン、お前市街地なのにクマ撃ったよな。違反だと知ってて、それでも子供守るために鉄砲撃ったよな。鉄砲やめることになってもいいからあの子供は守りたいと思って撃ったんだろ?」
「あの時はそこまで考えて撃ったわけじゃないよ」
「お前みたいにこれから猟協会を背負っていく若いやつにそんなことをやらせるなんて俺の冥途の土産にならねえべ。そういうのはな、俺みたいな年寄りの仕事なんだよ」
……。
しょうがないか。
でも撃たせませんよ。そんなことしなくても、罠がうまく行くかもしれませんし、いざとなったらトラクターも重機もありますからね。
「さ、夕ご飯にしましょうか。ジンギスカンです」
「そんなのんきなよう……」
猟協会と職員のみんながあきれます。
「いいんです。罠かけて捕まえるんでしょ? いい匂いさせておびきだしてやりましょうよ」
わっはっはってみんなで笑って、薄暗くなってきた牧場で、みんなでガスコンロ囲んでジンギスカン食べました。
「酒が欲しい――――!」
いやそこは我慢しましょうよ会長……。
暗くなってきたのでおじいちゃんと二人でジムニーに乗って、万一のために重機たちが待機する先頭でライト点灯して、アイドリング待機します。
重機には猟協会の会長の長門さんとか事務局の田原さん、清水さんが乗っています。職員さんに毎晩徹夜させるわけにいきませんし、猟協会の人はまあ本業がだいたい農業関係なのでトラクターとか重機とか運転できますから。
「やっぱりなあ、見たことも無い獲物ってのは、ワクワクするな! 猟師の性かねえ」
はっはっは、おじいちゃんもまだまだ現役気分ですなあ。
とんとんとん。ジムニーの窓をノックされて驚きました。
沙羅先輩です。パワーウィンドウを開けて挨拶します。
「こんばんは。ここは関係者以外立ち入り禁止ですがどうやって入って来たんですか?」
「いや柵を乗り越えて。っていうか私関係者」
「無関係者です。ここは町営牧場。公共物不法侵入の現行犯で通報します」
「やめてよ! 人のパソコンお風呂に放り込んで! 弁償しなさいよ!」
「それ言いに来たんですか」
「そうよ!」
やれやれです。
「では弁護士を雇って正式に訴えてください。裁判で争ったうえで先輩が勝訴したら弁償しましょう」
「し……少額訴訟で」
「訴訟でもなんでもおやりください。そうすればどうして僕がそんなことやらなきゃいけなかったか理由が公になります。いくらでも受けて立ちますよ」
「理由ってなにがよ」
「先輩が町の備品であるビデオカメラからメモリーカードを盗んだ窃盗罪、ビデオカードの情報を盗んだ情報の不正入手に関する特別法に違反する罪、その情報を勝手に編集していた公文書偽証罪。僕はこれ以上の情報漏洩を防ぐためにやむなく実力行使したことを裁判所で証言します」
「こ……公文書?」
「役場の電子データーですから公文書です。電子データー改ざんも罪になるのは最近のニュースで見たでしょう?」
「しょーこは! しょーこはあるの!」
先輩パニックですね。
「先輩から取り返したメモリーカードに先輩の指紋がべったりついていたのはすでに警察の方で鑑識の結果が出ています。しかもそのデーターをワラ動とマイチューブに無断で公開してるので裁判所に捜査令状を取ってプロバイダの捜査中です。動画をアップした犯人のIPアドレスも明日には特定されますし、前に国会で成立して施行されてる『特定秘密の保護に関する法』も適用されて先輩の実刑はもう確定ですね」
「えええええ――――!!」
先輩大パニックですよもう。
「盗んでなんかいないよ! ちょっと借りただけでしょうが!」
「あのビデオカメラが役場の備品だということだけで僕から借りたんじゃなくて、町の資産を窃盗したことにもうなってるんです。そこまで考えていなかった先輩の不注意ですね。それにその動画を全世界に公開しておいて今更言い逃れできるわけないでしょ。逮捕です」
「ご、ごめん、ゴメンナサイ。謝るから、あやまるからそれはやめて!」
先輩、泣いてます。
「もう遅いです。証拠はそろってるし、今は検察の立件事案になってますから僕には関係ありません。弁護士を雇ってそちらとご相談ください」
「なんとかして! なんとかしてください!」
「だからすでに警察の仕事になってますし……。僕の方からはお気の毒ですとしか申し上げようがございませんねえ。家に帰って部屋を整理しておいたほうがいいと思いますよ。近いうちにあのアパートの部屋も捜査令状を取って隅から隅まで捜索されて、隠蔽されたメモリカードなどないか徹底的に探すことになると思いますから」
「なんとかならないのっ! ねえ! なんとかならないの!」
先輩半狂乱です。
「まあ僕から言えるのは今からでもアップロードした動画を削除することぐらいでしょうかねえ。うまくしたら証拠不十分で書類送検だけで済むかもしれませんし」
「だってパソコン水浸しで壊れちゃったし」
「先輩のスマホからでもアクセスして削除できるでしょ」
「あっそうか!」
そう言って、先輩スマホ必死になっていじくってます。
「そのスマホも取り上げられて全部データ解析されちゃいますからねえ。ヤバい動画とかあったら再逮捕もあり得ますねえ」
先輩泣きながらデータ削除してます。
あっはっは。
「……容赦ねえな、シン」
横で聞いていたおじいちゃんがあきれますね。
しっと口に指を立てて、黙っててもらいます。
「削除できました?」
「したよ! 全部削除した! マイチューブも、ワラ動も、ついでに退会したし!」
「スマホのデータも?」
「全部!」
「それはよかった」
「ねえこれで大丈夫なの?! ねえこれでもう逮捕されたりしなくていいの?」
「はいたぶん」
「は――――……」
先輩、手をついてガックリです。
「お嬢ちゃん、車乗んな。おやつあるよ」
おじいちゃんがそう言って、後部座席に移ります。
ジムニーは2ドアですから、助手席のシートを倒しての移動です。残念ながら後部座席は今時の軽としては狭いです。悪路走破性に特化した実用車ですからまあしょうがないところはいっぱいあります。
先輩がグズグズしながら助手席に乗ってきます。
「……私、逮捕されるの?」
「されませんよ」
先輩、びっくりです。
「なんで?」
「あんな個人が撮影したホームビデオの映像ぐらいで機密も公文書も無いですよ」
「そうなの!」
「そうですよ。国会で総理が何度も何度も答弁してたじゃないですか。この法律で市民が逮捕されたりするようなことは絶対にないって」
議員さんもマスコミも全く聞く耳持たなくて、『オスプレイが飛んでるところを撮影しただけで逮捕される』とか『十分な議論が尽くされていない』とか『説明責任を果たしていない』とかいまさら国会で一年間もなにやってたの? 話聞いてた? って感じですけど。
っていうか今までそんな法律も無かった日本って国がおかしいんですけどね。そんな法律ができたら逮捕されちゃうようなことをやってるんでしょうかね議員さんは。
「まあ僕としては、どうやってあの動画削除してもらおうかとずっと考えていましたが、うまいこと言って本人に削除してもらうのが一番手っ取り早いと思っていたのでちょうどよかったです」
「騙したのね――――!」
「はい」
「このおおおおおおおお――――!!」
先輩、僕を胸に抱えてぐいぐい首絞めます。
まあこれぐらいは我慢しましょうか。こんな残念な先輩でも、でっかいおっぱいの感触はなかなかですし。
「私のパソコン! 私のパソコンのデータ! コレクション! ゲームのデーター! どうしてくれんのよ!」
ぽかぽか殴られます。痛いです。
「ネットから違法ダウンロードしたアニメや画像なんてどこの裁判所が資産価値認めるんですか。逆に先輩が有罪にされますよ。ネトゲのデータはチート防止にパソコンにじゃなくて運営のサーバーに保管されてますからパソコン買ってインストールしなおせばまた元通り始められますし」
「パソコン弁償してよ!」
「しません。あれはこれ以上の拡散を防ぐために必要な措置でした。それぐらいは償ってもらいます。あのせいで僕ら役場が大迷惑被ってます。これからとんでもない騒ぎに巻き込まれることになるんですから。最悪謝罪会見してカメラの前で町長が頭下げる事態になりかねないんですよ。先輩が代わりにやってくれるんですか?」
「うぐ……」
「はっはっは! シンはすげえなあ。やっぱりお前はたいしたやつだわ」
後ろでおじいちゃんが笑います。
痴話ゲンカに見えるんですかね。それめっちゃ不本意ですって。
次回「10.捕獲成功!」