8.拡散、マイチューブ
徹夜でしたんで、昼まで寝てて、起きてから家族で昼食です。
「シン、なんか変なの町営牧場に出てるんだって?」
「うん、これ」
ノートパソコン持ってきておじいちゃんにも見てもらいます。
「……なんだこれ?」
おじいちゃんも見たことないよねさすがに。
「スライム? なんだかスライムみてーだな」
兄貴がそんなこといいます。これは妹が喜びそうです、今高校行ってますから家にいないですが。
「こんなのが牛、食いに来るのか?」
「そう」
「……鉄砲返すのもう少し先にするか」
おじいちゃん引退するするとか言いながらまだ許可証返却してません。もうなんだか「運転免許返却したがらないお年寄り」そのまんまです。いつまで現役でいるつもりですか。
「こんなの危ないんじゃないの?」
母は心配ですよね。
「今のところ、トラクターで踏み潰したり、ホイルローダーで押しつぶしたりすればやっつけられるんで、鉄砲で撃つなんてことはしなくても大丈夫。農場の人でやってくれるから。それに電柵設置するよう手配するし」
母を安心させるために一応そんなことを言っておきます。あの重機が大暴れしてる動画見せたら余計心配しそうなんで、それは見せませんけど。
その後、役場に戻って午後から出勤。
「中島君、どうだった?」
農政課の大山課長が聞いてきます。
「はい、一応撃退できました」
「おお――!」
なんか集まってきた農政課の連中一同が安心します。
「鉄砲で撃ったのか?!」
「そんな事するわけ無いでしょ。害獣駆除許可出してくれないの誰ですか。牧場にあったトラクターとかホイルローダーで踏み潰しましたよ」
「そんな簡単にいけるわけ?」
「動き遅かったですから、あいつら」
昨日大暴れしてた重機たちの動画、ノートパソコンで見せてあげます。みんなもうなんていうか、SFパニック映画みたいなノリの動画に大興奮ですわ。
「で、結局あれなんなのかわかった?」
町長さんがやってきて一緒に見てます。
「いやあ残念ながら僕にはわかんないですね。あんなの見たことないのは誰でも一緒です。専門家に見てもらわないとね。蝦夷大には連絡してもらえました?」
町長さんがうーんと唸って首を振ります。
「電話で新種の動物っていうとな、理学部の生物科学科ってとこ紹介されてさ、そこと話して、メールでもあの夜撮った写真送ったんだけどなんだかわからないってさ」
そりゃあそうですね。
「『これ本当に出たんですよね?』とか『CG合成とかのインチキ画像じゃないですよね』とか何度も聞かれたねえ。こっちが役場だって言ってもなかなか信用してもらえなくてね、なんか下っ端のやつらしくて教授にも見せてみるとか言ってたけどねえ」
生物科学科ですか。ネットで調べてみると海藻とかヒモムシとか魚の寄生虫の新種とか研究してるみたいです。扱ってるものがどれもしょぼいですねえ。こんな大きいスライム出たら大発見だとか言って喜んで見に来てくれるものかと思ってましたけど世間は厳しいですな。
「マスコミに発表とかするべきか?」
町長が物騒なことを言います。
「僕は大反対です。これが何かわからないうちからこんなの公になったらマスコミ押しかけて大変なことになりますよ? なにか事故があったり対応間違えたら謝罪会見開いてカメラの前で課長や町長が頭下げさせられることになります。それでもいいんですか?」
みんなの顔が青ざめます。良かれと思ってやったこと、他にやりようなくてやむなくやったことでも政府だろうが個人だろうがネットで炎上、大批判、連日ワイドショーでネチネチと追求されて最終的には土下座会見なんてこと、毎週のようにニュースで見てますからね。役場としてはそんな事態なんとしてでも避けたいところです。
「じゃあどうする?」
町長も事の重大さがわかったようです。
「僕としては大学の先生様に来てもらってこれがなにか特定してもらって、さっさと道庁の仕事にしてもらったほうがいいと思います。うちの町じゃ対応しきれませんよこんな事態」
「……なるほどなあ。ま、道庁がちゃんと対応してくれるかだな」
そんなこと言ってますが、これも危機管理の一つでしょう。信用してもらうのは難しい所ですから、今は証拠をそろえなければなりません。
「とにかく昨日の大騒ぎも、大学の先生様に本気出してもらうために見てもらいましょうよ。メールに添付しておきますからそっちで町長名義でその生物科学科ってやつに動画送りつけてやってください」
そうしてデジタルビデオカメラをUSBでデスクトップPCに接続しますと……。
「え?」
『メモリーカードがありません』って表示……。
「えええ?」
ビデオカメラのメモリーカードのカバーを開くと、メモリーカードがありません!
「先輩いいいいいいい――――!!」
やられたあああああああ!!
どんどんどんどん!
もうピンポンなんて生易しいことやってられません。思いっきり先輩のアパートのドアをぶん殴ります。
ドタバタと音がして先輩がドアを開けました。
上下スウェットです。何とだらしない。女捨ててません?
「なに……」
眠そうです。いや寝ないで何やってたのかと問い詰めたいところです。
「メモリーカード返して」
「メモリーカード? なんのこと?」
「とぼけないで。役場の備品のビデオカメラから抜き取って先輩が盗んだメモリーカードですよ」
「知らないわ」
「そうですか、じゃ今から警察に連絡して行政の備品を盗難し機密を漏洩した犯人として裁判所に捜査令状を発行してもらいこの部屋を徹底的に捜索します。メモリーカードが発見された場合は機密情報の窃盗、情報漏洩、公共器物窃盗、特定秘密の保護に関する法違反の罪名で先輩を告発し、町として損害賠償と実刑の求刑の訴えを正式に先輩に対して起こします。よろしいですね」
「ちょっちょっちょっ! なによいくらなんでもそれは!」
「では踏み込みます」
そう宣言して有無を言わさずアパートの部屋の中に乗り込みます!
うわっきったないな。
ゴミ屋敷とは言いませんがちらかってますねえ。なんですかこのビール缶……。
部屋の真ん中のテーブルにノートパソコンがあります。でっかいです!
ノートパソコンって普通ビジネスに使うものですからすっきりしたスマートなデザインをしてるもんですけど、このノートパソコン大画面で分厚くてでかいです。
先輩が言ってたゲーミングPCってやつですか。3Dネットゲームをやるのにデスクトップ並みの強力なCPUと画像処理能力のあるやつですね。これでダンナに隠れてネトゲやってたわけですか。離婚されるわけですよ……。
横見るとメモリーカードが刺さってますね。
引っ張り出すと間違いなく役場のメモリーカードです。ハンコと備品ナンバーがスタンプしてあります。
「有罪です。現行犯です。証拠を押さえました」
「捜査令状のない押収は無効!」
クソッ、妙な知恵付けてるな。
メモリーカードをポケットに入れ、ノートパソコンの蓋を開けます。
スリープ復帰ですぐに画面が出ました。どうやら動画の編集中だったようです。昨日の大騒ぎがカメラロールになってます。もうなにやってんすか先輩!
僕はその巨大なノートパソコンから電源コードとLANケーブルを引っこ抜いて持ち上げ、風呂場に駆け込みました。パソコンを振り上げて水の張った風呂に投げ込もうとします。証拠隠滅です!
「やめてええええええ!!」
先輩の悲鳴が響きます!
「やめてほしかったら言いなさい、これでどこにアップしようとしてたんです?」
「わ……ワラ動に」
ワラワラ動画かよ!
あんなネタ動画ばかりの国内サイトに……。
「アップロードしちゃいました」
ぎゃああああああああ。
「しちゃったのかよ!」
女を殴りたくなったのは高校から通算してこれで28回目ぐらいでしょうか。
相手は全部先輩ですが。
この人、生徒会長のくせに仕事全部僕に丸投げしてくれてましたからね!
しかも次の会長に僕を推薦して、そのせいで僕、一年間生徒会長やる羽目になりましたから! もう二年連続で生徒会長やってたようなもんですよ実質的に!
いや、でもワラ動ならまだマシか。もしアップしちゃっていてもネタ動画扱いされる可能性がまだあります。
「もしかして他には?」
「その、マイチューブに……」
いやああああああああああ!!
全世界でネタになるじゃないですか!
……。
「先輩」
「はい」
「先に言っときます。ごめんなさい」
そう言って僕は躊躇なく先輩のノートパソコンを風呂に叩き込んでやりました。
先輩の絶叫を聞き流し、すぐに役場に戻ってサイトをチェックです。
ワラ動で「スライム」で検索したところ……。
トップじゃないですか。
【北海道の牧場に発生したスライムとトラクターで戦ってみた】
なんというセンスのないタイトルです。もうちょっとマシなタイトルは付けられないんですか?
物凄いアクセス数です。もう十万アクセスも行ってるじゃないですか!
『本物かー?』
『これどこ?』
『リアルwwwww』
『重機すげえ』
『やるなトラクター』
『重機無双wwwww』
『トラクター戦とか胸熱』
『エイリアン2かよ』
『CGすげえ』
『実写との合成か?』
『撮影したの女?』
『リプリー乙』
『農家なにやってんすかwww』
『本物だったらこれダメなんじゃね?』
『いや生かして捕えろよwww』
『麻酔銃使え』
『スライムカワイソス』
『自衛隊マダー?』
すでに拡散してます。しかも関連動画まで作られてます。
検証動画ですね。どういう手法か知りませんがCGとかの合成だとすぐわかるらしいです。画像のコントラストを調整するとかなんたらかんたら。
それで『これCGじゃない!』って断言されちゃってます。手持ちのブレている動画でこれだけブレまでぴったり合わせたCGは映画とかのプロのSFXでも無理なんだそうですよ。
うあああああああ。アップロードが午前六時なのに……。職人さん仕事早すぎ。
マイチューブの方も見てみます。
こちらのほうはまだ……それでも五万アクセスはいってます。
外人さんのコメントが……。びっしり。全世界で騒ぎになるじゃないですか!
念のため「Slime」で検索し直してみると……、全部あのスライム戦の動画です! どこの誰がやったのか知りませんが英語字幕まで付いてます! たった六時間少々でこの拡散っぷり。
あああああああ。
なにやってくれてんすか沙羅先輩……。
そんな頭抱える僕の後ろで役場のみんなが集まって一緒に画面見てます。
「中島君……、これなんで漏れたの」
「君が撮ったやつだよね」
「君がアップしたの?」
「違うんです」
残念ですがもう先輩をかばってあげようという気はきれいさっぱり無くなりましたね。
「高校の時の先輩が昨日牧場に押しかけましてね、手伝わせろって言うからカメラ係任せたらコレですよ。カメラからメモリーカード盗まれてこの始末です」
「大変じゃない! カード取り返さないと!」
「さっき取り返したんですけどもう遅いですね……。ネットに出回った動画なんて回収不可能です……」
「動画配信の会社に権利者の申し立てして動画削除してもらおうよ」
「それ有効ですかねえ。アニメとかの版権ものならすぐ対応してくれると思いますけど、これ個人撮影のビデオですし、町の役場が権利申し立てして認められるかどうか。だいいち、それやっちゃあ、この町に発生したと自分で言ってるようなものですからね」
「え、町の名前出てないの?」
「今のところは北海道だけとしか。でもバレるのは時間の問題ですね……」
「ふーむ……」
いつの間にか来ていた町長が考え込みます。
「いや、いつかはバレるし、対応も正式にやらんきゃならん。前倒しになっただけだ。そう考えよう。今はまだ時間かせぎできる段階だから、それまではノーコメントで通す。調査の結果が出て正式に発表できるまでこの件は他言無用。本物だと信じてもらう手間が省けたと思えばいいかもしれんしね」
「町長! 電話です! 蝦夷大から!」
総務のお姉さんが声をかけます。
「来た!」
次回「9.スライム捕獲作戦」