7.スライム、襲来
「来た! 来た来た!」
先輩を揺り動かします。
目前、50メートルぐらい先か。ヘッドライトに照らされてキラリと光る水玉たち。
「ふみっ?」
先輩が目を覚ますのを待たず、ドアを開け、外に出ました。
まず最初、爆竹!
ころん、ころん、ころん。人間が歩くぐらいのスピードですかね? こっちに向かってきます。五~六体はいるでしょうか。柵の向こうです。
シュシュシュッとライターで点火された爆竹の導火線が火を噴き、それを投げます!
ぱんっぱぱぱぱぱんぱぱんぱんぱんぱぱぱぱぱん!
爆竹の連続の爆発音!
まったく動じる様子はありませんね。スライムですし、耳が無いのかもしれません。
爆発音を聞いてみんなも目が覚めたか、エンジンを切っていたトラクターやホイルローダーなどの重機のエンジンがいっせいにかかり、ありったけのライトが全部点灯します!
先輩がカメラを構えて車の外に出ました。
「キタ――――!」
「先輩車から出ないで。車内から撮影して!」
慌ててジムニーに戻る先輩。助手席の窓を全部開けて身を乗り出して撮影してます。
次、ロケット花火!
塩ビの水道管を短く切ったパイプにロケット花火を突っ込んで、ライターで点火します。
シュッ、ひゅるるるパーン!
次弾! ロケット! ロケット!
塩ビ管をスライムに向けていますから、ある程度狙えます。
二発目ぐらいからスライムに当たってるんですが全然足止めになってません。柵に取り付いて、乗り上げようとしています。
「ダメか――――!」
僕、大声出して、ジムニーに戻ります。バックギアに入れて後退、10メートルぐらいまで近づかれた距離が40メートルまで開きます。
がががががががっといっせいにトラクターとかホイルローダー、ちょっと遅れてパワーショベルが前進してスライムたちに立ちふさがりますが……、足が止まりませんね。スライムたち、重機見て怖くないんでしょうか?
とにかく照明は十分です。五台の重機とトラクターに、僕のジムニーに照らされて周りは昼間のようです。
ぐお――っと持ち上がったトラクターのフロントローダーバケットが、狙いすまして上から巨大なハンマーのように振り下ろされます!
べしゃっ! つぶれた!
効果あるじゃん!
次、ホイルローダー!
ぐぅおおおおお――とスライムを一匹、すくい上げました!
いやすくいあげてどうする!? それはちょっとないんじゃない?
スライム、にゅーっと高く持ち上げられたバケットから身を乗り出し、なんか液吹いてます。窓ガラスにかかりました!
職員さん、すぐにワイパーを動かしてきゅっきゅっと拭き取りますが、ねばっこい液のようでなかなか見えるようになりません。
「液だ――! やっぱり酸吹くんだよ!」
「だったら危ないですよ。先輩顔出さないで!」
たまらずホイルローダーがバケットを下に向け、スライムを落とします。
落とすとべしゃっと地面に張り付くように広がります。弾んだりはしないようです。
後退するホイルローダーにかわって、今度は別のトラクターが前進してスライムを巨大なタイヤで踏みつぶします!
重機すげえ! スライムと戦えてるよ!
ぱしゃっと水風船みたいにつぶれて破裂したスライムですが、たちまちタイヤが白煙を上げますうううう!
酸? けっこう強力な酸じゃないですかこれ? やっかいです。
ジムニーを旋回させてヘッドライトで照らします。あと三匹?
ビ――――ビ――――ビ――――!
ホーンを鳴らしながらパワーショベルがゴムのキャタピラで突っ込んできました。
フロントのショベルを下に向け、その鋭い先端を振り下ろします。
ざくっ!
地面に突き刺さり、三匹目のスライムを真っ二つにしました!
これは大したテクニックです! さすがです職員さん。毎日これを手足のように操って仕事をしているわけですから、いい腕してます。
残り二匹!
……後退していきます。
かなわないと見たのでしょうか。そういう判断ができる程度の知能があるということですか。
先輩、もう夢中になって撮影しています。車から降りちゃったよ。降りて走ってカメラ向けながら逃げるスライムを追いかけてます。
「先輩! 近づいちゃダメ! 離れて!」
僕はジムニーを走らせて先輩の前に回って立ちふさがります。
「あぶなっ! 私を轢く気!?」
「撃退したんだからもういいです、追わないで!」
「どこに逃げるか突き止めなくちゃ!」
「それは後で調べます! 今は危ないことしないで!」
先輩、しぶしぶという感じで車に戻ります。
「撮れました?」
先輩がカメラのディスプレイに今撮った映像再生してチェックしてます。
「うん撮れた。大丈夫そう」
横から見るとブレまくりですけど、時々は鮮明な画像でばっちりスライムを捉えています。よかった。十分証拠になるでしょう。
気が付いたら顔をくっつけるようにして二人で画面見てましたね。
おっとっと、、危ない危ない……。
普通はここで「先輩いい匂い……」とかラブコメになりそうですけど、今の先輩、酒臭いです。だいなしですね。
「やったな!」
みんな重機から降りてきます。乗ったまま移動しようとしてる人もいますが両手を振ってやめさせます。
「そのまま! そのままにしておいて!」
そう言って、ジムニーから一眼レフのデジカメ取り出してフラッシュ焚いてパシャパシャと写真を撮ります。証拠がいるんです。
……ゼリー状にどろっとしてますね。原型保ってるやつはいません。
写真撮り終わった重機から移動してもらいます。
「タイヤとかバケットとか溶けかかってますね……。すぐに洗車機で洗車してください」
これぐらい大きな農場ですと、機械を洗浄するためにガソリンスタンドにあるやつより強力ないい洗車機置いてるもんです。ボイラーのお湯を高圧で吹き出す奴ですね。
「うわっ塗料が剥げかかってる」
強力な酸ですねえ。よくペンキはがし剤とか、溶剤を塗ると塗装の表面が浮いてドロドロになりますが、あんな感じですね。
「すいません。急いで洗浄したほうがいいですね」
「そうするわ」
僕も手早く写真を撮りまして、そのあと潰されたスライムとか、牧草にグラスファイバーのポール立てて目印にしておきます。
先輩に貸してたデジタルビデオカメラとノートパソコンをUSBで繋いでデータ移して、あとデジカメの写真も全部取り込んでおきます。
いろいろ作業とか後始末しているうちに東の空が明るくなってきました。
「今日はもう来ないでしょうね……。解散しますか」
「そうすっか」
「中島君、今日はありがとね」
「いや二匹逃がしましたからね、また来ますよ。明日から猟協会で箱罠仕掛けてみますから、それに期待しましょう」
「ああ、頼むわ!」
「あと、柵のここらへん一帯、電柵にできませんか?」
電柵ってのは、柵の代わりに針金を張って、高圧電流を流して感電させるやつです。牛がそれに触れるとビリっときますので、近寄らなくなります。
「それでやっつけられると」
「いややっつけられはしませんよ。そんな威力あったら牛死んじゃうでしょ」
もちろん高圧電流とはいっても電圧が高いだけで、電流は微弱ですから触っただけで感電死したりはしません。でも相手は体が液状のスライムですから、けっこう嫌がると思いますけど。
「金も準備も時間もかかる。すぐにはできないな・・・・・・」
「でもできるだけ早くやったほうがいいでしょう。補助出してもらえるように交渉しますから」
そんなことを約束して、解散しました。
「先輩、酔い覚めました?」
「覚めた覚めた。もう大丈夫だから」
先輩さっきからビデオカメラのディスプレイで今日撮影した動画ずーっと見てますよ。
「焼き鳥大将に車置きっぱなしでしたっけ?」
「うん」
「じゃあ送ります」
そう言って車を走らせ、焼き鳥大将の駐車場に放り出しました。
「じゃねなかじー」
「返して」
「え」
「ビデオ」
「……はいはい」
役場の備品です。持っていかれたら困ります。
はー……もう夜が明けそうです。
疲れた……。
家に帰ってベッドにバッタリ倒れて、そのまんま意識がなくなりました。
次回「8.拡散、マイチューブ」