6.法律の抜け穴
「なんとかなんないの?」
猟協会が撃ってくれないとなると職員さんも困りますよね。
「だから現れるのがなにかを確定する必要があります。相手が何かわかったら、環境大臣の許可により狩猟することができます」
「環境大臣! そんな偉い人の許可がいるの!」
「法律よりマシですよ。これが法だったらいちいち国会の決議が要ります。狩猟鳥獣の指定は省令なんで、環境大臣が決めていいんです」
「そうか。法律だったら審議拒否とかで国会がモメてたりしたら手遅れになるもんな」
法律にはこのように「〇〇省が定める」とか「〇〇大臣が定める」とされているものが多いです。いちいち法律で決めてあると数字を変更するだけでも国会審議、決議までやらないといけなくなりますから、省庁で決めていいものがたくさんあります。そのせいで国会審議を経ずにいろんなステレス増税が納付金という形で勝手に値上げされたりするんですが。
「実際には駆除動物の指定は都道府県知事に委託されていて、さらに都道府県知事から市町村長に委託されていますから、僕らの役場で許可することができるんですよ。ドバト駆除いつもここでやってるでしょ?」
「ああ、フン害がひどいから毎年やってもらってるよね、空気銃で」
「ハト撃つの! なかじーハト撃ってるの!」
先輩うるさい。
「ハトは平和の象徴でしょうが。そんなかわいい鳥撃つとか野蛮!」
「あのねえ先輩、ハトはね、別名を『空飛ぶネズミ』と言いましてね、そこらじゅうをフンだらけにして病原菌をまき散らす農家の大敵なんです。鳥インフルエンザでも発生しようものなら牛舎、鶏舎全部殺処分とかありえるんですからね!?」
「その通りだよ姉ちゃん」
職員の人が全員頷きます。
「話を戻しますとドバトは狩猟鳥獣じゃないので本来撃つことができません。鳥獣法で撃てるハトはキジバトだけです」
「あ、そうなんだ」
キジバトはでーでーでーぽっぽー、でーでーでーぽっぽーってさえずるやつです。
「伝書バトとかいますからね。これを禁止してるのも古い法律かもしれませんが今でも有効です」
「そんな今みたいなケータイやメールが発達した時代に伝書バトなんているの?」
先輩が不思議顔です。
「いるんですよ。マニアの方が飼育してまして、毎年伝書バトレースみたいなものも行われているようですし」
「へー……」
「なので本来駆除できないドバトですが、市町村が害獣指定して駆除を猟協会に依頼すれば駆除できます」
「あーそうだったんだ。俺ら気軽に頼んでたけど本当はやると違反なんだね」
「そうです。だからこれをできるのは猟協会の中でも市町村から害獣駆除従事者の資格をもらった人だけです」
「なるほど」
「じゃ、役場から許可が出ればスライム撃てるようになるわけ?」
あああああ。先輩スライムやめて。
「あっはっは! スライムか! 確かにスライムだなありゃ!」
二十代から四十代ぐらいまでの人は笑います。ドラクエ世代ですか。五十代ぐらい上の人にはちとわからんみたいですけど。
「すぐは無理です。まずは罠を仕掛けて捕えようと思ってます。できれば明日からぐらいに」
「ふーん。その後は?」
「蝦夷大あたりの先生にでも見てもらって何の生物か特定してもらい、市町村で駆除従事者証を発行してもらって、できれば夜間の狩猟の許可ももらって、駆除したいですね」
「じゃ、それまでは手を出すなってこと? 俺ら狩猟免許も無いし、狩猟鳥獣でないやつを勝手にやっつけたりしたら罪になるの?」
そこ心配ですよね。
「前例がないわけじゃないです。アライグマいるでしょ」
「ああ」
「本来日本にはいなかった。野菜畑がやられてた。罠仕掛けた、捕まったの見たら見たこと無い生き物だった。調べたらアライグマで、ペットとして飼われてたやつを放したせいで野生化して増えてた。なので今は外来種の狩猟鳥獣に指定されてますが、それ以前は自治体の駆除で対応してました」
「アライグマ獲るのなかじー!? アライグマ殺すの!!」
先輩うるさい。
「あんなかわいいのを……」
「本物のアライグマ見たこと無いでしょ先輩。ラスカルみたいなやつと思ったら大間違いですよ。箱罠に入ってる奴見たことありますけど唸る、噛みつこうとする、威嚇する、めちゃめちゃ凶暴な野生動物です。最悪ですよあいつらは。ペットにしようと輸入した飼い主がまったく懐かないので放すぐらいですから。元々『ラスカル』って、ならず者とか悪党とかって意味ですしアメリカでも害獣としてホント嫌われています。」
「そうなんだ……」
「ラスカルのラストシーン見たことあるでしょ? 懐かしのアニメで必ずやりますよねアレ。最後ラスカル森に返したでしょ」
「そういやそうだね。なんでだっけ」
「成長するにつれて手に負えなくなってきたからですよ。アライグマは野性味が強すぎてペットにするのは不可能なんです。そうして森に返してやるってのをアニメでやったせいで、アライグマの飼い主が偽善で自然に返してやるとかして全国の山に放しちゃったから今数が増えて農業被害が大変なんです。2005年にアライグマの飼育は鳥獣法ですでに禁止されています」
「知らなかった……」
なんでこれ知らない人が多いんですかね。アメリカの子供はあらいぐまラスカル読んで、「アライグマは絶対にペットにできない」ことを学ぶはずなんですが。
ラスカルが暴れて人間にかみついてアライグマ回虫症に感染して主人公が死ぬとかいうラストにしてくれていれば、全国でアライグマの農業被害なんて起きていなかったと思います。飼育の禁止だけでなく、あのアニメも放送禁止にしてくれませんかね。
「そんなわけで当時アライグマは狩猟鳥獣でも保護鳥獣でもなかったわけですが、だからってその時点で捕獲して殺した人が鳥獣法違反に問われることはありませんでした」
「ふーん」
「それに『鳥獣保護法』が対象にしているのは鳥と哺乳類だけですので、だからみなさんが自分たちでスラ……あの鳥でも哺乳類でもない未確認動物から牛を守ろうとしても狩猟法、鳥獣法違反で罪に問われることは無いです」
「そうか! 俺もし奴ら来たらこれで突き刺してやろうかと思ってさ!」
そう言って干し草用のフォークを出します。三本の先がとがって三又に分かれて、長い柄が付いた農具です。
「おー、トライデント!」
先輩黙って。
「俺も」
「俺もさ」
それで後ろにフォーク並べてたんですか。干し草すくうのに使ってたのかと思ってました。
「いやあそれ危ないと思うよ。スライムってレベル1の勇者でも倒せるけど、それでも剣術や魔法が使えない人がいきなり立ち向かっても勝てる相手じゃないし、体液が酸だから鉄の武器だと溶かされちゃうし」
オタ発言ほんとやめて。
「え、スライムってやっぱそう?」
「ほら体当たりしてきたり酸の液飛ばしたりしてくるし」
「そういやゲームのスライムもそんなんだったな」
「じゃあどうする?」
さっきまでやる気だったくせにみんな急に不安顔です。牛がやられちゃうぐらいですからねえ、いくら武器があっても人間じゃね。
「ホックで突き刺して殺すとなにか罪になる?」
フォークというとスパゲティ食べるときのアレのことですが、農器具としてのフォークのことは農家さんはみんな「ホック」って呼ぶんですよね。
「なりません。狩猟免許が無いと狩猟できないのは法定猟具を使用する時です。つまり銃とか罠とか網とかですね。それを使って猟をするのは狩猟免許が必要です。でもそれ以外の器具を使うのは自由猟具と言いまして、槍やナイフで突き刺す、棒で殴り殺す、パチンコで撃つとかは誰がやっても問題ないし免許もいりません。クマを空手家の人が素手で撲殺しても、猟期でしたらOKなんです。実際罠に捕まった動物を殺すときは罠猟師の人は槍で刺したり電気槍で感電死させたりしています」
「犬や猫でも?」
「いやそれは今は別の法律で禁止されてますよ。動物愛護法だったかな。あと他に弓やボウガンでの狩猟も禁止されています」
アメリカには狩猟用の弓やボウガンがあり、クマを獲った動画なんかもあります。ヨーロッパ製は見たことないのでアメリカ独自の狩猟文化なのかもしれません。自由だなあ……。自己責任ですけど。
「とにかくみなさんがそれ突き刺していいのは猟期の間の狩猟鳥獣か、猟期が定められていない、それ以外の畑に被害を与えるネズミやモグラや、その他の『鳥や哺乳類でない生物』ということになります」
「その他がスライムか」
「まあグレーゾーンですね。殺したからってそれを罰する現行法が無いということで、そんなことで警察はいちいち逮捕したりはできないということになりますか」
「でもそれ危ないことには変わりないよ。職員のみなさんも暴れる牛より強いってわけじゃないと思うし」
スライムに食われそうになった牛が暴れなかったわけがないので、まあ先輩に言われなくてもそうなりますよね……。
「方法はあります。ここにはトラクターもホイルローダーもあるじゃないですか。それで踏みつけるなり油圧のバケットやショベルで押しつぶすなりするのがいいと思います。動画見る限りやつら動きは遅いし、車で野生動物とぶつかってもそんなことで有罪になったりしないでしょ。みなさんそれなら自由自在に扱えるでしょうしそれで攻撃しましょう」
「お前天才だな!」「その手があったか!」「そりゃいいな!」
「おおおお――――さすがなかじー!」
先輩も大感心です。今話をしながら思いついたんですけどね。
「そういうことは早く言えよ! さっそく準備するぞ!」
みんな焼き残りのジンギスカンひょいひょいと口に運んで、お茶ぐっと飲み干してから散っていきました。
ゴゴゴゴゴゴゴ! ブロロロロロロロロ!!
もう見上げるような牧畜用の巨大トラクターや、バカでかいバケットを備えたホイルローダーとかの重機がずらり、牛舎の前に並びます。壮観です!
これらの作業車は前方、後方に作業用ライトが付いていてほぼ360度をぐるりと照らしますから、それを全点灯させてエンジンかけて待機です。
「重機に乗って魔物と闘うかあ。熱い展開だね!」
『エイリアン2』ですか。僕だってね、まさかこんなこと現実にやる羽目になるなんて考えたこと無かったですよ先輩……。
僕のジムニーも前に出して、エンジンかけて点灯します。
これには四方八方を全部照らす広角のLEDワークランプがルーフに取り付けてありまして、死角なく周りを照らすことができるようになってますからね。
「おお、かっこいいねソレ」
「ふっふっふ、いいでしょ」
ノーマルな僕のジムニーの、数少ない自慢装備です。作業灯ですので点灯状態が分かるようにONにしたとき光るスイッチと、「作業灯・公道走行点灯禁止」ってシールを貼り付けておかないと車検通りませんよ。僕がジムニーにやった改造って、無線機とかアンテナとかETCとかカーナビとか増設ランプとか全部電装品ばっかりです。これは得意でして、全部自分でやりました。
「でもこんなに照らしてるとスライム来ないかも」
「来なけりゃ来ないほうがいいに決まってるじゃないですか先輩……。今日は追い払えればいいんですってば」
「えースライム見たい――――!」
……面倒な人ですね。
「先輩はカメラ担当してください。もし現れたら撮影して」
「わかった」
そう言ってデジタルビデオカメラ渡しておきます。
「先輩、文化祭の時ステージとかそれで撮ってたから使い方わかるでしょ」
「まかせて」
さっそく試し撮りしてますな。夜でもまあ、車や重機のライトでなんとか撮影できるようです。
僕もジムニーの運転席に座って待機です。
踏みつぶしたり、轢いたり、まあそれは無理でも立ちふさがって重機に誘導したりぐらいはできるでしょう。牧草の中でも小回り効きますからね。もちろん4WDに切り替えておきます。
先輩が助手席に乗り込んできました。
「わくわくするね――!」
「……徹夜ですよ今夜は」
「はいはい」
ライトを点灯していますので、バッテリーが上がっちゃいますからエンジンはアイドリングです。
「先輩仕事は?」
「明日は休みだし」
「いい御身分ですねえ」
僕はどうだったかな、残業が深夜に及んだら出勤時間遅らせてもよかったっけ。課長に申請しないといけないなあ。ってこれ残業になるのかね?
双眼鏡をダッシュボードに置いておきます。
「眠くなったらこれ噛んで」
「はーい」
ブラック系ガムも置いておきます。居眠り運転防止用ですけど、先輩酒臭いからこれ噛んでてほしいですねえ僕は。
そうして、しばらくするとすやすやと先輩眠り出してしまいました。
別にどうでもいいし、本来、来てもらっても邪魔になるだけの人ですから静かでいいです。
こうしてみれば寝顔かわいいし美人さんだしスタイルもいいんだけどねえ先輩……。どうして中身がこんなに残念なんですかねえ。
それさえなきゃ僕だってねえ……。
まあいいか。高校の時の話だし、いまさらね。
※平成15年よりネズミ・モグラも保護対象に加えられ農林業従事者以外の人の狩猟は禁止されています。(知らんかった……)
現在狩猟免許なしで猟期に関係なく狩猟・駆除してよいネズミはドブネズミ、クマネズミ、ハツカネズミの三種です。ゴルフ場などの営業施設でモグラを駆除するのは許可が必要らしいです。詳細は地元自治体にお問い合わせください。
また、ボウガン(クロスボウ)も銃刀法の改正により令和3年より所持が禁止されます。現在所持している方は新たに設けられる所持許可が認められなければ警察に提出、廃棄しなければなりません。所持許可には銃砲所持に準ずる手続きが必要となりそうです。
次回「7.スライム、襲来」