49.勇者さんの帰還
震える手で、M870から残弾を抜きました。
マガジンキャップを外し、ブッシュを回して抜き取って、チューブマガジンのスプリングを引っ張り出します。
ショットガンのM870は弾倉に四発のキャパシティがあります。
薬室に+1で最大五連発の発射ができるんです。
でも、日本の銃刀法で弾倉は二発までと決められていますので、スペーサーが突っ込んであって、ショットシェルは二発までしか入らないんですよ。
僕はそのスペーサーを外して、本来の四連発に一時的に戻してました。
さっきから四連発撃ってたのはそのせいです。
これ警察に見つかると銃刀法違反です。
なんで、さっさと二連発に戻しておかないとね……。
ポケットから、プラスチックの細長いスペーサーを出し、マガジンスプリングに突っ込んで、ブッシュを挿し、キャップを締めなおしました。まったく、日本の銃刀法ってやつは面倒で融通がききませんね。
僕、最後の最後で、とうとう銃刀法を破る禁じ手を使いました。
ここまで、銃刀法守って何とかやってきましたけど、まあ相手が相手ですから、これぐらいは無かったことにしてもらいたいです。
猟協会のみんなも集まってきました。
銃を構えて接近です。
「……これ、死んだのか? 間違いなく?」
「たぶん」
血まみれのティラノサウルス、片方の眼球が飛び出してブラブラしてます。
口の中から脳に向かって直接3インチマグナムショットシェルのスラッグを撃ち込みましたからね。硬い頭蓋骨に包まれた脳の中で衝撃波が広がって飛び出しましたか。
自衛隊の人も、実弾を装填した自動小銃を手に水の抜けた貯水池に降りてきて、ティラノサウルスを見上げます。
「いや……三佐から話は聞いてたけど、ホントに出るとは……」
ですよねー。
ティラノの飛び出してないほうの瞳孔が開いてます。
装甲車やトラクターのライトが照らしていますけど、開きっぱなしです。完全に死んだようです。
「いやあ中島くん、よくやったよ……。大した度胸だ。それにトラクターを持ち出して戦うとは」
松本三佐さんが感心してくれます。
「トラクターが馬力でこんなやつに負けるわけ無いと思いましたんで」
「いやそれにしても凄い。このでかいジドウシャも役に立つねえ!」
ブランさんが声をかけます。
それを全員、半目で見ます。
「……あのなあ、お前がジャマで全然撃てなかったぞ。なにしてくれてんだよクソ外人」
元自衛隊員の戸田さんが文句言います。
「いや俺はコレを倒すのが仕事でして……」
足を撃って足止めしたとは言え、あれを剣で倒しちゃうのはさすがといえばさすがですが。
「もういいわ。お前指名手配中の身だろ。警察来る前にさっさとどっか行け」
「えっケーサツ来るのかい?」
「当たり前でしょう? 用が済んだなら異世界なりナントカ国だかに帰ってくださいよ」
僕もウンザリして、言い方がちょっと嫌味っぽくなっちゃいます。
「なんで俺そう嫌われてんの?」
ブランさん、自分の不人気っぷりを自覚したのか、両手を広げて肩をすくめてみせます。
そういうのがイラッとさせられるんですよ、まったく。
「ブラン様〜〜〜〜!!」
頭痛いのが駆け寄ってきます。
「サラ、なんとかなったよ、ありがとう」
「ブラン様……」
またぶっちゅーですか。空気読んでくださいよ。ほらーみんな呆れてますって。
「で、勇者ブランバーシュ様?」
「ん」
「ティラ……ダイノドラゴンはこれで倒せたわけで、もうゲート塞ぐことができるんですよね」
「ああ、じゃ、これを」
謎空間からひょいとなんかでかくて赤い宝石みたいなかたまり、取り出してます。
「このあたりかな……」
それを貯水池の真ん中に置きます。
「なんですそれ」
「女神様にもらった魔石。離れてて」
ブランさんが手を当てると眩しいように光りだして、急激に膨らんできます。
どんどん大きくなって、5メートルぐらいの高さの半球形になりました!
びっくりです! これもなにかの魔法ですか?
光が収まると、灰色の岩の塊になってました。
みんなボーゼンと見ています。
「祠だよ。女神ナノテス様特製のね。こんなんでもゲートを押さえつけて遮断する効果がちゃんとある。これ崩さないでそのままにしておいてね」
「了解です」
これでもう厄介なバケモノが出てこないなら文句はありませんて。
「お別れだ」
そう言って、ブランさんがニカッと笑います。
「世話になった」
「世話なんかしてません。迷惑しかかけられていませんね僕は」
「ほんとこの世界の人達には迷惑だっただろう。俺の世界を代表して謝罪する」
ブランさんが頭を下げます。
「もう会うこともないだろう。ありがとう。これは返す」
そう言って、腰の同田貫正国を僕に渡そうとします。
「いりませんよ」
「返しておいてほしいんだが……」
「僕が銃刀法違反、有形文化財窃盗で逮捕されます」
これ以上厄介事に巻き込まないでください。
「ブランバーシュ様……」
「サラ……」
「私も連れてって……」
あーあーあーあー……。
いやね、正直、こうなると思ってましたわ、うん。
「いいのかい? サラ」
「はい」
「もう二度とここには戻れないよ」
「かまわない」
「そんなに俺のことを……」
「愛してるわ、ブラン様……」
いやアンタ異世界行ってみたいだけでしょ。オタ心が騒ぐんでしょ?
「先輩、異世界行っても、もうゲームもマンガもアニメも薄い本も無いんですよ? いいんですかそれで?」
「異世界に行くなんてゲームやマンガやアニメ以上の経験だし」
「ポテチも焼き鳥もアイスクリームもコンビニも無いんですよ?」
「自分で作ればいいし」
「あのねえ先輩異世界行ってなにか仕事できるんですか?」
「本気出すし」
「ご家族は? アパートの始末どうするんです? 黒歴史だらけでしょ?」
「これ」
「なに?」
「アパートとワゴンRの鍵、ヤバイもの全部処分しといて」
「僕がやるんすかああああ!?」
「本は厚いやつも薄いやつも全部、パソコンはデータ消去して。あと、クローゼットの中のダンボール箱は中身を見ないでそのまま捨てて。できれば燃やして」
何が入ってるんすか。
「お願い」
「はいはい。忠告はしましたからね。あとで僕を恨まないでくださいね」
先輩から鍵を受け取ります。
「あとカメラ」
「……一応撮ってたんですか」
役場の備品のビデオカメラを受け取ります。
「じゃあ先輩は付き合ってた外人さんと駆け落ちってことにでもしときますか」
「それで」
なんだかなあ……。
「じゃ、行くよ。サラ」
「はいっ!」
先輩、ブランさんに抱きつきます。
そうして、ブランさん、左手を耳に当てて、なにかわからない言葉で話してます。
ああ、女神ナノテスさんと通信できるんでしたっけね。
そして、二人、みんなが見ている前で、光りに包まれて、消えました。
……。
猟協会のみんな、自衛隊のみなさん、大柴先生、口あんぐりです。
「みなさん」
ぎぎぎぎぎっという感じでみんながゆっくり首を回して僕を見ます。
「今見たことは忘れてください。他言無用に。絶対に誰にもしゃべらないようにしてください。あのクソ外人も先輩もここにはいなかった。いいですね」
これもぐぐぐぐぐって感じで、みんなゆっくりと首を縦に振りました。
次回最終回「50.僕の日常」