47.迎撃準備
まずゲートが出現した貯水池です。
警察の現場検証は終わってますが、まだ大柴先生がレーザー光線で囲んで重力波の測定続行しています。
「大柴先生! なにか変化ありますか?」
「それが妙なんだ」
先生がパソコンの画面指さして言います。
「最初はノイズだと思った。非常に小さな値だよ。でも一定のリズムで検出値の変化がある。時々休んだりしているが、スペクトラムアナライザーで周波数分析してノイズキャンセルするとこんな感じ」
おおよそ0.8秒間隔で山ができてます。
「いつから?」
「昨日から。正確にはもっと前かもしれない」
「だんだん大きくなってる?」
「なってるね」
「……それって足音じゃ?」
「まさか」
「体重6トンの物が二本足で歩いて近づいてくるとしたら?」
「近づいてくるって、どこから?」
「ちょっと牧場行って、トラクター借りてきます」
町営牧場の職員に大型トラクター借りまして、貯水池の近くまで持ってきます。
僕の実家は農家です。父さんと兄貴が農家やってます。子供のころから今も休みの日にはトラクター運転して畑仕事手伝ってましたんで、僕も一通りなんでも運転できますよ。大型特殊持ってますから。
「自重6トンのトラクターで振動させてみます。波形見てください」
貯水池の横で、フロントローダーのアームをぐーんと下に降ろします。
そうするとトラクターの前輪が持ち上がります。
ここで油圧を抜くとトラクターの前輪がどすんと落ちます。
ドスン、ドスン、ドスン、ドスン。
十回ほどやってみてから、先生がモニターしてるワゴン車まで戻ります。
「どうです?」
「……そっくりな波形出た」
「ほらねやっぱり」
「いやいやいやいや。これ地震計じゃないからね。重力波だからね? トラクターがズシンズシンやったぐらいで重力変化とか起こらないから」
「でも出たんでしょ?」
「あんなすぐそばでズシンズシンやられたらレーザーを支持してる地面が振動するからそれが出るでしょ。ノイズだよ」
「でもそれとそっくりな波形の検出値の変化が起こってる。この測定器で観測できるレベルで」
「……まあそうなる」
「とにかく6トンの何かが検出値を乱すような場所を二本足で歩いて接近してるんです」
「……まさか、ティラノサウルス?」
「そのまさかですよ。先生は観測続けてください。もしこれがソレなら今夜出ます。大きな変化あったら僕の携帯に電話してください」
「わ、わかった!」
すぐ役場に戻って各所に連絡です。
まず陸上自衛隊の松本三佐に電話。
「おはようございます。そちらの状況どうですか?」
「ああ、私は基地に戻ってるよ。今は部下が三名、装甲車でトリケンの監視してくれてるけど、おとなしいものだね。なにもなしさ」
「今夜、例の貯水池からティラノサウルスが現れます」
「えええええええええ!」
「自衛隊の装甲車を移動して、貯水池を囲んでもらいたいんですが」
「いやいやいやいや、それは無理だよ」
「なんでです?」
「それ信じろってのがまず無理」
「……ですよねー」
どう説明したらいいもんだか。
「まず中島君はなんでそんな情報知ってるの?」
「えーとですね、京東大の大柴先生があそこで重力波、測ってるのは知ってますよね」
「ああ」
「そこの観測結果で、なにか巨大なものが二本足で歩いてるような重力波と違う変化を観測してまして。トリケンが出たってことは、それを餌にしている肉食獣が出るはずだと」
ブランさんの話よりは信用できると思います。
「あのトリケンが牛の群れに隠れて一緒にいたがるってことはですね、アレを襲うやつが絶対にいるはずなんです」
「それだけで動くわけにはさすがに……。我々はね、災害派遣という名目で出動してるの」
「はい」
「だからね、実際にソレが現れて暴れてるなんて状況にでもならない限り動けないね、悪いけど。以前ならなんとかできたけど、今はもうホラあの牧場をマスコミが二十四時間取り囲んでいるだろう? 自衛隊はヘタに動くことができない状況で」
……専守防衛ですか。自衛隊にも建前がありますもんね……。
「しょうがないです。もういいです。じゃ、出たら駆けつけてください」
次、猟協会に電話。
「ティラノサウルスが出んのかい!」
会長もびっくりですよね。
「トリケラトプスが出たんです。それを餌にしてるティラノサウルスだって出たっておかしくないでしょう?」
「いやいやいやいやおかしいから! それ絶対おかしいだろ。シン、いろんなことがありすぎて頭ヘンになってない?」
「確証があるんです」
「どんな?」
「大柴先生が測定してる重力波の変化がたぶんソレです」
便利な説明ですね。今後も使わせてもらいましょう。
「いやそんなこと言ってもわけわからんし」
「何人か連絡して出してくれませんか?」
「イヤ俺らみんな平日に仕事持ってるしね、俺だって今日は娘夫婦と孫がトリケン見に来てて、今夜は庭でバーベキューやるからさ」
「とにかく出られる人は出動願います」
「いやホントに出たら怖いよ! 猟協会で何とかなるもんじゃないだろ!」
「自衛隊は出てくれないんですよ」
「なんだかなあ……。まあ連絡はしとくけど」
「お願いします」
最後、警察。
……電話しようとして手が止まりました。
ティラノサウルスが出て警察が何かの役に立ちますか?
かえって邪魔にしかなりません。
それに僕が予告したとおりティラノが出たら、いよいよ僕が一連の事件の首謀者にされてしまいます。重要参考人のブランさんも来ますし、見つかると今度こそ逮捕されます。連絡しないほうがいいでしょうね。
自宅に戻ります。散弾銃のM870とスラッグ銃身、スラッグ弾、バックショット、ありったけ用意します。
「どうしたシン?」
おじいちゃんが顔を出します。
「今夜また貯水池に恐竜出るから」
「ホントか?!」
「夜になったら、持てるだけ弾持って、ライフル持ってきてくれない? 家族には内緒で」
「……わかった」
「できれば猟協会の他の人も頼んで」
「任せろ」
「頼むね」
話早いです。
嬉しいですね。こういうときになにも聞かずに動いてくれるのは。
家を出て町営牧場に向かいます。
「一番デカいトラクター貸してください。フロントローダーにロールクラブ付けて」
ロールクラブってのは、あの牧草のロールをつかみ上げるアタッチメントです。
「おいおいどうした? 今度はなに?」
「リアにはウエイト付けてください。いや、ウエイトじゃなくてサブソイラのほうがいいかな。お願いできますか」
サブソイラってのは地面に突き立てる大きな爪です。踏み固められて硬くなった牧草地をこの爪で引っ掻いて砕き、水や空気を通りやすくするやつですね。それを地面に突き立てて固定すればトラクターを転倒させられる可能性は低くなります。
「なにに使うんだ中島君……」
「……いや、ちょっとね。大したことじゃないです」
牧場の大型トラクター貸してもらえることになりました。
創業はアメリカ、登録はオランダ、本社はイギリス、株主はイタリアという今や世界最大級の多国籍農業機械メーカー製トラクターです。
全長4.7メートル、全幅2.3メートル、全高3メートル。自重6トン。装備込みで8トン。4485ccのディーゼル120馬力ターボエンジン、16速セミオートマチックトランスミッション、燃料タンク容量195リットル。最大持ち上げ重量2400キログラム、最高速度時速35キロ! キャビン付き。
キャビンってのは運転席がガラスで囲まれた車内になってるってことです。古いトラクターみたいにオープンキャビンなんて今はもう無いですね。エアコン、カーオーディオ装備の快適作業ですよ。乗用車と変わりません。
車内のグリップに、M870、縛り付けます。全弾、3インチマグナムスラッグ。
近距離射撃なら、おじいちゃんの308ウィンチェスターをも上回る打撃力があるはずです。
兄貴からかっぱらってきたバイクのジェット型ヘルメットをキャビンに置き、貯水池正面に移動します。
夕方になり、猟協会のみんなも集まって来ました。
レミントンM700、308ウィンチェスターのおじいちゃん。サコー、30-06スプリングフィールドの腕前ナンバーワンの清水さん。同じくサコーの30-06を使う元自衛隊の戸田さん。少し遅れて会長も来ました。よし、猟協会最大パワーの300マグナムがあれば心強いです。
「急で申し訳ありません。今夜、またここに恐竜が出ます」
「恐竜!」
「いやいやいやいや、俺らでなんとかすんの?!」
「何とかするしかないです。警察はアテになりません。自衛隊はあのとおりマスコミに監視されてて動けない。何とかできるのは僕らだけです」
「ここに、出るのか……」
みんなでレーザー光線に囲まれた貯水池を眺めます。
「大柴先生、どうですか!」
ワゴン車から物理学の異端者、大柴先生出てきました。
「……着実に振動が大きくなってる。間隔が一定じゃないんだ。不自然なリズム。本当に生物が歩いてるような波形だね」
先輩のワゴンRに乗ってブランさん来ました。
「あっこいつ、ゾンビと一緒に出てきたやつじゃないか!」
猟協会のみんなが驚きます。
「あの時はろくにご挨拶も出来ず、失礼いたしました。ブランバーシュと申します。以後お見知りおきを」
そう言って例のつば広帽子を取って優雅に挨拶します。
全員、この場違いすぎる怪しい外人の伊達男にどう反応したらいいのやら戸惑ってますね。
「なんなのこいつ」
「異世界の剣士様よ。ワームホールを通ってダイノドラゴンを追ってきたハンターなの」
……いやその説明は先輩……。信じてもらう気が最初っから無いんじゃないですか?
「あんたが化け物恐竜を狩るのかい?」
「はい」
「どうやって」
「これで」
そう言って腰の同田貫正国の柄をポンポンと叩きます。
「……冗談言うんじゃないよ。そんなもんでなんとかなる相手なわけないだろ。引っ込んでな」
おじいちゃんが珍しく怒ってますね。猟の現場にド素人が紛れ込んできた、そんな感じです。
「そういうわけにいかない。少なくともアレに関しては俺たち勇者のほうがあなたたちより何度もやり合ってきた。手出ししないでもらいますよ」
大した自信です。まあ勝手にしてもらいましょう。こっちはこっちで猟協会流にやらせてもらいますよ。
「さてどうする」
「これを見てください」
そう言って、図書館から借りてきた図鑑出します。
ティラノサウルスのページです。
「……出てくるのは恐らくこれです。全長12メートル、体重6トン、肉食で狂暴です。出てくれば人間と見ればそれを食い、牛を見ればそれを食う。あそこにいるトリケラトプスは特に大好物です」
夕暮れの牧場を見渡します。今日も牧場の真ん中でトリケンが一日草を食べまくって満腹して牛たちと一緒に寝ています。
「これ……どこ撃つの?」
「みなさんは100メートル以上距離を取って、車の中から狙ってください。狙う場所は足です」
「足?」
「はい、頭を狙うのは無理です。今手持ちのライフルだと弾が脳まで届きません。心臓は厚い肉に阻まれます。威力が足りないんです。それに脳の場所も心臓の場所もわかりませんからね。でもこれほど大型の恐竜だと自分の体重が重すぎて足が一番の弱点になります。ティラノサウルスの化石、発掘された大型の成体はたいてい足を骨折してます。足を折って動けなくなって死んだ個体が多いんです。二本しかないので一本仕留めるだけでもう歩けなくなるはずです。足止めが第一目標です」
「なるほどな」
「足か」
「足に全員で一斉射撃?」
「それでお願いします。見ればわかるんですけど恐竜は鳥と同じで足そのものには筋肉がありません。太ももから伸びた腱で動かしてます。できれば関節を狙いたいところです。威力が足りないライフルでも、一斉射撃で何発か当たれば自分の体重で足が折れるかもしれません。右足か左足か、どっちか決めておいて集中攻撃しましょう」
ふーむとみんなで腕を組んで見ます。
難しい射撃です。相手動いているでしょうからね。
「右足」
「右足だな。恐竜に利き足があるのかどうか知らんが」
「よし右足で。地面から一番近い関節あたりがいいだろうな」
「了解だ」
全員、頷きます。
「で、どう囲む」
「僕が正面、トラクターで待機します。その左右に100メートル以上離れて、もし接近してきたら車で逃げてください。逃げるときは貯水池をグルグル回るようにして、貯水池から出さないように」
「トラクターで戦うのかよシン!」
「足止めするだけです。貯水池から出さないように」
「ブラン様……お気をつけて。決して無理はなさらないで」
「もちろんだサラ……。君を残して死出の旅に赴くことはできない。必ず生きて戻ってくる。勝利を君に捧げよう」
ぶっちゅ――――っ。
主人公とヒロインの最終回前の名シーンなんでしょうけどね。
こうしてモブとして横で見てるとやってられませんね。
なんなんですか。帰ってくださいよ二人とも。
っていうか死ね。
死んでしまえ。
次回「48.ティラノサウルスズ」




