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46.名刀、盗難


「お前、アイツどこやった! 今アイツどこにいるんだ!」

「ここ図書館です。静かにしてください刑事さん……。だいたいアイツって誰ですか?」

「アイツだよ! 昨日捕まえたやつ!」

「だから誰です?」

「昨日逮捕した、あの、黒い服着て帽子かぶった、あの生きてたゾンビ!」

「……ゾンビってなんか十体以上いたと思いますけど?」

「一人だけ生きてて動いてたやついただろ」

「だから誰です?」

「……名前はわからん。自分では『ブランバーシュ』って名乗ってたな」

「それがどうしました?」

「逃げた」

「逃げた?」

「留置所からいなくなったんだよ!」

「なにやってんですか警察……」

 ぷぷっ。

 笑いたくなります。転移魔法であっさり脱獄したんですからね。ま、今後も捕まることはないでしょう。あっはっは。


「そもそもあの場にいただけで何の罪になるんですあの人?」

「ゾンビはともかく(なま)の死体が二体もあったんだぞ!? どう考えたってアイツがやったんだろ!」

「証拠をそろえてからでないと逮捕できないんじゃないですか」

「銃刀法違反、出入国管理法違反、二体の死体についての殺人容疑、ゾンビの死体の死体損壊、公務執行妨害、容疑はいくらでもあるわ! 警察としては重要参考人としてどうしても確保する必要があってだな」

「マスコミに発表して指名手配されてはいかがですか? 外人さんですからすぐわかるでしょ。こんな田舎町で」

「そんなことできるか!」

「なんで出来ないんです? 留置所にいた奴が逃走したんじゃ、警察なにやってんだって大批判になるから公表しないで済ますつもりでもあるんですかね」

「国籍不明、本名もわからん、写真もまだ撮ってない、ただの重要参考人で任意の取り調べ、これで指名手配できるわけないだろう?」

 さすがの警察も、まさかその日のうちに逃げられるとは思ってなかったんでしょうねえ……。


「じゃあなんで僕に聞きにくるんです?」

「お前絶対なにか知ってるからだ! あいつと知り合いだっただろ!」

 どうしてそういう結論になるんです。


「僕の名前も顔ももうマスコミにすっぱ抜かれてしまいましたよ。『対応に苦慮する馬稲町猟協会』とか『困惑を隠せない馬稲町役場職員』ってみんなと一緒に新聞に記事付きで写真載っちゃってたじゃないですか。関係者で僕のこと知らない人誰かいます? マスコミの人は僕見て、『そんな下っ端な奴の話じゃなくて、もっと上の人に取材したいんだよ!』とか言ってすぐどっか行っちゃいますけどね」

「……」

「僕は町営牧場の安全対策で忙しい身です。その件最初から全部警察にお任せしているはずです。道警察二百人も動員して捕まえた重要参考人にアッサリ脱獄されてなんで僕のせいになるんです。全部そちらのミスでしょう」

「ぐぬぬ……」

「僕そんなにヒマそうに見えますかね。なにか僕の得になることやってますかね? 僕はこの騒ぎを一刻も早く静めたくて必死なんです。なんでわざわざ騒ぎを大きくするようなことをやるんですか? バカバカしい。いいかげんにしてください」

 刑事さん、黙ります。


 僕は刑事さん無視して引き続き対策の立案に戻ります。

 ティラノサウルスの武器はやっぱり噛みつき。

 どう噛みつくのかな……。やっぱりあの6トンの体重で足で押さえつけてから噛みついて引きちぎるのかな。ほらワシとかタカとかの猛禽類はそうします。それなら体のバランスに関係なく自分の筋力使ってできますか。上にのしかかられたらアウトですね……。


「……頼むよ、知ってることあったら教えてくれって」

「あのねえ、なんでも全部僕のせいにしてるから捜査が進まないんですよ。僕から離れて、なんかもっとこう、でっかい犯罪組織とか、日本を目の敵にしてる外国とかテロリスト集団とか、そういうのがいないか公安に問い合わせたりしたほうがいいでしょう? 国際警察機構(インターポール)に指名手配されている犯罪者やテロリストに該当する人物がいないかとか、なんでそっち先に調べないんですか。本庁とか公安とかに問い合わせてくださいよ。っていうか刑事さんに関係なしに本庁はとっくにそんなこと今調べてるんじゃないんですか? そっち確認しました?」

「なるほど……」

 適当なこと言ってなんとか他の方に誘導します。


「お前なんでこんなところで仕事してんの?」

「資料がそろってるからです」

 目の前に積んだ恐竜図鑑、ポンポンと叩きます。

「恐竜、撃つつもりなのか?」

「最悪暴れ出したらそうするしかないでしょう」

「猟協会でなんとかできるのか?」

「警察だったらなんとかできるんですか?」

「いや……無理に決まってるだろ」

「だったら引っ込んでてください」

「……」


 グウの音も出ませんか。ざまあです。


「……お前は大したやつだよ」

「どうも」

「邪魔したな」


 警察には悪いですけど、今ブランさん逮捕されちゃうわけにはいきません。

 ティラノサウルス対策の切り札ですから。



 夜、先輩のアパート行ってみました。

 ぐるぐる町を回ってみましたが、尾行はありませんでしたね。

 まあ田舎警察ですし、テレビドラマみたいなことはありませんか。


 アパート、電気消えてて、駐車場には先輩の愛車のワゴンRもありません。

 お出かけ中か……。せっかくの異世界ですから、ドライブデートですかね。

 そういや今日先輩役場にいませんでした。

 お休み取ったのかな? ブランバーシュさんにティラノサウルスの出現について詳しく聞きたかったんですけど……。



 翌朝、家族と朝食食べてて噴きました。

『昨夜未明、札幌美術館で行われていた国立博物館展で、展示されていた日本刀一振りが無くなっているのが発見されました。警察では侵入者の痕跡など調査中で、どのように警備を潜り抜けて持ち出されたのか慎重に捜査を進めており、関係者から警備状況などを聞いています』


 ブランバーシュさんんんんんん――――!! 何してくれてんすか!!


 ぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽ――ん! すぐに先輩のアパートに行ってピンポン乱打します!

「なによううるさいわよ!」

 先輩出てきました。眠そうです。なんですかそのスケスケなネグリジェ……。

「今日も休む気なんですか?」

「ちょっと遅れるだけ」

「クビになりますよ? ブランさんいます?」

「いるわよう」

「ちょっとお話したいんですけどね」

「あっちょっ」

 強引に踏み込みます。


 ……ブランさん、上から下までユニシロ着て、日本刀抜いて眺めています。

「勇者ブランバーシュさん、その刀どうしました?」

「んーちょっと言えないかな」

「勇者が泥棒とか世も末ですね……」

「あちゃー。もうバレちゃったか。ま、俺まだ勇者じゃないしね」

 悪びれもせず笑います。くっ……、この野郎。


「見せていただきます」

「……まあしょうがないか」

「先輩、箸」

「はし?」

「左手に茶碗、右手に箸の箸です」


 ブランさんから剣を受け取ります。長くて重い剣です。本物の日本刀!

 横にして、目釘に箸を当てて拳でトントンと叩きます。

 目釘が抜けましたので、今度は刀を上に向けて柄を握り、上から手首をトントン叩きますと柄から中子が抜けて緩みます。刀身をタオルで覆ってから抜き取り、銘を見ます。

「おおお、なかじーなんか手慣れてる感じがするね」

 お宝なんでも鑑定番組で刀剣鑑定家の柴田先生がこうやってるの見たんですけどね。


 九州肥後国同田貫藤原正国。


正国(まさくに)じゃないですかあああああああ!!」

「マサクニね。覚えておこう」

「札幌美術館から盗みましたね?!」

「まあね」

「いったいどうやって!」

「きのう、サラと一緒に見に行って、コレがいいと思ってさ。夜になってから転移で館に入って拝借してきた」

「昨日いなかったのコレ盗みに行ってたんですか。完全に泥棒じゃないですか!!」

「旅の罪はやり捨てってね、大目に見て」

「見れるかああああああ!」


 ……あああああ。もう完全に犯罪者ですよ。

 フォローできません。なんてことしてくれたんですか。

 すぐにネットで調べてみます。

 東京、上野の国立博物館の所有する美術品を展示する巡回展がちょうど札幌の美術館で行われていたんですが、そこから盗難に遭ったことになります。


「展示品、正宗(まさむね)とか村正(むらまさ)もあったのに同田貫(どうたぬき)ですか」

「一目見てピンと来たね。しかしタヌキの剣って言うのか。つくづく君の国の人間はネーミングのセンスがないねえ」

「……たいした目利きです。有形文化財ですよ。まあ国宝の正宗や重要文化財の村正でなかったのがせめてもの救いですか……」

「なにようなかじー、勇者様が使う剣なのよ? そこらのなまくらじゃ話にならないでしょ?」

「昨日休んで二人でわざわざ札幌まで行ってきたんですか」

「うん、剣折れてたでしょ? だからなんとか、かわりが手に入らないかって。私もまったくあてが無くて調べてみたらちょうど札幌の美術館で刀剣も展示してるから見に行こうってことになって、で、美術館でブラン様がそのタヌキの剣に惚れこんじゃって、どうしても欲しいって言うから、夜まで待って」

「どこで待ってたんです……」

「いやん。言わせないで」

 ……お城ですかね。

 お盛んなことで。ブランさんもブランさんでバツイチの元人妻のテクにメロメロですかそうですか。どうでもいいです。


「……素晴らしい剣だ。これほどの物は俺たちの国には無い。片刃で重ねを厚くしたり、反りを入れて切れ味を良くしたり、どれも俺たちには無かった発想だ。抜き打ちが速そうで極めて実戦的な作り、感服だよ。これだけの強度の刀身を持ちながら軽く、わずかにしなる弾力もあり、ハガネが硬い。なにより微塵も飾り気がないのにこの漂う気品はどうだ。鉄の地肌がすばらしい。 実に美しい」

「正宗よりそっちがいいってわけですか」

「ああ、あのピカピカのすごいやつか。美しかったがアレは実戦で使える気がしなかったな……。それに(こしら)えが無いと装備できないし」


 正宗ってのはね、五振りある剣の中からどれが正宗かって聞かれたら、ド素人の僕が見ても一発で当てられますね。それぐらい際立ってピカピカで綺麗な剣です。修学旅行で行った国立博物館で現物見ました。

 拵えってのは柄とか鞘とか鍔とかの一式のことです。美術館だと銘も見られるように刀身だけ展示してあるのが普通ですから拵えは無いですもんね。

 展示してないときは油を塗って木を削りだした白鞘に入れて保管します。白鞘の刀はヤクザ映画やアニメでよく出てきますけど、あれ刀の保存用で、実戦で使える強度がある柄や鞘じゃないんですよ本来は。

 拵え付きで展示してあるやつで一番いいやつを持って来たということになりますか。国宝の正宗、危ない所でした。


 同田貫正国は質実剛健。見た目の美しさより頑丈さ、折れ難さを重視した大変に実戦向きの大振りの剣と記憶してます。正国は波紋が直刃なんですよね。見た目なんかどうでもいいという作者の合理主義がうかがえます。兜割(かぶとわ)りができる唯一の刀だとか。対ティラノサウルス戦のために古今の名刀の中からこれを選んじゃうブランさんの目利きっぷりはなかなかだと認めなければならんでしょうな。


「国立博物館秘蔵の有形文化財を実戦で使う気ですか……」

「相手はダイノドラゴンなんだ。時間も無かったし、これぐらいでないと」

「時間がないとは?」


 ……。


「今夜だ」

 うわあ最悪です。




 話を聞いてみますと、女神様との回線が回復しまして、手のひらの女神紋で通信できるようになったんだそうです。

 長距離で通話料が高いんであんまり長話できなかったようですが、今魔王化したダイノドラゴンがワームホールを移動中で、今夜にもゲートに出現するとか。


「通話料ってなんですか」

「こちらの女神様に中継してもらってるから」

「地球に女神様いたんですね……。しかしこの非常時にケチ臭い」

 地球にとっても非常時でしょう。それぐらいタダにしてやれよと思います。地球の神様ってどんなんだか詳しく聞いてみたいけど今はそれより『ダイノドラゴン』ことティラノサウルスです。


「魔王化しているというのはどういう?」

「狂暴化している。見たものは何でも襲う」

「トリケ……、ミドルドラゴンはおとなしいものでしたよ? 今だって牛と一緒に草食ってます。見たものは何でも襲うのはそのダイノドラゴンってやつならどれでもそうでしょう」

「そりゃそうか」

 なんなんです。要するに普通のティラノサウルスってことですよね。


「ブランさんはそのダイノドラゴン、どうやって倒すんです?」

「魔法で牽制しながら、少しずつ斬りつけ、血を失わせて動きを鈍くし、最後に首を落としてかな」

 勇者さんはそれで良くても、牧場でそんな大暴れされたらたまったもんじゃありません。


「同田貫は人間の胴も真っ二つにできますが、それでもアレの首が斬れるとは思えませんね」

 刀の中子に一ツ胴とか二ツ胴とか彫ってあるのがありますが、あれ実際に土壇場(どたんば)で罪人の死体の胴を試し切りしたって証拠です。現代日本じゃそんなことできませんが、当時はちゃんとそういうテストをしていました。

 そういう記録があるから、よく切れて折れにくい名刀として残っているのであって、テストや実戦を経て折れたり曲がったり切れなくなった刀は現代まで伝承されたりはしないんです。

 二、三人斬ったら日本刀は切れなくなるとかもデマなんですよ。刃渡り十センチ程度の安物のハンティングナイフ一本でも鹿一頭丸々解体できますんで、僕らハンターはそんなのウソだってすぐわかります。

 ちなみにハンターは熊とも戦えそうな剣鉈(けんなた)とか常備してると思ってる人いますけど、実際は皮剥ぎと肉切りにしかナイフの出番はないので折り畳みなどのポケットに入るやつしかみなさん使いませんし、映画の主人公が使うようなでっかいナイフ持ってくる人なんて見たことないです。北海道の熊はヒグマですから、ナイフが護身用になるなんて考えてる人は北海道にはいないってことです。

 まあ日本刀は人間の胴体を実際にまっぷたつにできるってことですけど、しかしティラノサウルスを斬るのはいくらなんでもわけが違うと思いますね。


「大丈夫。武器強化の魔法もかけるから。実によくなじむなこの剣は」

「そりゃあ便利なことで」

 いくら勇者様でも人間がティラノサウルスに単身挑んで倒してくれるなんてことあてにしておくわけにいきませんね僕は。魔法とかでやっつけてくれると思ってたんですが、話聞いて一気に信用できなくなりました。


「僕は役場に戻ります。先輩は勇者様見張っててください。時間まで勝手なことやらないように」

「大丈夫よ。ブラン様には戦闘に備えてこれからたっぷり寝てもらうから」

 ホントですかねそれ。そんなネグリジェでくねくねして寝かせる気ゼロな気満々じゃないですか先輩。



次回「47.迎撃準備」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 随分昔の小説に対して今さら難癖付けるのもどうかとは思うんですが、一応気になったので一言。 「2、3人刀で斬るともう斬れなくなる」と「ナイフで動物を解体しても切れ味が落ちない」とでは意味…
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