43.勇者と残念な女神様
さて、テーブルに向かい合って三人で座ります。
「先輩レポート用紙」
「はいよー」
レポート用紙とボールペン貸してくれます。
「えええええ! なんだいありゃ!」
ブランバーシュさん、つけっぱなしになってるテレビ見てびっくりです。
「こりゃクリスタルか? クリスタル映像なのか?!」
「液晶テレビですから、まあリキッドクリスタル映像といってもいいかもですね」
「『クリスタル映像』ってなんかヤバイ響き」
「先輩僕のフォローをだいなしにしないで」
今日のニュースやってます。
「……これ遠くの映像を映すのか」
「過去の映像もです」
「そりゃすごい。どういう魔法だ?」
「魔法じゃありません機械です」
「これミドルドラゴンだよな。やっぱりこっちの世界に来ていたか……」
ちょうど夜のニュースで『きょうのトリケンくん』やってます。
「こっちではトリケラトプスって呼んでますけど、ブランバーシュさんの世界にいた動物ですか」
「魔物だよ。これ草食だから比較的害はないが、農場を荒らしたり討伐しようとすれば暴れたりするし厄介だ。ダイノドラゴンほどじゃないが」
嫌な感じのセリフが出たんで聞き流します。
「他にもスライムとか二つ頭の巨大ヘビとか牛より大きい毒グモとか動く死体のゾンビとか大発生してすごい迷惑かけられています」
「あっはっは! そんなことになってんの?!」
何笑ってんですか。こっちはそのせいで徹夜続きなんですよ?
「一番聞きたかったのはですね、なんでブランバーシュさん、そんなに日本語ペラペラなんですか? 異世界から来たばっかりだと言うのにそんなに日本語喋れるのどう考えてもおかしいでしょ?」
僕みたいな田舎者の悪い癖でしょうかね。どうもこう日本語ペラペラ喋る外国人見るとうさん臭く見えてしまいます。テレビに出てくる外国人がうさん臭すぎるせいでしょうか。どんな話にも必ずジョークを入れてくるとか自分は面白いやつアピールが凄いとかね。テレビ局も、もうちょっと誠実そうな人をゲストにしてくれれば僕も日本語ペラペラの外国人にこんな偏見持たなくていいんですけど。
「あーこれは女神様が異世界言語習得能力をくれたから。俺は君の国の言葉を喋ってるつもりはまったくないんだけど、自然にそうなってるみたい」
「よくできてますねえ」
ますますうさん臭いです。
「なかじー、異世界転移で言語翻訳能力は基本だよ? これが無い話なんて一つもないよ」
都合良すぎですよ先輩……。自分で言ってておかしいと思わないんですかねそれ。
「次、お名前とお年をうかがいましょう」
「ブランバーシュ・ラルコー。二十七歳だ」
なに二十七歳にきゅんきゅんしてんですか先輩。ストライクゾーンですか。お茶でも出してくださいよ。
「何か飲みます? ブランバーシュ様」
「なんでも。この世界のもので美味しければ」
しゅわしゅわしゅわー……。いや先輩いきなりビールはどうかと。缶ビールをジョッキに移しても缶ビールは缶ビールでしょうに。
「どうぞ」
「おうっ……これは……。このジョッキもスゴイ。ガラス製か。エール? いや、少し違う……。冷たっ! ごくごくごく……。こ、これはうまい!」
「これもこれも」
「豆? いやこんなまだ青い豆を……。塩煮してあるのか。え、豆だけ食べるの? おうっ、これもうまいな! こ、これは止まらん!」
レンジでチンした冷凍の枝豆に大感激ですか。
話が進みません。僕には水をお願いします。
「ご出身は?」
「コルスト大陸の中央、王都ジュリアール。ジュリアール王国の首都だ。騎士の家系のラルコー家の次男だった俺は剣の才能を認められ、バルトラート公爵に取り立てられて公爵付き近衛騎士になった。ゆくゆくは勇者を目指すつもりだった」
「勇者様……」
先輩うっとりしないで。ほらなんか作ってあげて。女子力を見せるチャンスですよ。
「ブランバーシュさんの世界では勇者がいるわけですか」
「いいかげんブランと呼んでくれていいよシン君。そう、勇者がいる。でもこの勇者がひどいやつでね」
「ほう」
「教会の騎士だった男で、勇者教会をバックにして勇者トーナメントで優勝してもう五年も連続で勇者やってたんだが、これが魔王を復活させようと企んでさ」
「魔王なんて出るんですかブランさんの世界!」
「百年に一度ぐらい。毎回大熊だったり、大鷲だったり、大狼だったりバラバラさ、魔物を引き連れて人間を襲うようになる。それを討伐するのが勇者の役目」
「毎回違うのが出てくるのに復活とは?」
「そのへんのことはよくわかっていない。地脈がとかいろいろ説はあるが……。女神様はワームホールがつながって地脈が溢れて出現するって言ってたな」
その女神様というやつも、どうもうさんくさいですな。
「ブラン様、ホッケの日干しを焼いたものです。醤油をかけてお召し上がりください」
「おう、大きな魚だ。こんな魚がいるのか……」
いきなり指でむしって食べようとします。
「ブラン様、フォークを」
「あ、こっちにもフォークあるのか。よかった。ナイフはあるかい?」
フォークとナイフを使って器用に食べますな。ホントに異世界から来たんですか?
「うまいなこの魚!」
「海でとれる魚ですよ」
「海か……俺らの国は海から遠いから。ここは海が近いのかい?」
「いえそんな事ないですが、流通が発達していますから海から届くんです」
「素晴らしいな」
「『勇者教会』ってのがあるのに、女神様は別にいるんですか?」
「俺らの世界では勇者が神格化されていて、歴代の魔王を倒した勇者が神様みたいに崇められている。俺もつい最近まで女神様が実在してるなんて知らなかったよ」
「どうやって女神様と知り合ったんです?」
「お告げ。夢枕に立って、『勇者よ』って、俺に話しかけてきた」
「へー」
もうまったく信じる気が起きません。
「で、いつも夢枕で?」
「いや、これを授けてくれた」
そう言って手のひらを見せてくれます。なんか♢みたいなマークついてます。
「女神紋だよ。これをこうやって耳に当てると、女神様と話ができるんだ」
「そりゃ凄い。今も女神様と相談しながら動いてるんですか?」
「いや、こっちに来てからはずっと『ケンガイです』としか聞こえないんだよな……。ケンガイってなんなんだろうな?」
ケータイですか。異世界からだと地球が遠すぎるんじゃないですかね。どうでもいいですけど。
「そのせいで君に頼るしかなくなったんだけどね」
「地球には女神様いないのかもしれませんねえ」
そんなに世界の面倒見てくれる神様なんてのが本当にいるのなら、地球は核兵器や温暖化なんて無いもっとましな世界になっていると思います。本当にいたらこんなにたくさんの宗教が乱立してたりしないでしょ。いても仕事さぼって寝てるとしか思えませんねえ。
「チキュウってなに?」
「僕らが住んでる世界のことです」
「どういう意味?」
「地の球って書きます」
「なんで大地が玉なのさ……。自分が住んでる世界に『土の玉』って、もうちょっとマシな名前はつけられなかったの?」
……僕ら日本人はこの星のことを地球、地球って呼んでますけど、確かに言われてみればセンスもへったくれもない名前ですなあ。誰が名付けたんでしょうねえ。
「おにぎりです」
先輩、もうすこしマシな料理は……。
「うまっ!」
うまいですかそうですか。よかったですねブランさん。
「で、女神様に勇者に任命されたブランさんは、何を頼まれたんです?」
「任命されたってわけじゃないんだが、どうやら教会勇者が、魔王が封印されている祠を見回るだけでは満足できなくて、魔王を復活させてそれを倒して、歴史に残る勇者になろうとしていたらしくてさ、その教会勇者の野望を阻止して魔王の復活を防いでくれって」
「魔王を倒した勇者とは別の勇者もいると」
「そう、勇者は代々、教会が選抜する勇者トーナメントの優勝者がやるが、その中でも復活した魔王を倒した勇者は歴史上五人しかいないからな」
「全員女神様に選ばれてるわけではないんですね?」
「教会が選ぶ勇者ってのは国で一番強いって程度だね。魔王が復活したときの勇者は強いよ」
「ブランさんは? ブランさんも相当強いと」
「その教会勇者と祠の前で戦ってね、なんとか勝つことはできた」
「殺したんですか?」
「やむなく」
……殺伐とした世界ですねえ。
「勇者より強いなんて凄いわブランバーシュ様!」
くねくねするのをやめてください先輩。あざとすぎます。
先輩はねえ美人でグラマーで巨乳ですごいんですが、僕に言わせればまったく「エロ」くないんですよ。なんかこうねえ、私は美人よモテるのよっていうのを自分でよくわかってるところが「イラッ」とさせられるんですよねえ。全身から放出される凄まじい地雷臭が全ての美点をかき消しているのかもしれませんね。関わっちゃダメみたいな。ブランさんクラスの防御力ある人にはそれが気にならないのかもしれませんが。
「勇者はその世界で一番強い人でしょう? なんでブランさんがその人に勝てるんです。おかしいでしょう?」
これは突っ込んでおかないとね。
「勇者とはいっても教会の力をバックにし、トーナメント出場者に負けろと圧力をかけてくるようなやつらだからな。まあ実力はたいしたことない。トーナメントで教会勇者に勝つと面倒だよ? 『教会の勇者に勝つなど悪魔の力を借りたに違いない』とか、『異端の力を持っている』とか教会に難癖つけられて資格を剥奪された例もある。俺も二年連続で勇者と決勝戦を戦ったが、まあ、仕方なくわざと負けたな」
「教会ひどいわ」
うーん、とっさに考えたにしてはまともな答えです。
ここの設定に突っ込んでもしょうがないかな。
「で、勇者倒して魔王が復活するのは阻止できたと。お話終わりですよね」
「ところがその勇者がパーティーメンバーにしていた魔法使いがいてね、そいつが魔女だったんだよ!」
「魔女? 魔法使いと魔女は何が違うんですか?」
「魔女は百年以上魔力で生きてる人間の……まあ化物みたいなもんだな。魔法使いはただ魔法を使う人間ってだけの存在だが」
「ブラン様は魔法が使えるんですか!!」
先輩食いつく食いつく。
「ああもちろん。俺らの世界じゃ珍しくはないが……」
「この世界には魔法なんてものはありません」
「俺から見ればこの世界のものは全部魔法に見えるよ。馬がなくても走る馬車とか、そこの、魔法なしでも火がつくコンロとか、あの映像が映るガラス板とか……」
「あ、あの、ブラン様!」
「なんだいサラ」
「なにか魔法見せてくれますか!」
「ああ、そうだな……じゃ、まずこれ」
そう言っていきなりなにもない空間から剣出しました!
「うお!」
「空間魔法だよ。物を収納しておくことができる。着替えもね」
「……便利ですねえ」
それでその服に着替えてたんですか。異世界の服、なかなかの仕立てです。
「あとは火魔法」
手のひらにぶわっと炎の玉出します!
ものすごい渦巻いて、やけどしそうな熱量です!
「水魔法」
手のひらの上でものすごい勢いで水が回転しています!
手つっこんだら手が切れそうです!
「他にも風と土。そっちは女神様の加護ができてからだからまだあまりコントロールできない……」
しゅっと消えてしまいます。
凄い……。
次回「44.やっぱりそうなりますか」




