42.勇者、ブランバーシュ
警官の皆さんと、蝦夷大の先生たちと一緒に貯水池の底に降ります。
粘土で固めた後、防水布を敷いた簡易的な貯水池なんですが、長年使ってますので柔らかい泥が多いですね。ゴム長靴用意しておいてよかったです。
見つかった十体の遺体ですけど、腐乱してはいますがゾンビとして動き出したりはしません。
水場のホースを引っ張ってきて、死体に水をかけてきれいにします。
例によって中世の紳士風の格好をしております。棺に入れられる前に着せられるような黒い礼服です。
「斬られてるな……」
どれも胴や首に見事な切り口ができてます。
ゾンビになってから殺されたという感じです。
「こっちはゾンビじゃないぞ? おかしいな……」
一人、首をちょん切られた死体が一体。しわしわの干からびたおばあさん。
女性です。
このおばあさんというのがまたどういうわけか全くサイズの合ってないヒモビキニ着てまして、ほとんど半裸なんですよね。どういう層をターゲットにしたグラビアアイドルだよって感じです。ブーツにマント、長手袋に長くて赤い石をはめ込んだ変な杖握ってまして、あっちに転がってる金髪の生首は三角帽子被ってます。
「これ魔法使いだよ……」
うわあ……。先輩がもう絶対に言ってはいけない事言ってます。
一度ゾンビ見てるせいでしょうかね。動じませんね先輩。
僕はまあ、死体が怖くてハンターできるかってやつです。平気ですね。
もう一つ、胴を真っ二つに斬られた死体。こちらは若者で、黒いフードの服着てまして、こちらも棍みたいな棒握ってます。
フードの下に着ているのはなんだかファンタジーのゲームで僧侶さんが着ているような立派な模様が織り込まれている服ですね。
「コイツも魔法使いかな。僧侶っぽいから回復とかなのかなあ。ゾンビを操る係なのかも」
……先輩、みんなドン引きしてますよ。おかしな発言やめてくださいよ。
「この二人はなんかたった今斬られたって感じだな」
蝦夷大医学部の西里先生が傷を調べてつぶやきます。
傷口を洗い流すとまだ血が流れていきますからね……。
大柴先生も降りてきて周りを見回します。
ワームホールが開いただの、なんかあったんだったら痕跡ぐらいは見つかりそうなもんですが、なにもなしです。まるで水中でこの惨劇が行われていたように。
「いったいなにがあったんだ……」
「そんなの決まってるじゃない」
先輩がふんぞり返ります。
「?」
「???」
警察とか、先生とかがいっせいに先輩を見ます。
「このババア魔法使いと、そっちの青二才の魔法使いがゾンビ使って悪さしようとしてたから、ブランバーシュ様がソレを止めようと斬ったのよ。で、魔法使いが逃げようとして開いたゲートにみんな巻き込まれて、こっちの世界に来ちゃったってわけ」
そんなB級ファンタジーみたいなアホなこと言い出すのやめてくださいよ……。みんな呆れてるじゃないですか。タダで読めるネット小説ならともかく、そんな展開中学二年生だって読みませんて。
いやああれから大変でした。
警察と大学で現場検証して、状況を記録して、死体を全部運び出して収容です。
僕ら猟協会は出番がなくて、今回どう見ても関係もありませんので別に事情も聞かれずにすぐに解散になりました。
先生たちは死体にくっついて警察署まで出向き、大柴先生は引き続き貯水池跡で調査の続行です。なんかものすごいデーター取れたんでこれから分析だそうで。
なんだかなあ。ま、僕に聞きたいことあったら警察から呼び出しあるでしょうし、今日はもういいや。
幸い、マスコミたちはトリケンに夢中ですんで、こっちの騒ぎには全く気づかなかったようです。
それでも夜にはニュースになってまして、今日のトリケン、町民ホールで行われた学会の様子、政府見解に続いて、『北海道、馬稲町の町営牧場施設の貯水場で、排水を行い引き続き捜査を行っていた警察により今日未明、さらに十体の水死体が貯水場の底から発見されました。遺体はいずれも損傷がひどく、一部白骨化しており、一連の未確認野生動物、死体が発見された件、恐竜の出現などと関連性がないか、警察では遺体の身元確認などを慎重に捜査を進めています』とだけあっさり報道されました。
あの現場から現れたおかしな剣士さんのことはまったく触れてないようですな。
なかったことにするのでしょうか。それとも詳細が判明するまでは伏せておくということでしょうか。あんなやつらの身元なんて判明するわけ無いと思いますがね。
「……ねえお兄ちゃん。これもうなにがいったいどうなってんの?」
「僕にわかるわけないよ……」
家族で夕食を取りながらどんよりします。
「死体って、ゾンビなのか?」
兄貴も心配そうに聞いてきます。
「いや、ゾンビじゃなかったし。ホントただの水死体」
「食事中にゾンビの話禁止!」
妹がぷんすかです。食欲もなくなりますよねえ。
「それにしてもトリケン今日もだらだらしてるねえ」
すっかりトリケンで定着してしまってますかお母様。マスコミもみんなもうトリケンて呼んでます。トリケラトプスじゃ呼びにくいですもんねえ。もう国民的な人気者です。
「学会どう決まったんだろうね」
「モメモメだよお兄ちゃん。飼育場を作って日本で飼うってのを、アメリカだけが反対してる。なにがなんでも引き取る気みたい」
詳しいな妹よ。
ニュースでは、ホワイトハウスの請願ページに『トリケラトプスはアメリカの研究機関が引き取るべきだ』みたいな署名があっという間に百万件以上集まりまして、それにあのコロコロ態度変える毒舌大統領が『引き続き日本政府に要求をしていく』と回答しまして、要求に応じない日本政府に批判が集まってるとか。
いや何様なんですかアメリカ。なんであんたたちの物みたいな顔してるんですか。図々しいにもほどがありますって。
トリケラトプスは北米大陸に住んでいた恐竜でして、化石もみんなそこで発見されているもんですから、あれはアメリカにいたトリケラトプスがなんらかの理由で日本に現れたもので、本来アメリカのものであり、アメリカに返還されるべきだ、というのが向こうの言い分らしいんです。
……むちゃくちゃですね。
でも正直言いますと持っていってくれるんならとっとと持っていってほしいです。
あんな大飯食らい、いつまでも居座られたら困りますし、人も集まりすぎて町も牧場も迷惑してます。それにここ北海道ですよ? 冬になったらどうするんですか。雪降っても大丈夫なんですかあいつ? どう考えたって困りますよね? 隕石落ちて氷河期になったら絶滅しちゃいましたよねあいつら。
「私も昨日学校帰りに友達と一緒に自転車で見に行った。大きいよね! 牛の三倍以上ある!」
へー。
「くうくう寝ててね、なんかかわいいの」
ほー。
「トラクターが来るとむっくり起き上がってよけるんだよ。なんか大きい牛みたい」
そうですかー。
「私も見に行こうかな」
やめてくださいかーさん。芸能人じゃありませんて。
どんどんどん。
玄関で誰かノックしてます。
まあ田舎の町ですし、お年寄りにはピンポン押さない人もたまにはいます。
カギもかけてないので、勝手に玄関に上がって、「おばんですー」とか言う人も別に普通ですし。
ま、こんな時間に来るのはまず僕にでしょう。立ち上がって玄関に向かいます。
「やあっ」
……なんでここにいるんですブランバーシュさん。
あなた警察に拘束されたはずじゃありませんでしたっけ。
「……あの、なにか僕に御用で」
「うんちょっといろいろ助けてもらおうと思って会いに来た」
「よく警察が釈放してくれましたね」
「いや逃げてきた」
「……よく逃げられましたねえ」
「ま、それはちょちょっとね」
とにかくそのカッコは目立ちすぎます。僕の家は人里離れた農家ですが、家族に見られても困ります。
泥だらけで水浸しのはずだったんですけど、今はさっぱりしたシルクみたいな服着てます。でもどう見ても日本人が着る服じゃありませんね。違和感バリバリです。
そのラメが入ったピッタリした原色のシャツ、なんなんです。
「ちょっとちょっとちょっと、こっち来て!」
ガレージまで引っ張っていきます。
「コレに乗って!」
「おっ、馬のない馬車! 君も持ってるのか?」
「誰でも持ってます」
北海道じゃ一家に数台なんて普通ですから。父も兄も母も自分の車を持ってます。おじいちゃんは家の軽トラ使ってますが。
「ケーサツに連れて行かれたとき乗せてもらったよ。凄いよねコレ。馬なしでも自分で走るし、すごいスピードも出る。ジドウシャだったっけ?」
「まあそうです。で、なんで僕なんです?」
「なにが?」
「いやだから、なんで僕に相談に来るんです?」
とりあえずジムニーに乗ってもらって、二人で話をします。
「こっちに来る前にね、女神様に教えてもらったのさ。『もし異世界行って困ったことがあったらナカジマ・シンに相談しなさい。きっとなんとかしてくれる』って」
「なんで女神様が僕を指名するんです……」
「君関わりがあるはずだよ?」
「全く心当たりがありませんよ」
はあー……。
ため息するしかありませんて。
「その女神様なんていう名前です?」
「ナノテス様」
「全然聞いたこともないですねえ」
「君、熊に襲われて戦ったことがあるだろう?」
「なんでそんなこと知ってるんです!」
「女神様がね、もし君があのとき熊に襲われて死んでたら呼ぼうと思ってたんだって。子供を守って戦う勇気に感心したと。異世界人呼ぶなら君にしようって」
「よく知ってますねえそんなこと……」
「正義感があって勇気と行動力に優れた若者だってさ」
「正義感の点では最近自信がありません。すっかり悪人ですよ僕……」
警察にもめちゃめちゃ嫌われていますからねえ僕。これでいろいろ悪だくみもしてますしね。
「あのとき死んでたら僕、異世界行きだったんですか……。危なかったですね僕」
「まったくだね。あっはっは!」
僕まったく笑えません。童貞のまま熊に襲われて死ぬとかいくらなんでも悲しすぎます。
「とりあえずですね、専門家の方がいるのでご紹介します」
「助かるよ! 是非お願いしたい!」
そう言ってジムニーでアパートに行ってピンポンします。
「はーい」
返事して沙羅先輩出てきました。田舎なんで、一人暮らしの女性でも躊躇なくいきなり玄関ドア開けてくれます。
「やあ!」
「ブランバーシュ様!」
先輩びっくりです。高校の時のジャージにノーブラのTシャツ。
もう少しマシなカッコの部屋着はないんですか……。
「君に会いに来た……夜遅く失礼。だが、麗しの君が忘れられず、君の輝きに惹かれてきた俺は哀れな夜光蝶……」
どこのイタリア男ですブランさん。夜光蝶ってそれじゃ蛾でしょう。
「私も会いたかった……勇者ブランバーシュ様……」
しかしアンタもノリいいな! 間髪入れず合わせてくるその対応力、さすがです。
「悪いけど僕もいてですね」
「あ、なかじーこんばんは。いったいどういうわけ?」
「夜分申し訳ないんですが、話を一緒に聞いてもらいたくてですね」
「うんいいよ。上がって上がって。ブランバーシュ様どうぞ」
ずいぶん態度が違うじゃないですか。まあ最初から押し付ける気で来たんでいいですけど。
次回「43.勇者と残念な女神様」




