41.重力波
「これ、結局なんなんですか?」
「レーザー光線で取り囲んで重力波の測定」
「……あ、やっぱり。それにしても重力波って実在したんですね」
「レーザー光線の干渉波を見て空間の歪みを測定するんだ。超新星の爆発なんかを観測するんだよ」
「これでわかるんですかっ!」
僕もびっくりです。
「いやいやいやいや。まったくわからないよ。こんなので検出するには分解能が十桁ぐらい足りないねえ。神岡の施設なんて坑道跡使って3キロ四方の大型重力波測定器作ったけど、それでも数年に一回観測できたら大発見さ」
そんなこと言って先生が笑います。
「いいんですかそれで」
「あんなものが出るような巨大な変化だ。絶対になにか検出できる」
「地下道とか、巨大な地下空洞とか、ダンジョンとか?」
何故か一緒に来てる沙羅先輩もノリノリです。
「地球観測衛星のセンサーにはそんなものなかったな」
「そんなものまで調べてあるんですか……」
「宇宙研に協力してもらってね、以前あの周辺を調査した映像を見せてもらったけどそれらしいものはないんだよね……。埋もれてるピラミッドや遺跡でも発見できるはずなんだけど、なんにもなし」
「じゃあ、異世界へのゲートが開くのかも!」
「あっはっは! そうだといいね! 大発見だよ!」
……先生、先輩に話し合わせてると学会で笑われますよ?
「じゃ、水抜き開始」
「はい。水抜き開始」
「水門開けます」
ざぶっ。ざぶざぶざぶ……。
前回中途半端に終わった貯水池の水抜き作業、再開です。
例によって警察に協力してもらっています。
僕ら猟協会も貯水池周辺で待機です。僕もレミントンM870背負って流れる排水溝を監視しています。トリケラトプスの警備に人割かれてますので、前より人員は減らしてますが、ほぼ前回の体制と同じですね。当然周囲200メートルまで立ち入り禁止区域にしてマスコミもシャットアウトです。
「さあ、今度は何が出るか……」
おじいちゃんも猟協会の会長も、作業を見守っています。
なぜか蝦夷大の生物科学科、宮本先生と、医学部の西里先生も。
「先生はトリケラトプスやらないんですか?」
「いやあさすがに専門外でね、追い出されちゃったよ……」
そう言ってブンむくれてます。
世界中から第一線の古生物学者が集まってますからねえ。ヒモムシの研究してた先生なんてお呼びじゃないってことですか。
「今度こそ生きたゾンビ捕まえられるといいんですが」
西里先生がそんなこと言います。生きてるゾンビってなんかヘンじゃありません?
「これだけ大量の水が抜けるんです。このあたりの重力変化あるんじゃないですか?」
「それぐらいの変化、ノイズレベルだよ。全然検出できないね」
大柴先生がそんなこと言って苦笑いします。
「じゃあそれ以上の変化が現れると」
「現れたら大発見だねえ」
夜が明けて、朝が過ぎ、お昼になりました。
うぉおおお――んって十二時のサイレンがなります。
牧場でも、職員のみなさんがお昼休みです。
各国の研究員の人たちは、今、町民ホールで学会やってますので、スタッフの数が半分以下になってます。あのトリケラトプスをどうするか、喧々諤々やってるはずです。掴み合いの大喧嘩になってなきゃいいですが。
話題の中心のトリケン君ですが、朝に餌をたっぷりもらって満腹したのかお昼寝しています。夜も寝てるし、起きてる時間が少ないですねえー。
恐竜は、その巨体を維持するために一日の活動時間のほとんどを食事に費やしていたようですが、ここの食事は栄養価が高いんですかね。のんびりしたもんです。
よほどここが気に入ったようで、柵を乗り越えようとか、電柵に触れてビリっと来たとかまだないようです。牛たちと一緒にいて安心ですか。そのせいで、トリケンに電柵が効くかどうかまだわからないんですけど。
警備の警察の皆さんも、交代でお昼です。一息抜けて、雰囲気がだらけ始めました。水位計を見たところ残り50センチぐらいかな。今日中には全部水抜けるでしょうね。
『来たっ! 来た来た!!』
お昼ご飯を食べ終わった頃、突然先生から無線入ります!
『重力波だっ! とんでもない出力だよ! ディスプレイがめちゃめちゃだ!』
「なにか来るんですか?」
『超新星の五億倍!』
大きいんだか小さいんだかわかりません。数千万光年先の宇宙の超新星爆発のエネルギーが伝わって重力波になり、3キロ四方の重力波望遠鏡でやっと観測できるような空間のゆがみエネルギーの五億倍なんでしょ? 人間にはまったく感じないような変化ですよねそれ。
「なかじー! 見て!」
先輩が貯水池を指さします。
……信じられません。
魔法陣ができてます。水面に!
「魔法陣! これ魔法陣だよね!」
先輩が夢中になってカメラ撮影しています。
マンガに出るようなあの魔法陣! 円の中に不思議な文字や記号が書かれたあの魔法陣!
直径30メートル近い光の模様が貯水池の浅い水面に映ってます!
これを警備の警察官、そしてワゴン車がら走ってきた大柴先生が目撃します。
「な……なんだこりゃ」
「魔法陣、本当にあったんだ……」
「何が出てくるかわからんぞ! 弾込め!」
おじいちゃんの声にあわてて僕らも銃カバーを脱がし、猟銃に弾薬を装填します。
光の魔法陣がぎゅうううううーんって回転し、そして、ぱっと消えました!
いったい何が始まるって言うんですか!
……静かです。
何も起きません。
水だけが、流れてゆきます。
「……なんだったんだ、今の?」
「ちょ、あれ見て」
水位が下がってくると、水になにか大量に沈んでいるのがわかります。
人です。死体です。泥まみれになって十体以上いるでしょうか。
「うわあ……。やっぱりゾンビ、まだいたのかよ……」
「起き上がってくるかもしれません。様子見て! 動かないで!」
「いいか、なにがあっても発砲するな。発砲禁止! 発砲禁止!」
『発砲禁止! 待機』
『発砲禁止、待機続けろ!』
警察の無線が飛び交います。
こいつらが例によってゾンビで、起き上がってきたら全員確保の予定です。
……。
「ぶはあっ!」
うわっびっくりした!
真ん中にいたゾンビが突然水面から顔を上げて、息をしました!
「はーはーぜーぜー……。死ぬかと思った……」
そう言って、ゾンビ、立ち上がります。
ざばばばばばば……。水と泥がたれます。
泥まみれの泥人形といった感じですわ。
……なんていうんですかね。上からつば広帽子、ピタッと張り付いたシャツ、豪華なベルトのバックルにピッタリしたズボンにごついブーツ。今は張り付いてみすぼらしいですけど背中にマント、片手にはすらりと抜かれた銀色の妙に短い両刃剣。腰に鞘。
なんていいますか、あの、マスクしてない怪傑ゾロって感じです。
ぴゅっ、ぴゅって剣振って、腰の鞘も抜いて、これも振って水切りし、剣を鞘に収めてから、腰に挿します。
でもって、泥だらけのまま貯水池を取り囲んでいた警官隊と、僕らを見回しまして、しばらく考えていたようですが……。
びしょ濡れの帽子をとって胸に当て、手を広げて右に、左に、頭を下げて優雅に挨拶します。
「異世界の皆さん、はじめまして。私はジュリアール王国騎士、ブランバーシュと申します。以後お見知りおきを」
「か……確保おおおおお!!」
うわああああああ――――――――!
警官隊が突入します!
警棒を持って、さすまたを構えて、ロープを携えて、全員があの怪傑ゾロっぽいかっこのゾンビに飛びかかります!
「ちょっ! ちょっとちょっと! なにごと!? 俺は怪しいやつじゃないよ!」
怪しくないわけがないじゃないですか!
たちまち数十人の警官に押し倒され、押さえつけられ、ロープでぐるぐる巻きに縛られます。
「……手荒い歓迎だな。話が違うよナノテスさん……」
わけわからないことをぶつぶつ言いながら引っ立てられてきました。
「何モンだお前! ゾンビのくせにしゃべるのか!」
「俺はゾンビじゃないって。抵抗しないからさ、話聞いてよ、まったく……」
「とにかく逮捕だ!」
あんまり手荒なもんですから、見かねて僕がちょっと割って入ります。
「ちょっとちょっと刑事さん、なんの容疑でですか」
「何って、銃刀法違反の現行犯」
ああ、刃渡り6センチを超える刃物携帯してますもんね……。
「取り合えず話聞きましょうよ。それからにしましょうよ」
コレもしかしてアレですよね。先輩が大好きなアレですよねどう考えても。
「中島! お前関係ないだろ!」
「今更ソレは無しですよ刑事さん……」
とりあえず、水源管理事務所のほうに来てもらって、ホースで水をかけます。
「頭も頼むよ」
余裕ですねなんだかわからない人。
帽子を取って、縛られたまま上からホースの水をかけてあげます。
泥が落ちてなかなかハンサムな素顔があらわになりました。
沙羅先輩、いきなり僕からホースをぶんどって、丁寧に水をかけだしました。手のひらであちこちこすっては泥を落とし、豊かな黒々とした髪も手で揉んで優しく泥を落としてゆきます。
なかなかの伊達男ですなあ。背の高い筋骨たくましくもすらりとした外人さんです。いい男です。
「ありがとうお嬢さん。お名前は?」
「サラです。小波沙羅!」
「いい名前だ。感謝するよサラ。ここはどこ?」
肩からも水をかけてどんどん綺麗にしていきます。
「え、北海道の馬稲町ですが」
「ホッカイドウ……妙な名前の国だな」
「刃物を没収するからな。このゾンビめ」
刑事さんが腰の剣を鞘ごと引っこ抜きます。
「だから俺はゾンビじゃないって……。この国の行政官と話がしたい」
「話なら署で聞くわ!」
「剣の手入れをさせてくれ。ほうっておくと錆びちまう」
「調子込んだことを言うな! こんな凶器没収に決まってるだろ!」
「ロープを解いてくれませんかね」
「抵抗するなよ」
「しませんよ」
そう言って、ロープを解いてから、両手にがっちゃんと手錠かけられました。
「そんなに俺怪しいかね……、しかしこの手枷凄いな。見事な細工だ」
手錠を見て感心しています。
「ブランバーシュ様」
様付けですか沙羅先輩。受け入れるの早すぎます。
「あなたはもしかして、異世界の勇者様では?」
「んー、まだ勇者を名乗るのは早いかな。修行中の身でね。剣士と呼んでくれたほうがありがたい、俺は」
「なぜここに」
「女神ナノテス様に頼まれてね、異世界につながってしまったワームホールの修復に」
「ふざけたことを言うな! 来い!」
「ちょっとまって」
そう言って、ブランバーシュさんが立ち止まります。
「君、さっきナカジマって呼ばれてたね。ナカジマ・シン君かい?」
「……そうですが、なんでそれを」
不思議です。貯水池の水を抜いたら魔法陣とともに泥だらけの底から現れた、妙に流暢な日本語を話す外人さんが僕のことを知ってるなんて。
「いいから来い!」
「ああああああブラン様ぁああああああ!」
「また会おうサラ殿!」
ブランバーシュさん、そうニカッと笑って、連れて行かれてしまいました。
なんですかこの展開。なんなんですかこの超展開。
もう絶対にかかわりたくないんですけど。
次回「42.勇者、ブランバーシュ」