40.トリケン、大人気
まだ一週間ぐらいしか経っていないんですけど、牧場にトリケラトプスがいるんですから、そりゃあ大評判にもなりますよ。
連日マスコミがすごいです。
各方面からも研究者が集まってきます。
アメリカからもヨーロッパからもものすごい数の学者さんたちが押し寄せてきております。各国政府関係者も来るし、連日凄いヤジ馬……観光客の皆様まで。
今日なんか地元小学校の生徒さんたちが見学に来ました。
ただ、日本政府の要請により恐竜自身には手を出さないように、近寄らないように厳命されておりまして、で、自衛隊も出動して牧場周辺に、従来の柵の上に更に高さ2メートルの電柵が増設されまして、今も建設作業中です。上空をヘリコプターが飛ぶのも禁止。ドローンももちろん禁止です。
一応、M2重機関銃を装備した装甲車が三台、迷彩シートで偽装されて牧場に配備されていますが、監視だけです。
米国の研究チームが勝手に昼寝してるトリケラトプスに近づいてなにかサンプル獲ろうとしましたが警察に止められておりました。この騒ぎですから道警から大量の警官隊が派遣されていまして、警備しております。
このアメリカチーム、「トリケラトプスは北米の恐竜であり、この恐竜に関する研究は我が国が一番進んでいるんだから当然米国に提供されるべき」みたいな頭してるもんですから問題ばかり起こして各国の研究チームから嫌われております。
研究チームの間ではトリケラトプスの糞が奪い合いになってるんですよ。みんな連日ウンコまみれで掴み合いの大喧嘩です。ウンコからもDNA取れますからね。
おかげでウンコに石が含まれていることがわかりまして、石を飲み込んで、胃で食物をすりつぶす助けにしていると推定できました。
牧場に手ごろな大きさの石を積んでおくと、それを拾って飲み込んでいるところが確認され、化石と一緒に発見される石から推定されていた、「恐竜は石を飲み込んでいた」という仮説が一つ実証されたことになります。鳥も砂を飲み込んで消化の助けにしています。砂嚢という部位ですが砂肝のほうが有名かな。やっぱり鳥の祖先なんですねえ、恐竜って。
トリケラトプスはあいかわらずのんびりと牛たちと草を食って、水を飲んで、昼寝という感じでして、どこの自宅警備員だよといった感じです。
「異世界でのスローライフ楽しんでるねえトリケン」
勝手に名前つけないでください沙羅先輩……。で、それを町の広報のホームページに載せるのをやめてくださいカノ子ちゃん……。
「今日のトリケン」のサイトが大人気です。
トラクターが作業に出てくると、のそのそと移動してくれるんですよトリケン。餌を運んでくれてきてることを学習しましたか。牛と一緒で、サイレージも配合飼料も喜んで食べるんですよね……。
その様子がかわいいかわいいと大評判です。
牛の入れ替え、牧草地の移動、特に逆らうこともなく従ってくれるのが不思議です。牛たちについていってくれるので、町営牧場の職員にもかわいがられていますねえ。さすがにトラクターや重機には近づいてこないし、牛舎には入ろうともしませんが。入れませんけど。
意外と臆病でおとなしくて優しい性格しています。昼寝している牛のそばは起こさないように離れて、そっと歩いたりしています。群れで暮らすルールというやつを心得ている感じですか。
牛たちとも仲良いんだそうです。
「牛と仲がいいのか悪いのかなんてなんでわかるんです?」
「水飲み場でちゃんと順番待ってるから」
……そうですか。今日も先輩、カメラ抱えて撮影に余念がありませんね。
この件は完全に僕らの手を離れました。
宿泊施設など提供できませんので、研究者も、マスコミも、郊外にテント村設営しております。もう牧場に匹敵する規模になってます。
大急ぎで牧草地の牧草を刈って、全部ロールにして場所作りました。
政府が災害派遣援助してくれていますので、特設トイレが並び、変圧器から電源も供給され、水場も設営され、自衛隊が風呂を提供して各国学会関係者が利用しております。
みなさんお仕事柄、フィールドワークを苦にしない方たちばかりなので助かります。何日キャンプしてもへっちゃらみたいですね。ほらいつもは荒野のど真ん中で岩を削って化石掘り出してるような人たちですから。
学者さんよりマスコミのほうがずっとわがままで面倒です。
やれ報道センターの設立を急げだの回線が遅いだの弁当が届かないだの連日役場に文句来ます。
報道センターってなんですかオリンピック会場じゃないんですからそんなの町で用意する義務なんてありませんよ。光ファイバーも一部しか通ってないですよ僕の町には。弁当だったらコンビニで買ってください。一軒だけありますから。
お弁当の屋台のワゴン車も集まってきて商売しています。
クレープのワゴン車が大人気です。道産の材料だけ使ってますからおいしいですよ。ソフトクリームとかもすごい売れ行きだそうで。
地元スーパーもバーベキュー用品の品揃えに熱心です。連日五百人以上の食材が売れまくりですからねえ。ちょっとした町おこしになってます。
明日には町民ホールで、会議が行われます。
日本の各大学、各国の研究者が集まって話し合いがされるそうで。
最初、蝦夷大理学部、生物科学科だけだったのに、医学部、他の大学の古生物学科、海外の古生物学者さんや生物科学の専門家たちが一同に集合するんですから、町始まって以来の大イベントになりますか。六百五十人が入れるんですが、参加者はそれをオーバーしそうです。
僕の町で学会が開かれるなんて前代未聞ですねえ。蝦夷大は国際的な学会とか開いた経験が豊富ですので、大量の機材を運び込んで準備やってくれています。
研究対象はスライムとかヒドラとかクモとかもいるんですが、主役はやっぱりトリケンです。
とにかくですね、アレを研究するに当たって、ルールは決めないといけないでしょう。ほら例の麻酔銃使うとか血を取るとかDNA調べるとかやるにしても、どこがやっても抜け駆けになって批判は免れないでしょうから。
「日本に現れたんだから日本のもの。研究は日本がやる」という日本の研究者側と、「あれは人類共有の財産、日本が私有化して良いものではない」という各国代表と、「当然米国で研究されるべきものであり、すぐにでも米国に移送すべき」という米研究者たちの対立という感じになってます。
世界で一番恐竜の研究に熱心なアメリカ。第一人者なのはわかりますが、何様なんでしょうかアメリカ……。
町営牧場に出たんだから町の所有物?
法律上、罠にかかった動物の所有権はその罠を仕掛けた人のものになります。土地の権利者が所有権を主張することはできません。今、「町営牧場」という罠にかかっているトリケラトプスは土地の点でも罠の点でも馬稲町の所有物と解釈できますね。
……いえいえいえ。あんなのさっさとどこにでも持っていってもらいたいというのが正直な町の感想ですが。なんでもいいから早く決めてこの騒ぎを終わらせてほしいです。
国会でも議題になっておりまして、例によって政府の足を引っ張ることを全力でやっておりまして全く役に立ってくれておりません。
例の、一位になると怒る人がですね、「あんなものに自衛隊が出動するのは憲法違反! 研究を日本国内で行うことも税金の無駄遣いでしかありません。あの恐竜はすぐにでも海外の専門機関に提供すべきです」とか発言したせいで大炎上しております。
この分野の研究で日本が世界のトップリーダーになるチャンスを他国に譲り渡したほうがいいと言うのはさすがに僕も反対ですがね。
政府としては、ちょうど学者さんが集まっているところですから、明日の学会の進行見ながら慎重に議論を、専門家による第三者委員会の意見を聞いてという無難を絵に描いたような対応です。
ただ、「災害支援」という点では支援を惜しまず手を尽くしてくれているのは助かります。
仕事ができるってのは、こういうことを言うんだとつくづく思います。
で、僕はそっちよりずっと気になってることがあります。
そのことを言いに来てくれた人がいまして、役場の会議室で初顔合わせです。
「京東大で物理学をやっている大柴です」
「わざわざお越しいただいてありがとうございます」
「……思ってたより若いねえ中島くん。びっくりだよ」
「よく言われます。最近は」
僕はトリケラトプスが出たことと同じぐらい、「どこからあんなものが来たのか」のほうも気になるわけで。
先輩は、「異次元のゲートが開いて、ワームホールを通ってアレがやってきた」とは言いますが、さて他の説明もつかないわけで。
で、そのことを真面目に科学的に解明しようという人が、やっと現れてくれたわけで。
「アレが絶滅せずに生き残ってた。ほかのスライムだのヘビだのクモだのゾンビだのもずーっと今まで発見もされずに太古よりこの北海道の町の牧場の片隅で生息していた。そんな説明のほうが無理があるとは私も思うわけです」
「……ですよねえ。僕も薄々、そう思い始めているんですが、それを言うのは頭がおかしいと思われそうでなかなか言いにくかったんです」
そう言うと大柴先生が笑います。
「SFファンタジーみたいでバカげた話になるんですが、それらが現れたのが全部あの貯水池だとすると、私みたいな物理学者は貯水池、物理学的に調査してみたくなるわけでして」
「……助かります。今みんなトリケラトプスに夢中ですけど、根本的な問題には誰も着目してくれません。逆にもっといろいろ現れるんじゃないかとそっちに期待する人までいる始末で」
「なるほど、これでティラノサウルスでも出たら研究者は大喜びだ。あっはっは」
それ言っちゃダメです大柴先生。完全に死亡フラグです。
「大柴先生は、異次元だとかワームホールだとか、タイムスリップだとか異世界転移だとかそういう話好きですか?」
沙羅先輩……それ聞いちゃうんですか。
っていうかなんで先輩いるんです?
「好きですよ。私はそのために物理学者になったぐらいですから」
あっさり白状してしまう大柴先生、これは先輩と仲良くできそうですな。
先生独身だったらもらってやってくれませんかね。バツイチですけど。
ほうら先輩もう目をキラキラさせて完全にオタが同志を見つけた目です。
「まずどんなことができそうですかね」
「水を抜く作業は中断してます?」
「はい。トリケラトプスが出てすぐ水門閉めましたんで」
「じゃあまずそれをやってしまいましょう」
「いいと思います。僕もそれ進めたいんですが、それどころじゃなくなって」
「その前に観測機器を設置したいと思います」
真夜中の二時です。
大柴先生とスタッフが貯水池を取り囲んで、レーザー光線を張り巡らせます。
「時間です」
「こっちも準備OK。いつでもいいよ」
先生が機材を積み込んだワゴン車の中で、合図しますので、僕はロケット花火を二発、しゅっしゅっと打ち上げてぱーん、ぱーんと牧場に音を響かせます。
……静かです。
この調整の間、一切の音、振動がないように牧場内のすべてのエンジン、モーターなどの動力機器、発電機、車両の通行を停めてもらっています。ブレーカーも落としました。
これは集まっていた学者さんたちのテント村にも、牧場関係者にも通達しています。牧場の変電設備が停められ、停電にしています。
付近の国道は警察に頼んで通行止め、迂回してもらっています。
現場で人が歩くような振動もできればなしにしてほしいと言うぐらいデリケートな機械だそうで、僕らの周辺以外、真っ暗闇になりました。
「6番、センター合わせ」
「6番調整中……どうですか?」
「OK」
貯水池を取り囲んで長方形に、そして十字に、レーザー光線が水面の上に張られます。
「キャリブレーション」
「キャリブレーション中」
「出力をもっと低く。安定化電源まだゆらぎあるよ」
「マイナス2ワット」
「ピークシフトの誤差残ってる? キューブ曲がってない?」
「キャリブレーションOK」
「干渉波同調オッケイです」
「OKですね」
「OK」
「OKです」
「石投げてみて。500グラム」
「はい」
スタッフの一人が半分以下に浅くなっている貯水池に石を投げ込みます。
ぽちゃん。
波紋が中央から広がります。
「…………うーん、ま、石ぐらいじゃ反応しないか」
「しょうがないですね」
「しょうがないね」
「よし、いつまでもこうしているわけに行かないし、調整終わり!」
「はい、終わり」
「中島くん、合図して」
ロケット花火を三発、打ち上げます。
電源が復帰して、牧場に灯りがついて、学者さんのテント村の方でも照明が灯ります。
ご協力、ありがとうございました!
次回「41.重力波」




