4.スライムっていったい
自分のデスクに戻った僕はさっそくノートパソコンを起動して画像データをデスクトップPCに無線LANで取り込みます。報告書のフォーマットをワープロで読み込んだところで、町長と農政課長が僕の席に来ました。
「中島君、ヘンなの出たんだって?」
「はい、これ見てくださいよ」
前町長が引退して、去年の選挙で新しく選ばれたばかりの町長です。
まだ四十代ですよ。お若いです。去年までの町長は七十過ぎたお年寄りで無難を絵にかいたような方でしたが、今年から町長は若く町民の期待に応えようと張り切っています。若干空回り気味なのが心配ですが。
「こ……、こりゃスライムじゃないかい?」
「町長……」
パソコンの高感度夜間映像の動画見て町長が言っちゃいます。
僕は内心、そのものだと思ってましたが、あえて口にしないようにしてたのに……。言っちゃいますか町長。それ言っちゃいますか……。
四十代じゃ最初のドラクエ世代かな。これ見て「スライム」って言っちゃうのもしょうがないか。
「スライムってなんですか町長」
農政課長は聞きなれない言葉に不思議顔です。
「いや……、なんでもない。これは私らで判断できる事例じゃないね。中島くんはなんだと思う?」
「蝦夷大の先生とかに聞いてみたほうがいいんじゃないでしょうかねえ」
「ナイスアイデア。どこに連絡すればいいの?」
「ちょっと待ってください」
そう言って蝦夷大学のホームページを開いてみます。
「農学部かな?」
「違うでしょ。獣医学部だよ」
それも違うような気がしますけどねえ大山さん町長さん。
「大学院のほうがいいですね。この先端生命科学研究院とかどうです?」
「いやそれも違うような……他にないかい?」
「うーん実際にはなにやってるのか全くわかんないよねこれ」
まったくです。こういう場合どこに相談すりゃいいんですか蝦夷大……。
「とにかく町長は、蝦夷大に連絡して新種の生物に興味ありそうな学部はないかって相談してみてください。一職員の僕が連絡しても相手にされませんけど、町長なら相談に乗ってくれるはずです。この動画メールで送っておきますから、それ添付して送りつけてください」
「わかった」
「大山さんは万一に備えて害獣駆除従事者証、五通発行してください。対象の鳥獣部分は白紙にして」
「いや白紙は流石にまずいよ」
「それがダメなら『未確認外来種』でいいですから」
「それも無理だろ。この件猟協会で動くってことかい?」
「動けませんよ。相談するだけです」
そんなわけでその晩、会長に連絡して猟協会で打ち合わせ。
って参加してんの五人だけなんですけど。町の猟協会支部の会長と副会長と事務局さんと事務局補佐さんと、僕。
「そんなわけで、町営牧場で牛が二頭食べられちゃったわけですが、それを食べてるのがコイツかもしれないんです……」
「なにこれ」
「なんだこれ!?」
みんなノートパソコンの動画見て驚愕します。
うね――――っと丸いなにかがにょろ――――っと柵を乗り越えていく映像です。
軟体動物といいますかアメーバーと言いますか、大きな水風船と言いますか。
「……シン、これなんなの?」
会長がもうびっくりです。
会長の長門さんは60代。ベテランさんですよ。みんなに信頼されてて常識人です。背ちっちゃいんですけど300マグナムとか平気でぶっぱなしますからね。
「わからないんですよ。なんで、調べてみないと」
「調べるってどうやって?」
「ってそんなの猟協会の仕事じゃないだろ?」
「そりゃわかってますけど、でも家畜が被害にあってるのは事実ですし」
「あ、なっかじ――!!」
うああああああああ!
沙羅先輩に見つかったああああああああ――!
「なんでここにいるんですう!」
「なんでって私よくここで夕食食べてるし」
「お一人様で焼き鳥はどうかと思います……」
そう、ぼくら居酒屋、焼き鳥大将で打ち合わせしてたんです。
「先輩料理しないんですか?」
「私今一人暮らしだしねえ。一人分作るのってけっこう無駄だしよくここで食べてる」
そんな食生活推奨できませんねえ。貯金が貯まりませんよ?
「何の話? え、これなに?」
「……」
真剣に画像見ています。
「このお嬢さんどなた?」
みんなが僕に聞きます。
「高校の時の先輩です」
「へえ」
「あっはっは。知ってるよこの人Aコープでレジしてるよね」
「ああ、どっかで見たと思ったら!」
今そんなバイトしてるんですか沙羅先輩……。僕Aコープ最近行ってなかったから知りませんでした。離婚してバツイチでまだ定職についてませんでしたか。
「で、みなさんは何の集まりなんですか?」
「猟協会」
「おおおおお――っ」
……先輩コミュ力高いなあ。こんなおっさんじいさんばかりの集まりに気軽に声かけて。そういうとこ凄いと思いますが。
「リアル冒険者ギルドじゃん!」
お願いです黙ってくださいオタ先輩。
「ぼ、ぼうけんしゃぎるど……ってなに?」
「いやこの人の言うことは気にしないでいいですので」
「で、このナイトビジョン映像なに?」
「いいから先輩かかわらないで、関係ないでしょ?」
よくこれを一目見て高感度カメラの夜間映像だとわかりますねえ。さすがオタク。
「あっはっは」
メンバーはみんな笑ってます。若い女の子来てくれて喜んでるみたいです。
中身はいろいろと残念な先輩ですが、見た目は美人さんだし巨乳だし背は高くてモデル級ですからねえ。これだからおっさんじいさんは……。
「シンが昨日撮ったんだよ。町営牧場に現れた牛を襲った犯人」
あああああ、ばらさないで会長。話ややこしくなります。
「スライムじゃん! これスライムだよね!」
うああああああ、やめてやめてオタ丸出し発言やめて!
「スライムってなに? 知ってんのお嬢さん」
会長乗っかるのやめてください。
「スライムですよコレは! 体が液化している軟体動物! 液体の体を膜で覆ったような形をしていまして、自由自在に変形し、転がりながら移動するの。雑食で、体に直接餌を取り込んで溶かしちゃう。集団で囲まれると危険ですよ。細胞みたいに分裂して増えまして、攻撃はジャンプして体当たりしてきたり酸の液を飛ばしてきたりします。設定によってちがいますけど色や大きさはいろいろで、初心者が最初に狩るレベル1のモンスターの場合が多いです」
うわあオタ丸出しというかそういう話になるとオタって饒舌になるって本当だなあ。いや先輩はいつも饒舌すぎてウザかったですけど。
「せ……設定って?」
「れべる?」
そりゃなんのことかわかりませんよねオジサンじいさんたち。
「あー気にしないでください、この人の言ってることって全部ゲームとかマンガのことですから」
「いやなかじー実際に出たんじゃない!」
先輩が怒ります……。
「シン、詳しく知ってる人がいるんなら意見聞いたほうがいいんじゃない?」
いやだから乗っからないで会長……。
「で、どうするっての? これ鉄砲で撃っていいの?」
副会長の村田さんが聞きます。七十台で会の重鎮です。会長だったこともあるそうです。ちょっとうるさくて老害な所がありましてね、まあ年寄りってワガママなところありますからねえ……。
「レベル1なら物理攻撃とか魔法攻撃とか通りやすくて一撃で倒せる場合もあるんですけどメタルスライムとかだと物理攻撃も通りにくくて……」
「先輩ゲームの話やめて。これ現実だから」
「現実にスライムが出てきてるんでしょうが! 現実見てないのはなかじーのほうでしょうが!」
「なかじーやめて」
僕のことそんな呼び方するの高校時代でも沙羅先輩だけでしたよ。やめてくださいよ。
「鉄砲で撃つのはダメです」
「なんでよう」
「一つ、夜間の発砲は銃刀法違反です」
「あ、そうなんだ」
「そうなんだよお嬢ちゃん」
「一つ、狩猟鳥獣でないもの、害獣指定されていないものを撃つのも違法です」
「きびしー」
「いやそういうもんだからね先輩さん。狩猟ってのは銃刀法、鳥獣法でがんじがらめなの。鉄砲で撃っていい動物、撃っていい場所、撃っていい期間に時間、全部法律で決まってて違反したらたちまち罰金、銃はお取り上げなんだよ」
事務局長の田原さんです。事務局任されてるだけあって慎重派で真面目でルール、法律、マナーに厳しいお方ですよ。五十代でなんでも団体職員で課長やっておられるとか。
こういう人がいてくれてるのは大変助かります。ほら猟協会みたいにお年寄りばかりだとどうしてもいろんなことがルーズになりがちですから、厳しいまとめ役の方は必要です。僕みたいな若造が何か言っても聞いてもらえない場合も無いわけじゃないですから。
「スピード違反とか罰金払ったらチャラだよね? 免停にされることはあってもすぐに免許取り上げとかなんないよね。鉄砲の免許って違うの?」
「鉄砲の所持は『免許』じゃなくて『所持許可』です。許可だから免許と違って行政側で簡単に取り消すことができるんです。違反とかの罰金刑は全て所持許可取り消しの対象です。少なくとも所持許可更新はできません」
銃刀法は厳しいんですよ。鉄砲は「所持免許」ではなく「所持許可」だってこと一般の人はほとんど知りませんね。狩猟のほうは「狩猟免許」なのでそれが話をややこしくしているのかもしれませんけど。
ぴんぽん。
沙羅先輩勝手にコールボタン押して注文取ります。っていうかもう勝手に僕のとなりの空いてる席に座ってすっかり一員になってます。うああああですよまったく。頭抱えたくなります。
「ビール生、みなさんは?」
「ウーロン茶」、「ビール生」、「チューハイ」、「ジンジャ」、「ビール生」
「なかじーも飲みなよ」
「ウーロン茶。僕、車で来てますから」
もう焼き鳥やら鶏のから揚げやら炭焼きやらおにぎりやらサラダとかもじゃんじゃん並びます。
僕ら話が済んでからと思ってましたのでまだ注文してなかったんですよ。
「お嬢ちゃんいけるねえ!」
ぐいぐい飲む沙羅先輩に猟協会の皆さんもニコニコ顔です。孫みたいなもんですかね。こういう若い娘と飲めるのがうれしくてしょうがないんですかねえ。なんだかなあ。
「銃がダメとなるとどうやってこれ対応する? 罠とか?」
事務局補佐の清水さん。この方もベテランですよ。六十代です。
射撃の腕は猟協会一です。若いときは大会で優勝したこともあるそうで、銃に関して一番知識と経験と腕があるのがこの方です。
「現実的なのはそこですね。つまりキツネやシカとかを捕らえるつもりで罠を設置した。そうしたら捕まったのは見たことも無い生き物。捕獲したうえで調査を依頼したら新種の何かだということがわかった。その上で特定して正式に町で駆除の許可をもらって外来種として銃猟。そこまでできたらと思うんです」
「外来種!」
なぜそこに食いつく沙羅先輩。
「これきっと異世界から来た魔物なんだよ!」
「先輩もう帰って!」
「い、いせかい?」
みんなの頭にクエスチョンマークが飛びまくりです。そりゃあオジサンじいさんたちにはわかるわけありませんよね。
「この世界とは別に平行世界という、別の世界があるの。そこは地球とは別の形で生物が進化した世界で、それがなにかの形でワームホールでつながることもあるんです。だからね、このスライムはそこを通ってこの世界に現れたということに」
「先輩……、そんな設定で喜ぶのは中学二年生までですよ……」
「なにようビッグバンで宇宙が誕生したときにバブルのようにいろんな宇宙ができては消えて生き残ったのが今の宇宙なのよ物理学でも認められてる理論なのよじゃあなかじーはこれどう説明すんの?」
「そんな理論認められていませんよ。それきっと何か別の話を勘違いしてますよ先輩……」
次回「5.猟協会、始動」