37.ゾンビ、拡散(情報的な意味で)
さて、夕暮れの貯水池の方は当然昨日より、警察が周囲を立ち入り禁止にしていて、遠くからバラバラと何台もの報道ヘリがカメラで狙っておりますな。
『現在馬稲町、美麗貯水池上空です。ご覧のように警察が大幅に増員され、周囲を警戒しております。今夜からも水抜き作業が再開され、残留した遺体、不審者、もしくは未確認動物の捜索を警察は予定しています』
「テレビも見れちゃうんだあ」
「ワンセグですけどね」
先輩と二人でジムニーに乗って、ダッシュボードの上においたノートパソコンでワイドショー見ています。USBに挿してアンテナを立てるタイプですね。
『ゾンビとか言って、これ信用してもいいんですかねえ?』
『政府がなにか隠してるんだと思いますよ? なにか巨大な陰謀が進行しているような気がします』
『馬稲町で、きっと大量虐殺事件があったんです。それを隠すためにこのような工作をして』
いやそれだったらもう少しマシな嘘をつくと思うんですが。いくらなんでも「ゾンビが集団発生しました!」でごまかせる大量殺人ってどんな事件です?
『だから死体を使ってなにか大規模な実験を』
『それを? こんな北海道の牧場のすぐそばの貯水池で?』
『そうです。ここは自衛隊の基地からも近いです。きっとなにか実験が行われていたはずです』
隣町には自衛隊基地がありますけどね、30kmも離れてますが。
実験であんなでかいスライムやらヘビやらクモやらゾンビやら作れるもんでしょうかね?
だいたいそんな実験やってなんの得があるんです。生物兵器なんてゲームや映画でモンスター出すための理由付けで出てくるただのフィクションです。同じ軍事研究に予算使うんだったら、ミサイルとかレーダー技術とか戦車とか戦闘機とか、そういう方面のほうがずっと現実的でしょ。人間やウイルスでさえコントロールできなくて困ってるのに、生物兵器が役に立つとか本気で考える軍人がこの世にいるわけないじゃないですか。バカバカしい。このコメンテーターの発言はあとで大炎上しそうですねえ。
「マスコミって頭悪い人しかいないなあ……」
まったくです先輩。
「日本のマスコミって、国民が、マスコミがまたなにか嘘をつかないかいつも見張っていて報道内容を検証していて、ネットで拡散されてすぐバレるって自覚がまだないですよね」
「そうそう、ウソなんかついてもすぐにバレて大炎上になるって世の中なのに」
総理のコメントです。
『今はまだあまりにも情報が足りない。慎重に慎重を重ね、政府としては、警察や関係機関の協力をあおぎ、真相解明に全力を尽くす所存であります』
ゾンビが出た! って言われたって、すぐにはコメントしようがないですよね。
安易にコレに乗っかって、後でデマでしたとか間違いでしたじゃ済まなくなりますから発言も慎重になるというものです。官房長官のコメントも似たようなものでした。
とにかく今回のコレ、全部警察の仕事ということでは政府の対応は一致しているようです。今回自衛隊の出動はありません。
マイチューブとかワラワラ動画とかでもマスコミが流したテレビ映像、人気の動画になってます。
村田さんのゾンビへの発砲シーンはまだ流出してません。カットされてます。
警察が、そこはカットして蝦夷大医学部に資料提供したってことらしいのでまだマスコミに知られてません。ゾンビが起き上がって、自衛隊に取り押さえられ、縛り上げられてもがいているところまで。よかったです。
『マジゾンビ!』
『本物なのか? コスプレでなくてホントのゾンビなのか?』
『いや蝦夷大がゾンビって断定したし』
『ゾンビに肉弾戦てwww』
『自衛隊頑張れ!』
『自衛隊www』
『撃てよ自衛隊!』
『いやこれ撃ったら殺人だろ!』
『取り押さえたwww』
『取り押さえられるんだゾンビwwwwww』
『その発想は無かったwwwwww』
『自衛隊ゾンビになるぞ!』
『ショットガン装備しろ自衛隊www』
『北海道渡航禁止にしろ』
『みんなホームセンターに行くんだ!』
『北海道滅菌しろ』
『これ北海道がゾンビだらけになるだろ』
『北海道オワタ』
風評被害やめてください。まだ誰も感染してませんて。
安全アピールのため農林水産大臣にゾンビ食べてもらわないといけないかもしれませんね。
ザババババ――って排水路に水が流れてきました。
今日も朝から排水作業の再開です。水門を開けて、これから三日間かけて貯水池から水を抜いてカラにします。排水路にはヘルメットの機動隊がずらりと並びまして、様子を見ております。道警がやっと本気出してくれたみたいで、今回三百人が動員されています。
僕も、背中に銃袋に包んだレミントンM870を背負って車から出て、排水路の横に並びます。
「ごくろうさまです」
警官の人が敬礼して横に並びます。
おじいちゃんと会長を始めとした猟協会のメンバーがバラバラに警察に混じって配置についてますよ。
もしスライムとかヘビとかクモとか出たときの用心です。
ゾンビが出たら?
その時は警察が総掛かりで取り押さえることになってます。
あいかわらずゾンビは撃ったらダメだそうで。そりゃそうか。
あれから水のたまった排水路、警察が土嚢を崩して水を抜き、クモの巣が取れた排水口に中まで入って水門まで調査したそうですが、なにもなかったそうです。
クモに捕まった人間が餌にされてた、という線は無いということになりました。
もしそうだったらクモの糸でぐるぐる巻きにされた死体が何体も見つかりそうです。
警察の捜査と蝦夷大医学部の調査のおかげでいろんな可能性が片っ端から潰されています。とりあえず「スライム説」や、「クモの幼虫説」は無しになりました。
だからなにか理由でっち上げてでも別のせいにして撃てるようにしよう、という僕の提案は無しになってしまいました。
まあそれはいいんですが、そうなるといよいよもって「じゃあなんで死体が動いたのか」がわかりません。
ま、学者さんだからね。非常事態でもウソをでっち上げるのはやりませんか。
先輩は、「呪術や魔法で動くんだからわかるわけないよ」と言いますがね、さすがにそれは、僕も同意しかねますね……。
「こんばんは」
夕暮れになって、排水路を眺めている僕の隣に松本三佐が並びます。
今日は迷彩服でも制服でもなく私服です。現場作業員のような作業服を着て黄色いヘルメット被って長い棒持って、しれっと僕らの列に紛れております。
ゲバ棒ですか。まああんなもん相手にするには、長い棒が一番実戦的でしょうなあ。触りたくありませんもんね。
自衛隊がこっそり出動してるってのはマスコミには内緒です。あのときの部下さんたちも同じかっこで来ております。
「こんばんは、松本さんも大変ですねえ」
「今夜は商売抜き。自由参加さ、建前は」
「僕らもそうです」
「あっはっは」
二人で笑います。
なんでもね、昼前は松本さんたちがゾンビ役で、警備の警官隊の皆さんと確保訓練してたそうですよ。実際にゾンビと格闘した隊員の方がゾンビ役やってくれてんだから、そりゃあもうリアルな訓練になったでしょうなあ。
「中島くん、銃は何を使ってるの?」
僕が背負った銃袋見て興味深げです。やっぱり自衛官らしいですね。
「レミントンのM870です」
「……若いくせに渋いのを使う。自分もここで散弾銃選べって言われたら何百丁あっても絶対にそれ使うよ」
「おじいちゃんにもらったお古ですけど」
「海外で警察でも軍用でも長く使われてきた実績のある信頼性の高いショットガンだ。実戦でなにより頼りになる。自衛隊や海上保安庁でも使ってるんだよ」
「へえ、そうなんですか!」
「大事にしてくれ。いや、大事にしなくても壊れたりしないか。弾は何を用意したの?」
「20インチスラッグ銃身に軟鉄のスラッグと、タングステンのバックショットです」
「ああ、北海道では鉛弾禁止だったな。スラッグ銃身とはまた渋い……」
「おじいちゃんが若い頃使ってたやつですけどね」
「きわめて実戦的なチョイスだ。ゾンビ相手には最高だね。君はほんとよくわかってるなあ……、驚きだよ」
「まあそれぐらいは。おじいちゃん譲りですけどね」
「スラッグとバックショットを交互に装填しておくと良い。どんな事態にも対処できる」
「これ二発しか弾倉に入らないんですよ」
「そうか。そういえば猟銃だったな。ヤボな法律もあったもんだよ」
「ねー、薬室込みで三発でクマなんとかしろって言われてもねえ」
「あっはっはっは!」
そう言って、投光器に照らされた排水路を眺めます。
とりあえず何も流れてきません。一安心という感じですか。
蝦夷大生物科学科の宮本チームと、医学部の西里チームが排水路を挟んで作業を見守っております。
つかみ合いのケンカになるかと思いましたがねえ、まあ、お互い専門の領分をすみ分けるということにでもなりましたかね? とりあえず仲良くやってくれるんならこっちからは言うことありませんて。
そのまま一時間ほど座って眺めておりますと……。
うん? なんか騒ぎが起きてます。
『発見! 発見! ゾンビ発生!』
そばにいる警察官の無線にそんな音声が入ってきます。
うわあああああ――って感じで警官隊が集まってます!
「出たか!」
「行きましょう!」
松本さんが立ち上がって走る!
僕も続いて銃袋を脱がしながらM870を両手に抱えて走ります!
どうやら貯水池の外から来ているようです!
「外からってどういうこと?」
「残党がいやがったか」
「確保! 確保――――!」
警官隊が山のように積み重なってゾンビを押さえつけております!
二人!
「放せ! 放せ――――!」
「暴力反対! ゾンビを殺すな――――!」
……ゾンビが叫んでおります。
松本さん、ポケットからサーマルナイトビジョン取り出して見てますな。
「……放してやれ。そいつらゾンビじゃないわ」
警官隊に襟首掴まれ二人立たされました。
「なにやってんだお前ら!」
警察の人も語気荒いですわ。
「我々はゾンビを殺すのに反対です!」
「ゾンビにだって生きる権利があります!」
……いやゾンビって死んでるんですけど。
活動家の方たちでしたか。ゾンビのコスプレ、ボロボロの服に特殊メイクというかゴムのマスクまで用意してご苦労様です。何の活動してるのかは知りませんが。
警察がゴムのマスク引っ張って脱がせております。うん、普通の人間ですな。
「ゾンビを殺すな――!」
「野生動物を殺すな――――!」
「警察の暴力反対――――!」
なんかわけのわからない人たちが「ゾンビを殺すな」って横断幕全員で横に広げながら向かってきますよ? いっぱいいます! 全員ゾンビのコスプレしています。まあ今はそういうのハロウィン用品でいくらでも手に入るでしょうからねえ……。
「全員公務執行妨害でしょっぴけ」
無慈悲な機動隊の隊長の命令で、警官隊がいっせいにデモ隊の皆さんを確保します。ギャーギャー抵抗してましたけど、全員護送バスで連れて行かれました。
もうなんなんですか……。
「ま、これでゾンビを見つけても、いきなり撃つってのはもう完全にダメになったな。奴らの狙いは遠からず成功したと。悪い作戦じゃないんだが……」
「最初から警察の人はゾンビ撃つつもりなんて全くないですけどねえ」
「いい訓練になったと思えば」
「そうですね」
そう言って松本さんと二人で苦笑いします。
結局その晩はなにも起こらず、貯水池の水面は1メートルほど下がりました。
刑事さんの、『中島が現場にいるとなにか出る』説はこれで否定できましたかね。
沢が洪水にならないように、流れてくるものを確認しながらですからゆっくりしたペースで流してます。
僕は先に帰らせてもらいまして、ひと眠りして朝、テレビのニュースを見たら昨夜の騒ぎの中に国会議員さんがいまして、『我々は、現場で何が行われているのか確認する義務がある! 警察は我々をロクに確認もしないでいきなり暴力的に襲い掛かってきた!』などとマスコミのテレビカメラに向かってアピールしてます。
何考えてるんですかね、この非常時に。
当然、ネットでバカ議員として炎上しました。
次の選挙で落選させてくれませんかね有権者の皆さん……。
次回「38.撃ってもダメなやつ」




