36.ゾンビ対策案
「大きな問題が一つ残ってます」
「どんな」
「もちろん、これらのスライム、ヘビ、クモ、ゾンビがどこからやってきたかです」
……。
全員、黙ります。
「動物までは、まあわからないのもしょうがないです。でも今度はゾンビです。いろいろ証拠があるはずです。服とか、人種とか、そこのところ徹底的に調べてもらえませんか」
「もちろんそれはやるつもりだ」
刑事さんが頷きます。
「僕あのゾンビ見て不思議だったんですよね。金髪に赤毛、茶色の髪で顔立ち、どう見ても外国人さんです。それも、身なりを見る限りけっこういい服着てました。ボロボロでしたけどまるで礼服、っていうかなにかの衣装みたいに」
「そうそうそれ私も気になってた! なんかねえ中世のヨーロッパって感じ!」
……先輩、あれ異世界から来たとか言わないでくださいよ?
「それはおかしいと私も思う」
「あれって埋葬されるときに着せられる服じゃないですかね。外国で」
「なるほど! 日本じゃ死体はあんなんじゃないもんな。白帷子着せて火葬だもんな! 外国で土葬された死体って感じだ!」
宮本先生もそう思いますか。日本人の感覚だとすごく不自然な死体ですもんね。
「いやいやいやいや、なんで外国の墓場が馬稲町の貯水池に流入するの?!」
「じゃあなんで馬稲町にスライムや大ヘビや大グモが出るんです?」
いまさらでしょう町長。
「それ言っちゃあ……。いやでも確かにもう何でもアリになってるなあ……」
「これはね、たぶんあの貯水池が異世界とゲートでつながっているんです」
うああああああ、先輩やめて。
「ゲート?」
「そう、地球とは別の世界、異世界がありまして、それがワームホールでつながって異世界の怪物、異世界のゾンビが迷い込んで発生してるんです!」
「そんなアホな話いくらなんでもねえ」
「いやそんな説明たしかに便利だけどね、マンガじゃないんだからさ」
「まあ自衛隊がタイムスリップしたとかいう話もあるけどさあ、小説だよ」
いい大人の人はみんな否定しますが、「じゃあどう説明つけるんです?」と先輩に言われて返事できる人もいませんか……。
「……貯水池の水、抜いてみるか」
農政課長の大山さんが、そんなことをつぶやきます。
「水不足になったときのための大事な水でしょう?」
町長は反対ですね。
「わかってる。わかってるけど、死体が六体も発見されたんでしょう? まだあるかもしれないんだし、どっちみち池さらいはやらないといけないだろ刑事さん」
「そうだな」
「だったら水抜いてみるのも一つの手かと」
「あれ水全部抜くのにどれぐらいかかるの?」
「んー水門開けて抜くと三日ぐらいかな」
「あそこに死体が、っていうかゾンビがいっぱい沈んでるかもしれないと」
「そんな水飲んだら大変じゃないか!」
「いやあれ牧草地や畑の灌水用だから。水道水は上流のダムから浄水施設に送られてますんで関係ないよ」
「水不足になる前に、やってしまうか」
「そうだな……。じゃ、明日からでも」
「警備どうすんの?」
「そりゃ警察の仕事でしょ。道警に増員派遣してもらえない?」
「いやいやいやいやそんな大掛かりなことマスコミにばれないようにできるかね?」
僕はみんなが話すのを黙って聞いてます。池から水抜くのかあ。
ゾンビはともかく、スライムやヘビあたりは出てくるかもしれないから、結局猟協会も立ち会うことになるんだろうなあ。
「よしっじゃあ早速死体調べてみるとしますか。刑事さん署に戻るんでしょ? 同行しますよ」
「いや先生、医学部に検死頼んでるんだから。先生専門外じゃないんですか?」
「そんなことないでしょ。死体にスライムとかクモとか他の微生物なんかが寄生してたら私らの仕事ですって」
「そりゃそうか……、でも解剖するんでしょ?」
「そりゃしますが」
「人間の解剖はお医者さんでないとできないんじゃ?」
「あっそうか! ぐぬぬぬぬ……」
宮本先生もともと寄生虫がご専門でしたっけね。
縄張り争いと言うか先陣争いと言うか。学者さんのちょっとやらしいところですねえ。医学部の連中にこれ取られたくないんでしょう。
先輩の言う『ワームホール』なんてものがつながってたら物理学の先生にも出てきてもらわないといけなくなりますけど。そうなったら重力波でも測ってもらいましょうか。どうやって測るのかなんて知りませんが。
「死体調べるんだったら、ゾンビと人間を見分ける方法、確立してほしいんですが。我々自衛隊としても万一の場合の誤射は避けたい、それは警察も同じでしょ」
やる気の宮本先生に松本三佐が声をかけます。
確かにね。いくら見た目がゾンビでも、ハロウィンのコスプレしてる一般市民だったら大変ですからね。
「見分ける方法はあると思うんです」
「そんなことまでもう考えてあるの中島くんは!」
みんなが僕を見て驚きますね。
「あいつら押さえつけて縛り上げたとき気がついたんですけど、冷たいんです。死体ですから。人間の体温じゃありません。スライムもヘビもクモも体温は低いです。恒温動物じゃありませんから」
「確かに!」
松本三佐が声を上げます。
「だからサーモグラフィーで見ればいいです。サーマルビジョンスコープってやつが売ってますから。遠距離からでも人間かゾンビか一瞬で見分けつくと思います」
「なるほど! 君天才だね!」
「いえハンターは夜間にそうやって獲物を探すんです。アメリカでは夜でも狩猟できますから、夜行性の動物相手にそうしてます。海外動画にNight huntingって動画いっぱいありますよ。気温が人間の体温より高いような真夏には使えないと思いますが」
「うん今の季節ならまだ大丈夫。イケるよ。さっそく準備させよう」
「大変ですううううう!」
広報のカノ子ちゃん会議室に飛び込んできました!
「どうしたの」
「今テレビで蝦夷大医学部が会見してます!」
「ええええええええ!!」
「……仕事中にテレビなんて見てるのカノ子ちゃん」
「いやネットの反応調べてたら『ゾンビ会見なうwww』って」
「テレビテレビ!」
会議室のモニターテレビがつけられます。
『蝦夷大緊急会見 北海道・馬稲町にゾンビ発生』ってテロップで記者さんやテレビカメラ相手に白衣着た先生が会見開いてます。
死体がぐあああ――って起き上がって僕らに襲ってくるところのビデオカメラ映像です!
「あのビデオ、マスコミに渡したんですか!」
「渡してない! 渡してない!」
刑事さんがブンブン首を振ります。
「じゃあ医学部の先生に渡したと」
「……あれが死体のまま動いてたって言っても信用してもらえないからな……。担当が渡したかもしれないな」
「拘置所の監視ビデオカメラ映像でいいんじゃあ」
「そんなもん無いよ」
これだから田舎警察は……。
自衛隊の皆さんがゾンビを取り押さえる衝撃映像が繰り返し放送されてます。
いや会見場のスクリーンにですけど。
村田さんの発砲シーンは……さすがに無いようです。
アレ公開されたら困りますねえ。
『ゾンビってあり得るんですか西里先生』
「にしざとおおおおおお〜〜〜〜!」
テレビに映る白衣着たいかにもお医者様って感じの人に宮本先生めちゃくちゃ悔しそうです。先に発表されちゃいました。残念でしたね。あっはっは……。
『穂得警察署の拘置所で遺体を調べてみたんですが、いずれも死後数日から数週間の腐乱死体でして、検死状況からもこれが動いていたわけないんです。医学的には』
『遺体の特徴は?』
『どう見ても日本人ではありませんね。外国の、そう、西洋人の方です。現在DNAを抽出して調査中です。詳しいことはその後』
『でもその死体が動いていて人間を襲おうとしてたのは事実ですよね』
『はい、ビデオからも、警察の証言などから見ても明らかですね』
『医学的にないんですよね?』
『ありえません。現在遺体を回収し医学部で解剖調査していますが、これを動かしていた他の要素はまだ見つかっていません』
『他の要素と言いますと?』
『例の一連の事件がありますからね、まだ解明されていない別の生物が死体に潜り込んで内部から遺体を食べていた。例のスライムとか、虫の幼虫とかですね。それらが死体に寄生して動いていたという可能性も調査しています』
「それうちのアイデアじゃないか!」
いや僕のアイデアです宮本先生。なに自分の手柄にしてんですか。
要するに誰でも思いつくようなことだってことですな。宮本先生の頭が硬いんじゃないですかね。
『で、蝦夷大としては?』
『蝦夷大医学部としてはきわめて珍しい、前例のない事態だと考え、似たような事例がないか全世界に情報提供を求めるべく、公開をすることにいたしました』
「いや大学の一存で勝手に公開とかなに考えてんだ。パニックになるだろう!」
刑事さん激怒ですね。
「こんな前例あるわけないだろう。早々に自分の手柄にするためにさっさと発表しちゃったってことじゃないか! 西里めええええ!」
先生落ち着いてくださいよ……。
「たぶんパニックになるから政府や警察が発表を止めると睨んだんだろう。先手を打たれたな。こうしておおっぴらになってしまえばこの研究、自分たちが独占できるというわけか」
さすが三佐、冷静ですね。
「悪い手じゃないんだよ。こんなのテロに利用しようとか悪用してくるやつが必ず出てくる。そうなる前に公にして誰にも利用できないようにしてしまう手はアリだ。ほらサリン事件が起こったときも、使用薬物がサリンだったとすぐに報道されただろ。あれ捜査上の秘密とか言って隠してたら犯人が引き続きサリンを使った犯罪を繰り返しただろうからな。『もうバレてるぞ』って公開するのは抑止力として有効なんだ」
「僕まだ生まれてないですよそんな古い事件」
「えっ君そんなに若いの!」
「二十一ですから」
「……若く見えるのかと思ってたら、ホントに若いとは」
「高校生でも通るよなかじーは。そこがいいんだけど」
先輩うるさい。
『蝦夷大医学部としては、引き続きこの件について研究を行い、内外を問わず関係各所に協力を仰いで全容を解明したいと思っております』
蝦夷大理学部、生物科学科の宮本チーム、協力機関に格下げです。
「やられた……」
宮本先生、がっくりと膝をつきます。オワタですな……。
そうがっかりしないでよ。先生にはまだスライムもヘビもクモもいるじゃないですか。それで満足しましょうよ……。
「……どうする?」
「初心に戻るしかないですね」
「初心って?」
町長が疑問顔です。
「マズイことほど、できるだけ隠し事をせずおおっぴらに、危ないことほど手続きを踏んで許可をもらって合法的に」
「ああ……一番最初にそう言ってたね」
町長がうんうんと頷きます。
「というわけで、先輩、出番です。この動画全部ワラワラ動画とマイチューブに公開する準備進めておいてください。例によってノーカット、無編集で」
「はいよーっ!」
「いやいやいやいやまてまてまてまて中島くん! それはダメすぎるだろ!」
会議室のみんながいっせいに反対します。
「もう蝦夷大がマスコミに公開しちゃいました。僕らがコレを隠しておくメリットは無くなったんです。今後はこれを隠しておくことがデメリットとなります。警察と蝦夷大医学部に都合よく編集されて意図的に操作された情報が出回っちゃうことになるんですよ? 僕らが自分の身を守る方法は隠し事のない完全な情報公開しかありません」
「いやいやいやいやそれは困る困る困る!」
刑事さんが大慌てです。
「今からコレを公開することに対して裁判所に申し立て、直ちにビデオ映像の公開の差し止め、没収する裁判所命令を発行しますか? 役場に踏み込む捜査令状を取れますか? 正式な法的手段でできますかね?」
「いや……それはちょっと」
「準備だけです。まだ公開しません。この蝦夷大の会見でも本当にマズい部分は公開されてないようですし、今後のことを考え保険です」
「保険というと?」
「もし町や猟協会、自衛隊に責任転嫁するような警察発表がされましたら、僕らは対抗手段としてこれを公開するということです。僕ら悪いことなにもしてませんからね」
「……わかった。わかったって」
刑事さんも諦めましたね。
「大したもんだね中島くん」
三佐さんが感心します。
「その若さでその危機管理能力は稀有なものだよ。いったい何をしてたらそんなことが身につくの?」
「……高校の時、生徒会長してましたから」
「あっはっは! そんなんで?」
「事実上二年連続で、です」
「そりゃあすごいや。あっはっは!」
町に一つしか無いド田舎の底辺高校のカオスっぷりったらないですよ三佐。
相当な修羅場をくぐってきましたからね僕は。
次回「37.ゾンビ、拡散(情報的な意味で)」




