35.撃ったらダメなやつ
「ゾンビって……いくらなんでも……」
みんながあきれますけど、先輩動じません。さすがです。
「そうとしか考えられないでしょ。死んだ人間が魔術や魔法、宇宙放射線やウイルス感染や寄生生物とかが理由で死体が動き出すやつ。古くはブードゥー教の呪術とされていますが、理由は様々です。共通なのは死んだ人間がゾンビになって蘇るってことです。ゾンビになった人間は他の生きている人間を食べようとします。食べられて死んだ人間は感染してゾンビになります」
さすがです詳しいですね先輩。このまま全部お任せしたいです。
「最初にゾンビが確認された1932年以降、死霊説、魔法説、ゾンビパウダー説、公害による汚染物質説、宇宙からの放射線説など、状況により原因は変わりますがいずれも感染はしない事例のほうが多いんですよ。感染が最初に確認されたのは1968年で、この時は米国で大規模なパンデミックが発生し、多くの人がショッピングモールに逃げ込むという事態になりました。1983年にはデート中のカップルが襲われ、男性が感染し、墓場から次々に蘇ったゾンビたちと一緒に踊り出したという事例もあります」
なんだこのB級映画中毒患者。映画やマイケルの話を本当みたいに言うのやめてください。
「感染の原因は長らく不明とされていましたが、1996年の製薬会社による連続感染の事故によりウイルス感染説が注目されることとなりました。しかし、同時に『生きた細胞に寄生する形で増殖するウイルスが、死んだ細胞内で活動するのはおかしい』という否定的な見解も多く、2004年には『寄生生物説』も有力視され、ゾンビ化現象の原因は一つではないと考えられるようになっています」
ゲーム設定もやめてください。ヘリコプターが落ちちゃいます。
「いや死んだ人間が動き出すとか、科学的にも医学的にもありえないし……」
まあ先生はそうでしょうね。
「あの、この人の言ってることって映画やゲームの話ですから無視してください」
「なんでよう! 実際に現れたんだから参考にしない手はないでしょ!」
実際に現れたからこそ、事実関係をちゃんと確認し、想像だけで動かないようにしないといけませんて。
「……刑事さん、あのゾ……、容疑者のみなさんはどうなったんですか?」
「容疑者って、何の容疑だよ」
「貯水池への不法侵入、自衛隊の公務を邪魔した、職務質問に応じず警官に抵抗した公務執行妨害。そうでないならなんの理由で連れてったんです?」
「だよなあ……」
刑事さんガックリです。
「一応署の拘置所に全員入れて、道警本部にも連絡したんだよ。そしたら道警の検死官が来てくれることになったし、蝦夷大からも医学部の人来てくれることになってたんだけど、そうなる前にあいつら拘置所の中で共食い始めてさ」
「共食い!」
「全員死んだ。いや最初から死んでたのか? とにかく動かなくなった」
「なんで止めなかったんです。拘束してそれぞれ別の独房に入れるとか、共食い始めたらならすぐにやめさせるとか麻酔銃撃つとかスタンガンで止めるとかやりようはいくらでもありましたよね、警察の職務怠慢は批判を免れませんねえ」
「お前さあ、そんなこと言ってさあ。うちの拘置所は二部屋しかないよ」
「ま、テレビのワイドショーならコメンテーターがそんなこと言うと思うんです」
「あーあーあー……」
刑事さんが頭を抱えます。
「で、僕らあの後どうなったか知らないんですけど検死結果どうなったんですか?」
「いやわかんないよ。どう見てもただの腐乱死体。なんであれが動いてたのかまったく不明だよ。病院の先生にも見てもらったけどこんなの動いていたなんて信じられないって」
ここでいう先生ってのは穂得町立病院の先生ですな。
戦後殺人事件なんか起こったこと無い田舎町で検死の専門家なんているわけないですからね。交通事故とかで死亡者が出たら病院に担ぎ込まれて、死亡診断書書くぐらいの仕事しか地元のお医者さんは経験無いでしょう。
「村田さんはどういう罪になるんですか?」
「いや入院中でしょ。面会謝絶だしまだ手も付けてないよ」
町立病院から隣の市立病院に担ぎ込まれたそうですが入院中です。まだゾンビにはなってないってことですかね。
「僕がクマ撃った時は事情聴取して書類送検して立件して有罪にしようとして検察で不起訴処分になるまでやりましたよね?」
「嫌味を言うんじゃないよ」
「さて、今回もこの動画全部、マイチューブとワラワラ動画に公開してしまいましょうか」
「やめろおおおおおお――――!!」
警察も役場職員も蝦夷大先生も一斉に声をあげます。
「だってそうしないと今回の容疑者全員、拘置所で死亡したっていう警察の不手際がなかったことにされちゃうじゃないですか。なんですか『最初から全部死体だった』みたいな報道して」
「なんでバラす気満々なんだよ!」
「なにがあっても全部猟協会の不手際にしてきた警察が自分の不手際はちゃんと報道しないなんて腹が立つからですよ。映像ではまだ動いてたのに、警察発表では既に死亡。この矛盾は絶対問題になりますよ?」
「お前なあ、ほんっとうに逮捕するぞ!」
「なんの容疑で?」
「一連の騒ぎの首謀者だからだよ! テロ防止法違反、共謀罪、騒乱罪、特定秘密保護法違反、銃刀法違反、凶器準備集合罪、公務執行妨害!」
僕そんなことやってたんですか。
「お前絶対かかわってるに決まってんだ。なにやったんだ」
「かかわってるに決まってるじゃないですか僕この一連の事件担当なんですから。最初からずーっと面倒見てますよ。担当代わってほしいです」
「なんなんだよアレ……」
「北海道の最高頭脳が結集してこれからアレなんだか突き止めるんでしょ? 僕にわかるわけ無いです」
「お前が現場にいると出てくる。いないときは出てこないじゃないか!」
メタ発言やめてください。そんなの証拠にされても困ります。
「刑事さん、僕の今までの証言全部思い出してみてください。僕なにか嘘つきましたか? 何か隠そうとしましたか? 全部本当のことしか言ってないですよね。それを信じなかったのは刑事さんの方ですよね。今になって本当のことだったとわかったからって全部僕のせいにするのは無理がありませんかね」
「……そうなんだよなあ。証言にウソがありゃあとっくに逮捕してるんだ……」
「いやいやいやいや中島君は必死にアレに対応してくれてんだよ。一つ一つの対応はそりゃあもう見事なものだったよ。役場としては感謝してもしきれないよ」
町長さんがかばってくれます。ありがたいです。
「うん、なかじーかっこいい」
先輩黙って。
「刑事さん、こんなことが次々起こるのはね、これを全部操ってる黒幕がどこかにいるの。こういうテンプレな作者都合、お約束でしょ」
もう帰って。
「さて刑事さん」
「なんだ」
「あれが人間だとすると、それを散弾銃で撃った村田さんは殺人罪?」
「そうだ」
「相手が襲ってきても正当防衛にならないんですか?」
「相手丸腰だ。刃物持ってたわけでも武器持ってたわけでもない。銃で撃つのはいくらなんでも過剰防衛だな」
「殺意があったとは認められない場合は業務上過失致死?」
「銃で狙って撃つのはどう言い訳しても殺意があった殺人だろう」
「でもそうするとアレをまとめて留置所に入れて、共食いが始まったのに手も出さずに黙って見ていて、全員死亡させてしまった警察の不手際は言い訳のしようがなくなりますね。なんでカギを開いて署員全員ですぐに取り押さえなかったんですか? 抱き着かれようがかじられようが相手が武器持ってない限り過剰防衛にならないように素手で対抗するんでしょ警察は」
「いやあんな修羅場、止めに入れないって……」
「警察が武器無しで手に負えない相手、どうして素人のハンターが素手で対抗できなかったからって有罪になるんですか? それに人間が目の前で食べられているのを相手が丸腰なのにもかかわらずまったく止めようともしなかった警察。さてマスコミにどう言い訳しますか」
「……」
「今後アレがまた集団発生したとしたらどうします? 警察としてはあれ人間だから撃った猟協会を殺人罪で逮捕するんですよね。だったら僕らは今後一切協力しませんが」
「自衛隊も協力できませんね。有事でもないのに人間を撃つなんて考えられない。私達も今回は銃器は使わず格闘だけで確保しました」
松本三佐も同調します。
「良かったですね。警察に仕事ができて。共食いしてたんでしょ? だったら次出たときも警官が一人かじられれば傷害、傷害未遂、暴行、公務執行妨害の現行犯でそのまま逮捕できるでしょ。相手は丸腰ですし、噛み付いてくるだけですから、おまわりさんが拳銃で撃つのは過剰防衛、過剰威力行使になります。警棒だけでなんとかしてください。でないと村田さんが散弾銃で撃ったのを過剰防衛だって言えなくなっちゃいますからねえ、困りましたね! 大変だとは思いますが、それも職務です。がんばってください。あっはっは」
「……この野郎」
刑事さんが僕をにらみますが、僕とおんなじ顔をして松本さんが必死に笑いをこらえているのが面白いですね!
いや会議室のみんなもおんなじですけどね!
「まいった。なあ、なんとかならないのか? 頼むよ。なにかいい方法はないのか?」
刑事さんがようやく白旗を上げました。
よしっこれで村田さんの有罪はなくなりましたな。
いくら大嫌いな老害でもね、猟協会から逮捕者を出すわけには行きませんよ。
「あれが死体だとしたら、それを散弾銃で撃った村田さんの罪は?」
「死体損壊罪」
「それでも罪にはなりますか……まあ殺人よりは軽いですよね。状況を見ても悪くても執行猶予。緊急避難か正当防衛が認められれば不起訴処分もアリと考えていいですかね」
「まあね。死体が襲ってくるとか判例無いし、そんな場合の法律も無いし」
「ですがあれが死体だったとしたら、今度はなんでそれが動いていたのかが先生にはわからない」
「そうだねえ。医学的にも生物学的にもありえないことだからね」
「なんだかわからないまま被害が拡大し、なんだかわからないせいで手も出せず、なんだか判断してくれない蝦夷大にも批判が集中するでしょうね」
「えっなんでなんで!?」
「猟協会はあれ駆除できない。自衛隊は撃てない、警察はあれ誰かが襲われるまで逮捕もできなきゃ拳銃で撃つことも許されない。いくら不審者でもウロウロしてるだけで逮捕まではできんでしょ。ゾンビに職務質問もできませんしねえ。学者さんもあれ生きてるのか死んでるのか判断できない。効果的な対応が打てずこのまま本当に町民に被害者でも出ればマスコミで悪者にされるのはみなさんです。さてどうしますね」
「……四すくみじゃないか」
「いや猟協会も自衛隊もこの件全く無関係です。手を引きます。もう知りません。勝手にしてください。二すくみですよ」
「中島あああああぁぁぁああ!!」
あっはっは……。
「さて幸いですがあれの倒し方はわかってます。村田さんが撃ってくれたおかげです」
「倒し方というと?」
「ビデオもう一度見てください」
村田さんの発砲シーン、もう一度見ます。スロー再生です。
「上下二連散弾銃です。二発しか発射できません。初弾は胸にあたってます。胸には心臓があるから即死のはずなんですが、特に痛みも感じる様子もなくずんずん村田さんに近づいてます」
「ゾンビの怖いところだよね……」
沙羅先輩がつぶやきます。
「二発目、頭に向けて撃ってます」
全員がスクリーンに釘付けです。
「頭に撃ち込むと、まあ腐ってるせいでしょうかどばっと飛び散って頭が半分以上なくなりましたが、頭を撃てばとりあえず止まるようです」
「撃たれても痛みを感じず死にもせず突っ込んでくるわけか……。まさしくゾンビだな」
「三佐さんもゾンビゲームぐらいはやったことがあるわけですか」
「まあね。もう三佐はやめてくれよ。松本でいいさ」
「はい。それから訓練された人ならコレを取り押さえることができます。自衛隊員にも警察官にも可能ですよね」
「ああ、人間より力が強いとか、そういう化け物じみたところは無かったな」
松本さんが頷きます。
ゾンビってね、拳銃とかナイフとか、『ゾンビに効かないもの』で戦おうとするからやられちゃうんですよ。相手ヨロヨロ歩いてきて掴みかかってくるだけなんだから、格闘とかの体術で押さえ込めば確保できるってことになりますか。映画とかゲームでは主人公はそんなことやりませんけど。
「しかしこうしてみるとホント『スリラー』に出てきたゾンビとそっくりだな」
総務課長はそういう世代ですか。まあ一緒になって踊ればなんとかなる相手じゃないですなあ。あんなキレッキレで踊られたら体力的にも勝てそうにありません。
「これは死体である。動いているのは全く別の原因ってことにできませんか?」
「どういうふうに?」
「ここまでスライムとか毒ヘビとか毒蜘蛛とか出てきたんです。だから、スライムが死体の中に入り込んで動いてるとか、ヘビが中にいるとか、クモが卵産み付けて中で幼虫が動いてるとか、そういう理由付けられませんか?」
「なるほど!」
全員、少し希望がでてきましたな。
「いや実際にそうだとしたら納得行く。死体調べてみたいねえ!」
「なかじー頭いい! 今までになかった設定だよそれ!」
「確かに、中が虫やらスライムだったら自衛隊でも対応できそうだ」
「それなら猟協会の仕事にできる!」
いや刑事さん猟協会の仕事にするのやめてください。どんだけ警察がやるのイヤなんですか。
「……猟協会は動きませんよ。警察でやってくださいってば」
「なんでそう嫌がるんだよ!」
「猟協会は全部がイヤですよ。クマを撃つのもイヤだし、エキノコックスに感染してるキツネを撃つのもイヤだし、鳥インフルエンザにかかってるかもしれないハト撃つのもイヤだし、仕事中に呼び出されて畑に出たシカ撃ちに行くのもイヤです。スライムやヘビや毒グモ撃つのだってイヤでイヤでしょうがないに決まってるじゃないですか」
「……ハンターは撃ちたくてハンターやってんだろが」
……警察でもそういう認識なんですか。
「猟師は本来自分が食べるカモとって、自分の畑に出る害獣だけ追い払えればそれでいいんです。それをムリヤリ『駆除』と称して他の仕事もやらせているのが行政です。猟協会は撃ちたくて撃ってるわけじゃないんです。警察はいつも人間撃つ訓練してるくせになんで人間撃つの嫌なんです? 出番なんじゃないですか?」
「誰だって人間撃つなんて嫌に決まってるだろ」
「僕らだってイヤに決まってますよ。なんで猟協会に押し付けるんです。猟協会にゾンビを撃たせてそのあと逮捕って、そんなこと考えてるんですか? 猟協会は使い捨てですか。警察ひどすぎません?」
こういう誤解はどうしてもなくなりません。これは言っておかないといけないですかね。
「ハンターは銃持ってるからって、いつか人間撃ち殺してみたいなんてことは考えません。人間はカラスみたいに利口じゃないし、キツネみたいに用心深くないし、鹿みたいに逃げ足早くないし、クマみたいに怖いわけでもありません。そんなもの撃ってなにが面白いんですか。銃の乱射事件なんて起こすやつは射撃場で的だけ撃ってて満足できなくなるような、実際にハンターなんてやったこともない頭のおかしい人間ですよ。違いますか? 刑事さんはいつか人間撃ってみたくて警察になったんですか? 自衛隊さんはホントの戦争やってみたくて自衛隊に入ったって言うんですか? そんなこと無いでしょう?」
僕がそう言うと、刑事さんが黙ります。
「本当は、好きでやってるのは事実だし、ボランティア精神もありますよ。『自分たちしかできない』っていう義務感も。でもね、だからといって『猟協会にやらせりゃいい』ってのは、違うでしょ」
さてあんまりいじめると後で仕返しされそうですな。
これ以上敵に回すのは得策じゃないでしょうね。
次回「36.ゾンビ対策案」




