33.死体、動く
自衛隊が撤収して、二日後。
マスコミもいなくなった静かな牧場周辺から500メートル離れた貯水池。
昼間から出向してくれた松本三佐以下自衛隊員さん六名の協力により、排水路に土嚢を積み、更にパワーショベルで土をかけます。
排水管、貯水池の水門から離れておよそ50メートルまで土に埋まって水路が通ってます。3メートル四方の四角い導水管ですね。その出口となるコンクリートのV字型水路に繋がる排水口がびっしりとクモの巣で覆われております。
あの超巨大クモが張ったに決まってますね。導水管の出口をふさぐようです。
これで水門を開けば、水路に水があふれ、100メートル先の土嚢の部分でせき止められます。つまりこの導水管になにか詰まっているようなら、水がクモの巣を押し破って流れ、せき止められた排水路に流れてくるという計画です。
なにもなければそれでよし。水門を閉じ、土嚢を撤去します。
なにか流れてきたら……。
スライムか、ヘビか、クモの大群か。あるいはそれ以外の何か……。
場合によっては発砲もあるかもしれません。
夕方、仕事を終えて五時過ぎてから猟協会の皆さんも集まって来てくれました。
会長の長門さん、事務局田原さん、事務局補佐清水さん、自衛隊OBの戸田さん、中島さんこと僕のおじいちゃん。
……なぜか、副会長の村田さんも来ています。
「村田さん、今日も呼んでいないはずですが?」
「うるせえ」
「駆除従事者証が無いはずですよ」
「うるせえんだよお前。生意気言うな!」
上下二連ショットガン背負ってます。
「いてもいいですが、何があっても絶対発砲しないでくださいね。違反になりますから」
……ひとっ言も口を利かずブンむくれています。
仲間はずれにされたのがそんなに寂しかったですかね?
『俺はなんにもやらないからな』ということでしたので、全部おっしゃる通りにいたしましたのに。
さ、日が暮れてしまう前に作戦開始です。
車で水路を取り囲んでヘッドライトを点灯します。
自衛隊さんが取り囲んで、自動小銃を背負っています。安全のためにまだ弾倉も取り付けられていません。
僕らも水路を取り囲んで、配置に付きます。
この場で害獣が出た場合、合法的に発砲できるのは僕ら猟協会だけです。僕らもグレーと言えばグレーですがとりあえず害獣駆除従事者証もあり、今は逮捕されません。緊急と認められた場合は、松本三佐が部下に命令して自衛隊さんも発砲することになりますが、まあ自衛隊の正式採用は5.56ミリNATOですからね……。連射できる自動小銃とはいえ22口径ですから、猟銃に比べれば格段に威力が落ちます。大雑把に、シカ撃ちライフルで一番弱い308ウィンチェスターが2,600フィート・ポンドなのに、自衛隊さんが使う国産アサルトライフルの5.56x45mmって1,325フィート・ポンドとさらにパワーが半分なんですから。
それに『自衛隊員は狩猟免許を持ってない! 野生動物に発砲することは違憲! 違憲!』といろんな政党団体の方がうるさいですから。憲法9条は野生動物まで対象にしてないと思うんですけど。撃ったとしても自衛隊さんは自衛隊さんで別に法律があるんじゃないかな。自衛隊が敵を撃ったらダメな法律はさすがに無いと思いますんで。
沙羅先輩が会長のランクルのルーフキャリアに登って、屋根の上の高いところからビデオ撮影しています。
「いいですよ。水門、開けてください」
「水門、開けろ――!」
「水門、開けます!」
無線から返事来て、100メートル向こうにいる貯水池管理担当の人が電動の水門を少しずつ開きます。
じょろじょろじょろ……、ザブッザババババ――!
貯水池からの水が流れこみ、排水管をふさいでいたクモの巣を押し破って流れてきました!
水しぶきをあげて、せき止められた土嚢に向かって大量の水が流れ込みます。
「……おい、あれ……」
「ストーップ! ストーップ!! 水門閉じて! 閉じて!」
すぐ無線で連絡が行って水門が閉じられます!
濁流と一緒になって流れてきた……、死体です!
ぷかぷかと五~六体の死体が浮いています!
人間の死体!
「うわ……。誰か水路に入ってたのか?」
「いやそんなはずないだろ」
「マスコミの連中が勝手に入ってたとか」
「いや、この死体なんかおかしいし」
おかしいです。
かなり古い死体に見えます。もう何日も、何か月も前のような。
着ている服がボロボロです。染みだらけで汚い服です。
「クモに捕まって殺されたんだろうか……」
怖いこと言いますね三佐。
「いやそれだったら町に行方不明者出てるはずですよ。こんな小さい町でそんな集団行方不明あったらとっくに騒ぎになってますって!」
「じゃあ、こいつらいったい誰なんだ?」
会長が不審がります。
「もしかしてあの動物を持ち込んだ犯人?」
「何かのテロ組織か?」
「持ち込んだはいいが、逆にヘビやクモにやられたとか?」
その推理はどうかと。
「いやいやいやいや、こんなちっちゃい町襲うテロ組織ってなんなんですか。やるんならもっと派手な所で、もっとたくさん犠牲が出るところでやるはずですって」
「こんなパイプの中でクモやヘビ育ててたわけないしな……」
……。
「さてどうします。土嚢崩して水抜いたほうがいいかもしれませんね」
「そうするか……」
そうして松本三佐が部下に指示を出そうとすると……。
「ゾンビだ!」
いきなり会長のランクルの上でカメラ撮影していた沙羅先輩が声をあげます!
「動いた! ゾンビだよそれ!」
いやゾンビって……。動いてるように見えただけでしょ。ぷかぷか浮いてるし。
水路を見ると、じゃぷ、じゃぷじゃぷと死体が動き出しております!
身を起こして、顔をあげております!
腐りかけた土色の顔! 白濁した目、口や鼻からダラダラ垂れる水とも体液ともつかない汚水!
「うわああああああ!!」
さすがに全員から悲鳴が上がります!
たまらず猟協会のメンバーが一斉に弾込め!
「ダメ! 撃ったらダメ!」
あわてて手を振りやめさせます!
「人間! 相手人間! 絶対に撃ったらダメ!」
「格闘準備! 全員、絶対に発砲するな! 猟協会は下がれ!」
三佐が隊員に命令します!
自衛隊員六名が弾倉も挿されていない小銃を前に構え、ゾンビに備えます。
全員、小銃を打撃武器にして格闘の構えです。陸自でしたら誰でも銃で殴打するような格闘も訓練済ということですか。
さっきまで水死体だったやつら、V字型の水路を這い上がってきます。
うあぁあああ、うぇえええぇ……。
不気味な声をあげてです。
水路に蹴落とす、とかやりたいところですが、まだこれがゾンビと決まったわけじゃありません。まだ生きてる人が単に助けを求めてるだけなのかもしれないんです。いや、とてもそうには見えませんけど。
腐り落ちて骨が見えている腕、頭が半分無くなって脳が見えてる人、だらだらと肉汁を垂らしながら這い上がってくる人。
これがゾンビでなくて何なんだという感じがアリアリです!
不思議なことにどれも日本人には見えないんですよね。
どう見ても外人さんです。
「止まれ! 止まれ――――!」
隊員さんが銃を向けて警告しますがまったく聞こえていないようで、手を前に伸ばしてヨロヨロと向かってきます!
「ハッ!」
松本三佐が銃口を突き出してゾンビにぶつけます! 銃剣は装着していませんが、普通の人ならこれで後ろにぶっ倒れるはずですが……。
ずぼっ!
肉に突き刺さるように銃口が体に入ってしまいました!
腐ってます!
猛烈な腐臭が漂います!
ゾンビ、そのまま手を伸ばして三佐に掴みかかろうとしますが、三佐、ゾンビに足払いをかけて突き刺さった銃ごとなぎ倒し、転倒させました!
上から踏みつけて動けないようにします。
隊員たちも、日頃の訓練のたまものですか、銃床でぶん殴ったり、押し倒したりして五体のゾンビたちを次々に組み伏せていきます。さすがです。
「うわっうわああああ!」
一人のゾンビが、なぜか村田さんの方へ!
「逃げて村田さん! 撃たないで!」
「わああああ!」
ドコン!
ドコン!
うああああああやっちゃった……。
ゾンビ、上下二連の散弾銃に胸と頭を撃たれて倒れます。
腐ってましたからね。パシャっと腐肉が飛び散って村田さんにかかります。
あーあーあー、あれだけ撃つなって言っておいたのに、撃っちゃった……。
他の隊員さんは全員、暴れるゾンビを踏みつけ苦戦中。
「中島君! ロープ! ロープ持ってきて!」
三佐が叫びます。
僕はジムニーに積んでたロープありったけ持ってきて、三佐に渡すとゾンビを縛り上げておりますな。
僕はそのロープを適当な長さでナイフでぷつんぷつんと切りまして、必死にゾンビを押さえつけている隊員たちに渡していきます。
両手を後ろ手に縛り上げ……うぎゃああああああ手首取れたあああああ!
嫌なんですけど、僕もゾンビたちの足を縛り上げていきます。
「戸田さん!」
「おう!」
戸田さんも元自衛隊員ですからね。僕からロープ受け取って手際よく足縛り上げてます。
「ひいいいいいい――――!」
村田さん、銃を放り出し、上着を脱いで頭からかぶった腐肉をふき取っております。あとでゾンビになったりするんでしょうか。
「田原さん、警察と救急車!」
携帯で電話してくれますが、さてどう説明したらいいものか……。
「先輩!」
「はい!」
「撮れた?!」
「た、たぶん……」
この動画は早々に回収しておかないといけませんね。
また警察に持って行かれるに決まってますから。
次回「34.ゾンビ、逮捕 」




