32.先輩の異世界講座
「ねえなかじー」
「はい?」
一応カメラ係で来てくれた沙羅先輩ですが、これだけマスコミのカメラが集まってるんですから必要ないですよね。見りゃあわかるでしょってやつです。
広報用に数枚写真を撮りまして、その後ジムニーで二人で夜食にコンビニ弁当食べながら自衛隊の皆さんの撤退を見送ります。
「その排水口、異世界へのゲートなのかもしれないよ?」
「またまた……妙なこと言わないでくださいよ先輩……」
笑い飛ばしたいところですが、笑えません。
「きっと異世界とワームホールでつながって、向こうの世界の魔物がこっちにどんどん送り込まれているんだよ」
「スライムも、ヘビも、クモも、みんなそこから来たと?」
「そう」
そうなんでしょうかねえ。そうかもしれませんねえ……。
こんなおかしなことが起こりすぎて、僕もおかしくなってるのかもしれませんね。信じちゃいそうです。
「ま、そんなゲートがあったとしても、もうどうでもいいです。全部水に流してしまいましょう」
「なんだかもったいない」
「もったいないとかやめてくださいよホント……そんなの無いほうがいいに決まってるじゃないですか」
「ほら昔からライトノベルでもネット小説でも異世界物とかおおはやりでしょ?」
「あーありますねえ。アニメにもなってるとか。どういうストーリーなんですか?」
先輩、ひときわひどいドヤ顔で語りだします。
しまった、オタの琴線に触れてしまいましたか。
「まず主人公がトラックに跳ねられて死ぬの」
「話し終わっちゃいましたよね。開始1ページで最終回じゃないですか」
なんなんですかそれ。冒頭でいきなり主人公が死んでどうすんです。
「死に方はどうでもいいの! 他にもいろんなパターンがあるんだけど、別に死に方に凝っても本編には関係ないでしょ」
どうでもいい死に方をする主人公、不憫すぎます。
「死んで、気がつくと目の前に女神様がいるのね」
「いやいやいやいやそこは閻魔様でしょ。悪いやつが死んだらどうすんですか。ドラゴンボールだって死んだら閻魔大王のところに行きますよ?」
「男の子ってどんなお話もみんなドラゴンボール基準ねえ。もっといろんな本を読んで見聞を広げなきゃダメよなかじー。そこはパターンがあるけどべつに女神様でなくてもいいの! お年寄りの神様だったり世界の管理者だったり、人間でなくて思念体みたいなものでもなんでも」
「神様までどうでもいいんですか……」
「そして、神様がね、若くして死んだ主人公を哀れに思ったり、間違って死なせてしまったりしたお詫びとか言って、異世界に転生させてくれるのね」
「それその世界で死んだ人でもよくありませんか?」
「そうじゃなくてね、現代人を前世の記憶を持ったまま、転生させてくれるの」
「赤ん坊のうちから前世の記憶持ったままとか気持ち悪い子供になりそうです」
「そうじゃなくて、いや赤ん坊からスタートって話もあるけど、死んだときのまんまなパターンも人気だよ」
「トラックに轢かれてぐちゃぐちゃの状態から人生再スタートですか……ハードモードですなあ」
「うるさい」
「はい」
そこ疑問に思ったらダメなんですね。了解しました。
「つまりなかじーなら、今のなかじーがそのまんま異世界に放り出されるわけ」
「別の世界で生き返るわけですか」
「そうそう」
「それってトラックとか神様とか必要かなあ……」
「うん、だからそこ全部省略した小説もある。目が覚めたら異世界にいたとか」
……省略て。
「そこプロローグとして大事なとこだと思うんですけどね、そこがちゃんと書けてない作品とかそれだけで読者逃しちゃうような気がします。主人公に感情移入ができません」
「うーん、主人公が『なにかの職種のプロ』って場合はそこの導入凝る場合もある。主人公はその技術であとで活躍することになるからね。でも主人公がニートだとか引きこもりの場合はそこ凝らない。あと、やっぱり『死んでこっち来た』ってのは入れとかないと、主人公が元の世界に戻るのあきらめて異世界でがんばる話がやりにくい」
「ニートとか引きこもりが異世界行ってがんばれるんですかね」
「ニートも引きこもりも、まだ本気を出していないって設定なの!」
そうですかすいません。先輩の顔が怖いです。
「そこは作品として問題じゃないの。大事なのはその後なんだから」
「その後どうなるんですか?」
「主人公は神様にすごい力をもらっています。チート能力です。すごい成長能力な場合もあります。好きなスキルを選ばせてもらえる場合もあります。ものすごい魔法が使えたりします。まだ自分にどんな能力があるかわからない場合もあります」
「わからなかったら困るでしょう……」
「大丈夫。『ステータスオープン!』って言えば自分のステータスわかるし、魔物を倒したりしてレベルアップすれば勝手にウィンドウ開いてステータスの成長具合がわかったりするの」
「ゲームの主人公じゃないですか!」
「うんゲームの主人公に生まれ変わる場合もある」
「そんな世界誰が用意するんです……。レベル上がったら強くなるんですかね」
「なります。最初っからとんでもないレベル高い場合もあります」
「それ卑怯じゃないでしょうかねえ……」
「そこがいいんじゃない。どうせ最強になって敵を倒しまくってヒーローになろうってお話なんだから、努力して苦労して強くなる過程なんて面倒なだけでしょ」
いやそこ否定しちゃう小説ってどうなんですか。
いくらなんでもご都合主義過ぎませんか?
「でもどんな世界にいくか不安ですよね。ジャングルのど真ん中とか、砂漠のど真ん中だったり、怪物しかいない世界だったりしたらすぐ死んじゃいますよ主人公」
「そこは大丈夫です。主人公が送り込まれるのは中世ヨーロッパ風の剣と魔法の世界です」
「決まってるんですか!」
「決まってます」
「言葉通じるんですか?!」
「そこは異世界言語翻訳能力を神様がくれるから」
はあ……。なんなんですかその世界観……。
「ようするにドラクエとかFFとかでおなじみの例のアレなの」
「ゲーム世界みたいな?」
「そうそう」
都合いいなあ。っていうかそんな都合いい世界そうありますかねえ。
いくら世界がいっぱいあっても、ちょうど中世頃の時代の世界なんて数が限られてると思うんですけど。
「で、放り込まれた最強主人公はそこでなにするんです?」
「冒険者ギルドに入る」
「そんな身元もわからない人、入れてくれますかね?」
「冒険者ギルドに入るにもテストはあるよ。試験官と戦わされたりとか」
「それで勝っちゃうような身元のわからないやつなんてどう考えても前科持ちですよねえ……。そもそも冒険者ってなんですか」
「なんでも屋」
「……たとえば?」
「薬草集めたり、魔物狩ったり、商人さんの護衛したり」
「どこが冒険なんですか。冒険家だったら山に登るとか、遺跡発掘するとか、ジャングルを踏破したり新大陸を発見したりするべきでしょう?」
「固いこと言わない」
「はいはい……で、主人公は魔王とか倒しに行くんですかね」
「そういうのはもう流行らない。今はその世界で成り上がっていくか、スローライフかのどっちかだね」
「わざわざ異世界まで行ってスローライフですか。そんなの読んで面白いんですかねえ……」
「面白いよ。主人公は現代知識があるから、美味しい食べ物料理したり、異世界の人の知らないモノを発明したり新しい商売を始めたり、貴族になって行政で手腕を発揮したり」
「なんかそれズルい気がします」
「成り上がりの方は戦闘能力重視かな。異世界行ったら、なんか馬車が野盗に襲われてて、それ助けたら乗ってたのがお姫様だったり貴族だったり王族だったり」
「異世界行っていきなり野盗退治ができるとはとても思えませんけど……」
「で、主人公が感謝されて身分ももらってそれからも魔物倒したり敵国を倒したり、いろんなライバルやモンスターと戦って蹴散らして王様に爵位もらって、どんどん出世して大きな屋敷買って慕ってくる女の子全員住まわせてハーレム作るの」
「なんというわらしべ長者……願望丸出しですね」
僕だったらそんな中二病のオタクノート人に見られたら死にそうです。
「先輩、女性としてそのハーレムってやつ許せるんですかねえ」
「なによう愛があればいいのよ。全員振って一人の女だけ幸せにするの? 主人公に振られた女は不幸になっちゃうのよ? それでもいいの?」
「先輩がそれでいいなら別にいいです……。そういやうちの妹も『イケメンに囲まれて天然な発言してるだけでモテモテ』とかの恐ろしく都合のいい少女漫画大好きですわ。どこにでもいる普通の少女がえらく美少女だったりしますけど」
「それぐらい許容範囲」
「はいはい。で、スローライフの方は?」
「初心者でもうまく攻略できる低レベルの狩場とかダンジョンがあってそこで少しずつレベル上げては小金稼いで、戦力が足りなくなってくると今度は奴隷の美少女買って戦力に」
「まったまったまった! なんで美少女の奴隷がいるんです?!」
「奴隷商で売ってるから」
「……なんで美少女の奴隷が初心者でも買える値段で売ってるんです」
「たいてい獣人だったり、病気してたり怪我してたり」
「そんなの戦力になるんですか?」
「獣人はその世界で差別されてたりするから。病気も怪我も主人公のチートスキルで治しちゃう。で、一緒に戦ってくれるようになる」
「奴隷の少女を戦わせるってどんだけクズな男ですかそれ……」
「うーん言われてみればたしかに……でも主人公は元々モテるタイプでも無いし、そうでもしないと童貞卒業できるストーリーにできないもんね」
「ええええええ!!」
ちょちょちょちょ、聞き捨てならないんですけど!
「手出すんですか! 主人公が奴隷の少女に手出すんですか! 性奴隷じゃないですか! そんなの奴隷にされる美少女がかわいそうすぎるでしょ!」
最悪でしょう!
「大丈夫よ二人は愛し合ってるのよ奴隷は『ご主人様ご主人様』って慕ってくれるのよ。自分にはお返しできるものが何もないからって、自分からベッドに来てくれるのよ童貞卒業は読者の夢なんだから必ず入れなくちゃいけないのよ」
「あのねえ……、僕だって漫画も読めばアニメも見ますけどね、ヒロインを『お金で買ってくる』主人公って初めて聞きましたよ。そこはいろいろあって仲間になるのが王道じゃないんですか? 道徳的にも倫理的にも激しく抵抗があるんですけど……。いったいそこのどこに愛があるんです」
「ほら奴隷の身の上から救ってくれて病気や怪我も治してくれて美味しいもの食べさせてくれて綺麗な服も高価な装備も買ってくれて、しかも主人公は日本人だから奴隷差別しないし、危なくなったらちゃんと助けてくれてだし」
「……自分の奴隷にするのは奴隷の身の上から救ったことにならないでしょ。ちゃんと結婚して嫁さんにしてやるって発想は無いんですか。だいたい完全に利害関係ですよねそれ。っていうかチョロすぎますヒロイン。男を見る目なさすぎです。いや男のほうがチョロいのかな? ヒロインに利用されてませんか主人公」
動物のハーレムって、メスが集まってハーレムできますからね。オスが集めてるわけじゃないんですよねアレ。若いオスが主に勝ってハーレム乗っ取っても、メスたちがそいつ気に入らなかったらハーレム自然解散とかありますからね。
なんか先輩が高校卒業してすぐ結婚して一年持たずに離婚した理由がわかったような気がします。
「そうして美少女を次々と仲間にしてハーレムルートに突入して」
「うわあ……。それ最後どう収拾つけるんです?」
「エタる」
「は?」
……思いっきり聞き慣れない単語が出てきましたよ?
「エタる。エターナル」
「エターナルって?」
「最終回を迎えないまま、作者が続きを書けなくなって、未完になる」
「ダメじゃん……」
「うーん、ダメだけど、エタるぐらいだからその時はもうワンパターンでつまんなくなってるし、だったらさっさと次、別のアイデアで面白い話書いてくれたほうがいいじゃない。だいたいそんな時には読者はとっくに別の作品読んでるから気にしなくても大丈夫。ネット小説なんで無料でいくらでもあるんだから。ラノベだったら一応、一冊ごとに話、終わるし」
……。
「映画でもドラマでもクライマックスを迎えてエンディングですよね普通。最後が一番面白いように話作りますよね。そんな尻切れトンボの読んで面白いんですかね先輩は」
「面白い。ハマる。どんどん違うパターンも読みたくなる。いろんなアイデアがあるからね。たまにすっごく面白いものを見つけるとテンション上がるよ」
「はあ」
「なかじーも読んでみるといいよ。最初に読んだのが面白いならハマる。最初に読んだのがつまらなかったら、ハマらずそういうネット小説やラノベをバカにするようになる。最初に読んだ作品次第かなあと私は思う」
「もっと他に読むべきものがあると思いますねえ僕は。まずはプロの作家の作品を読んで学ぶべきだと思います。映画でもいいです。素人の未完成作品いくら読んでも最終回まで書けるようになりませんよ。自分が最終回まで読んだ経験がないんじゃね……。未完が多いのはそのせいなんじゃないですかね」
「ラノベやネット小説に興味ない人って、みんななかじーみたいな反応するなあ……。そこにはブッ飛んだアイデアや、とんでもなく都合のいい設定とかがあるんだから、素人だから書けるものもちゃんとあるの。プロの作家だったらとても恥ずかしくて書けないような、編集さんが絶対に止めるような、めちゃくちゃで設定が矛盾だらけでバカバカしくてくだらない炎上間違いなしなやつね!」
「編集さんが止めるような炎上作品がなんで世に出ちゃうんですか……。そこ僕は疑問ですねえ。そうならないように作家の手綱を取るのが編集さんの仕事では?」
「だってネットで人気が出ちゃったら、しょうがないじゃない。ネットで人気が出るってことは、読者はそういうのこそ読みたかったってことなんだから。読者が読みたいものってのはね、自分では絶対に発想できないめちゃめちゃな物なのよ。プロが書いた作品として一定のクオリティに達している必要なんて私は全然無いと思うわ。だってネットに上げてるときは作者はお金なんてもらってないのよ? 人気が出るまでタダで公開し続けなきゃならないプロでもなんでもない素人なんだし、そんなものいちいち要求するような人は読まんでヨシ! ネット小説なんてくだらなければくだらないほどいいんです! それがラノベであり、ネット小説なのよ!」
ネットじゃ人格代わるような人もいますからね。本音ではこういうのが読みたかったんだっていう人はいくらでもいるわけか。最強になってハーレム作ってモテモテになりたいってのが人気になっても、別におかしくないんですね……。
「なかじーだってクマに殺されたりしたら異世界行きなんてことになるのかもしれないのよ。これだけスライムとかヒドラとか大グモとかファンタジーの魔物出てくるようになったなら少しは予備知識も持たないと。おすすめはファンタジーSSかな。ヘタなネット小説より設定凝ってて面白いしちゃんとオチがあって終わってるから」
「そうですか。僕が行くなら別に剣とか魔法とかいらないから、猟銃持たせてほしいかもです」
「それ、面白いかもしれないね! ほら魔銃とか魔弾とか自由に作れるとかって話はあるんだけどね!」
「あるんかいっ!」
「リアル猟銃縛りとか、斬新かも!」
斬新ですかねそれ。警察や自衛隊でもない限り、日本人が銃持ってるってハンターしかいないじゃないですか。架空の銃じゃなくて、ちゃんと本物の猟銃を使って小説書くとかそんな誰でも思いつきそうな設定のお話、とっくにいっぱいあるんじゃないかと思いますけどね僕は……。
実際に猟銃持ってみると、ゲームみたいにそこらに弾がいっぱい落ちてたりしませんから、弾薬の入手ですぐに詰んじゃうか。架空の銃でないとちょっと無理そうですね。
「どういうタイトルにするんです?」
「うーん……」
先輩、少し考えて、
「『猟協会の童貞ハンターが異世界に行ったらハーレムできちゃいました!』とか?」
「先輩……前から思ってたんですけど」
「なに?」
「タイトルのセンス、全くないですね」
「やかましいわ」
翌日、町のホームページで、撤収してゆく自衛隊さんの様子が紹介されました。
『安全は確認されました。自衛隊の皆さん災害派遣作業ありがとうございました』
町長から感謝状が正式に隣町駐屯地、基地長へ贈られ、その映像がニュースにもなってます。
町として公式に自衛隊の皆さんに感謝を表明したことになります。
国会でどれだけ反対されようと、マスコミが何を言おうと、町としては今回の自衛隊の災害派遣に感謝をし、お礼を申し上げるということです。
今回の事件に自衛隊を呼んだこと、好きなだけ批判してもらって結構です。
僕らが感謝しているのは、事実なんですから。
今日の感想欄は「お前が言うな!」で埋まるかな……。
次回「33.死体、動く」




