30.蝦夷大、会見(中継)
蝦夷大の会見の予定、一日延びまして、今日発表です。
僕らも役場の会議室でテレビつけて様子を見ます。
最初に、調査が難しく会見が一日遅れになったことを宮本先生が詫びますね。
まず粘菌の続報です。
他大学にも協力を仰いで、分析していますが、今のところ植物とも動物とも言えない新種の細胞体という見解です。あえて言うなら、やはり『粘菌』と呼ぶしかないそうで。現在ガラスケース内で飼育してる二匹については、雑食性で、ウサギを丸ごと取り込んで消化したり、米や小麦などのような穀物も消化します。
乾燥した環境が苦手で、水を与えるとずっと水の中に浸かっているらしいです。
DNAの分析はまだ。中央の核にDNAらしきらせん構造が目視できる大きさで存在するが、それを抽出してしまったらたぶん殺してしまうことになるので手が出せず調査は進んでいません。仮称として『エゾオオアオホコリ』は継続だそうで。
「なんでスライムじゃないのよう」
沙羅先輩が不満そうです。
マスコミは『スライム』ってもう呼んじゃってますけどね。
もう日本全国、スライムで通ります。
次、ヒドラ。
こちらは死体で回収できましたので、蝦夷大の獣医学部の協力で解剖することができたそうです。生かして捕まえるより殺して回収したほうが研究進むんじゃないですかね。生かしたままじゃ調べられることあんまりないでしょ。
驚くべきことは頭が二つあるのは奇形ではなくて、こういう種なのではないかという結果が出てます。奇形の二つ頭のヘビは実際に発見されたことがありますが、あくまで奇形ですし長生きできずこんなに大きくなりません。こんなに完成されているのは奇形としてはありえないそうですよ。
毒に関してはコブラに近い強力な物で、抽出し分析はしているが現状これの血清は作ることはできそうもないとのこと。元になる毒が大量に必要なんです。
つまり、噛みつかれた駐在さんは病院手持ちの血清では助からなかったということです。現在意識は回復していますが、右手切断は致し方なかったということになります。残念ですね。
血清ってのは、ヘビごとに違う物を作らないといけないんだそうです。毒ヘビにならなんでも効くという血清はないんです。
僕らも噛まれたらおしまいです。気を付けないといけません。
性別はオスで、卵を産んで増える恐れは今のところないらしいと。
驚くことは胃の中に未消化のカエルがいたことなんですが、このカエルが全長1mもある超大型のカエルで、もちろん日本にはいないカエルということになります。
これもホルマリン漬けされて公開されましたが、もうインパクトがでかすぎて会見場大騒ぎです。
「……やっぱりこれ異世界から来た魔物だよ。あのカエルも異世界で飲み込んでからこっち来たんだ」
沙羅先輩のつぶやきに反論したいけど、反論できません。
こんな大きなヘビが今まで発見もされずにウロウロしてここまで成長してました、エサになるあんなバカでかいカエルもそこらをウロウロしています。まだ見つかったことも無いカエルです。あの蛇があそこまで育つぐらいそこらにいっぱいいるんですと。そんな話、いくら北海道でも無理ありすぎですよね。
ヘビとカエルのDNAデーターは抽出することができまして、これは現在蝦夷大のサイトでデータを公開しています。世界中の機関でダウンロードできるようになっており、類似の生物の情報があれば提供を呼び掛けています。
アナコンダだのニシキヘビだのコブラだののDNAデーターを蝦夷大が持っているわけありませんから、諸外国の研究機関がこれを比較してどの種に近いか報告をくれるのを待つような感じになりますか。
とりあえず命名は、『エゾオオソウトウヘビ』だそうです。
蝦夷大双頭ヘビですね。あいかわらず強引なネーミングです。
全長18メートル、胴の直径平均50センチ、最大70センチ、体重4トンだそうです……。
これを30-06スプリングフィールド一発で仕留めた清水さん、さすがです。
次、クモ。
毒グモなんだそうです!
危なかったです僕ら。
あの大きいクモ、小さいクモ、親子ではなく、オス、メスなんだそうです。
オスのほうが小さい。全長70センチ、体重6キログラム。大型のほうがメスで、全長2.3メートル、体重140キログラム!
大型ですので強靭な外骨格を持ち、カニのようにガチガチの外皮をしています。
クモとカニは生物学的に近いらしいですから、まあそうなりますか。幸いメスは産卵前で、体内に卵になりかけの卵巣があったそうです。あんなのが卵を産んで子グモがわらわらと牧場に発生していたら怖いですよね。
もちろんこんな大型のクモなどいるわけがなく明らかに新種です。これも、DNAデーターが公開されて世界中から情報を募ることになります。
仮称、『エゾオオムラサキグモ』
なんでも蝦夷大ですか。まあもうどうでもいいです。
オスメスが同時に発見されましたので、別個体が存在すれば大発生の危険があります。天敵がいそうにありませんし。これは現在自衛隊が捜索範囲を広げて、残っている個体がいないか掃討作戦をやってくれています。現在までに別の個体、はぐれているオスは発見されていません。
もちろん記者さんたちの質問は『危険はあるのか』という点に集中します。
どの種も牛も、僕らも追って来ました。食べようとしていたに決まっています。
『いずれも動物を捕食する肉食であることは間違いなく、人間も出会えば襲われることは明確です。現に我々も追撃を受けました。幸い、猟協会の方々によりまして駆除ができましたが、万が一遭遇、発見することがあったら近寄らず、すぐに逃げ、最寄りの警察にご連絡いただければと思います。その点、道警にも通達済みです』
まだ連絡だけですか。道警、これやってくれますかねえ?
やってくれそうにないんですけど。
昨日まで自衛隊に守ってもらって現場検証してたぐらいですからねえ。
僕らが危なくてもなにも手を貸してくれないのに、自分たちが危ないときはためらいなく自衛隊にお守りしてもらうんですからヘタレな組織ですなあ。
『駆除はどのようにやるのでしょう?』
『現在自衛隊に動いてもらっています』
『自衛隊は発見しだいこれに発砲し、射殺をするのでしょうか』
『そうなると思いますが……』
『自衛隊は災害派遣ですよね。災害派遣で武力行使を行うのは前例がなく違憲だと考えられますが?』
『いやそれは我々が判断することではありません』
こんなところでも自衛隊派遣違憲論ですか。
そんなことここで聞かないでよマスコミさん。
『大学側としては、これを生かして捕獲することは考えていないんですか?』
『そりゃそうしたいですが、現在これを安全に捕獲する手段がありませんし』
『麻酔銃を使うとかはご検討されていますか?』
『麻酔銃については関係各所に調べてもらいましたが、道内では丸本動物園と旭丘動物園で所有しているぐらいで、こちらに出向いてもらうわけには……それに、これらにどういう薬剤が効くかも判明しておりませんし』
なんなんですかねこのマスコミにおける麻酔銃の圧倒的な信頼感。
そんなもんでなんとかなるんだったらとっくにやってますって。
そういや他の動物園でトラの着ぐるみを着た職員さんが脱走するっていう訓練をやってましたが、使っていたのは吹き矢でした。麻酔銃って、動物園でさえ持ってるところは少ないんですね。
『これらの動物はかねてから日本に生息していたとお考えになりますか?』
『いえまったく。過去に同種の目撃例、発見例もまったくありません。また、これらの大型動物が生息していた痕跡も現在まで全く認められません。正直申しましてここ数日の間にどこからか持ち込まれたとしか考えられないわけで』
『アイヌには白い大きなヘビ伝説があります。昔から生息していた可能性は?』
『ありません』
『動物を使ったテロの可能性は?』
『テロだったらこんな牧場ではなく市街地なり人の多い所を狙うんじゃないですかね?』
ですよねー。マスコミも妙な質問するなあ。
そりゃあ、ネット見ればみんなそんな話で盛り上がってますけどね。
いわく、『某国の生物兵器説』、『製薬会社のウイルス兵器説』、『寄生生物説』、『自衛隊がひそかに開発していた生物兵器説』。
もう馬稲町にはアンブレラ社の地下実験施設があるってことになってますよ。なんのバイオですか。
『発生源など突き止められたでしょうか』
『不明です』
『発信機を取り付けて放すなどの生態調査は今後行われますか?』
『現在までに粘菌を除き生きた個体を捕獲することはできておりませんので、実施できません。また一度捕らえた個体を放すのは危険だと考えます』
『今後生きた個体の捕獲と、駆除による射殺、どちらが優先されますか?』
『それも、今後の個体の発見状況により判断することと思います』
『自衛隊は捜索を終え、安全が確認されたら直ちに撤収すると総理が表明されていますが?』
『大学としては、大変危険な動物でありますし、引き続き捜索を続行していただきたいと思っていますが』
『自衛隊に武器を携行させ、市街地をパトロールしろと?』
『いやそんなことは言ってません。牧場周辺となりますか』
『自衛隊にこのような出動を要請するにあたって、大学側からの陳情はしたのですか?』
『いえ、大学はそういう要望は出していませんが』
『自衛隊がこのような事態で出動すべきだと大学側も認めるのですか?』
『大変ありがたいと思っておりますが』
『貴重な個体、研究資料が軍用小銃で撃たれてしまうんですよ? それでもいいんですか大学側は』
なんなんですこのマスコミの自衛隊アレルギー。
災害派遣を依頼したのは道と馬稲町ですよ? 大学は別に関係ないですって。
なんとしても大学側から自衛隊に否定的な見解を引き出したいという思惑満々ですねえ。
なんやかんやでグタグタで会見終わってテレビ中継も終わりです。
僕らも朝のワイドショー見るのまで仕事のうちじゃありませんのでさっさと会議します。
「で、今後の町の活動としては?」
「……猟協会でパトロール」
「却下です。クマじゃないんですから」
街でヒグマの目撃例、足跡、フンなどが発見されましたら、よほどのことが無い限り、出没場所の近くに大型の箱罠仕掛けて、あとは出たら連絡受けて出動ぐらいです。パトロールしろとか言われてもみなさん本業がありますので、空き時間に箱罠の様子見に行くぐらいしかやりません。
自分の仕事を休んで、地元農家の皆さんが安全に畑仕事できるように猟銃持ってずっと農作業を見守っているなんてことはしませんよ。できるわけないです。
「自衛隊がいつまでいてくれるかだな」
国会でも大荒れですからね。
『いつまで自衛隊は居座ってるんですか!』
『災害派遣です。地域の安全が確認されるまでとなります』
『安全確認って、どういうふうに安全を確認するんですか!』
『周辺を最大限広範囲に捜索し、該当する生物が発見されないまでとなります』
『このような異常な状態一刻も早く解消すべきでしょう! 諸外国からもこのような国内の軍事活動に懸念が表明されています。どうお考えですか?』
『外務省にはそのような抗議届いておりませんが』
『各国が表明しているじゃないですか!』
『だから外務省にはそのような抗議、正式には届いておりません』
つまり諸外国ってのは、国内向けにそういう批判の発表はやりますが、日本に正式の外交ルートで抗議してきたりはしないということです。ズルいやり方ですねえ。
正式に抗議と言うと、あの「駐在大使を召還して抗議文を提出」がそれにあたりますかねえ。そんなこともやってないってことです。
『安全確認の期間は?』
『三日はかかると予定しています』
『安全確認の名目で一市町村を自衛隊が占拠し続けるなど絶対あってはならないことです。またこのような治安出動、総理の一存で勝手に行うことは完全に違法行為です。いつまでこのような軍事行動を続ける気ですか!』
『治安出動ではなく災害派遣と申しております。また、地域住民の安全確保のために大型動物の捜索は徹底して行わなければならないと考えますので、時間がかかります。ご理解いただければと思います』
『ご理解と言いましたね? 理解は得られているんですか? 誰が理解しているというんです? 私はまったく理解できませんよ。国民だって納得しない! 説明責任が果たされていない! いったい総理は(グタグタグタグタ……)』
なーんてことをね、ずーっとやってるんですよ国会で。
いやこの状況を理解できない国民なんているんですかね?
すぐにでも自衛隊を撤退させないと、内閣不信任案を提出するそうですよ。
そんなんで支持率上がるんですかね……。
今こうしている間にも、22口径の豆鉄砲だけ持たされてあんな恐ろしい大型動物の捜索を範囲を広げて山の中までやってくれてるんですよ自衛隊さんは。アサルトライフルって威力が猟銃の半分しかないんです。対人用と猛獣用の違いですね。少しはありがたいと思わないんですかね議員の皆さんは。その様子連日報道されてますのに……。
『自衛隊員は狩猟免許を持っていない。発砲したら、これ銃刀法違反ですよ? 自衛隊は害獣駆除できないんです。銃を持たせて捜索するなど完全に違法です! そもそも災害派遣だったら銃など必要ないでしょう! これは明らかに治安出動グタグタグタグタグタグタ……』
うわあ……。自衛隊かわいそうすぎます。アレに丸腰で立ち向かえって言うんですかね。
文句があったらさっさと現場に視察に行ったらどうですか、議員さん。
次回「31.自衛隊、撤収」




