3.めんどくさい先輩
沙羅先輩、地元の高校の一つ上の先輩です。
生徒会で生徒会長だったんですよ。僕は生徒会委員で下っ端だったんですけど、もうなんだか気に入られてしまいまして、「なかじーの童貞は私がもらうわ!」とか宣言されまして付きまとわれてしまい、おかげで僕は高校の間彼女も作れませんで大迷惑でした。
必死に童貞守っていた僕ですが、先輩卒業して農協の職員になって高校生の僕とは縁が切れたとたんにすぐ職場の人と結婚してしまいまして、一年持たずに離婚して今バツイチですよ沙羅先輩。
なんだかなあ……。関わりたくないんですけど。
まあしょうがない。今日は夕食いらないって母に言って、家の軽トラ借りて焼き鳥大将に向かいます。
沙羅先輩一人でテーブル席でもうビール頼んで焼き鳥食ってました。
おひとりさまでよくやるなあ……。
「なかじーこっちこっち!」
見りゃわかります手を振るな。
先輩、目立つんですよねえ。グラマーで巨乳で背は僕より高いし、髪は長くて美人さんです。
で・す・が! この人どうしようもないオタなんですよ……。
アニメ、ゲーム、ラノベ、オカルト、レディコミ、BL、薄い本、なんでもアリという。そりゃあ旦那さん離婚したくなるかもしれませんて……。
いくら田舎町の地元のお店とはいえすっぴんで今日も上下ジャージですし。
「写真撮ったでしょ? 見せて見せて!」
久々に会ったのにまずそれですか。まあ話早くていいですけど。
さっきデジカメからノートパソコンにコピーしときましたのでね、バッグから取り出して開きます。
「うおーっシンクパッドなんか持ち歩いてんの? こんなのいつ買ったの!」
「一年も前から持ってます」
「か、かっこいいー……。仕事できる人みたい。私なんてゲーミングのでっかいノートだもんなあ」
「仕事で使うならデスクトップですけど持ち歩く必要があるときはこっちです」
「うわっ軽いっ。薄っ。最近のノートパソコンってすごいなあ……」
「先輩ゲーム大好きですもんね。大画面でパワーがないとっていつも言ってたじゃないですか。ちょっ油でベタベタの手で触んないで!」
あああああ。やめてやめて。鶏のから揚げつまんだ指でフタをパタパタすんのやめてください。
そんなのどうでもいいですから、次いきましょ次。
「ほら写真」
「うわっホネっ! これ牛のホネ?」
「そうですよ」
「拡大っ!」
「あああ、おしぼりで指拭いてからにしてください! 画面触んないでタッチパネルじゃありませんて!」
赤いぽっちのトラックポイント触って上下左右にカーソル動かしたり次々と画像を切り替えて喜んでるうちに僕も鶏唐揚と烏龍茶と焼きおにぎり注文します。
「うーん不思議、動物に襲われたとしてこんなきれいなホネにならないよね」
「そうなんですよ。こういう場合咥えて持ってっちゃいますから部位欠損があるはずなんですけどそれもない。きれいに四肢のホネが全部残ってるんです」
「これはもうキャトルミューティレーションされちゃったとしか思えないよ」
「いやそれはどうかと……。まだ結論出すの早いです」
「UFOの目撃情報とかあったっけあのへん」
「どうでもいいです。で、先輩としては?」
「見に行きたい」
「部外者は立入禁止です」
「関係者ってことにして」
「無理です」
「私たちそ・う・い・う・関係でしょ?」
「そこは死守したはずですけどね僕は」
「うーん……。なかじーまだ童貞なの?」
「ちょっそこはめくらないで」
「めくってもめくっても女の子の写真とか全然出てこないしい。彼女とかいないんだあ」
「仕事用のパソコンにプライベートの写真とか入れるわけ無いじゃないですか。そういう人のプライベートにズケズケと踏み込んでくるのはどうかと思いますよ僕は」
「私フリーなんだけどお」
「関係ないですしどうでもいいです」
「さびしいんですけどお」
「知ったこっちゃないです」
「さっきから動物の死体と畑の写真ばっかり」
「それが仕事ですからあ!」
駆除とか狩猟すると役場に証拠写真を提出しないといけないんですよね。なので僕のパソコンにはそれらの写真がぎっしりと詰まっているわけで。
それからオタ趣味の話とか旦那と離婚した時の話とか。
僕は先輩が卒業してすぐ結婚してたなんて、先輩が離婚した後に知ったぐらいですからどうでもいいんですが、パチンコ好きの旦那さんにオタ趣味やめろと言われて大喧嘩したんだそうです。ダメ同士いい具合のカップルになるわけじゃなくお互いダメ度が加速するだけなのかもしれませんねえ。ほんとどうでもいいです。
また写真の話に戻ったりキャトルミューティレーションのネット画像探したりとかの話に延々とつきあわされまして、さんざん飲み食いされましてそれで割り勘って納得いかないんですが。
軽トラでアパートまで送りまして、上がれとか誘われたのを強固に断わって帰りました。
「写真ちょうだい」
「ダメです。絶対ネットにアップするつもりでしょ」
「ケチー!!」
もうなんだかなあ。ふにゃふにゃ柔らかい体で抱きつかれて首絞められて高校の時みたいです。
先輩変わらないなあ。高校の時は嫌だったけど、こうして大人になってみると……。
いや、ない。ないないない。
もういいかげん僕の童貞は諦めてほしいんですけど。
げほげほ。
翌日、トレイルカメラのメモリーカードを交換し、回収します。
片っ端からノートパソコンに取り込んで見てみますが……。
なんだこれ。
白黒の高感度映像でなんか丸い物体が転がりながら移動して柵を越えようとしています。いくつもいくつも。
幽霊? いや、違う。
違うねコレ! なんていうか……。水風船みたいに見えます。いや、アメーバー?
柵を乗り越えるってことは柵の高さが1mぐらいありますんで、この水風船、高さ50cm、直径1mぐらいあるってことになります。
せ……、生物ですよね? こんなの見たこと無いです。
「中島くーん!」
牧場から声をかけられます。
「やられた! また一頭牛がやられたよ!」
「ええええ、ホントですかあ?」
町営牧場の職員さんが集まって、牧草の上を指さします。
昨日と全く同じ状況で、牛が丸々一頭ホネになってます。
「もうっなんなんだよ! 牛、外に出せねえだろ!」
……牛、何頭ぐらい被害にあってるんでしょうか?
とりあえずこれも日時書いたプラカードと一緒に写真撮ります。
「牛、全部集めて数確認してください。もっとやられてるかもしれません」
「……しょうがねえな。やってみるか。被害もっと大きいかもな」
みんなでチェックしますと、やられた二頭がきっちり不足してることがわかりました。二千二百頭もいるんですけど、それでも二頭は大損害です。
「中島、コレ何にやられてるか分かったか?」
「これなんですけど、昨日のトレイルカメラの映像なんですが」
そう言ってノートパソコンの映像を見せてあげます。
……。
職員さんが絶句します。
「なんだこれ……」
「新種の動物か?」
「外来種?」
「自然現象なのか?」
「宇宙人?」
「昨日UFOとか飛んでたっけ?」
「夜勤とかしないからなあ」
「人食いアメーバー?」
「いや食ってるの牛だし」
「どうすんだよ中島、お前猟協会だろ?」
「いやまってまってまって。猟協会ってこんなの相手にする仕事じゃないですから。これ警察に被害届けだしたほうがいいんじゃないでしょうかね」
「お前この前クマ獲ったろ」
「ソレとコレとは話が違いますって!」
とにかく役場に持って帰って検討しないといけませんね。
「今日は牛、外に出さないで全部牛舎に入れとくってできますか?」
「できねえよ。何頭いると思ってるんだよ。今だっていっぱいだしそこはローテーションだよ」
町営牧場では、オスとメスに分けて子牛を種付けできる大きさまで育てる仕事をしています。牛乳は搾ってません。成牛になってから農家さんに返すんです。オスはお肉になりますが……。同じオスとしてせつなくなります。
とりあえず役場に戻りまして、農政課の大山課長の席まで行って、ノートパソコンの映像を見せます。
「……なんだこりゃ」
「まったくわかりませんがこれが牛を襲ってるのは間違いないです」
「で、どうすんだ」
「駆除許可ください」
「許可ってお前、これがなにかわかんないと許可も出せないって」
ハンターは猟期の間、狩猟者登録をして猟をします。
北海道だと猟期は地域によって若干違いますが10月1日から翌年1月31日までです。これ以外の期間に猟を行うのは違法ですが、市町村が指定する害獣駆除従事者になれば市町村の指定期間だけ、駆除ができます。要するに年中無休。
でもこれは指定された害獣だけが対象で、町発行の従事者証にはカラス、ドバト、キジバト、キツネ、アライグマ、ノネコ、ノイヌがあります。
散弾銃所持者にはこれにシカ、ライフル所持者にはヒグマも加わります。
ノイヌとノネコはいわゆる野良犬、野良猫です。
これも役場から獲れと言われていますが、実際にはそこらを走り回っていたからと言ってそれが飼い犬、飼い猫でないとは判断付くわけ無くて現実的でないです。これを撃つ猟協会員なんていませんね。事実上ただ書いてあるだけ、ということになります。
この中で、実はドバトは鳥獣法で狩猟鳥獣ではありません。獲ってはいけない動物ということになります。でも市町村が害獣指定すると撃てるようになります。
要するに何かを猟協会で駆除させたければ、役所はまずそれを駆除する許可証を発行しなければならないということです。
「とにかくだ、中島君、これを駆除したいならこれがなんなのかを突き止めろ」
「いや僕はこれ駆除したいわけじゃないですよ? そういうことでしたらこの件は農政課でなんとかしてください」
「お前なあ!」
なかなかわかってもらえませんが、僕ら猟協会はこういう仕事やりたくてやってるわけじゃありません。猟師って、猟期の冬の間、自分で食べる分だけカモやシカを獲り、あとは自分の畑に出る農作物を荒らす害獣の駆除ができればそれでいいんです。
役場に依頼される町内の害獣駆除は完全にボランティアです。そりゃ報奨金は出ますが、かかる経費を考えると赤字かトントン。仕事を持っている人だと休まなきゃならない点で完全に赤字です。
ヒグマの駆除だって命懸けですからね? アレだけはいくらもらってもまったく割に合いませんからね。
でも嫌でもやらなきゃ害獣駆除の資格は取り消し、真冬の猟期の間だけしか撃てなくなって自分の畑に出るカラスもガレージに住み着くドバトも獲る事が出来なくなります。
猟協会が財産や自分の命をも顧みず、趣味でやってくれるものだと、勝手に思われたら困りますって……。
次回「4.スライムっていったい」