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29.夜間銃猟のルール


 講師さん、道庁の人です。わざわざ札幌から出向いてくれました。

「いやあ、ニュース見ました。みなさん大変なことになっているようで」

 僕らのことを見てしみじみと言いますね。

「緊急のことでもありますし、こちらで講習を開催させていただくことになりました。夜間の銃猟というのは大変危険でありまして、困難を伴います。きびしくルール付けさせていただいておりますが全て事故を防ぐためのやむを得ないことだと思って、安全確認の上、実行していただければと思います。では、始めます」


 まあ基本は日中と変わりません。

 安全確認、バックストップ(安土)の確認、暴発の防止、何も変わりません。ただし、実行する場合はもちろん狩場は立ち入り禁止、事前の調査をした上で、実施の通告をしておき、表示しておかなければなりません。今日思いついて今日やる、というのはダメということです。

 町営牧場なら大丈夫ですね。最初から立ち入り禁止です。


 ただ、実際にやれという内容が厳しい!

「狙点(頭頸部)を確実に狙撃すること。シカは心臓を撃たれても100メートル以上走ることがあります。逃げられた先で倒れても夜間は更に死体の発見が難しくなりますから」

 そんなことは百も承知ですが、頭か、首を狙えってさあ……。ヘッドショットか、ネックショットだけって、そんな難しい狙撃をさらに夜間にとか……。


「夜間銃猟はシャープシューティングを原則としスマートディアを作らないようにして下さい。群れごと全滅させることが必要条件です」

「……シン、しゃーぷしゅーてぃんぐってどういう意味?」

「……中島君、すまーとでぃあって何?」

 なんでみんな僕に聞くんです。講師さんに聞いてほしいです。

 しょうがないので答えます。


「シャープシューティングってのは餌を撒いてシカをおびき寄せて待ち伏せし、何頭かウロウロしてるところをみんなで一斉射撃してまとめて倒すことですね」

「なんか卑怯臭い。そんなの邪道だべや……」

「アメリカ人はみんなそうやって狩りします。クマとかも甘いエサでおびき寄せて撃つんですよ。海外動画で見ました」

「汚ねえアメリカ人汚ねえな」

「どこがシャープなんだよ……」

「まあ今回はみんなどいつもこいつも牧場の牛狙ってくるし、人間がいれば襲ってくるし、事実上全部シャープシューティングみたいなもんですけどね」

「言われてみりゃあそうか。俺らもエサかねえ……。」

「すまーとでぃあってのは? エサが無くて痩せてるシカのことか?」

「スマートフォンってあるじゃないですか。カッコいいとかだけじゃなくて賢いってことですが、他には抜け目ないとか要領いいって意味もあります。つまり一度撃たれそうになったり罠にかかりそうになったりして用心深くなり、人間の気配だけですぐ逃げるようになったシカのことです」

「だったら『用心深いシカ』でいいべや……」

「お役人は頭いいフリするためにわざわざ難しい言葉を使いたがるんです。ほらコンプライアンスとかマニュフェストとかシェアリングとか……」


 ……ちょっとマズかったかな。講師の方の顔が引きつってます。


「中島さん、わかりやすい解説ありがとうございます。だいたいその通りです。確かにこれらの猟法はアメリカで実績が認められた手法ですね。それを日本国内でもできるようにしようというのがこの法改正の趣旨になります。他にはモバイルカリングも有効となります」

「もばいるかりんぐって?」

 メンバーが聞きますが、それは僕も初耳ですね。

「車で移動しながら獲物を探して撃つことです」

「要するに流し猟?」

「違います。現在道路上からの発砲は禁止されていますが、森林管理者を同乗させて、林道からの発砲を許可をもらいながら行うという実施例です」

「林道からでも撃つのは違法だべや。俺らいちいち車から降りて撃ってるけど」

「だからそれを許可するという話です。責任者を同乗させて許可をもらって発砲してください」

「許可を出す役人なんているわけないべさ。結局俺らの責任になるんだべ?」

 ……講師さんヒクヒクしないでよ。ハンターなんておっさん、じいさんばっかりなのは百も承知なんじゃないですか? なんでこんなオシャレなテキスト作るんです。これじゃ伝わらないってちょっと考えればわかるでしょうが。


「と、言うとけっこう人数必要なことになるな」

「全員で一斉に射撃だもんな。シカが五頭いたら五人は射手がいないとダメってことだべ? そうそう人が集まるわけないべさ……」

「この規定では、射手、それからライトの照射係、記録係、回収係、それに運転手、狩場を立ち入り禁止にする警備員も必要ということになります」

「えええええええ……」

「これらは別々に用意するんでなくて兼任でもいいんですよ?」

「ライトって何?」

「撃つ前に、間違いなくシカであることを確認するために必ず一度ライトを当ててください」

「いやそれだとシカ逃げるし」

「必ず実施してください」

「ずいぶん大人数になるな。そんな人数で移動したらシカに気付かれるだろ」

「ですからシカの警戒心を高めないこと、事故防止の観点からもできるだけ少人数で行うようにしてください」

「いやいやいやいやさっき射手がシカの頭数分とライト係と記録係と回収と運転手と警備員って言ったべさ」

「いやだからそれは兼任してもいいし、射手は連発してもいいんです」

「なに言ってんの??」

「シカなんて何匹いたって、一発撃てば全員逃げるに決まってるべさ」

「だから人を分けてもいいんです。運転手と射手とライト係、それに回収係と記録係」

 なんというアホな作戦でしょう。役人が現場にも出ず机の上だけで考えるからこんなおかしなルールができるんですよ……。頭が悪い人が一生懸命頭がいいフリした結果がコレです。大勢で車連ねてライト当ててそれで逃げない野生動物がどこにいるんです。


「狙撃距離は100メートルを越えないように」

 夜間ライトを照らしながら100メートルまで近づけますかね?


「狙点は頭頚部。一撃で即倒させてください」

 いやいやいやいやそんな腕、田舎のハンターに要求されましても。


「スマートディアを作らず逃がさないように。群れの全個体を捕獲するように」

 ムリムリムリムリ。マシンガンでもあればともかくボルトアクションのライフルでそんな連射無理。


「ライトを当て続けると鹿は逃げてしまいます。ライトを当てたらできるだけ短時間で射撃を行ってください」

 そりゃあそうなるでしょうけどね……、群れ全員一斉に逃げますよ間違いなく。


「群れでの優先順位はまず大人のメス、子供、オスです」

 ……僕ら相手するのスライムとかヘビとかクモなんですけど。

 見てもオスかメスか子供かなんてまったくわからないんですけど。


「あの、自分で言ってて無理すぎると思いませんか?」

「……まあ」

 ゴルゴ13だって『他を当たれ……』って言いますわそれ。

「難しいとは承知してます。ですが、安全を確保しながらとなるとどうしても。ライトが難しいならサーマルビジョンスコープを使うとか。あれなら見つけるのも簡単となります」

「さーまるびじょんってなに中島君?」

 出た。サーマルビジョン。もうそういうデジタル機器で何とかなると思ってるところがいかにもお役人ですねえ。


「温度を映像化する夜間暗視装置のことです。シカの体温が目に見えるようになり、鹿のシルエットが白く浮き上がって見えますね。そういうスコープも今はあるんです」

 映画でもよくサーモグラフィーとか出てきますがあれと同じです。違うのはカラーで温度がわかるんじゃなくて、体温を持つ動物が白く明るく見える白黒画像です。

「高いんじゃないのそんなの」

「デジタル技術が進歩したおかげで今は二十万円ぐらいで買えるようになりました」

「買えるかあああああああ!!」

 もうみんな大ブーイングですわ。あっはっは……。


「今まで牧場に出たのはスライム、ヘビ、クモです。どれも変温動物です。恒温動物じゃないんですよ。サーマルビジョンで見えるようになるとは思えませんね」

「あっそうか!!」

 講師の方愕然としておりますな。


「どうしましょう……」

「とりあえずそのサーマルビジョンや暗視装置、(どう)で所有してるのレンタルしてもらったり、補助出してもらったりできますかね」

「それは、ご検討させていただきます」

「とにかくよろしくお願いしますね」


 そんなわけで、全員に夜間銃猟講習修了証もらいました。

 これを持っている人が、さらに実施する役場から許可を、というか依頼をされることで夜間銃猟ができるようになります。資格もらったからって今日から自分の畑で始めていいわけじゃないんですよね。


「夜間狩猟のガイドラインは地方自治体で独自に作成できるんですよね」

「はい、なので道庁でこれらの資料を作成しました」

「なんだ、要するに法律は作ったけど細かいことは地方に丸投げかい」

 おじいちゃんが呆れたように口を出します。

「いや、おじいちゃん、そりゃしょうがないよ。内地と北海道じゃまるで条件が違うしね、で、今回は更に悪いことに相手はシカじゃなくて例の未確認動物ばかりなんですが」

「はい」

「馬稲町で独自にガイドラインを作成して許可を発行してもいいわけですね」

「まあそれはそうですが、そうなると責任は道庁では持てませんよ」

「このガイドラインを守っても事故が起きたら、道庁は責任取ってくれるんですか?」

「いやそれはないです」

「だったらどこで作っても同じでしょ」

「……おっしゃる通りです」


 つまりですね、これ、「できるようにした」という法改正ではなく、「実施したことはあるが関係者の協力が得られず、成果もなかったのでやめた」という前例を作れればOKという話ですね。国会で被害対策を追及された時、答弁で実施例を上げて言い訳できればいいのであって、本気でやるつもりなんか最初から無いんです。だってやる気があるなら、現場で最前線に立つ猟協会の意見をまず第一に聞くはずでしょう。資料見ても関係省庁とのすり合わせだけで現場の人間にヒアリングを実施した形跡は全くないですし。


 とにかくこれで、レミントンM870ショットガンの僕、レミントンM700・308ウィンチェスターのおじいちゃん、ブローニングAボルトで300マグナムの会長の長門さん、サコーの30-06スプリングフィールドを使う事務局の田原さん、同じくサコーの30-06の事務局補佐、清水さん。それにBAR308の榎本さん、元自衛隊員のサコー30-06の戸田さんの七人が夜間の駆除ができるようになりました。


 前途多難です……。



 今日は日曜日なのでそのまま家に帰ります。

 テレビは見る気がしないです。あまりにも政府批判、道の対応批判、自衛隊批判、猟協会批判ばかりで。

 早めの情報公開が功を奏したか、町批判はあまりないのが救いかな。


 ネットを見ます。まとめサイトなども見に行きますが、案外猟協会には好意的ですね。これまで人食い動物から人的被害ゼロに抑えたことが称賛されてます。

 それに政府の対応、自衛隊の出動も、どれも『当然』と受け止められています。

 要するにマスコミの反応と真逆です。

 あっはっは。また某議員さんがおかしなツイートして炎上して削除してますな。

『日本中のハンターからボランティアを集めて対処させたらいい』だそうです。

 ハンターなんだと思ってるんですかね。タダ働きでヒグマより怖い動物と誰が対峙してくれるんです?

 また支持率が下がると思います。ざまあです。

 ネットには僕たちの味方してくれる人もいるんです。嬉しいですね。

 それだけが今の僕の潤いですね。


 テレビも新聞もみんなこういう政府寄り、反対政党批判、マスコミ批判をする人たちをネトウヨとか言って毛嫌いして黙殺します。

 でもね、僕は『ネトウヨ』なんて存在していないと思いますね。

 だってネトウヨって組織じゃないでしょ。特定の主義思想の団体に所属してるわけじゃなく、お金もらってそういう発言してるわけでもなく、誰かにそう教育されたわけでもない。ただの普通の国民の声でしょ。どっちの発言が正しいかを国民が自由に選択した結果ですよね。


 マスコミもこうした自分たちでコントロールできないメディア、自分たちを批判してくるメディアというのはネット時代までありませんでした。

 だからそういうネット民を毛嫌いして敵視し、レッテルを貼って一部の偏った意見ってことにしてますが、もうそんなの時代遅れだと思いますけどね。

 情報発信できるのが自分たちだけだといつまでも思ってたら大間違いです。


『猟協会に入るにはどうしたら』

 全国の猟協会でそんな問い合わせも増えているようです。あのハリウッド映画さながらの熱い展開テレビで見て燃えるものがあった人もいるわけですか。ぜひ地元の銃砲店にお問い合わせください。なにからなにまで全部やってくれますよ。

 ダイビングをやりたい人はダイバーショップへ。ギターをやりたい人は楽器店へ。それとおんなじです。これからいいお客様になってくれるに決まっているお客様に「冷やかしお断り」とか門前払いする店員なんているわけないです。


 猟協会、野生動物のあまりの被害に音を上げて農家さんがやむを得ず銃を始めたという人が多いです。自衛隊さんが退職してから始める例もあります。いずれも、仕事を息子さんに譲ってとか定年してからの方が多く、どうしてもお年寄りが多いです。猟協会では五十代とかまだまだ若手なぐらいです。


 お若い人もぜひやってみてください。期待してますよ。


 今日はゆっくり眠れそうです……。



次回「30.蝦夷大、会見(中継)」

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