28.国会、紛糾
朝、起きてみたらそりゃあもうひどいことになってました。
まず新聞。
『戦後初の治安出動』
『自衛隊、武器を携行し異例の行軍』
いや大見出しです。なんだこりゃ。本文も、『災害派遣という名目の事実上の治安出動』『総理、災害派遣であることを強弁』『国民の反発は必至』と煽り文句が続きます。
それで、『社説:平和国家どこへ、踏みにじられた憲法9条』ですか……。
災害派遣、ずっと申請していたんですけどね、なんでこう事実をねじまげて報道しますかね。
さすがは北海道を代表する新聞、これを政権の失態に仕立て上げて全力で現政権の足をひっぱる気満々ですな……。なんで我が家はこんな新聞とってるんでしょうなあ。
次、テレビニュースの総理の会見。
『これは北海道庁からの災害派遣要請に応えたものであり、言われているような治安出動では断じてありません』
発言ほとんどカットされちゃってるようですね。もっといい事言ってくれてるはずなんですけど、マスコミって好きなように編集しちゃいますからね。
次、官房長官の緊急会見。
『今回北海道馬稲町および、北海道知事より正式に災害派遣要請を受けたことにより、自衛隊派遣を決め、最寄りの道内駐屯地より陸上自衛隊の派遣を行いました。これは牧場の家畜、牧牛の被害だけでなく放置すれば一般市民への被害が拡大する恐れがあり、地元の猟協会や警察、消防だけでは対応しきれない、緊急を要する自然災害と判断いたしました。我々としては関係省庁と協力し、この事態に全力で、可能な限り支援を行い、住民の命を守るために災害派遣を行います。すでに自衛隊により牧場周辺の捜索が行われており、今後捜索範囲を広げ、安全が確認できるまで派遣を続けることを決定いたしました。関係各所、研究機関、その他にも現在協力要請をしておりまして、事態の解明と安全確保に努めてまいります』
さすがです現政権。こちらがやってほしいことをちゃんとやってくれてます。
こうでないといけませんよ。今回僕らはなんとか生き残れましたけど、次、またこんなことがあったらもう僕らの手におえないですから。
やらなきゃいけないことをちゃんとわかってるって感じがします。
その他の反応です。
あー、例の国会対策委員長さんですね。なんか選挙のたびに所属政党がコロコロ変わってるあの有名議員さんです。
『私たちはこんな自衛隊による武力の行使を伴う治安出動は断固反対いたします。憲法9条を軍靴で踏みにじる総理の独裁的な判断、権力を逸脱した職権乱用は断じて許されない。このような前例できてしまっては民主主義の崩壊です。直ちに自衛隊の撤退を求めます』
いやいやいやいや、そんな話と違うでしょ。
これ政争のネタにするんですか? 憲法とか関係ないでしょ?
なんでかなあどうして反対するんですか? 僕らの町がどうなってもいいんですか?
相変わらず代案が無いんですよねこの人たち。どうすりゃいいって言うんですか。
次、党首さんのコメント。
『かねてから懸念されていた総理の暴走がついに白日の下にさらされた。我々の承認もなし、国会無視のこのような決定は断じて許されない。これは明らかな治安出動であります。どんなに言葉をごまかしてもそれは否定できない。我々は団結してこの派遣の取りやめを要求し、直ちに自衛隊を撤退させるよう国会で追求する。今回の出動の国会での承認も断固抵抗させていただき、国民の皆様の自由と平和を必ず守ります』
なんでなんでなんで?
今撤収されたら困りますって。猟協会で山を全部捜索しろって言うんですか?
『自衛隊の出動において武装出動の前例を作って既成事実化しようという総理の欲望の暴走は明らかだ。それが今回改めて証明されたことになった。今後検討されるであろう憲法9条の改正はこのような事態を正当化するものであり、日本の軍拡化の暴走をいっそう加速する。我々は断固反対する』
……僕が子供の頃からずーっと同じこと言ってますよ。
ブレないなあ。いや、カンペがこれ一枚しかないのかもしれません。
『これは治安出動ですぅ! 武器を持って出動しているんですよぉ? 災害派遣で武器の携行などありえませんよぉ! もし災害現場で、市民の暴動、略奪とか発生したら自衛隊はどうしますかぁ? 銃を向けて市民を撃つんですよぅ?! 絶対にあってはならないことですぅ! こんな前例ができることは断じて認められませんっ!』
いえいえいえいえ、クモが出てなんで暴動だの略奪だの起こるんです。むしろ家から一歩も出られないでしょ。馬稲町民なんだと思ってるんですか。
『このような要請、知事の独断でしていいことだと思っているんですか! 自衛隊を派遣なんてことをする前に、できることがもっとあったはずです。知事としての資質を疑わざるを得ません!』
道議会も大荒れです。北海道はこういう道議さん多いんですよ。ものすごく威張ってます。なんでこんな人が当選しちゃうんでしょう北海道。
これについては知事さんが何度も何度も、丁寧に説明してるじゃないですか。極めて緊急を要する自然災害だと。相手が大型野生動物である以上、銃を使わざるを得ないことは明白でしょう。なんで全然理解できないんですか。大震災のときも自衛隊に災害派遣要請するたびに抵抗する市民団体とかいますよね。自衛隊を派遣することの何が悪いのか僕にはさっぱり理解できませんね。
『知事はクモはお嫌いですか?』
『は?』
『だからクモやヘビはお嫌いですか?』
『そりゃあクモは嫌いですが……』
『そのような個人的な好き嫌いで自衛隊を派遣させていいと思ってるんですか! クモが嫌いっていうだけでそれを撃ち殺すために自衛隊を呼ぶなんて!』
ってそれはいくらなんでも曲解しすぎでしょ!
知事さん、女性ですからそりゃあクモやヘビは嫌いに決まってるでしょ。
そんなセリフを知事さんから引き出してドヤ顔はやめてくださいよ道議さん。
朝のワイドショーとかでもさっそくこの『そりゃあクモは嫌いですが』発言切り取られて何度も何度もそこのとこだけ放送されてます。マスコミの印象操作です。いくらなんでもひどいと思いますよそれは。
海外の反応です。
『我が国への再三にわたる軍事挑発を繰り返してきた日本の、軍拡化の野望がまたしても明らかにされた。我が国はこのようなアジアの平和への脅威となる日本の軍事行動に断固として反対し、その不当性を諸外国に訴えてゆく』
『また日本がアジアの平和と自由を脅かした。総理がアジア諸国に対する独裁の野望をむき出しにし、このような形で対外的に武力を誇示するような軍事行為は断じて許されない。国連に問題提議し、軍事行動の中止を直ちに求める』
……いや海外ってこの二国しかないわけじゃないでしょ。
なんでいっつもこの国の反応ばかり取り上げるんですかマスコミは。要するに反応してるのがこの国だけってことでしょう。ほかの国はコメントを出すまでもなく当然の措置と考えてくれているってことになります。
クモとヘビとスライムですよ? アジアの平和となにが関係あるんですか? っていうかあんなやつら今ここで駆除しないとそれこそアジアの平和に脅威でしょう。
『猟協会などという野蛮な組織は直ちに解体すべきです。その上で警察の監視下に置き、野生動物を殺すような行為を全て違法化して銃の全廃を進めなければなりません。このようなこと放置しておくから多くの野生動物が絶滅していきました。日本オオカミしかり、ニホンカワウソ、トキもそうです。また、銃を使った犯罪も増え、猟協会による誤射、事故による射殺事件も無くなりません。日本の銃規制はまだまだ不十分なのです。日本がアメリカのような銃社会になり、乱射事件が多発するような事態になってからでは遅いのです』
いや誰ですかこの人、見たこと無いんですけど。
要するにマスコミが喜びそうなことを言ってくれる人を連れてきたということですか。ここぞとばかりに目立ちたがってる人という感じもします。
猟協会による誤射事故とか増えてませんよ。減ってます。
ハンター人口が激減しているんだから当たり前です。どこの統計ですか。
警察の監視下とか言いますけど、猟協会はすでに間違いなく日本で一番警察に監視されてる組織です。
所有する銃の口径、全長、装弾数、保管状況、保管場所、保管弾薬数、消費弾薬数、使用実績。
本人だけでなく同居家族の氏名年齢住所本籍、交流のある友人の氏名と連絡先、職業に年収に資産状況。視力、聴力、精神科の診断書に射撃成績、定期的な講習の受講証明。
暴力団と付き合いはあるか、薬物の使用はないか、持病は無いか? 賞罰はあるか、酒は飲むか、ギャンブルはするか、家族や隣人住民とトラブルはないか、訴訟を抱えていないか? 自殺したいと思ったことはあるか?
そんなデーターまで警察は全部握ってますよ。実際にこれ、聞き取り調査され書類で提出しないといけません。
前科もない一般市民でここまで警察に個人情報知られている人が猟協会員の他にどこにいるっていうんです。「こんなやつには銃を持たせない」っていう偏見と差別意識が丸出しなんですけど。ここまで人権が無いと「ハンターは最初から犯罪者扱い」って感じがします。
これ、同じことを選挙の候補受付の時、政治家の人にも聞いてほしいですね。おかしな人が当選することが格段になくなると思うんですが。「人権ガー!」とか激怒する議員さんが大量に発生するかな。
生き物の絶滅だってねえ、環境の変化、土地開発のほうが断然影響しているわけで。例外的にはエゾオオカミがいますが、あれは北海道開拓の最大の敵であり、それこそ猟師や道民が長い歴史の中でやっと絶滅させることに成功した最悪の害獣だということを知ってほしいですね。
今になってエゾシカ対策にオオカミを輸入して繁殖させようとかアホなこと言ってるやつがいますけど、なんで天然記念物のナキウサギや弱い家畜やペットや女性子供お年寄りに観光客や登山者に見向きもしないで、逃げ足の早いエゾシカだけをオオカミが群れで襲ってくれると思うんでしょうね。調教してから放すんですか?
「お兄ちゃん、めちゃめちゃ悪く言われてるよ……」
妹がさすがに心配そう。
「シン、私はもう心配で心配で、昨日のテレビも後から見てあんなことになってたのかって心臓凍ったよ!」
母もねえ、まあ息子があんな大きなクモに襲われて鉄砲で撃ち返してるところをテレビで見たら、そりゃあ心配にもなりますって。まさに戦場です。
父と兄貴は何も言いません。あえてなんにも言わないでくれています。
ああ、やっぱりこういうときに味方になってくれるのは男の家族だなあと思います。おじいちゃんはニコニコと嬉しそうですが、僕と同じ目にあっているはずなんですけどね。
みんなでおじいちゃん以外、どんよりしながら朝ごはん食べてます。
「みんな心配しないで……。この件、これだけ国で問題になってるってことは、国の方でなんとかしてくれるってことだから。自衛隊も出動してくれたし、もう僕ら関係なくなった証拠だから」
「ホントなの?」
母がほんともう怖い顔です。
「うん、もう僕らの出番は終わったの。何も心配いらないよ」
いろいろ小細工してわざと事を公にしてきたんです。
こうなることは予想……いや、予想以上かな。
とにかく絶対コレで良かったはずなんです。何も問題ない。ない、たぶん。
役場に出勤します。日曜日ですが、休日出勤です。
まあ緊急事態ですから、職員は町長以下課長クラスと担当部署部員はみんな休み返上で自主的に出勤してきています。
うんざりですねえ。もう報道各社の車両が駐車場を埋め尽くして中継しています。
僕は役場裏の職員専用の駐車場にジムニーを停めまして、裏玄関から入ります。
「こりゃあ今日の講習、場所変更したほうがいいですね」
「ああ、どこにする?」
「消防署の二階会議室で。そちらに会場変更します」
「わかった。振興局の人に連絡しとく」
そう言って、まず消防署に連絡して二階会議室お借りすることになりまして、僕もデスクで猟協会のメンバーに会場変更連絡します。本当は役場二階会議室でやる予定でした。
今回、例の未確認野生動物、クモ以外はみんな夜行性で夜出てきました。
日本の銃刀法、鳥獣法で夜間の発砲は厳禁です。日の出から日没までの間しか認められません。これは気象庁が発表するそれぞれの地方の日の出、日の入りの時間が基準となります。実際に山に日が沈んだ瞬間じゃありません。
ですが、昨今の鳥獣被害の拡大により、去年から法改正され、夜間の発砲、狩猟、駆除が一部解禁されました。
もちろん厳しい条件があります。ハンターなら誰でもできるわけじゃありません。
ただ、その条件については、地方により事情が異なりますので、そのガイドラインの作成は地方自治体に任されています。まだ試験運用といった感じですね。今も手探りでルール作成が行われています。
ハンターはその自治体の作成したガイドラインに則って夜間の駆除を行う必要があり、そのためには講習を受けて、その資格をとる必要があります。
本来なら札幌まで出向いて講習受けないといけないんですが、事が事ですので今回は道庁が町に担当さんを派遣してくれることになりました。前から頼んでいたんです。
町内の猟協会会員で希望者はこの講習に参加できます。
……って言ってもこんなの希望する人もいるわけ無いわけで。だって講習受ければ、次はやらされることになるに決まってるんですから。
どうしても、いつものメンバーになってしまうわけで。
次回「29.夜間銃猟のルール」