27.現場から中継
会議室のテレビつけます。
うーん上空からのヘリ画像ですね。
今午後四時なんですけど国営放送が四時のニュースで、民放はワイドショーでこの様子を繰り返し放送してますな。一局はアニメやってますけど。ほんとブレないなこの局は……。
僕らがヒドラの周りにいるところから、あちこちから大型のクモが牧草を横切って僕らに接近、上空から見ていたヘリコプターからの連絡を受けて取り囲まれた僕らがいっせいに猟銃で反撃、沢をさかのぼって接近してきたあの超大型クモがヒドラを乗り越えて僕らを襲おうとして撃たれ、血路を開いた僕らが逃げ出していくのを追いかけてくるのがバッチリとらえられています。
「……僕の説明もういりませんよねこれ」
「だよねえ……あれなんなの中島君」
「まあ、現場全員が今のところ、『クモ』って呼んでますが」
「で、全部駆除できたんだよね」
「はいまあ。でも残党がかなりいそうですが」
僕らが車で逃げ出して、それを追ってくる超巨大クモと、その手下たちの一団。
それを車を停めて迎え撃つ僕ら。いったい全部で何匹いたのやら……。
で、現在の現場上空ですが、未だ警察の現場検証が続いています。
その作業を更に大きく取り囲み、自衛隊が警備しているわけです。
「牧草めちゃめちゃだね……」
うん、町営牧場の経営者としては頭の痛い話ですよね町長。
チャンネルを切り替えるとワイドショーでコメンテーターと司会が喧々諤々ですね。
『だから自衛隊がこんなことに出動することは憲法に違反してるでしょ!』
『いやこれ警察で何とかなる事態じゃないでしょうし』
『これ道庁からの災害派遣依頼なんですよ』
『自衛隊が軍用小銃持って災害派遣とかありえます? これどう考えても武器を持ち込んでますよね』
『あの化け物ですからね。警察の装備ではどうしようもなくて』
『警察の特殊部隊の派遣とかは行われているんですか?』
『警察にもテロ対策部隊とかはあるんです。えーとですね、このテロ対策部隊は国内のテロ行為のための部隊で』
『なぜ出てこないんです』
『いや、彼らはですね、あくまで対人、対人テロを想定していまして、このような大型動物に対応する能力が無いんですよね』
ですよねー。
警察の対テロ部隊が使ってる銃って、あれでしょ。9ミリパラベラムを使う短機関銃とか、狙撃用の7.62ミリNATOとかのフルメタルジャケットの人間用でしょ?
それに比べれば僕ら猟師が持っているホローポイントとかの狩猟弾を使う30-06スプリングフィールドや300マグナムとかのほうが断然殺傷能力高いですからねえ。人間を撃つ専用の鉄砲なんかでエゾシカやヒグマが穫れるわけないでしょ。
『猟協会よりはマシでしょう?』
『いえ、対人用の銃とかしかないので、猟協会が持っている猟銃とかのほうがずっと強力でしてね、クマなどの大型動物については無理がありますね』
『あんな動物すぐ殺しちゃう奴らに出てこられたら問題でしょ!』
『この動物、ヘビとクモですが、明らかに新種ですよね』
『そうですね』
『麻酔銃で生かして捕えるとかできたはずです。希少な生物だったり、いろいろ研究できるはずなんですよ。殺してしまったらなんにもならない』
『猟協会に任せた町の判断ってのは批判されても仕方ないですよね』
『その通りです』
いやあんなやつらにどんな麻酔薬や麻酔銃が通用するのかわかる人誰かいますかね。僕らは別に好きでこんなことやってるわけじゃなくて、僕らの代わりに麻酔銃で捕まえてくれる人いるんなら喜んで代わってあげますってば。誰でもいいから連れてきてくださいよ。
『これは災害派遣じゃありません! 治安維持です! 武器持ってるんだから!』
『災害派遣では武器の携帯は禁止なんですか?』
『禁止ですよ。前例がないです』
『いやありますよ?』
『無いはずです!』
『災害派遣で自衛隊が武器持っていくなんてあり得ないですよ。災害現場でね、もし暴動とか起きたらどうします? その時武器持ってたら自衛隊どうします? 本来国民を守るべき自衛隊がその銃で国民を撃つなんてことが実際に起きるわけですよ。あってはならないでしょ? だから災害派遣で武器の携帯は無いんです!』
いや日本でどんな災害が起こったって暴動だけは起きたことがありませんよ。
そこは日本国民を少しは信用しましょうよ……。
『ではこれは違法だと?』
『そうです。自衛隊が武器を持って派遣されるのは治安維持法になります。それには内閣総理大臣の命令と、国会での承認が必要なんです。これは明らかに越権行為です!』
『違法だと?』
『憲法九条にも違反していますよね』
『そうです!』
いやその解釈正しいかなあ……。なんか間違ってると思いますけどねえ。
自衛隊なんだからどこに行くにしたって一応鉄砲を持っていける法律はあるでしょ。それが自衛隊でしょ。
『警察では対応できない、自衛隊は出動できない。じゃあどうすればいいんです?』
『この牧場閉鎖して警備して、大学とかの研究機関に任せるべきです』
いやいやいやいや無理無理無理無理。どこの大学の先生がアレ捕まえられるんですか? 自衛隊も警察も猟協会も出動しちゃダメで、大学の先生に麻酔の吹き矢で対応してもらうんですか?
『蝦夷大学はなにやってるんですかねえ』
『それについては理学部、生物科学科の宮本先生が明日にも会見を開いてくれることになってますが』
『蝦夷大なんかに任せておいていいんですかねえ』
『もっと他の大学とか、適任がいるんじゃ』
おっと宮本先生、ナチュラルにディズられてますよ?
いいんですか先生、研究結果を他の大学に奪われそうです。
明日の会見楽しみにしていいですかね。
『とにかく我々はね、この総理の独断による自衛隊派遣について国会で徹底的に追及して、責任を問うことになります』
『非常時における自衛隊の武装派遣、これを国会の承認なしで、災害派遣の名目で自由に実行できるなんて前例ができたら国民生活において重大な脅威です! 我々は断固反対して、これを撤回させる必要があります!』
いやいやいやいや今撤回されたら大変ですよ! また僕ら出動しないといけないじゃないですか! 少しは寝かせてくださいよ!
あんたたち国会議員だったんですか! もっとマシなコメンテーター呼びましょうよテレビ局!
『我々はこの問題について総理に説明を求め、今回の違法な派遣について責任を問います』
『総理の辞任を求めると』
『当然、不信任案を提出することになります』
なんかCMになりましたけど、どうなっちゃうんでしょうねえこの件……。
「……で、中島君、これどうすんの……」
会議室のみんなが僕を見ます。
いやなんで僕がこの件で決定権持ってるんです? 町長の仕事じゃないんですかね?
まあ、意見言えってんなら、僕の腹は最初から決まってますけど。
「ほうっておきましょう」
えええええええええ――――。
会議室がざわめきます。
「いやさすがにそれは」
「町も会見を開いたほうが」
「マスコミ押しかけてくるよ? いやもう玄関先で騒いでるし」
それこそが狙いですよ。
「当初の目的思い出してください。この件公にする。問題にしてもらう。問題だと口を出してもらい、その口を出してきたやつに全責任をおっかぶせる」
「えげつないね中島君……」
「今回、大学、警察、道庁、マスコミが口を出してきました。自衛隊が出動したことで国政でも問題になりそうです。共通してるのはどいつもこいつも、『こんなの町や猟協会に任せておけない』って言ってますよね」
「……まあそうそうなるか」
「つまり、あとはどこが担当するか、そいつらが勝手に決めてくれるってことです。町としてはなにも発表しないで、様子を見ていればいいんです。こんなおかしな野生動物が次々と牧場を襲ってくる、そんなのどう考えたって僕らのせいじゃないんです。誰も僕らを批判できません。こういう場合どうすればいいかのガイドラインもありませんし、適用される法整備もされていないんです。町が動けることはなにもありません。ここは静観に限ります」
「よしそうしよう!」
……町長。
まあいいか。ウンザリだよねこんな騒ぎ。
「なかじー……」
なんですかそんなウルウルした目で僕を見るのをやめてくださいよ先輩。
なんにもカッコいいこと言ってないじゃないですか僕。
次回「28.国会、紛糾」




