26.自衛隊、出動
まず、警察。
パトカーが何台も牧場に押し寄せてきまして、現場検証してます。
猟協会が牧場内で未確認生物に襲われて発砲ですから、事件性があるかどうかの検証を一応やらないといけないそうで。
穂得警察署の刑事課の人来まして、全員その場で調書を取られました。いつもの白河さんじゃないです。生活安全課の出番じゃないってことですか。
「最初に発砲したの誰?」
「まあ全員でいっせいに」
「あ、それ僕が発砲許可出しました」
「君は?」
「役場の職員です」
「役場の職員だからって、撃っていいなんて判断していいわけじゃないだろ」
刑事さんとは言っても田舎警察なので制服です。刑事ドラマみたいに背広着てたりはしません。イメージ違うなあ。
「じゃあ、あの場合は、抵抗しないで全員おとなしくクモに食べられるのが法的に正しい対処法というわけですか?」
「いや逃げるとかさ、銃使われたら警察沙汰になるに決まってるだろ」
「自由猟具の棒で殴ればよかったんですか? 槍で刺せばよかったんですか? お年寄りとか、鉄砲持ってない蝦夷大の先生たちもいましたんで、命を守るためにやむをえず撃つしかありませんでした。緊急避難です。」
「鉄砲ってクモ撃っていいわけじゃないだろ」
「日本では虫を殺して違法になるどんな法律もないですが。あっても天然記念物のギフチョウぐらいでしょ」
「いやだからね、銃で撃っていい動物って指定されてるでしょ」
うんざりですねえ……。
「逮捕したかったらしてください。あの場で『クモに食べられなかったやつは全員逮捕』って言うんならそんな法律守る意味がありません。お好きにして下さい」
「あのクモが人間食べるかどうかなんてわからないでしょ」
「猟協会の誰かが一人食べられたら撃ってもいいってことですか?」
「いやだからね、そういうことが緊急避難では確認する必要があるわけで」
うぜえ。警察うぜえです。
「そもそもあれクモなんですか?」
「は?」
「あれクモなんですか?」
「クモでしょ」
僕はつぶれた大クモ調べまくってる宮本先生指さします。
「だったらあそこで調べてる蝦夷大の先生に『これクモです』って教えてあげてください。先生もあれなんだかわからないようですから」
「いやクモ……」
「蝦夷大の理化学部の生物科学科の先生があれなんの生物だかまだわからず調べているのに、刑事さんはもうあれがクモだと断定して違法な狩猟だとおっしゃるんですよね。そんな蝦夷大の先生をも上回る知識と見識をご披露してきたらよろしいでしょう。先生喜びますよ」
「いやそうは言ってなくてね」
「僕らが何を撃ったのかもわからない状況で僕らをどんな容疑で逮捕できるんですか警察は。間違いがあった場合誤認逮捕になりますがその責任はあなたが全部取ってくれるということでいいですかね」
「……」
そうしてると、農政課の大山さん来ました。
「あはははは! よく入ってこられましたね!」
警察がマスコミとかシャットアウトしてますからね。
「そりゃ町営牧場の責任者は俺だからな」
胸に下がっている役場の身分証をぶらぶらさせます。そりゃそうか。
「はい、これ渡し忘れてたから、持ってきたよ」
そう言って、紙くれます。
広げてみると、害獣駆除従事者証です。名目は『蜘蛛』ってなってます。発行は今日の日付です。
仕事はやっ!
「おまわりさん、そんなわけでクモの駆除、町から猟協会に依頼してたんで、そこんとこよろしくご配慮お願いいたします」
「そんなの後出しじゃないか!」
「今日の日付です。今日の許可で日本中どこでも通用しますよ。何時からなんて書いてある許可証見たことあります?」
大山さん、他にも警察に調書取られてる猟協会のみんなに、従事者証配ります。
あっはっは! これで合法ですね! 一応ですけど!
「ありがとうございます大山課長、仕事早いですね」
「テレビのニュースでどの局もクモに追いかけられてる君らヘリで中継してたよ。役場でみんな会議室に集まってテレビ見てて仕事にもならないぐらい」
「そんな騒ぎになってましたか」
「町長が、『従事者証無いと問題になる』っていうから急いで発行したんだ」
「あとからどっかに怒られそうです。あんまり勝手に次々発行してると」
「中島くん言ってたよね、これがダメって言うならダメって言ったやつがこの仕事やれって」
ははははは……。
「全員無事?」
「もちろん」
「ご苦労さん。あとは役場でケツ持つから」
そんな僕らのやり取りを刑事さんが横でクソ面白くなさそうな顔で見ています。
「あと警察に任せていいですかね」
「任せるって何を」
「クモ。これから毎晩牛を狙って出るでしょうから」
「冗談じゃないよ」
「あなた達の仕事ですよ?」
「なんで私達の仕事になるの?」
「牛泥棒を捕まえるのは警察の仕事でしょ? 猟協会にこの仕事したらダメだって言ったらあとは警察の仕事になるでしょ」
「泥棒って……相手クモじゃない」
「クモだったら猟協会の仕事じゃないって言ったの誰です?」
「いや鉄砲でクモ撃っていいって法律はないって話で」
「じゃあ誰がこの件責任持つんです? 警察は動かないんですか? 毎晩牛を食べられても我慢しろって言うんですか? 猟協会はこの件違法になるなら今後一切動きませんよ? その決定を今あなたがしたんでしょ? だったらこの仕事もうあなたの仕事ですよ」
「この場でそんな判断はしないよ」
「じゃあ覚えておいてください。もし穂得警察署がどんな罪状でも僕ら猟協会を逮捕したら、その時点でこの仕事、穂得警察署の仕事になります。その腰の拳銃であなた達がヘビやクモを撃つことになりますが、僕らは何もお力になれませんので、後は警察だけで頑張ってもらうことになります。よろしく」
「嫌なヤツだな君は」
「そんな事言われたの初めてですね。これでも好青年で通ってますが」
びっくりです。自衛隊の車両が到着しました。隣町の陸上自衛隊の人ですね。
なんか警察と話しして、一緒に現場見てます。
武器は持ってないです。いや持ってきてるとは思いますが、今はトラックの中ですか。どうやらヒドラの回収、手伝ってくれるようです。先生たちと一緒に沢の方にいっちゃいました。
僕らが全員調書取り終わったところで、蝦夷大のスタッフが自衛隊車両のクレーン付きのトラックにヒドラ乗っけて戻ってきました。
青いビニールシートかけてます。これから札幌まで運ぶんだそうです。
「よく自衛隊の協力取り付けられましたねえ」
そういうと蝦夷大スタッフの太田さんが教えてくれました。
「今回、道が動いてくれることになったから」
へえ、あの女性知事さんがねえ。
「道が災害派遣、申請してくれたからね」
ああ、そういえば自衛隊は災害派遣とかの名目でないと動けませんでしたか。
町がいくら言っても無しの礫でしたが、都道府県知事が申請すれば動いてくれるんですね。蝦夷大の陳情がようやく効きましたか、それとも省庁の方でテレビニュース見て、ようやく腰を上げましたか。
クモのほうは子クモの死体については、まあ70センチはありますが、それでも新しく作った例のスライム捕獲用ケースに入れてランクルに入れて蝦夷大に持って帰るそうですよ。かなりクサイんですが、大丈夫なんですかね?
バラバラバラバラバラバラ。
ひときわ大きいヘリの音が接近します。
自衛隊の攻撃ヘリです! アパッチでしたかコブラでしたか? 管内で一番大きい自衛隊基地所有のやつですな! 上空を旋回してます。クモやらヒドラの残党がいないか捜索してくれてるってことですか。
自衛隊車両も次々と到着しまして、大騒ぎです。
軍用パジェロや高機動車だけでなく、装甲車とかも。ブローニングM2重機関銃ついてますが、こういう任務にこれで来て大丈夫なんですかね?
警察の人と、自衛隊の人やってきて会長に挨拶してます。
「中島くーん!」
呼ばれましたんで、行ってみますとね、「ご苦労さまです」って自衛官さんに敬礼されました。
「今夜から自衛隊で、牧場の警備やってくれるってさ」
「そりゃあ良かったです。ありがとうございます」
「遅くなって申し訳ない。本来我々がやらなければならない仕事だが、出動にはいろいろ問題があってどうにも動けませんでした」
「いえ、そのへんはわかります」
「これからは私達に任せてもらいます。よろしく」
「ありがとうございます」
頭下げて、お礼言います。
助かった……。
僕ら毎晩徹夜したり、あんなのと戦ったりもうむちゃくちゃでしたからねえ。
これでやっとゆっくり寝られます。
「僕ら、帰っていいって、ことですかね?」
「いやちょっ」
刑事さんがなにか言いかけますが、黙ります。
「帰っていいってさ!」
会長がそう言って、やっとみんな、一息付きます。もう午後の三時を過ぎてますからね。お腹すきましたよ……。
結局警察は調書だけ取りまして、鉄砲のお取り上げもありません。通常の駆除活動ですから。
会長のランクル、榎本さんのハイラックス、僕のジムニー。並んで、道を開けてもらって、マスコミがまだいない牧場の北側ゲートまで進みます。
通りがかりの自衛隊の人たちがずらっと並んで、敬礼してくれます。
……いや、そんなたいしたもんじゃないですから、僕たち……。
まず鉄砲背負ったまま役場に戻りました。
先輩が走ってきて抱き着いてくるのをかわします。
「なかじいいいいいい――――!」
泣かないでよ……。ただの条件反射ですってば。
「鉄砲背負ってます。今の僕に触ると銃刀法違反ですよ」
「そんなあああああああ」
そんな法律ないですけど。
「心配したよおおおおおお!」
……ヒドラ撃ち獲って、巨大クモに襲われて、それがテレビで全国中継されてですもんね……。
「どうして私を連れて行ってくれなかったの!」
「必要ないですから」
「カメラ係が要るでしょうに!」
「テレビカメラが全国中継してくれてましたんで」
先輩出るとややこしくなるからホント引っ込んでてほしいです。
この人があの謎のマイチューバー、『サラン』だとバレたらマスコミのいいオモチャになるに決まってます。美人でスタイル抜群で、ついでにバツイチですからねえ。
「中島君、疲れてると思うけど悪いけど報告頼むわ」
「了解です。会議室でいいですか」
町長さんに言われて、すぐ移動します。各課の課長も集まって臨時の会議です。
「さて、報告って言ってもねえ……。現状、スライムはあれから追加で出てきていません。一昨日発生した大型ヘビについては今日、駆除することができました。それについては蝦夷大にすでに渡してあります。今後発生は無いと思われます」
「ああ、テレビで見たよ」
「あのバカでかいクモについてはなんとも。今自衛隊出てきてくれましたのであとは任せてしまいましたが」
「そのようだね」
「ちょっと僕もテレビ見たいんですけど今やってますかね?」
「多分やってると思うよ。大ニュースだし」
……ですよねえ。
次回「27.現場から中継」