23.ヒドラ、狙撃
「中島さん撃ったから重症か、もう死んでんだべや」
「いやいや俺あんとき撃ったのBBだったからな。表面に浅く食い込んだだけだべ」
BB弾ってのはキツネ撃ちとか大型鳥につかう小粒弾ですね。一粒4.5mmの弾が百発ぐらい入ってる装弾です。4.5mmといえばハト撃ち用の空気銃程度です。大した威力はありません。
ゲームとかではショットガン、すごい威力があるように演出されてますけど実際はそんなことないです、ライフルに比べればね。
銃砲所持許可もらって最初に所持できるのが散弾銃でしてね、そのことからも分かる通り初心者向きの低威力、近射程距離な銃です。ライフルと違って距離が離れてしまえば大した脅威にはなりません。素人に最初に持たせて危険のない鉄砲ってことになります。日本では。
ライフルって真鍮の金属薬莢じゃないですか。それに対して散弾銃の装弾って、カラフルなプラスチックでしょ。それで十分な火薬量しか入っていないってことになります。ゲームみたいにゾンビまとめてぶっ飛ばせるようなパワーは全然ないです。拳銃よりは威力あるのはホントですが、一粒一粒の威力は拳銃弾以下ということになります。
そんなに威力ある銃で鳥撃ったら食べるとこなくなりますよね。撃たれた鳥が吹っ飛んだりしてますか? してませんよね。ま、それがショットガンの現実ですな。
もちろん至近距離から撃てば大した威力にはなりますが、野生動物相手にはそんなチャンスはなかなかないわけでして……。
「GPS発信機が落っこちちゃったって可能性もありますねえ」
僕がそう言うと、大学スタッフがうんうんうんと不安顔にもなりますね。
「槍で刺したわけだ。抜け落ちる可能性はあるし、しっぽだったからヘビが咥えて自分で抜いたって場合もありうるんだよね」
宮本先生も、そこは肯定します。
「その場所に行ってみたらその機械が落ちてただけってこともあると」
「まあそうですな」
ふーむ……。
僕もノートパソコン出して、研究員さんのドデカノートPCの横に並べます。
牧場の地図出して、ジーグルマップの航空写真で見比べます。
「おうこっちのほうがわかりやすいな」
「航空写真か。シンよくこんなの持ってるな」
「これ今インターネットで誰でも見られるんですよ」
事前にネットとつながってる状態でマップ出して、スリープしておきました。
ディスプレイを開けばWi−Fiとつながって無くてもすぐに表示されます。
「裏の沢か……」
「シカもよく通るところだな」
「踏み込むのは大変だけど、狙えないことはないな」
「岸から狙うか」
「まあそうなるだろうな」
「って、そもそもヘビなんてどこ狙えばいいんだ?」
「全長20メートルだったっけ」
「先生、ヘビってどこ撃ったらいいの」
そう言われて先生考え込んじゃいます。
「うーん、頭打たれると貴重なサンプルが……。ライフルで頭撃つとどうなるの?」
「シカなら脳や目玉が飛び出るな」
「ダメダメダメダメ! そんなことしたら貴重な資料が」
先生が首を振ります。
「頭っつっても二つあるんだべ? 一つだけ撃っても逃げられるっしょ」
「心臓は?」
「いやヘビの心臓なんてどこにあるかわからんべ」
「どこが首だか胸だか見分けつかんしょ」
「ですよねえ……だからといって胴体を片っ端から撃たれてもうちは困るし」
「首を撃つのは?」
「首ですか。まあ首だったら」
「シカだと首撃つと一発で即到するけど」
いわゆるネックショットです。撃たれた衝撃で頭が振られシカが脳振盪しますので即到します。一番鹿の肉を痛めない撃ち方で、食用にする場合の推奨ですね。できれば首の骨、脊髄を撃ち抜くのが一番いいんですがその分、難しい狙撃です。
「でもこのヘビ頭が二つあるんだべ? 簡単に逃げられるべや」
「そもそもヘビって生命力強いからなかなか死なないらしいしな」
「ヘビは頭落として皮剥いて焼いてる間もビタビタしてるからなあ」
……戸田さん、ヘビ食ったことあるんですか。さすがは元自衛隊。
先生も困ってますね。確保はしてほしい、でも死体は痛めたくないからできるだけ撃たないでほしい。無茶言うなです。
「心臓の位置はわかると思うんです」
そう言うとみんな驚いて僕を見ますね。
「蛇の体ってのはこうなってます」
町立図書館で借りてきた動物図鑑を出します。子供向けですが。
「全長のうち、首の長さが六分の一ぐらい、肺の上にころんと丸い心臓がありまして、体の中央に胃、しっぽの長さは後ろから四分の一ぐらいで肛門のあるのがそのあたりでそこまで腸が続いています。内臓の器官はどれも体に沿って細長いのが特徴です。」
「全長で心臓の位置見当つけろってこと? いやいやいやムリムリムリムリ」
みんなしかめっ面になります。
「今回のはヒドラです。頭が二つあるんです。つまり頭の下は首で、二本の首が生えている太い部分が胸になります。心臓はそこにあります」
「あっ! なるほど!」
先生が感心します。
「つまり?」
「正面から見て首が生えて二股になっている根っこを狙えばいいってことです」
左手でVサイン作って、人差し指と中指の間の指の股部分を右手で指します。
「おおーなるほどなあ! シン頭いいな」
いやタダの思い付きで調べてみただけですけどね。
「心臓が二つあったらどうします?」
研究員さん、それはアリですかねえ……。
「……そうなったら撃ちまくって大量出血死を狙うしかないんじゃないですかね」
全員で無線のチェックします。今日はデジタル簡易無線です。
アマチュア無線だとマスコミとかにも筒抜けですので、秘話機能があるデジタル簡易無線のほうがいいですわ。こういう合同駆除とかの「業務」にはアマ無線使っちゃだめだと総務省がうるさいですし。
先生にも一台渡します。
「先生、GPS発信機もう一台無いですか?」
「あるよ」
「一台僕に持たせてください」
「そうか、そりゃいいな!」
スタッフの太田さんがGPS発信機取り出して、僕の首に巻こうとします。
「いやいやいやいや僕、野生動物じゃありませんから! 持たせてくれればいいですから!」
みんなゲラゲラ笑います。そんなに笑わなくてもいいじゃないですか皆さん。
オレンジ色の四角いプラスチックのケースで、タバコ大です。僕は使い方わからないんで、太田さんがスイッチを入れてロックしてくれます。
GPSで自分の現在位置を測定し、その座標を一定間隔で送信して、それを大学のランクルのアンテナでキャッチして太田さんのノートパソコンに表示するんだそうです。とりあえず背負ったリュックの外側のポケットに入れます。
「どうです?」
ノートパソコンを見ている太田さん、「バッチリです」と画面を見せてくれます。
マップの上に、今町営牧場のゲート内側にいる僕の位置と、ヒドラと思われる位置がドットで表示されています。
「じゃ、向かいますか……」
「行くか」
みんなベテランさんではありますが、巨大ヘビを撃つなんて初めてですからねえ。
うまくいくかは、まあやってみないとね……。
町営牧場広いんで、まずは車です。
僕のジムニーにおじいちゃん。
会長のランクルに会長と戸田さん。
清水さんと榎本さんは榎本さんのハイラックスです。
このハイラックスもかなり錆だらけのボロボロですがタフなものでどんな道もガンガン走ります。ぶっといタイヤ付いてますよ。
北海道は冬にアイスバーンを溶かすために融雪剤を撒きます。これが塩化カルシウムなものですから、タイヤハウスからどんどん錆びてしまいます。北海道の古い車がサビだらけなのはだいたいこのせいかな。
道のある所までは車で。沢の裏にハイラックスが入っていきます。
両岸から挟み撃ちです。僕のジムニーと会長のランクルが東側、ハイラックスが西側です。
そろそろと進みます。木立の隙間からちらちらと対岸の榎本さんのハイラックスが見えます。
伸びた枝や草とかが容赦なく僕のジムニーのボディをこすります。新車で買ったんで泣きたくなりますが、ジムニーってそういう車です。ピカピカのほうが格好悪い。そう思って我慢します。
1kmほど進みまして、『中島君、距離200』って先生から無線入ります。
GPSでヒドラまでの位置わかるでしょうからね。200メートルですか。そろそろですね。
「100メートルまで近づいてから車降りましょう」
『了解』
みんなから返事来ます。
4WD-Lレンジでゆっくりゆっくり近づいてから車を停め、念のため方向を変えておきます。万一逃げないといけない場合の用心です。
会長の車の後ろに付け、エンジンを切っておじいちゃんと静かにドアを開け、車の外に出ます。
みんなベテランですから、ドアをバタンと閉めたりはしませんよ。
ドアハンドルを引っ張りながら押し付けて戻します。
ハンターの心得ですね。静かに、静かに、接近します……。
川沿いの藪を進みますと、『沢の水、深くないか?』って、この沢に何度も入ったことのあるベテランの清水さんが不思議がります。雪が積もった冬の間、牛を放牧していない町営牧場にシカが入り込むので、それの駆除を何度もやったことがありますから。
全員、イヤホンマイクを使用中。人の声でも感づかれますから。
「確かに深いな」
会長が水に沈んだ草を見て言います。
いつもは水面の上にあるはずの草が水に浸かっています。つまりいつもより水量が多いということです。
「大型のヘビですから、沢にいるだけで水がせき止められているのかもしれません」
『なるほど、確実にいるってこったな』
慎重に進みますと、いました。沢の中にとぐろを巻いています。
「目視」
『目視』
全員銃カバーを脱がします。
デカいです!
5メートルぐらいのとぐろを巻いて沢の水をせき止めるようにしています。
水に浸かって休んでいる感じでしょうか。
双眼鏡で見てみます。
頭が二つ、とぐろの上に乗っかっていますね。180度別方向を向いて警戒しているということでしょうか。
頭の一つは頭から首にかけて血がこびりついてかさぶた状になっています。
おじいちゃんが撃った痕です。間違いないですね。
だいぶ体力を消耗しているのか、動く気配はありません。
「死んでるんじゃないか?」
「死んでるならとぐろが解けてるはずです」
『距離100、100メートル当たるのかい?』
無線で先生が聞いてきます。
僕もニコンのレーザーレンジファインダーで測距します。うん98メートル。
ライフルは100メートルで五百円玉ぐらいにしか散りません。楽勝です。
ま、それは射撃場でのベンチレストでの話。実際はこのようなフィールドでその命中精度を出すのはやはりベテランさんに限られます。
「大丈夫です」
今日の参加者はどの方も200メートルで鹿を仕留められる腕があります。特に清水さんは300メートルでも大丈夫。
僕? 僕は今日はショットガンのスラッグですからね。50メートルが当たったら全員に飲み代おごって宴会してもいいですよ、お祝いに。
『できるだけ一発で仕留めてほしいんですが……』
はいはいわかりましたよ先生。
「清水さんから見て、二股の根元、見えませんか?」
『バッチリ』
僕ら側の方から見ると横になるんですよね。清水さんが正面にいることになります。
シカを二手に分かれて撃つ場合、必ず射線が90度交差するように撃たなければいけません。戦略上で言うと十字砲火ってやつですか。
十字砲火って四隊に分かれて四方から撃つことじゃないですよ。包囲網と勘違いしている人がいますが違います。それだと対面同士で同士討ちになっちゃいます。
二手に分かれて、八時方向にいる人は二時方向に、四時方向にいる人は十時方向に向かって撃つってことです。
射線が交差して十字になります。これなら安全に敵に集中砲火できます。
敵が十二時方向に逃げ出しても、両方から狙い続けることもできます。
この場合、両岸から見て沢の中にいるヒドラに向かって、やや川上から狙っています。川上に逃げるやつもいるわけ無くて、逃げるなら川下ですから、相手が逃げ出しても味方を気にしないで狙い続けることができる位置です。
「清水さんお任せしていいですか? タイミングはそちらで」
『了解』
『頼むよ!』
「先生お静かに願います」
全員銃に弾込めします。
僕は弾倉に二発だけ。薬室には弾込めしません。フォアエンドを数センチ引いてボルトを少し開けておきます。まだ弾込めされていないというアピールです。
撃つときはフォアエンドをガッシャンとやればすぐ撃てます。
猟師は銃の安全装置という奴をみんな全く信用していませんので、撃つ直前まで薬室は必ず空にしておくのが普通です。安全装置は「かけ忘れた」「かけていたつもりでかかってなくて暴発した」「かけていたのに暴発した」と事故をかえって増やすだけのやっかいな装置であり猟師にしてみれば邪魔なだけなんですよ。また、絶対に暴発しない安全状態であることがメンバー全員にわかりにくいので安全装置を使わないのは大切なマナーです。
銃口が人間に向いてしまわないよう、銃口を常に上に向けるのもルールですね。もちろんメンバーは全員これを厳格に守ります。
「ヘビ生命力強いらしいから、なかなか死なないと思います。一発撃ち込んでのたうち回るようでしたらそのまま観察を続けましょう。逃げ出すようなら首狙いで」
『了解』
「いつでもどうぞ」
会長がライフルを構え、スコープでヒドラを捕捉します。
戸田さんは周囲警戒。
おじいちゃんも座った姿勢からスコープでヒドラを補足。
僕は双眼鏡で観察を続けます。
清水さんの腕前は信頼しています。
何度も同行しました。撃つ前にレーザー測長計でシカまでの距離を伝えるのは僕の役目です。
「242メートル」とか、「318メートル」とか、僕が清水さんに伝え、清水さんが撃つ。
僕はずっと清水さんの腕前を自分で測定してきたんですから。
「猟銃とスナイパーライフル、どっちが良く当たる?」と聞かれたら、「おんなじですよそんなもん」と答えるしかないですねえ。意外かもしれませんが。
多くのスナイパーライフルは、猟銃として一番よく当たると言う定評があるから狙撃銃としても採用されているわけで、レミントンM700もそうですね。順番が逆の話です。清水さんのサコーはヨーロッパではスナイパーライフルの採用実績が多いメーカーです。
狙撃用ライフルは「ブルバレル」と言って太い銃身を使っていますが、あれって元々は数百メートル先の用心深いキツネやコヨーテとかの小動物を撃つための小動物ライフルです。それをそのまんま調整できるストックとかに変えてスナイパーライフルにしています。
スナイパーライフルのストックがいろいろ調整できるようになっているのは、担当さんが配置換えになった場合など後任が銃を買い替えなくても調整を変えれば使えるようにするためで、調整できるようになっているから高性能ってわけじゃないんです。射手に合わせてオーダーメイドなんて予算は軍や警察には無いですから。
ハンターや射撃競技選手は税金じゃなくて自分で銃を買いますので、自分でストックを削ったり切ったりして体に合わせます。木製ストックが今でも人気がある理由です。細かく調整できるモデルもありますが、重たいしトラブルの元なのでまあたいていの人は嫌がります。
「千本のうち一本ぐらいの割合で偶然に特別命中精度の高い銃身ができる。それをメーカーはテストしていいものをスナイパーライフルとして採用している」というワンオブサウザントの話も戦前戦中の話じゃないかなあ。昔は歩兵銃をテストして命中精度のいいやつにスコープ付けて狙撃銃にしていたこともあるようです。歩兵銃がまだボルトアクションで、狙撃銃との違いがスコープが付いてるか付いてないか程度だった時代の話です。歩兵銃が全部アサルトライフルになった現代では、その中から命中精度の良い奴を選ぶ意味が無いです。
だいたい偶然に期待して千本に一本しかいいものが作れないなんてそんな品質管理しかできないメーカー、銃器メーカーでなくてもすぐ倒産しちゃうでしょ。いちいち実射テストして分別してランク付けして、いいやつはスナイパーライフルにまわして、市販の猟銃には精度の悪い銃身を使って売っている! なんてメーカーから誰が買いますか。ピカピカに磨き上げられ、高精度で部品が組まれ、木目も最上級のいい材使ったストックの高級ライフルが、警察や軍に納品されるスナイパーライフルより当たらなかったらお客さん怒りますわ。
普通の工業製品みたいに、全部一級の精度持たせて不良品、規格外が出ないように品質管理するほうが断然コストダウンになりますよね。銃器メーカーだって今はコンピューター制御の工作機械でレーザー計測しながら部品を削り出したり、修正をしたりしていますから、そんな面倒な製品テストいちいちやっていませんね。
拳銃は別ですよ? あれ固定照星、照門のやつはユーザーが自分で調整できませんから、製品のばらつきはありますし、握力や体格や癖で当たる場所は人によって違うでしょう。ライフルだって、人にスコープを合わせてもらうと自分で撃った時は違う所に当たります。「誰もが同じところに当てられる鉄砲」というのは作れないんです。拳銃は近距離で人間大の的に当たれば用は足りるんですけど、それでも射撃場で撃ってみて5センチもずれていたらイヤになっちゃうわけで、自分にピッタリ合うやつってのは千丁に一丁ぐらいしかないかもしれませんね。でもそれも、照準を調整可能にすれば関係なくなります。
猟銃のライフルは照星照門の調整ができないやつなんて一丁もありませんから、僕らハンターにはあんまり関係ない話でした。
ドォ――ン!
清水さんのサコー・30-06スプリングフィールドの発射音が響きます!
※令和四年より規制緩和が総務省より通達されまして、災害、ボランティア、害獣駆除でのアマチュア無線の使用が許可されました。
※「クロスファイア」という討論番組があったらしいですが、十字砲火というのは本文中にあるように二手に分かれて敵に銃弾を浴びせる一方的な全滅作戦のことであり、戦火を交えると言う意味ではないです。公平な討論番組のタイトルには適当だとは思いませんね。
次回「24.二次災害」




