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22.掃討作戦、開始


 朝、町営牧場のゲートの前に集まります。

 猟協会のライフル所持者、今日は五名。

 会員は皆さん、本業を持ってらっしゃいます。農家だったり、団体職員だったり。なので平日に集まれるのは農家か、どうしても定年過ぎの方ということになります。

 いや農家だって真冬以外は日曜日なんてありません。休みは雨の日ぐらいですから、このような天気の良い日に来てくれるのはもう息子さんに経営を譲ったような方ということになります。

 要するに全員お年寄りです。


 猟協会の会長の長門さん。六十代。ブローニングAボルトの300マグナムを使います。

 事務局補佐の清水さん。六十代です。サコーの、30−06スプリングフィールドですね。年間のシカ捕獲数が一番多いのがこの方です。毎年二十頭を超えています。

 戸田さん。同じくサコーの30-06を使います。こちらも六十のベテランさんですよ。元自衛隊員です。

 榎本さん。乳牛農家で五十代前半です。猟協会の中では比較的若手ですが、なぜか年代物のFN(ファブリックナショナル)製BAR(ブローニングオートマチックライフル)を使います。ハンターを引退したお父さんから譲り受けたそうですね。全員ボルトアクションの中で唯一オートのライフルで、口径は308ウィンチェスターです。

 おじいちゃん。通称中島さん。今日はレミントンのM700ライフルで、榎本さんと同じく308を使います。


 SAKO(サコー)はフィンランドのメーカーです。「サコーなんてメーカー聞いたこと無い」って人は多いですけど、命中精度では日本で入手できるライフルとしてはナンバーワンでしょう。他のメーカーのライフルを買っていろいろカスタムするぐらいなら最初からコレにしたほうがいいとは銃砲店のお話。お高いですけどね。レミントンの倍ぐらいの値段しますが、ベテランハンターさんはだいたいコレです。

 ブローニングは日本のミロクがOEM供給をしていますので、会長のAボルトは実は日本製のライフルだったりします。名門ブローニングが認めた、日本製らしく高精度で堅牢なライフルです。榎本さんのBAR(ブローニング)は、年代物なのでベルギー製ですが。

 威力の順で言うと、300マグナム、30-06スプリングフィールド、308ウィンチェスターの順ですね。口径はどれも同じ。薬莢の大きさ、つまり火薬量が違います。シカ撃ちなら、どれも十分です。


 みんながヨーロッパ製か、日本製のライフルを使う中、おじいちゃんだけがアメリカ製のレミントンを使う理由は、「安かったから」。

 300mが当たれば用は足りる。そんなわけでライフルが所持できるようになって銃砲店で一番安かったライフルを、今でも使い続けています。

 二十年使い続けて、ここまでトラブルらしいトラブルが無かったということでそのまんまなんだからレミントンというメーカーも凄いですね。

 弾の散り方はさすがに二倍になったそうですが、それでも鹿は獲れるということで気にしないのがおじいちゃん。黒染めは剥げて所々銀色になっており、木製ストックも傷だらけですがまだまだ現役です。


 猟協会ではね、人の鉄砲に口を出すということは誰もやりません。

「そんなもんやめてこっちにしろ」みたいなことは言わないんです。自分が好きな鉄砲で猟をやる。それが一番楽しい。みんなそのことをわかっているからです。

 古い銃でヘマしたって当たらなくたって誰も責めません。

 草レースにヒストリックカーで出場してビリになったからって「新車買えよ」なんて野暮なこと誰が言います。懐かしの古い車が元気に走ってるところ見て誰でも喜ぶでしょ。あれと同じです。

 また、そんな銃で上手に撃ち取れば、誰もが称賛を惜しみません。

 猟協会は営利団体ではなく、友の会なんですから。


 そして僕。レミントンM870ポンプアクション散弾銃に20インチスラッグ銃身。

 おじいちゃんがライフルを取得する前に使っていた銃身で、まだハーフライフル銃身なんてものがなかったので平筒(スムースボア)でスラッグを撃っていたときの銃身です。

 M870は銃身が簡単に交換できます。装弾を装填するチューブマガジンの先にあるマガジンキャップを緩めて外すだけで銃身がまるごと外れるという親切設計です。通常の散弾銃身と違ってこれには照門と照星がついていて、スコープなしのライフルという感じで狙います。

 これで非鉛弾の軟鉄弾、DUPOスラッグと、同じく非鉛弾のタングステン8.4mm9粒弾、いわゆるバックショットを使い分けます。どっちの装弾もこの銃身で発射できます。

 DUPOスラッグというのは軟鉄の弾丸にプラスチックのリングがはめてあり、ライフリングの無いスラッグ銃身でも、ハーフライフル銃身でもどちらでも発射できるという便利な弾です。


 スラッグ銃身は通常の散弾銃身と違って、散弾の散る範囲を狭めるためのチョークという絞りが銃口部分にありませんので、散弾を撃つと散る範囲が大きくなります。近距離戦闘用ですね。

 北海道では鉛弾禁止ですから、材質が鉄とかタングステンとか、かなり特殊な弾ですよ。ここ数年の間にやっと出回るようになった装弾で、どれも一発500円以上します……。泣けてきます。


 僕はまだ散弾銃しか所持できませんので、今日はみんなのサポートです。人間を見りゃ襲ってくる危険な敵ですから、ライフルによる遠距離狙撃がメインとなります。

 北海道は土地が開けていますので、必然的に何を獲るにも長距離射撃となります。内地の猟と違って近距離で追い立てられたシカにバックショットを撃つ、という場面がありません。エゾシカは大きいのでバックショットでは倒れないということもあります。

 散弾銃をシカ猟に使う人はほぼ全員サボットスラグのハーフライフルスコープ付きです。スラッグ弾やバックショットは銃砲店も在庫を置かないぐらい使われません。なので、銃砲店に電話してわざわざ取り寄せてもらいました。

 僕の仕事は獲物を捉えたり距離を測定するスポッターと、万が一にでも接近戦になったときの援護射撃となります。相手により装弾を使い分けるための装備です。

 首からはニコンのレーザー距離計(レンジファインダー)と双眼鏡、背中に水やハンティング用品のバックパック、肩にデジタル簡易無線といった装備です。

 もちろん全員誤射防止に、オレンジ色のジャケットを着ています。


 そして……なぜか副会長の村田さん。

「いや村田さん今日は呼んでないでしょ」

「合同駆除だべ? 来るに決まってるべさ」

「いや村田さん駆除従事者証ないでしょ」

「あるよ?」

「今日はあの巨大ヘビです。ヘビの駆除従事者証がない人は参加できませんよ」

「なんだよそれ」

「役場で新しく発行したんです」

 いやあ村田さん激怒ですねえ。老害丸出しな例の態度ですわ。


「なんで俺にだけ出てないんだよ! シン、お前今すぐ役場行って取ってこい!」

「いえ村田さんはこの件『俺はなんにもやらないからな』と言ってましたのでこちらで除外しました。ご自分で言ってたことですよ?」

「知らん! そんなこと言ってない」

「言いました」

「いつ言った!」

「○月○日の臨時役員会議で、焼き鳥大将の店内で午後七時三十分ぐらいに『いやだよ、おれはなんもやらんからなこんなもん』と言いましたのでそうさせてもらいました。会長、事務局、事務局補佐のみなさんもその発言を聞いています。ご希望通りです。覚えがございませんか?」

「中島、お前警察に捕まったじゃないか。なんでここにいるんだ」

 いきなり話の矛先がおじいちゃんに向きました。

 なんなんですかこの人。検査してもらったほうがいいんじゃないですかね。


「捕まってないよ。事情聞かれただけ」とか言っておじいちゃんはとぼけます。

「ヘビに鉄砲撃ってるところテレビで写ってたぞ。あんなの違反だろ!」

「緊急避難でやむを得ずってことになったなあ、しょうがないべ」

「なに一人で勝手なことやってんだよお前。やめさせるぞ!」

「何をやめさせるんですか?」

 さすがにこれは僕も口を出さずにいられませんね。

「猟協会をだ!」

「どういう権限で?」

「警察に言うぞ」

「どうぞどうぞ。この件もう警察側の事情聴取が済んでおかまいなしになってます。穂得(ほっとく)警察署にご確認下さい」

「村田さん」

 会長がやっと口を出してくれます。

「悪いけど今日は帰って」

「なんで!」

「今日は警察が立ち会うから」


 ちょうどパトカーが二台、やってきました。村田さんの顔が凍ります。

 なんだかんだ言ってこういう人の天敵は警察ですからねえ。本人が無自覚に違反とか平気でやってしまうものですから、警察に見られたらマズイことがいろいろある人の部類です。叩けばいろいろホコリが出るって感じ?

 普段から法律を熟知して、ルールを守って狩猟している僕らには関係ないことですけどね。


「……こんな急に合同駆除やるとか言われても出られんわ! 今度からちゃんと前もって連絡しろ!」

 そう怒鳴りまして、ガタピシのランクルに乗り込みました。

「村田さんには最初から連絡もしていませんが」

 返事もしないで帰っちゃいましたね。あっはっは。

 要するに、テレビでおじいちゃんがヒーロー扱いされてたのが気に食わない。自分も目立ちたいってところだったんでしょうなあ。たぶんね。


「ご苦労さまです」

 そう言って警官が三名、来てくれました。

 マスコミ対策と言いますか、今日は町営牧場を警備して、立入禁止にしてくれます。

 ほらもうマスコミの車がいっぱい来て、遠くから見てますからね。

 中継車もあります。さっそくテレビカメラで撮影始めてますし、上ではさっきからずっとヘリコプターが飛んでます。この町営牧場の近辺であの巨大ヘビやスライムがどこかにいるわけですから。

 ただ、町からはマスコミに猟協会会員への直接取材は厳禁と通達していますので、寄ってきません。昨日も釈放されたおじいちゃんにインタビューしようとマスコミが我が家に押しかけなかったのはそれがあります。

 ま、ヘリから巨大ヘビ見つかるようなことがあればそれはそれでOKです。


「エラい騒ぎになってますなあ」 

 田舎警察ですんで、みなさん顔がこわばってますな。

「とにかくですね、あのカメラさんたちとか、マスコミの人がこちらの撮影勝手にやったり、近づかないようにしてください。『流れ弾が飛んできて危険だから』とでも言っとけばいいです。あと牧場と牧場周辺を立ち入り禁止に」

「わかりました」

「やれやれだなあ。ヘビに逃げられちまうよ」

 爆音をあげて飛んでいるヘリコプターを見上げて猟協会のみんながウンザリします。

「おまわりさーん!」

 行こうとした警察官を呼び止めます。

「マスコミに頼んで、猟の間、牧場上空をヘリ飛ばないように言ってください! 獲物が逃げちゃいますよ」

 おまわりさん、ちょっと頷いて、入り口のほうに行きました。


 蝦夷大来ました。

 おおー最新のランクルですな。金持ってるなあ蝦夷大。

 宮本先生、マスコミのカメラに捕まってインタビューされてます。

 牧場入り口の柵に貼っておいた覚書の、『マスコミへの発表、対応は原則蝦夷大学理学部生物科学科が行うこととする』が今ごろ効いてきた感じですかねえ。あっはっは。でもさっさと来てほしいですね。


「悪い、遅れた」

「いえいえ、今日はよろしくお願いします」

 宮本先生と若い研究員の人とで三人で来ています。今日は白衣じゃなくて山歩き風のフィールドワークの格好してますね。

 研究員さんがまたデカいノートパソコン、僕のジムニーのフロントフードの上に置いて開きます。

 なんでそこが定位置なんですか。傷つくからやめてほしいですホント。

 僕は無言でタオル出しましてね、それをフロントフードに広げます。

 まあランクルとかハイラックスに比べれば高さが丁度いいからでしょうかね。僕リフトアップとかやってませんし純正サスですから。


「実は前の遭遇のときにGPS発信機打ち込みましてね、位置がわかるんです」

 そう言って、画面にマップを表示させます。

 ランクルに無線アンテナ立ってますな。どういうふうに使うのか知りませんがとにかくこれでうまくいってるんでしょうねえ。

「昨日からこの位置のまま動いてません」

 動いてないのか……。

 ……もう死んでてくれるとありがたいんですけどね。



次回「23.ヒドラ、狙撃」

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