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21.猟協会、釈放


 さて、最後の一人。

「よく顔を出せたな、中島君」

 穂得(ほっとく)警察署で、例の白河さんが仏頂面です。

「祖父が逮捕されたんです。親族として面会を要求します」

「逮捕はしてないよ。事情聴取」

「その事情聴取にもう三日もブタ箱に放り込まれているわけですが?」

「聞こえの悪いこと言うな。ちゃんと宿直室に寝泊まりしてもらってるよ」

「容疑者なんじゃないですか?」

「事情聴取」

 物は言いようですねえ。


「面会を要求します」

「そんなことしなくてももう帰ってもらうよ。刑事課の調べじゃ容疑不十分、道警本部からも指示きてるし書類送検も無し。ちょうどよかった。連れて帰って」

 動画の公開が効いたようです。あれで猟協会逮捕なんてことになったら、もうハンターは全員辞めてしまいますよ。日本に猟師がいなくなります。


「そうですか。良かったです。祖父には町より正式に新しい害獣駆除従事者証を発行してもらいました。ご覧ください」

 そう言って、おじいちゃんに渡そうとしてた従事者証を見せます。

「……ヘビ?」

「はい」

「あれがヘビねえ」

「はい、つまりおじいちゃんがヘビに発砲したのは町からの猟協会への公式な業務依頼ということになりました。今後、馬稲(まいね)町で猟協会全員があのヘビを駆除するために動きます。もう違法じゃありません」

「後から発行した従事者証なんて無効でしょ」

 はい、後出しジャンケンです。そこは承知しています。

「同日の発行です。当日発行してもらいました。何時何分から有効と記載されているわけではありませんから全く問題ありません。そちらで何か立証できるんならどうぞやってみてください」

「君ねえ……。もういいって。連絡するからちょっと待って」


 白河さんが電話して、担当さんがおじいちゃんを一階フロアに連れてきてくれました。

「おじいちゃん、よかった。釈放だね」

「逮捕したわけじゃないから釈放じゃありませんよ。人聞きの悪い」

 連れてきてくれた担当さんが不満顔です。

「三日間も拘束しといてなに言ってんですか」

「いいんだシン、面白かったぞ。刑事ドラマみたいで」

 おじいちゃん刑事ドラマ大好きですもんね。昼間はずーっとテレビの刑事ドラマの再放送見ています。でも自分が犯人役で面白いですかねえ?

「ブタ箱に泊まったのもまあ貴重な経験だべ!」

「カツ丼食べさせてもらえた?」

「コンビニ弁当だった。しかも払いは自前」

「しょぼ」

 そう言って二人で笑います。

「ブタ箱なんかに入れてないよ!」

 担当さんが怒りますけどね、「初日は牢屋だったべや」とおじいちゃんが言い返します。あっはっは。

「鉄砲返してもらえるんでしょうね」

「やむをえんでしょうな」

 なんですかそのしぶしぶな態度。おじいちゃんが何悪いことしたっていうんですか。書類に何枚もサインしまして、レミントンのM1100散弾銃と装弾、返却してもらいました。ハンコは僕が持ってるやつでいいか。おなじ中島ですもんね。


「……駐在さんにはすまんかった。どうせならもっと早く撃っていれば腕を切るなんてことにならなかっただろうに」

「しょうがないよおじいちゃん、ずっと前からこういう場合、現場にいる警官から発砲許可がない限り猟協会は撃てないし撃ったら違反だ。必ず警官に発砲許可もらえって生活安全課の白河課長に再三にわたって注意されていたんだから、こっちは全部警察の言う通りにしたよ。あそこで駐在さんが食べられそうになって、緊急避難だと判断したおじいちゃんが悪く言われる筋合いは無いよ」

「……」

 イヤミたらたらな僕のセリフにこれには担当さんも、なんにも言えませんね。事実おじいちゃんのおかげで、駐在さんがヘビに食べられちゃうことだけは防げたんですから、少しは恩に感じてくれてもいいんじゃないでしょうかねえ。


 帰りの車でおじいちゃんと話します。

「弾失敗したな。キツネ撃ちのBBしか持ってなかったんだよ。仕留められんかった」

 BBってのは直径4.5ミリの散弾のことです。北海道では鉛弾が禁止されまして、直径7ミリ以上の鉛散弾は所持しているだけで違反です。つまり直径8.4ミリのあのシカも倒せるバックショットも禁止です。鉛の一発玉を発射するスラッグ弾もです。

 鉛玉を動物の死骸から食べた天然記念物のオオワシとかが鉛中毒で死んだりしましたのでね、北海道では全面的に大口径ライフル、大粒散弾銃については銅弾、鉄弾などにすでに移行されています。ちなみに、僕がクマを撃ったサボットスラグ弾も、銅弾です。


「しょうがないよ。あんなの出てくるとは誰も思わないって」

「仕留めるとしたらやっぱりライフルか」

「うん、もう町でアレ駆除対象に指定したから、ライフルで撃てるよ」

「シン、仕事早いな!」

 おじいちゃん、嬉しそうですね。


 その日はそのまま家に帰りました。家族は大喜びです。母なんて泣いてました。

 出所のお祝いに、いや、逮捕されたわけじゃないから出所は無いか。とにかくお寿司取りましてみんなでお酒も出てお祝いしました。

 食べながら夜のニュース番組見てますが、トップニュースですねえ……。

 駐在さんは意識は回復しましたが、当然入院中だそうです。

 おじいちゃんが釈放されたことでこの件は沈静化しそうです。すでに容疑不十分で任意の事情聴取を終了したとのこと。この件で警察側からの発表はなにもありません。

 なかったことですか。まあいいです。このニュース見て家族が拍手します。


 蝦夷大が今回のことについて公式に会見を大学で開きまして、マスコミ満員の中、宮本先生がこれまでの経緯を説明しておりました。

 新種の軟体動物で、今のところこれに類する生物は該当する物がなく、生物の系統図が書き換えられかねない大発見だということです。

 仮称として、『エゾオオアオホコリ』という名前が付けられました。

 ホコリ、というのは、粘菌のことなのだそうです。行動様式が粘菌のスライム期に極めて近い、ということで、僕の粘菌説が当たったことになりますか。

 それにしても粘菌、あれ英語で実際に「Slime」って呼ぶんですねえ……。知りませんでしたよ。

 水色でしたからアオってのはわかりますが、エゾオオのところ、漢字にしたら「蝦夷大」ですよね。 図々しいネーミングですねえ……。第一発見者は僕なんですから、「ナカジマアオホコリ」にしてくれてもいいのにさ。

 いや、ホコリに僕の名前つけられても迷惑か。名前つけるのはそっちで勝手にやってくれと言っちゃいましたし、それはもうどうでもいいや。

 とにかく明日にでも害獣駆除従事者証に『粘菌』も追加してもらいましょうか。あれならショットガンで撃てば駆除できそうです。


 問題はヘビです。これはもう先輩がUPした動画で繰り返し、繰り返し報道されています。巨大な双頭のヘビ。

 檻をぐるりと二重巻きにしたあの大きさから推定して、全長20メートル、胴径は70センチを越え、頭は二つだし、もちろん該当する爬虫類のヘビに同種がこれまで発見、目撃されたことも無く、毒を持ったきわめて危険な野生動物ということになります。


『ヒドラというのはギリシャ神話に登場する頭が複数ある巨大なヘビでしてね』

『ということはああいうヘビが、神話や物語に出てきた想像上の物じゃなくて、実在したと?』

『世界中に首が複数の巨大なヘビ伝説があるんです。日本のヤマタノオロチもそうですよね。案外古代から実在していたものが伝承として残っていて、それが今も絶滅せずに生きていたのかもしれませんね』

 いい大人のコメンテーターが先輩みたいなこと言ってますよ……。


『これって、今は馬稲(まいね)町の猟協会が対策してるんですかね』

『そのようですね』

『いやこれ猟協会で対応できますかね? 警察の仕事なんじゃ』

『警察はまだこの件についてコメントをしていませんね』

『自衛隊で対応するってのは?』

『いやダメですダメ。絶対ダメ』

『なぜですか』

 いやほんとなんでなんですか。


『自衛隊が出動できるのは外国からの軍事攻撃があった場合の防衛出動、治安維持のために必要と認められた時の治安出動、災害による被害があった時のための災害派遣に限られます。いずれも総理大臣による出動命令か、地方自治体の出動要請が必要ですが、この場合はそのどれにも該当しません!』

『いやこれだけの大きさの怪物、っていうかもうすでに怪獣といっていいぐらいの相手ですよね。警察や、ましてや猟協会でなんとかできるレベルじゃないと思いますけど』

『どのケースにも該当しないんです』

『これだけの怪物、災害派遣に相当するのでは』

『災害派遣に武器の使用は認められません!』

『武器持って災害救助に向かう自衛隊なんているわけ無いじゃないですか!』

 コメンテーター、興奮気味です。アレですかね。アレな人なんでしょうかね。この件、町長に地元の自衛隊基地に問い合わせてもらっていますが、のらりくらりで色よい返事が未だにもらえていないようです。

 一応地方自治体からの災害派遣要請だと思うんですけど、黙殺されてます。


『自衛隊が国内で武器を持って軍事行動をするなんて前例がこんなことでできてしまっては日本の軍事化が拡大してしまいます。憲法九条にも明らかに違反でしょう! あってはならないことです!』

『副総理が、災害派遣での出動は可能、前例もあるとコメントしてましたが』

『ダメです。ありえません。絶対に反対です』

 うわあ……。こりゃ難しいことになりそうですな……。


「なんでだよ。こんなのもう自衛隊の仕事だべさ」

「こういう時の自衛隊っしょ?」

 うちの家族も大ブーイングです。


『では警察で対応することになりますかね』

『市民の財産、生命が脅かされているわけですからね、これをやるのは警察の仕事ってことになりますかね』

『でも警察でこういう野生動物の駆除をするノウハウとか部署とかありませんでしょう』

『クマの駆除とかでも猟協会に一任されていますよね』

『猟協会にやらせりゃいいんですよ。これまさに猟協会の仕事でしょ』

『クマとか出没したらいつも出動してますよね』

『過去に自衛隊が北海道でトドの駆除をしたことがあります』

『え』

 あ、それ聞いたことがあります。


『北海道沿岸で深刻な漁業被害をもたらしていたトドを自衛隊が射撃して駆除したことがあるんです』

『それこそ絶対やってはいけないことでしょう!』

『もちろん当時この事実が知られると猛烈に反発されまして、それ以降行われていませんね。五十年代か六十年代ぐらいの昔の話ですが』

『当然でしょう。そんなことが認められたら憲法九条に違反ですよ。自衛隊はあくまで自衛のためだけの戦力なんですから、そんな拡大解釈は日本の軍拡化を招きます。絶対に反対です』

 トドから自衛することも憲法で認められないんですか自衛隊……。難儀ですねえ。


『これ調査、蝦夷大がやってるんですよね。麻酔銃で捕らえるとかはできないんですか?』

『そうですよね。クマの駆除っていうとすぐ猟協会が出てきて射殺しちゃいますからね、以前より麻酔銃で保護して山に返すって方法がずっと検討されているんですけどさっぱり実行されませんね』

 いやそんなのどこの誰が検討してるんです?

 猟協会にも役場にもそうしろなんて話来た事一度もないですよ? マスコミやネット民が勝手に言ってるだけでしょうが。


『猟協会はなにやってるんですかね』

『ホラあの人たちは熊撃ち殺したくてしょうがない人たちですから。大金になりますし、剥製(はくせい)飾って自慢にもなりますし、なによりそれが趣味なんでしょ? 動物を殺すことが。麻酔銃使うなんてやりたくないんじゃないでしょうかね』


 そんなわけないじゃないですか。猟協会で麻酔銃持ってる人なんか日本中探しても一人もいませんて。あれは獣医さんしか持てません。それに今時クマの毛皮とか肉とかキモとか買ってくれる人がどこにいるってんですか。売買したら食品衛生法違反です。まったくお金になりませんよ。処分に困るぐらいです。

 なによりクマを殺す決定をしているのは市町村です。猟協会じゃないんですよ。これ何度言っても全く理解されませんね……。


 その後、ニュース番組では、ハンターの老齢化、急激なハンター人口の減少、後継者不足による野生動物の作物被害の拡大が現在問題になっており、後継者が育たず農業が継続不可能になり離農する農家が増えて問題視されているというニュース解説になりました。

 環境省ではハンターを増やすプログラムを現在検討しているが、若者がそういう3K職場に興味があるわけがなく、人材確保に苦労しているとのこと。

 一方でハンターへの報酬が高額化し、市町村の負担になっているというイヤミもしっかり入れてですが。まあそういうニュースを入れることで一応、公平な報道という建前でバランスを取りましたみたいな話ですかね。

 まるっきり他人事ですが。


 ハンターの従事者人口を増やしたかったらね、規制を緩和しないといけません。

 今の守るだけで精いっぱいな厳しすぎる銃刀法を何一つ緩和しないで、都合よく熊だけ獲らせて、違反したら逮捕。こんなので本気でハンター人口増やす気あるんですかねえ?


「なあシン、もうやめれよ猟協会なんか……」

「そうだよお兄ちゃん。こんな化け物クマより怖いじゃない」

「役場もやめていいからさ。うちで農家手伝えよ。給料出すぞ?」

「おじいちゃんももうやめてもらいますからね!」

 兄も妹も父も母も、大反対です。


「いや、これは放っておけないよ。これ、役場で今僕の担当の仕事なんだ。今僕が辞めたらどうしようもなくなるよ」

「俺もやめない。いや、この件が片付いたら今度こそ猟師やめる。鉄砲も手放す。だから最後にこれだけ、やらせてくれ。シンは役場の職員としては優秀だが、猟師としてはまだまだひよっこなんだ。シン一人に全部押し付けたら死んだばあさんに顔向けできねえ。俺はシンを手伝いたいんだ」


 ……。


 お祝いだった食卓が、とたんに気まずくなりました。


 おじいちゃん……。

 がんばろうね。



次回「22.掃討作戦、開始」

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― 新着の感想 ―
[一言] 自衛隊がトドを撃った話って トドを撃ったけど殆ど死ななかったらしいね それでプロが一頭一頭止めを刺したとか あまりにも凄惨な現場だったらしくてトラウマになる自衛官もいたらしい
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