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20.各方面の反応


「やってくれたね中島君」

「はて、なんのことでしょう?」

「動画だよ! 無断でアップロードした動画!」


 穂得(ほっとく)警察署、生活安全課の白河さんから電話来ました。

 そりゃあ来るよね。

「無断って、あんなの現場にいた人なら誰でも撮影できるでしょ。今時スマホ持ってない人のほうが珍しいです。誰に断る必要があるんですか?」

「証拠物件だろ!」

「実にわかりやすい証拠でしたねえ」

「警察に許可なく公開して……」

「だからなんで許可がいるんですか」

「証拠はね、警察が管理する義務があるの! 証拠に勝手なことしたら罪になるよ!」

「どういう罪ですか? 証拠隠滅なら罪になるかもしれませんけど、証拠を公開するのを禁止する法があるんですか? どこかに偽証がありましたか? なにか法に触れる部分があるんですか? マスコミは警察発表以外の報道をしたら全員逮捕されるんですか? マイチューブに災害現場の動画を投稿して逮捕された人が過去にいましたか? 聞いたこと無いですね」

「……」


「なにか事故や事件が起こった現場でたまたまいた人がそれをスマホやカメラで撮影してマスコミや動画サイトに投稿するなんて普通です。すべての証拠を警察だけが好き勝手にできるなんて前時代的な捜査方法、もう現代では通用しないんですよ。そんなこと考えてるとしたら警察の対応がもう時代遅れなんじゃないでしょうかねえ」

「そんなこと言って……あれじゃ警察が悪者じゃないか」

「僕のおじいちゃんを悪者にして全部猟協会のせいにした報道を流したのはどこの警察でしたっけ。発砲した猟協会員を事情聴取、容疑が固まり次第、立件して逮捕、送検する方針だってニュースでやってましたよ?」

「そんなつもりはない。あれは定例の会見で、記者が勝手に書いた記事だって」


「意図的な編集のないノーカット映像で、警察が悪者に見えてるんだったらそれもしょうがないでしょう。事実です。なんであの事態で緊急避難的に猟協会の発砲を認めることができなかったんですか駐在さんは」

「あんな状況で指示できるか!」

「ですよね。だから猟協会の方で最善の方策を取らせていただきました。あそこで発砲しなかったら駐在さんあのヘビに食べられていたかもしれないんですよ? なにか文句があるならいくらでも町として受けて立ちます。書類送検でも起訴でも裁判でもお好きなようにおやり下さい。あれは町が猟協会に駆除を依頼した結果です。では失礼します」

 そう言って、僕は電話を切りました。



「中島ァアアアアアアアアアア!」

 今度は先生ですか。

 宮本先生ずかずかと役場に踏み込んできます。

「おはようございます宮本先生。どうかされましたか?」

「どうかじゃないよ! なんだよあの動画!」

「残念ですねえ。誰かスマホか何かで撮影してたんでしょうか」

「とぼけるなあああああああ!」

 落ち着いてください先生。


「なにか問題が?」

「当たり前だ! 蝦夷大の許可なくあんな映像勝手に公開していいわけないだろ!」

「蝦夷大が調査させろって言ってきたのは、動画が公開されてからのことだったと記憶してますが? ホネの画像とかスライムが柵乗り越える動画見せてもニセモノじゃないかとか疑って、あの『重機VSスライム』の動画UPされてからようやく連絡くれたじゃないですか。今更です」

「契約書は!」

 そう言って、例の覚書(おぼえがき)、突き出します。


「どこか変でしょうか?」

「『被害状況、被害を与えた捕食動物、残滓、記録映像、調査証言等を町は蝦夷大に提供する』とある!」

「だから一つ残らず全部提供してるじゃないですか」

「勝手に発表するな!」

「してはダメだとは書かれてませんが」

「約束が違うだろ!」

「何一つ違っておりませんが」

「いや、違う。そうじゃない! この件の発表は蝦夷大に任されているはずだ!」

「蝦夷大が発表すべきは学術的な研究結果です。野生動物の農業被害対策や災害対策の状況を町民のみなさんに報告するのは役場の防災業務の一つで、別に隠すようなことじゃありませんね。なにがダメなんですか?」

「あれが報告だと?!」

「なによりわかりやすい現状報告だと思いますけど?」

「市民がパニックになるだろう?!」

「ならないように町の農政課と猟協会が協力して動いています。猟協会で追い払うことに成功しましたので、町民の皆さんにも防災放送でご連絡させていただきました」

「こ……このやろう……」

 そんなこと言ってる場合じゃないんですよ先生……。


「この件、すでに(おおやけ)になったということです。蝦夷大で発表を急ぐべきじゃあないでしょうかねえ。研究結果を蝦夷大の成果にしたければ」

「時間が全然足りてないわ! まだまだ慎重に調査をしなければならないことがいっぱいあってだな!」

「町ではそんなの待っていられなくなったってことです。あんなものがウロウロしてるんですよ? 正式に許可をもらって早急に駆除しないといけないんです。協力してほしくないんですか? 猟協会の手はもういりませんか?」

「生かして捕獲しなきゃ」

 先生、そこは譲れなさそうです。


「まだそんなこと言ってるんですか。生かして捕獲してどうします? あんな凶暴な動物どうやって生きたまま調査します? ヘビは肉食のハンターなんですよ? 死体を調べるほうが簡単なんじゃないですか? 解剖だってしたいでしょ? そうして調査してその上でアレがなんなのか判断したうえで、他に生きた個体が無いか調べたほうがいいじゃないですか。生きてるスライム、なにか具体的に調査できましたか? 全然できてないじゃないですか。殺さないように調べられることなんて大してないんじゃないですか?」

「……」


 先生黙りました。

 アレを生かして捕えることの困難さ、生かしたまま調査することの難しさ、アレを野放しにしておく危険性と天秤にかけて、アレを駆除する重要性が理解できたようです。

「駆除って、どうやって」

「GPSどうなりました?」

「……なぜそれを」

「逃げるヘビにGPS発信機、槍で打ち込んだでしょ。野生動物の行動調査に使うやつですよねあれ。ヘビの巣の場所が判明してるんじゃないですか?」

「……怖いな君は。よくそこまで」

 先生、がっくり肩を落としました。


「昼間なら猟協会、協力できますが」

「……負けたよ。頼む」



「中島君、これでいいか?」

 農政課の大山課長が猟協会会員に害獣駆除従事者証を発行してくれました。

 今までのドバト、キジバト、カラス、キツネ、アライグマ、ノイヌ、ノネコにエゾシカ、ライフル所持者にはヒグマがすでに発行されています。それに「ヘビ」が追加されました。

 ついでに僕にも「ヒグマ」の従事者証が。

「……僕ライフル持ってませんが」

「いや中島君クマ駆除しただろ。実績」

「そんな資格いりません」

「持っていたほうがいいよ。でないとあのクマ駆除、資格違反になる」

 それもそうか。了解です。

 全部に町長の捺印済みです。 


「……これはいりません」

 そう言って一枚、ヘビの従事者証をびりりりりと破きます。

「なんで? 村田さんライフル所持者でしょ?」

「村田さんはこの件『俺はなんにもしないからな』と宣言されておりますので」

 例の老害副会長さんです。参加されるとかえって面倒になりそうなので。

「そっか。まあもう七十超えてるしな、妥当だな」

 いつも農政課にもぎゃーぎゃー噛みついていますからね村田さん。

 報奨金が安すぎるとか、駆除を頼まれても断ったりとか、報奨金をもらう手続きが面倒だと文句を言ったりとか、自分で使う罠の購入費全部役場で負担しろとかなにかというと農政課に直接乗り込んできて怒鳴るので、職員にもかなり嫌われています。あとで「自分だけ仲間はずれにした」とか言って来そうですけど、自業自得です。


「猟協会に報奨金は出せますかね」

「ヘビ一匹に三万円」

「破格ですなあ……クマの二倍ですか」

 エゾシカ一頭六千円、ヒグマ一頭一万五千円ですからね。

 そんな値段なのかと驚いてはいけませんよ。役場がハンターにくれる報奨金なんてこんなもんです。ちなみにドバト、カラス一羽二百円、キツネ、アライグマ千円です。弾代、罠代、エサ代、燃料代にもなりません。

 ちなみに現在毛皮を買い取ってくれる業者は道内にありません。キツネの死体はエキノコックスの感染状況の調査のため保健所行きです。エゾシカも猟師が肉を売ることは食品衛生法で違法です。唯一合法なのが精肉処理の資格を持つ食肉業者にエゾシカを解体せず血抜きだけして内臓も抜かず丸ごと納品することですが、よほど状態が良くない限り値段は下がってしまいます。クマが一頭数十万で売れるなんていうのはデマです。誰も買ってくれません。

 ハンターの害獣駆除って、事実上ボランティアだと思ってください。ハンターで食っていけるとか、少なくとも道内では絶対にありません。


「ヘビと言ってもあの巨大ヘビだからね。ヘビならなんでもいいわけじゃないからね。アオダイショウ持ってこられても困るからね」

「わかってますって。やるなら合同駆除になりますから、時給と分け前だけになりそうですけどね。それと夜間銃猟の件、道庁、返事来ました?」

「こっちの管内の振興局で話付いた。職員来てくれるって」

「よかった」


「来たよー! なかじー!」

 先輩来ました。今日から役場の臨時職員です。

「いやあ動画見た? 凄い反応!」

「よくやってくれました。助かりました」

「なにやればいいかな」

「広報のカノ子ちゃんの補佐です。デスク用意しましたのでそちらでどうぞ。パソコンは持ってきました?」

「はい」

 そう言って僕が預けた役場の備品のノートパソコン出します。

「じゃあそれで、今後のことは総務に指示をもらってカノ子ちゃんと一緒に、町民の皆さんに今回の件について説明したホームページ立ち上げてください。あと今後もなにかあればカメラ係と動画アップロード、お願いします」

「了解!」

 そうして、カノ子ちゃんに連れられて総務と町長にご挨拶してますね。

 カノ子ちゃん僕の一つ下で、先輩の二個下です。地元の高校で、生徒会長していた先輩の事もちろん知ってますから一緒に仕事できるようになって大感激みたいです。綺麗でカッコいい先輩、ってことになってましたからね、外面(そとづら)は。

 さ、僕はこれからこの害獣駆除従事者証、猟協会の会員に配らないといけません。


「いやあワイドショーでもすごいこれ取り上げてるよ。大騒ぎだね」

 訪問した自宅玄関前で、会長がニヤニヤと面白そうです。農家さんなんですが、今は息子さんとお孫さんが畑やってますから悠々自適なんですよね会長。昼間からテレビですわ。


「ワイドショーの反応どうでした?」

「もう中島さんの名前まででちゃってて、警官守った猟協会の咄嗟(とっさ)の発砲に好意的だね。批判してるコメンテーターもいたけど、逮捕は不当って意見も多かったな。まだ逮捕されたわけじゃないらしいけど」

「警察の対応にはなにかコメントしてました?」

「なんとも。駐在さんは今回犠牲者なのでそう悪くも言えないだろ」

 まあ予想の半分ぐらいですか。


 マスコミもネットみたいに警察批判が盛り上がるかと思ってたんですが、両者利害関係にありますからあからさまな批判はできないのかもしれません。

 警官が発砲すると理由が何であれマスコミ大批判です。たとえ自分が殺されそうになってでも、発砲しない警察のほうがマスコミにとってはいい子ちゃんなんでしょう。そのせいで多くの警察官が今日も命を危険にさらしてますが……。


「従事者証です。これであのヘビ撃てるようになります。ヘビに報奨金出ます。三万円」

「命懸けなのに安くないか?」

「……そこは申し訳ないと思います。明日にでも一斉駆除やろうかと思ってますから事実上時給だけになってしまいますね」

 一人で仕留めたならその報奨金丸々一人の儲けになりますが、猟協会で合同駆除した場合は誰が仕留めても参加者全員で三万円を山分け。プラスそれぞれの時給だけしか出ません。不憫です。ちなみに時給は千五百円です。泣けてきますねえ。


 手当ても報奨金も自治体により違うんです。とある村が猟協会の()()三万円が高すぎると支払わないことを議会で決定してニュースになりましたが、「三万円も出してるとこあるの!」って僕らの間でもみんなびっくりしてました。

 払わないと言われたからって、じゃ、出動しないと言うわけにもいかず結局あの猟協会、無償で出動し続けてクマ捕まえましたね。箱罠に捕まったってニュースで見ました。

「無報酬で猟協会が出動しなくなってクマが野放しに」なんて報道ウソですよ。なんでそのニュースに、猟協会が出動している映像が使えるんです? それがホントなら猟協会が出動してる絵なんて撮れないでしょ。猟協会はちゃんと仕事してます。捕まえて運搬して殺処分まで、報酬支払われないことを承知のうえで、全部タダでやってあげたことになります。猟協会って、そういうもんです。


「……しょうがないか。みんなにも声かけるよ」

「お願いします。詳しい説明は僕がこれ配りながらやりますから」

 そう言って会長のお宅を失礼しました。

 残り、ライフル保持者八人に、これを配って、同じように説明します。

「ヤダなあ……。毒で噛みつくんだろ? いくらなんでも怖すぎだよ」

「長距離から狙撃お願いします。今回は居場所がわかりそうですし、追い立てるとかやりませんから」


 やっと猟協会が本格的に仕事ができそうです。ここまで長かった。

 合法的にやるって、やっぱりハードル高いや。



次回「21.猟協会、釈放」

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― 新着の感想 ―
[一言] めっちゃ、面白いです。 まだ、読んでる途中ですが、続きが楽しみです。
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