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18.役場、反撃


 ロクに眠れないまま朝を迎え、役場に定時で出勤です。もちろん大騒ぎになってます。

 まず電話がしょっちゅうかかってきますね。ぷるる、ぷるるとうるさいです。


「中島君! どうなってんの!」

 出勤と同時に、農政課の大山課長と町長さんに、町長室に呼び出されます。

「もう昨日からずっと抗議の電話やらマスコミの取材申し込みやらで大変だよ! 問い合わせの内容も『謝罪会見はいつ開くのか』とかばっかりだよ! いったいなにが起こってるの!」


 やれやれだぜ、とか言ってもいいですかね……。

「プロジェクター、買ってくれました?」

「おっおう……。先生にバカにされたからな、君に言われてすぐ買うことにしたよ。電気屋さんが持ってきてくれたから、もう使えるよ」

「じゃ、会議室に人集めてください。今回の事知りたい人全部です。町議の人でも職員でも事情聴きたい人は誰でも。説明しますから」

「ヘビって、毒ヘビ本当に出たの?」

「出ました」

「警察官がやられるぐらい大きい奴?」

「大きいです。見ればわかります。とにかく会議室で」


 電気屋さんが持って来たって言っても、箱のまんまです。

 箱開いてプロジェクター取り出して、テーブルに載せまして、長らく使われていなかったOHP用のスクリーン引き下ろして、試写してレンズ調整し、それから僕のノートパソコン繋げて、映像出します。

 どやどやと人集まって来ましたね。

 もう今回のこととはまるで関係ない人たちまで。会議室がぎっしりです。掃除のおばちゃんまで来ています。秘密にしておいていいことなんてなんにもありませんので、全部公開してしまいましょう。本当のことでしたらいくらでも(おおやけ)になっていいことですから。


 カーテンを閉めて部屋を薄暗くします。

「じゃ、始めます。発端は、町営牧場で牛のバラバラ死体が発見されたことです」

 そうして、ホネだけになった牛の写真を次々に映します。

「これがなににやられたのか全く分かりませんでしたので、暗視カメラを柵に取り付けて犯人は何かなのか突き止めました」

 スライムたちが柵を乗り越えて牧場に侵入する高感度カメラの映像です。会議室がざわざわします。


「突き止めたとは言っても、これがなんだかまったくわかりません。それで、仮にこれを『スライム』ということにし、蝦夷大学の理科学部、生物科学科の先生に連絡をしましたが信じてもらえませんでした」

 スライムの所で少し笑いがもれましたね。笑い事じゃ全然ないんですが。


「毎晩牛が一頭ずつ食べられていましたので、それで夜、見張ることにしました。重機を用意して、もし現れたら踏みつぶそうということで」

 そして、トラクターやホイルローダーたちがスライムと一戦交える例のスペクタクル動画です。

「あれってうちの町のことだったんだ……」と驚く人もいます。

 マイチューブやワラ動で見た人もいたんでしょうね。今も大人気の動画ですから。


「これがマイチューブやワラワラ動画で公開されたのはうちからの情報漏れです。痛恨のミスとも言えますが、今のように誰でもスマホでカメラ持ち歩いてる時代、こういう情報の漏洩を防ぐことは無理な話です。現場にいた人が撮影して公開しちゃいました。まあそれはもういいです。結局この動画のおかげで蝦夷大が動いてくれることになりまして、それまでにまずこれを箱罠で捕らえようということで、猟協会で対応しまして、二匹捕まえることができました」

 箱罠に二匹のスライムが入って来て、捕らえられるまでの映像です。


「それで蝦夷大の先生たちが来てくれて、いろいろ調査してくれたんですが、残念ながらこの時このスライムたちは隙間から逃げてしまいました」

 先生たちがスライムに注射器をぶっ刺して体液を取ろうとした映像ですね。広報のカノ子ちゃんが撮影してくれました。

 にゅーっとスライムが伸びて天井から逃げていく動画です。もう会議室騒然です。こんなの見せられて静かにしているなんてできるわけないですよね。


「この罠ではダメだということになりまして、罠を改良して、密閉性を高くして、再度仕掛けました。それが一昨日の話です」


 そして問題の映像。ノーカット、通しで見せます。

 夜、スライムが接近して、罠の扉が落ちるところ。

 みんな集まって罠の周りで騒いでいるところ。

 そして、突然そこに巨大なヘビが現れたところ。

 先輩GJです。全部バッチリ撮れてます。

 駐在さんが逃げ遅れて、拳銃を構えて撃つのをためらっているところ。

 腕を噛まれて転がるところ。

 おじいちゃんが駆け寄って、銃を構えるところ。

『ダメ! おじいちゃんダメ! 撃ったらダメ! 違反! 違反!』

『そんなこと言ってる場合か!』

『駐在さん発砲許可ください! 発砲許可!』

『駐在さん発砲許可! 撃てって言ってくれるだけでいいですから! 言って! 撃てって言ってください!』

 僕の声のやりとりもバッチリ入ってます。


 バーン。

 おじいちゃんが発砲許可を待たずに発砲したところ。

 たじろぐヘビ。

 続く数発の発射音。

 ヘビが逃げていくところ。


 ……。

 

 静まり返る会議室。

「以上です」

 ざわざわざわ。

「……中島君、これ本当なの?」

「全部本当です。蝦夷大の先生も立ち会っていましたし、なにより駐在さんがいたんです。今重症で意識不明らしいですが」

「これ本当だったら、警察の発表と全然違うじゃない」

「いやむしろ警察を助けたよねどう見ても」

「こんなのもう町でなんとかする話じゃないよ、道に動いてもらおうよ」

「自衛隊の仕事じゃないの?」


 さあてね、それはさすがに無理なんじゃないかな。

「全部本当だとして、どうするの? どうしようもなくないこれ」

「さあ、僕が判断することじゃありません。大山課長」

「はあ」

「この騒ぎですからね、昨夜はどうなってました?」

「今のところ何もなし。牛も食われてない」

「誰が見張りました?」

「町営牧場の職員で」

「蝦夷大の人来てました?」

「来てたよ。一緒に見張ってた」

 なるほどね。


「捕まえたスライム、蝦夷大が持って行ったんですよね」

「ああ、蝦夷大のワゴン来て、なんかガラス張った金網のケージに入れて車に積んでたな。札幌の動物園から借りて来たんだと」

「やっぱり早々に蝦夷大にこれ発表してもらったほうがいいと思うんですよね。猟協会の会員、僕の祖父ですが、今警察に捕まってて取り調べを受けてます。このままじゃわけがわからないうちに有罪にされちゃいます。蝦夷大からなにか連絡来てました?」

「来た。今いろいろ調べてるからまだなにも発表できる段階じゃないとか言ってきたよ」

 町長さんが答えます。

「それじゃ遅いです。町が悪者にされちゃいます」

「じゃあどうする?」


 ……まあ僕の考えはもう決まってますけどね。


「全部公開しましょう」


 会議室の全員が息をのみます。

「マジで?」

「はい。隠していいことなんて一つもありません。また、公開されて困ることも何一つありません。なにかありますか?」

「いやこれ騒ぎになるだろ」

「なればいいんです。そうすれば僕らの手を離れます」

「責任問題になるんじゃあ?」

「誰の責任になるんですか?」

「ほら公開するにしても許可とかさ」

「誰の許可がいるんです?」

「誰って……、道庁とか、警察とか」

「それこそが狙いですよ。許可がいるってことは、その許可を許さない人間がいるわけですね。自分の許可が必要だ、そんなこと言ってきた人間は、逆にこの件について責任があるわけです。あなたの許可がいるってことは、この件あなたの事案なんですね、じゃ、あなたが責任もって然るべき部署か、担当に許可を出してそっちでやってください。そう言うことができます」

「確かに」

「自分は許可を出す立場じゃないって言うなら、その人は無関係です。この件に口を出す資格はありません。つまり、ここで公開することは、この件に責任を持つ人のあぶり出しです。口を出してきた人が、この件の責任者です」


 ……。


「誰も口を出してこなかったら?」

 町長が心配します。

 責任逃れ体質が染みついた役人たちが、誰もこの件について口を出してこなかったら?

「それこそ、僕らでなんでも勝手に進めていいってことでしょう?」

 ちょっと笑いになりました。

 文句あるならお前がやれ、やりたくないなら口を出すな。

 役人の事なかれ、たらいまわし、責任逃れ、そんな悪い面が全部、こっちの有利に働きます。この件は、そうです。

 ただし、それは僕らで何でもやらないといけなくなりますが。


「大山課長、農政課で害獣駆除従事者証、発行してください。町長名義でいいです。ライフルと散弾銃所持者全員に」

「どういう名目で」

「ヘビで」

「そんなんでいいの!?」

「はい、カラスと同じです。今カラス害獣指定されていますが、それでハシブトガラスもハシボソガラスも駆除できます。同じです。ヘビって書いてくれればどんなヘビでも鉄砲で撃てるようになります。そうすれば猟協会で動けます」

「たしかにそうしてるけど、今回もそれでいいのかねえ……」

「害獣駆除の指定は環境大臣が都道府県知事に委託してます。都道府県知事はその業務を市町村にさらに委託しています。うちで勝手に決めていいです。それに鳥獣保護法で決めているのは鳥と哺乳類だけです。爬虫類は対象外で狩猟を禁ずる法律はありません。ダメだというやつが現れたら町も猟協会も一切この件から手を引いてそいつに全部押し付けます。願っても無いですよ」

「強引だね」

「こんなやつもう罠とかでなんとかなる物じゃないですよ」

「じ……自衛隊に頼むのは?」

「それは町長で動いてください。管内に自衛隊基地あるでしょう。相談してください。災害派遣要求なら自治体から要請できます」

「……わかった。警察はどうだろう」

「あんなヘビ相手に鉄砲も撃てない腰抜け集団何の役にも立ちません。今回では完全に僕らの敵に回って邪魔しかしてないじゃないですか。相談するだけ無駄です」

「公開の方法は?」

 町議さんから質問ですね。

「一度ワラワラ動画とマイチューブで公開されているんです。同じ人に頼みますよ」



 それから、今まで撮った写真、動画、全部コピーしまして、先輩のアパートに行きました。

 今度はちゃんとピンポン押して紳士的に訪問します。


 ……眠そうな先輩が出てきました。そういえば先輩も一緒に徹夜でしたっけ。

「おはよう」

「こんにちは。もうお昼です」

 先輩、ノーブラにパジャマです。寝起きですねえ。胸がこぼれそうです。

「バイト行かないんですか?」

「クビになりそう」

「ちょうどよかった。役場の臨時職員になりません?」

「えっ!」

「広報補佐」

「ちょっちょっちょっ、どういうこと?」

「お邪魔してもよろしいですかね」

「どうぞどうぞ」


 アパートに入れてもらいます。小奇麗に掃除されてます。

「捜査が入るぞ」って脅したからでしょうかね。普段からいつもこうしてほしいですねえ。

 テーブルにどすんとノートパソコン置きます。役場の備品です。素っ気ないビジネスノートですけど、15インチの大型です。

「これでですねえ今までのスライムとヘビの映像、全部マイチューブとワラ動に公開してほしいんです」

「私退会しちゃったし」

「退会した後でも、同じメールアドレスで登録しなおせば、『以前の会員登録で復帰しますか?』って質問になって戻ることができるはずです」

「本当!?」

「やってみてください。このパソコンを預けます」

 動画サイト出していろいろいじくって、「できた――! ハンドルネームも前のまんま!」と言って喜びます。よかった。こういうのはたいてい複アカウント防止に同一メールアドレスで何度も登録できないようになってるものなんですよね。


「で、これと……、これと……、今までの経緯とあわせて、別々にして、動画UPしちゃってください。編集は無し、ノーカットの通しで、そのほうが信頼性高いですから」

「なんで私なの?」

 そりゃあね、もう決まってますよ。

「最初にあのスライム動画上げたのが沙羅先輩だからですよ。謎のマイチューバー、『サラン』の名前が必要なんです。お願いします」

 先輩、ニカっと笑って、僕に抱き着いて、キスしようとしてくれましたんでね、するっと抜けてかわしました。


「どうしていっつもそうなのよっ!」

「条件反射です」


 高校の時、いつもこうして先輩から逃げてましたから、僕。




次回「19.ヒドラ映像、拡散」

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