17.猟協会、逮捕
このことは当然大問題になりました。
まず駐在さんです。右腕を噛まれました。
どう考えても毒ですね。猛烈に強力な毒です。皮膚が青黒く焼けるようです。
「救急車! あと警察!」
事務局の田原さんがすぐに電話してくれてます。
「牛舎まで駐在さん運んで、水道で洗って! あと腕縛って!」
体に毒が回ったら大変ですから、右腕を肩のすぐ下で手ぬぐいで思い切り縛り上げます。一時十二分。今の時間をマジックで駐在さんの額に書きます。
二人がかりでもう意識がなくなりかけてる駐在さんを牛舎まで引きずって行って、ゴム手袋をはめてからナイフで駐在さんの肩から下の袖を切り裂き、水道の水で噛まれた傷をじゃぶじゃぶ流して洗います。水はもう流しっぱなしです。冷やせば血行も抑えることができて毒の回りを遅らせることができるかもしれません。
「傷口をナイフで斬り裂き、急いで口で吸うんだよ!」
先輩が物騒なことを言います。それ一番やったらダメなやつです。
「中毒が一人増えるじゃないですか。自分が噛まれたときに自分でやってくださいそれ」
しばらくしてサイレンが鳴って、救急車が来ました。
「その、なんていうか、ヘビに噛まれまして」
「ヘビ? ヘビに噛まれたの?」
救急隊員に説明するのがやっかいですね。
「はい、人間より大きい巨大ヘビです」
「いやさすがにそれは……。ヘビ毒ならすぐ血清打たないと。なんのヘビかわからない?」
いやアレは地球にいるヘビじゃないですよ。
「ヒドラです」
先輩黙って。
「とにかくすぐに処置してください。これ明らかに毒ですから」
「毒って言ってもねえ、うちにはマムシの血清ぐらいしか置いてないよ」
「じゃあすぐ市立病院に運んだほうがいいですね。コレ町立じゃ手に負えないでしょう」
そうして駐在さんが救急車で運ばれていきました。
「スライムは? スライムは無事か!」
先生心配なのはそっちですか。まあそりゃあそうでしょうね。
潰れかけた歪んだ箱罠ですが、隙間はできていませんのでスライム逃げられずに中にいます。巨大ヘビに襲われかけてさすがに怯えたのか、おとなしくしています。
別のサイレンが来ます。警察のパトカーです。
連絡を受けて隣町の穂得警察署の人が直接来たようです。
「今度はなにをやらかしたんだ猟協会!」
……いやこれどう説明したらいいものか……。
「先生どうぞ」
「いや私に振られても」
「広報担当でしょ?」
「そんなの引き受けてない!」
「いやこれを科学的に、合理的に説明できるのが先生だけですから」
「……」
観念したようですね。
「蝦夷大、理科学部の宮本です。こちらで新種の野生動物が現れたので捕獲実験をしていました……」
もう長々とたっぷりとです。もちろん信じてもらえませんて。
僕はその間に先ほど先輩が撮影したメモリーカードを自分のノートパソコンに挿しこんで撮影データを取り込みまして、パソコンを車内の見えないところにしまってから、知らん顔してビデオを取り出し、メモリーカードを入れてモニターを警察の方に見てもらいます。
みなさん、信じられないという表情です。そりゃあそうですね。
蝦夷大のスタッフも一部始終をカメラでビデオ撮影してましたので、そっちも警察に見られてますな。証拠として押収するの渡さないだの押し問答しております。
「そっちも渡してもらうよ」
「どうぞどうぞ」
僕は渡さない理由がなにもありませんで、メモリーカードを警察官に渡します。
「あっおい君!」
先生が慌てますが、「別に渡しちゃいけない理由もないでしょ」と言って突っぱねます。
パトカーが続々と駆け付けてきました。
「やってくれたねえ中島君」
穂得警察の生活安全課、白河さんが歩いてきます。
「なにをですか?」
「発砲。撃っちゃダメだって何度も言ったでしょ?」
「警察官が立ち会った上でのことですからねえ。緊急避難です」
「その警察官が大怪我させられたんだから、今度はタダでは済まないよ」
「どういう罪になるって言うんですか?」
「銃刀法違反、夜間の発砲、夜間に銃を持ち出していたこと、狩猟鳥獣以外に発砲したこと、現場警察官の指示に従わなかった公務執行妨害、いくらでも」
「シンじゃねえ。撃ったのは俺だ。逮捕するなら俺を逮捕しろ」
おじいちゃん、銃を肩に担いで堂々と警察に申し開きます。
「中島さんが撃ったのかい?」
「そうだ」
「じゃ、署で話聞くよ」
警察の人が大勢現場検証しています。
先生たち蝦夷大のスタッフもあちこちでサンプリングしていますね。瓶とかプラスチックのシリンダに採取した液とか血とか肉片とか拾ってます。
当然、警察と押し問答しながらです。どれも証拠になるでしょうから。
ここで警察が押収したって、結局、大学に分析頼むことになるんじゃないでしょうかねえ? 無駄なことやってるなあって感じがします。
警察官の皆さんもスライムの檻を取り囲んで、中を覗き込んで驚いています。
おじいちゃんがパトカーに乗せられます。
銃も弾も、全部押収されて、ビニール袋に入れられてパトカーのトランクに収納されています。
「心配すんなシン、俺はこのために来てたんだから。違反になっても逮捕されても、最初からそうなることは百も承知で撃った。お前のせいじゃないって」
「おじいちゃん……」
「現場責任者にも話を聞くよ」
白河さんに言われて、僕は先生を指さします。
「あの人、蝦夷大の生物科学科の先生です。今日のことは全部あちらの方の指示ですから、総責任者は先生ですね」
「またまたそんなこと言って」
「ウソだと思ったら本人に聞いてください」
先生、ぎゃーぎゃーわめいてましたけど、結局パトカーに乗って一緒にいっちゃいました。
スタッフの皆さんも、猟協会のメンバーも、みんな連絡先を聞かれまして、帰っていいことになりました。スタッフはスライムがいますんで、なんか大学とスマホで連絡とってますし残るんでしょうけど。
もう夜明け近いです。
「お待たせしました。帰っていいことになりました。送りますよ先輩」
そう言ってジムニーの運転席に座ります。
先輩には「絶対に車から出るな」と言ってずっと中にいてもらいました。
先輩を巻き込みたくなかったんです。この人が巻き込まれるとどう考えてもこの件オワタになるに決まってるんで、部外者でいてもらわないと困ります。
「おつかれ……。おじいちゃん逮捕されちゃったね」
「逮捕じゃありません。事情聴取です」
「でもあれ絶対有罪コース」
「そうならないように最善を尽くします」
いったいなんの罪になるんですか。
夜間発砲? 鳥獣法違反? 公務執行妨害? 他にもありそうな銃刀法?
警官が一人やられたんです。警察のメンツにかけて何が何でも誰かを有罪にしてきそうな雰囲気ですね。
「おかしいよこんなの」
「おかしいですねえ」
「『よくやった』とか、褒めてくれる人もいないし、『ありがとう』とか、お礼を言ってくれる人もいない。なんなのいったい」
「……猟協会って、そんなもんです」
町営牧場の事務所前に停めてあった先輩のワゴンRのところで先輩を車から降ろしまして、それから家に帰って家族に散々事情を聞かれました。
「毒ヘビが出てさ、おじいちゃんがそれ撃ったもんだから警察に説明しにいったよ。今日は帰ってこれないんじゃないかな」
「おじいちゃん、逮捕されたの!」
母が驚愕ですね。
「逮捕じゃないって。事情聴取」
兄貴が難しい顔をします。
「なあシン、猟協会なんてもうやめれや。なんもいいこと無いべや。こんなことに巻き込まれてさあ、危ない目に遭って、警察にいちゃもんつけられて、もうこれ以上猟協会なんてやる意味ないべや。じいさんだってこれで鉄砲今度こそ取り上げられるだろ」
「そうだよシン、あんたもやめなきゃ。問題起こしたら役場だってクビになるべさ。前から思ってたけどさ、鉄砲なんて持ってて怖いだけだし、クマ駆除するとか聞いて私心配で心配で仏壇にお経あげたよ! シカ引きずってきて庭で皮剥いで切り刻むしさあ、ヘンな肉食わせようとしてくるしさあ、それに毎年毎年警察がうちに来てパトカー止めて鉄砲調べていくのもご近所さんに恥ずかしいしさ、私はもうこんなことすぐにでもやめてもらいたいねえ!」
母も大反対です。まあそうだよね……。
「お兄ちゃん、スライム出たの? 本物なの?」
休日だったので家にいる高校生の妹が聞いてきます。ネットやワイドショーですでに話題になってますから知ってますか。
「出た、本物だった。今蝦夷大の先生たちが調べてる」
「うわあ……」
うわあだよね。
僕だってこの目で見てなきゃ信じたりしないよそんなこと。
「悪いけど、もうやめたくてもやめられないんだ。僕、役場でこれの担当だから。これもう僕の仕事になってるから、解決するまで頑張るしかない」
「それ他の人にさせられないのか?」
父が言います。
「僕でないと無理」
「そうか」
そう言って父が頷きます。
「やれるだけやれ。町のためなんだろ」
「うん」
テーブル囲んでお昼にします。テレビでニュースになってます。道内のニュースですけど。
『昨夜未明、北海道の馬稲町の町営牧場で、警察官が一名毒蛇に噛まれて重傷となりました。その際、地元の猟協会が発砲し、現在穂得警察署で事情を調べています』
ぶぶっ。吹き出しそうになります。
「うわーニュースになってるよ」
家族全員で食い入るように見ます。
パトカーと、立ち入り禁止の帯に囲まれた牧草で警察がいろいろ調べている場面がテレビに映っています。
『この牧場では以前より野生動物による牛の被害が連続して起こっており、その調査のため蝦夷大学の理学部が捕獲実験をしていましたが、立ち合った三十五歳の警察官が毒ヘビに襲われ片腕を切断する重症を負いました。その際現場にいた七十歳の猟協会の男性会員が発砲したため、現在銃刀法違反の疑いで穂得警察署で取り調べを受けています。警察では事件性が無いか調べており、慎重に捜査を進めています』
なんですかそれは! 全然説明になって無いじゃないですか!
全部おじいちゃんが悪いみたいじゃないですか!
また猟協会のせいにするんですか!
「話違うじゃないお兄ちゃん!」
「どういうことだよシン!」
家族が僕に非難を向けます。
「いやこれは……、警察がマスコミ向けに都合のいいように発表してるよ! 実際は全然違うよ!」
「違うって、どうさ?」
いやそんなこと言われてもねえ。
「とにかく、おじいちゃんが逮捕されるなんて絶対ないから! これ間違って報道されてるから! 絶対大丈夫だから!」
とりあえずそう言いましたが、これで済むわけありませんね……。
とにかく僕はもう丸々二十四時間以上また寝てませんので、部屋にたどり着くとそのままバッタリベッドに倒れてしまいました……。
夜、目が覚めてからニュースを見ます。
田舎町のおかしなニュースですので深夜にはもうやってません。
デスクトップPCを立ち上げてネットのニュースを探します。
相変わらずまたひどい反応ですね。
『また猟協会か』
『狩猟禁止しろよもう』
『猟協会のジジイがやらかしたか』
『これ間違えて警官を誤射したんだろ』
『毒ヘビてwww』
『これ毒ヘビ逃がしたからだろ、毒蛇が何かわかってりゃ血清打てるから警官助かったはず』
『警察カワイソス、どう考えても猟協会の不手際だろ』
『なんで麻酔銃使わないの?』
『猟協会は動物を殺して喜ぶ人間のクズです。このようなことが再三繰り返されるにもかかわらず日本の銃規制はまったく進んでいません。今度こそ全面的に禁止すべきです』
『蝦夷大調査ってなんの調査だよ』
『北海道に毒蛇とかwwwありえないし』
『いや北海道にもヘビいるからね』
『アメリカじゃガラガラヘビ、ショットガンで撃つのは普通だけどな』
『とにかく猟協会はクズ、動物を殺して喜ぶサイコ集団』
『猟協会ってこんなヤツばっかり。全員逮捕しろよ』
『これ猟協会のジジイがなにか見られてマズいことしたから警官撃ったんだろ』
『はい殺人罪。有罪決定www』
……クマを撃った時以上の批判の列ですね。
今回、とうとう僕の町の名前が出てしまいました。
馬稲町、そう、それが僕の町です。
マスコミにバレました。今後どういう発表があってもとにかく町が大騒ぎになるのはもう避けられません。
どうやってこの事態を収拾したらいいんだか……。
次回「18.役場、反撃」