16.猟協会、発砲!
「来ました!」
先輩を揺り起こしてノートパソコンのディスプレイを指さします。
なにか丸いものがゴロゴロ転がって罠に接近しています。深夜十二時!
各員に渡したデジタル簡易無線機で連絡します。
「来ました。罠にかかるまで観察します。全員待機、動かないで」
誰からも返事来ません。
声を押し殺して見守る感じですね。
この様子は蝦夷大もモニターしてるはずです。
『何匹来た?』
猟協会の会長ですね。
「二匹います」
『写りが良くない』
これは宮本先生
「赤外線カメラ使ってるからでしょう。体温がないんですよきっと」
『あっそうか、恒温動物じゃないんだ』
僕のは増幅型高感度カメラですが、赤外線カメラだと体温の高い野生動物は白っぽく映ります。それが無いってことですね。
『サーモカメラも用意しておくべきだったか。変温動物の証明になる』
「お静かに願います」
静かに見守ります。
例によって電柵に触れては離れてますね。
『ほんとに電柵に反応するな。痛覚はあるようだ。塩基の体液だし導電性があるのは間違いないな』
ごろんごろんごろん。箱罠の中に入ってきました。
『一度わなに捕まったのにまた入るのか。記憶力なくてスマート化しないのかもしれないな。知能は低いか』
スマート化ってのは一度わなに捕らえられそうになったりハンターに撃たれたことにより、用心深くなり捕まりにくくなることです。そういう鹿のことをスマートディアとか呼んだりします。
無線持たされると喜んで喋りたがる人たまにいますが、黙っててもらえませんかね宮本先生……。学者さんてのは解説したがりですなあ。肝心なときの通信のじゃまになるから私語は控えてほしいですね。
奥の方に入り……、うまいことに二匹入ってきました。
前回はシカ罠とクマ罠用意してましたが今回はシカ罠一台だけです。
二台改造は手が回りませんでしたので。
『すでに脱出した経験があるからタカをくくっているのかもしれないし、自分の匂いが付いてるのかもしれない。嗅覚が発達しているのかもしれないな』
まあスライムですから、全身粘膜で、全部鼻なのかもしれませんな。
『来い――来い――』
「私語はお控えください」
先生実況やめて。
この興奮を誰かに伝えたい気持ちはわかりますけど今はお静かに願いたいです。
僕のカメラは柵に設置されていますので、今は酸よけのプラスチックに覆われたわなの中がどうなっているかはわかりません。
先生はわなの中にまでカメラ取り付けていましたから、今はお肉に体を伸ばして獲ろうとしているスライム映像が写っているかもしれませんね。
ガシャッ!
箱罠の扉が落ちた音がしました!
『やった!』
バタッ。バタバタッ! 車のドアが開く音がします。
「まだ早いです! 安全確認してから!」
知ったこっちゃないようですな。もう車のヘッドライト点灯して、ぶるるんてエンジンかけて、柵の近くに走ってますわ。懐中電灯持って駆け寄る人も。先生落ち着いてください。
「あっはっは、誰もなかじーの命令聞かないし!」
先輩が笑います。
「しょうがないですよ。世紀の大発見になるかもしれないんですからねえ」
僕もあきらめてジムニーのエンジンをかけ、ライトを全部ONにしてそばに寄せます。
「先輩カメラ」
「おっけい」
「車から出ないで、いいって言うまで止めないで。こういう動画はノーカットのほうが信頼性が高くなります」
「了解」
先輩から見て助手席が箱罠側に向くようにジムニーを停めます。
「いやあ捕まったな!」
先生、先生のスタッフ、猟協会、みんな集まってきて罠を眺めます。
残念ながらプラスチックの波板を内張りしていますので、中の様子はわかりませんね。
どすんどすんって中で音してます。暴れてるんでしょうか。
蝦夷大のスタッフがでっかいノートパソコン持ってきて僕のジムニーのフロントフードの上に置きます。うああああ勝手にそういうことしないで。傷が付きます!
ジムニーの屋根には四方に広角LEDライトが灯ってますから、明るいんですよ。そのせいでしょうか。
ノートパソコンには罠内映像が赤外線カメラの広角レンズで写ってますが、お肉を取り込もうとして、伸びたり縮んだりしているようです。
「捕まえたはいいとして、これどうするんですか?」
「罠ごと吊るしてトラックに乗せて大学に運ぼうかと思ってるけど?」
「ちょっ先生、この罠、猟協会の持ち物ですから、勝手に持って帰られたら困りますって!」
「だってそれより他に方法ないだろ、他の容器に入れるとかもできないし」
「それなにか考えてくれるんじゃなかったんですか?」
「まだできてないよ」
ずうずうしいな蝦夷大! そういうのはちゃんと準備しとけよ!
「そもそもこれ大学に持ち込んでもいいんですかね。とんでもないなにかの感染拡大になったり、異常な増殖になったりしませんか? 検疫体制とかどうなってます? 鳥インフルエンザみたいになっても知りませんよ?」
「あっ……」
ノープランなんですか。何も考えてなかったんですかそういうこと。
僕ら農業経営側ってのは真っ先に考えるのがそれなんですけど。
鳥インフルエンザとか発生したら全部、と殺処分になって農場の倒産間違いなしですからね?
「いやーしかしホントへんな生き物だな」
おじいちゃんが物珍しそうに眺めます。
「これ捕らえるのってなにか違法性はないのかい?」
今頃になってパトカーにじり寄ってきて、降りてきた駐在さんがディスプレイ眺めます。
「ないです」
「なんでそう言えるの。前例は?」
まったく警察ってのはなにかっていうと前例前例、自分で判断とかできないんですかねえ。
「農作物被害対策で箱罠しかけたらアライグマ捕まったことがあります。アライグマは北米産の外来種で北海道にいなかったんですけど、そうして捕まったことでペットのアライグマが野生化して生息してるのが確認されました。害獣指定され、今では駆除も行われているわけですが、では最初にアライグマを捕まえた人はそれが狩猟鳥獣でなかったからと言って鳥獣法違反で逮捕されましたか? されませんでしたよね。新種の動物が罠にかかるたびに、捕まえた人を鳥獣法違反で警察はいちいち逮捕するんですか? しませんよね」
「そりゃそうか」
駐在さんが頷きます。
「なるほど、そういう解釈でこれやってたのか」
宮本先生が感心してますよ。
「まだこいつをどうこうする現行法がないってことですね。僕たちが今やっていることをこの駐在さんが違法だと判断するなら、僕らは直ちにこの罠を開けて今捕まえた動物を逃がさないといけません。狩猟鳥獣でない動物がかかった場合、僕ら猟師はそうしています」
その場にいた全員がいっせいに駐在さんをにらみます。
「な……なんだよ」
「今更これを逃がせって言うんじゃないだろね」
宮本先生が怖い顔です。
「言いませんよ」
「そうなったら大学側から正式に道警に抗議して君の責任問題にするからね。警察手帳を出しなさい」
「先生、今警察は手帳じゃなくてバッジです」
「どうでもいいよ中島くん。さあ」
駐在さん、しぶしぶバッジを出して、それを先生がメモしてます。
警察官が身分を証明するためにバッジを出せって言われたら、まあ普通は断れません。僕らハンターも鉄砲の保管状況を確認させるために警察官を自宅に上げる場合には、私服だろうが制服を着てようがバッジの掲示を求めます。これはニセ警官に銃を強奪されそうになった事件例がありますので警察でも推奨しています。
「そういうことで、今のところはこれになにやってもいいの?」
「いやそこはまだグレーゾーンですよ……。それを判断するために先生たちに来てもらっているわけですから。頼みますよ? 責任とってもらいますからね」
「わかった、わかったって」
なんだかんだ言って先生とっても嬉しそうですがねえ。
しゃああああああああ――――っ!
突然の異音にビクッとします。
なに今の音!
「へ……ヘビ!」
先輩が叫びます。
しゃあああああああ――――っ!
見上げます。
夜空にヘビの頭が浮かんでいます! 二匹!
「うわああああああ――――!!」
巨大ヘビです!
50cm以上ある大きな頭!
長い首!
それが2m近い高さから二つ、こちらを見下ろしています!
ちろっちろっと、舌出して!
「逃げて! 車に戻って!」
僕が叫ぶと全員悲鳴を上げて車に駆け出しました!
「なんでヘビ!」
ジムニーの運転席に入ってドアを閉めます!
「ヒドラだ!」
「ヒドラってなんですか先輩!?」
「頭が二つある! 双頭のヘビ!」
どういうファンタジーです!?
重機たちのエンジンがかかります。ライトが一斉に点灯されて周りを照らします!
「う、うわ、うわあああ」
駐在さんがあたふたしてますね。警官なのでとっさに逃げ出すようには頭ができていないようです。
巨大ヘビ、にょろにょろと移動して箱罠の檻に近づきます。
「スライムがやられちゃう!」
いや先輩ヘビってスライム食べますかね?
『肉だ! 餌の肉狙ってるんじゃないか?』
無線から声がします。妙に冷静ですね会長。
巨大ヘビがぐるりと箱罠を一周して、巻き付きます。
太いです! 胴の直径は70cmはあるでしょうか?!
「撃てよ駐在! 撃てって!」
会長がホイールローダーの窓を開けて叫びます。
「ダメダメダメ! こんなの撃っていいわけないでしょ!」
駐在さんが右手を拳銃の革ケースにあてながら首を振ります。警察は鉄砲撃つのにもいろいろと規則があるでしょうが、こんなの撃つケースなんて想定されているわけ無いですよね。
「猟協会は撃てないんだよ! 鉄砲も持ってきてないし! こういう時に撃つのが警察だろ!」
「ダメだって!」
ヘビがぎりぎりと箱罠を締めあげます!
めきめきめきばきばきと鉄製の箱罠の檻がゆがむ音がします。なんという力です!
「撃つな撃つな撃つな――――! これ新種の動物かもしれんし! 殺すな!」
いや先生そんなこと言ってる場合ですか? これ明らかに肉食ですよ? 被害出ますよ?
一番近くにいるのが駐在さんですが、銃を抜いて両手で構えてますけど明らかに撃つのをためらっています。その駐在さんにヘビの頭の一つがぐるりと首を回してにらみます。
かあっと口を開けて銃持った駐在さんの腕に噛みつきます!
「ぎゃあああああああ!」
駐在さん絶叫!
駐在さんにおじいちゃんが駆け寄ります! 散弾銃握ってます!
「ダメ! おじいちゃんダメ! 撃ったらダメ! 違反! 違反!」
「そんなこと言ってる場合か!」
「駐在さん発砲許可ください! 発砲許可!」
「ぎいいいいいい――――!」
駐在さん転げまわってますがヘビの頭が離れません!
「駐在さん発砲許可! 『撃て』って言ってくれるだけでいいですから! 言って! 撃てって言ってください!」
「ぎゃあああああ――――!」
駐在さん、僕の声も聞こえないようです。
どどどどどどってホイールローダーが進んできます。会長が運転してます!
フロントローダーを持ち上げて巨大ヘビの鎌首を遮るようにしたら、ヘビ、駐在さんを放して、ローダーに噛みつこうと口を開いて威嚇します。
ドッコーン!
おじいちゃんが発砲しました。
発砲してしまいました。
ばしっとヘビの頭に命中して表面が弾けます!
あああああ、やっちゃったよ……。
ドッコーン!
二発目!
シャカシャカとレミントンM1100の下の装填口からショットシェルを弾倉に追加で弾込めして、ドッコーン! ドッコーン!
一発撃っちゃったら、二発撃っても三発撃ってもおんなじかあ……。
レミントンM1100は日本の法規制で弾倉に二発、薬室に一発です。
三連発できますが、全部撃ってしまったらボルトが後退したところでストップして、ボルトリリースを解放するところからやり直しになります。だから薬室に一発残ってるうちに弾倉に二発再装填しています。こんな状況でも冷静ですね。二発ずつ撃つように体が勝手に動きますかおじいちゃん。
びしっびしっとヘビの頭に立て続けに当たりますが、致命傷にはならないようです。浅い表面だけですね。たぶん鳥撃ち用のバードショットしか持ってきてなかったんでしょう。
「殺すなああああああ――――!」
先生車から飛び出して来ちゃいました。
「先生車に戻って!」
巨大ヘビ、さすがに散弾を何発も撃ちこまれまして、ひるみましたか。
箱罠を締めあげていたとぐろを解いて、逃げようとしています。
「太田! GPS! GPS!!」
先生がスタッフに声かけてます。若いスタッフさんが槍持ち出して、ヘビを追いかけます!
「なにやってんですか! 車に戻ってください!」
「ここで逃がすわけにいくかあああ!!」
太田さんと呼ばれた若い人が槍を持って走り、逃げようとしているヘビにそれを投げて突き刺します!
当たりました! しっぽの近く!
ヘビが尻尾をぶんぶん振って、槍、すっぽ抜けてしまいましたが、先端は突き刺さったまま残っています。なにかぶら下がっているようです。
そのまま双頭の巨大ヘビは暗闇の中にいなくなってしまいました。
……なんだったんです今の……。
「先輩、撮れました?」
「……たぶん」
「カメラ止めて」
「はい」
「貸して」
「……はい」
僕はカメラから今撮った映像の入ったメモリーカードを抜いて、ポケットの中に慎重に納めました。
次回「17.猟協会、逮捕」




